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行商人ギルドの怪しい人々

 久々に訪れた行商人ギルドは受付待ちの商人でごった返していた。

 やはり時間が半端だったのがいけなかった、八十六番、かなり待たされそうだ。

 たまたま市の日だったのでギルド近くの店をのぞいて時間を潰す。

 海軍がポールマークにいる影響か、顔ぶれは水の民が随分と多かった。

 そんな商人たちの扱う商品のなかにナミバガイの貝殻に入った軟膏のようなものがあった。

 匂いなどはないがふと気になって取り扱っているハコフグのような男に聞いてみる。


 「その商品、珍しいですね。薬ですか?」


 「ああ、これは臭い消しだよ。水の民特有の匂いを抑えてくれる。」


 街中に水の民がいるので生臭さは日常になってしまっていたが眼の前に出された男の手はたしかに匂いがしなかった。


 「腐るもんじゃないが、俺の故郷の特産品でな。少量の水と一緒に手にとってこうやって擦ると泡立つんだよ。あとは体全体に塗って流せばいい。」


 全く匂いはなかったが石鹸っぽい。

 手に取ったのは小指の先ほどなのに驚くほど泡立っている。

 だとしたらめっちゃほしい。


 「それ、全部買うとしたらいくらですか。」


 男は目を細めて少し考えた素振りを見せる。


 「まあ、他にもお得意様がいるからな。一つ銀貨二枚、金貨で四枚分なら売ってもいい。」


 「買います。」


 即決した忍に男は固まったが、すぐに商品を用意した。

 忍が本当に金貨四枚を払うと革袋に入れた商品を渡してくれたが、自分の手に置かれた金貨に視線を落としてぼうっとしている。


 「早くしまったほうがいいですよ?」


 「え、ああ、うん。俺、いや私はペンタルンを中心に行商してるカナルっていいます。旦那は、えー、お貴族様ですかい?」


 「違います。いきなりあらたまらないでくださいよ。私は忍っていいます。」


 握手をしながら忍は気づいた、カナルは行商人だ。

 金額をふっかけ交渉に臨むつもりがあっさりと支払われて動揺しているのであろう。

 他の行商人に同じような反応をされた覚えがある。

 ただ、表情がわからなくてもなんとなく後ろめたさが透けて来ているのでそこはかとないいい人オーラを感じた。

 困惑しきりのカナルになんだかめんどくさい空気を感じ取り、忍は挨拶もそこそこにギルドの中まで引き返した。

 ちょうど立ち上がった人と入れ替わりに長椅子に座って一息つく、ここに座っていた人が六十八番だった。

 待ち時間はまだまだ長そうである。


 「昨日の騒ぎ、何だったんだ?」

 「港のやつか?どっかのお偉いさんが喧嘩ふっかけて返り討ちになったみたいだぞ。」


 なんだかすごくタコ頭の貴族のことを思い出す話が聞こえてきて忍は聞き耳を立てた。


 「なんでも雇われ船員が揉めてるところに冒険者が割って入ったら、あとから来た雇い主が冒険者をふっとばしたらしい。あとは大乱闘。」

 「活気があるというかなんというか。」

 「ところが最終的に雇い主も揉めた冒険者もバカでかい美人がのしちまったんだよ。ムチで。」

 「なんだそりゃ?」

 「なんか、変なズボン着てたけどあれも冒険者だったのかな。」


 ニカさん、一体何をやってるんですか。

あとオーバーオールが変なズボン扱いされてる、似合うと思うんだけど。


 「変なズボンのでかい美人なら俺も見たぞ。妙な取り合わせだったな。全員服装も変だったし。」

 「妙なのか?」

 「その女の他に小柄な白ローブ、浅黒い肌に透き通った角を持った女の三人だったが関係がよくわからん。雰囲気が噛み合わなくて……そうだな、貴族と町娘と学者が一緒にいるような感じだ。しかも三人で露店をやってんだよ。」

 「露天商なのか?何売ってるんだ?」

 「干し肉だったな。妙に種類が多いんだよ。十種類はあった。しかも安い。」

 「なんだそりゃ?!普通なら売り切ってから次のを仕入れるだろ?!」

 「ただでさえ戦争で食品は品薄気味だってのに、逆に怪しくて行商人は遠巻きに眺めてるだけだったな。だが街の人はどういうわけか買っていくんだ。」


 丸天屋台、そんな風に見えていたのか、服に関しては平民がみんな同じ仕立ての服を着ているせいな気もするが。

 山吹は華やかな服装を好むし鬼謀のローブとマントは魔導具だからいつも同じものだ、確かに統一感といった面ではかけているかもしれない。

 というか、二人で話していたのにだんだん人が集まってきているんだが。 


 「だよな、どこかの大店が出してる露店かもしれんぞ。なにせ三人とも美人だし。」

 「大店どころか裏の連中とつながりがあるかもしれないぞ。強面が頭を下げているところを見たからな。」

 「一体どんなやつが後ろにいるんだ。気になるな。」


 三人とも人ではないので美人かというと……って違う。

 なんだろう、対処したいけど下手に触ると事が大きくなる気がする。

 めちゃくちゃ気になるけど経験上、聞かなかったことにして放置したほうがいいやつだろう、たぶん。

 ニカたちの話をしているであろう集団は六人ほどに増えていた、それぞれに予想を話し頭を捻っている。

 これも情報交換の一環、行商人同士は積極的に客や同業者の話をすることが多い。

 あくまで懐が傷まない程度の話だが、そこから伺い知れる内容はばかにならない。

 三人の誰が一番美人かという話にシフトしたので他の集団に耳をそばだててみる。


 「シジミールは半壊らしいわ。ミリオン商会のこともあったし首都を移転しようかって話が持ち上がってるみたいよ。」

 「ああ、いっそのこともっと砂漠側にずらすみたいな話が持ち上がっていたな。ラジャンあたりか?」

 「それが移転先についても揉めてるみたいでね。そんなことより国内の取締りをもっとちゃんとしてほしいわ。」

 「そんなことになったら商売ができなくなってしまうよ。行商は国内を自由に動き回れるからこそ成立するんだから。関所なんか作られた日には平民は首を括らなきゃいけなくなるかも。」

 「自分の身は自分で守るしかないってやつね。」


 ものすごく違和感のある会話をしている二人組の男女。

 男は若いが額から右頬にかけてに刀傷のような大きな裂傷の跡がある、立ち居振る舞いは洗練されていて戦うこともできそうだが強そうには感じない。

 女は妙に背筋がしゃっきりしている、肌が綺麗で帽子から覗く髪はよく手入れされている。

 普通の行商人と格好は同じなのだが、上流階級っぽさがにじみ出ている二人組である。

 絶対に厄介ごとを抱えてるやつだ、雰囲気でわかる。


 『忍様、あの長椅子の者はお知り合いですか?』


 『……いや、知らない。』


 千影の指摘した椅子には赤い長髪の男が座っていた、黒地のローブには黄色と赤の糸で炎のような刺繍が施されている。

 耳にばかり集中していたので気が付かなかったが、明らかにこちらを意識していた。

 服の下に隠しているが首飾りからかなりの魔力を感じる、殺気という感じではないので千影の存在に気づいた魔術師かもしれない。

 イケメンだ、世の女性たちが黙っていないだろう。

 あれで行商人なら顔で商品が売れていく気がする。


 「八十八番の方ー。」

 

 「あっ。」


 余計なことに気を取られているうちに順番を飛ばされてしまったようだ。

 入口近くで案内をしている職員さん事情を話すと次に空いた窓口で対応してくれることになった。


 「よろしくおねがいします。今回担当させていただくチャルアと…申します。」


 「……あ、お久しぶりです。」


 「やっぱり、手綱セット当てた方ですよね。お久しぶりです。本日はどういったご用件でしょうか?」


 一瞬の間があったのでなにかと思ったら、最初に行商人ギルドに登録したときのお姉さんだった。

 覚えられ方は大変遺憾ではあるが全く知らない人に対応されるよりもだいぶ心が楽だ。


 「従業員の各種手続きと、追加の手形をお願いしに来ました。」


 「なるほど、商会の手形の発行ですね。いくつご用意いたしますか?」


 「二つお願いします。」


 「かしこまりました、追加の手形をお作りしている間に説明をさせていただきますね。」


 ニカたちは街に入る際に忍の手形を使っていたが、一つしかないので別々に動きたい時もあり不便だった。

 この手形は忍のものに紐づいており街への出入りや市に店を出したりするのに使えるが、借金の借り入れなどはできない。

 一つにつき年会費として銀貨三枚が上乗せされるが丸天屋台としては大した金額ではなかった。

 丸天屋台、収入がすごくいいのだ。

 売っているのは忍たちの食べきれない食料や鬼謀の作ったちょっとだけ性能の良い魔導具だが未だに売れ残ったことがない。

 実は個別に行商手形を取ることを勧めたのだが、頑なに拒否された。


 「ぜったいぜったいぜーったい!やだ!忍さんのばかー!」


 「げふぉ。」


 投げつけられた袋はずっしりと腹にめり込んだ。

 大袋に詰められた金貨と銀貨の重みはすさまじく、気絶してるあいだにニカはいなくなっていた。


 「忍様は口座をご利用になっていないようですが、今回の手形では借り入れはできません、上限金額のあるお引き出しとお預入れ、両替のみとなりますのでご注意ください。」


 「わかりました。ありがとうございます。」


 「ではもう少々お待ちください。」


 手続きを終えると長椅子はもういっぱいになってしまっていた。

 立って待つのなら壁際にでも寄りかかっていたいところだが、いい感じの場所は一つしか空いていなかった。

 怪しい会話の男女二人組の後ろである。

 仕方がないので近づいていくが男の方に睨まれた、迫力がある。

 少し大回りで通り過ぎて壁に背中を預けて目を瞑る。


 なんとなく緊張した状態で目をつぶってしまった、おかげで妙なことに気づいた。

 目をつぶっても周りの様子がわかるのだ。


 【魔力感知】や【鉱石探知】のような感覚ではなく形や動きがまるで目で見ているかのようにわかる。

 この待合室の人の動き、チャルアのいるカウンターの奥になにがあるか、引き出しの中身、表にとまった従魔車の従魔の動き、範囲は十メートルくらいだろうか、そのすべてが何故か忍にはわかる。

 集中して魔力を見ようとすると、その魔力が何に宿っているかがわかる。

 それだけでも奇妙だったのだが忍にはさらに見えたものがあった。


 まず、黒い穴のようなものだ。

 その穴は人や物のいろいろなところにくっついている。ポッカリと空いていて時に中心の穴からヒビのようなものが走っている。

 丸いものだけではなくいびつな形のものや、線に近いもの、心臓に呼応して脈動するようなものもあった。


 次に気づいたのはまばゆく輝く物だ。

 これは売店においてある一山いくらのセール品の中にあった古ぼけた耳飾りだった。

 手のひらに収まってしまうような大きさでかすかに魔力を持っている。

 これに気がついたとき、忍の頭の中で聞き覚えのある電子音が響いた。

 特徴的な音に輝きの正体は【第六感】だと理解した。


 最後に二人組の男のほうが懐に隠して握っている小型ナイフ、これは禍々しい装飾で魔力を放っている。

 下手に近づけば忍の首に向かって振り抜かれるようだ、どう振られるかもわかってしまった。

 不意打ちで振り抜かれれば忍の首が飛ぶ、しかし事前にわかっていればおそらく食らうことはないだろう。


 目を開けた忍は静かに深呼吸をし、男からさらに距離をあけるように売店の方へ歩き出した。


 耳飾りは大銅貨五枚で売られていた、同じ箱の中のものを三つ買うと銀貨一枚という抱き合わせ商法だ。

 新品も中古もごちゃ混ぜで入っているようで中には明らかな粗悪品も入っていた。

 お目当ては巻き貝の耳飾り、貝殻は先が少し割れてしまっている。


 「八十六番の方ー、八十六番の方ー。」


 ちょうどよく声がかかったので急いで耳飾りを買うと忍は手形をもらいに窓口に急いだ。




 先程の感覚は一体何だったのだろうか、忍は目についた店に入り酒とつまみを注文した。

 もう一度目を瞑るが瞼の裏は真っ暗なままだ、さっきは緊張して気が立っていた気がする。

 耳飾りは存在したのだから気の所為ではない、忍はさらにぎゅっと目を瞑りとりあえず見えろと念じてみる。

 するとおぼろげながら店の中の情景が浮かんできた。


 黒い穴とヒビは所々にある、輝くものはない。

 攻撃されることがわかったりもしない。


 「ピロージョの香草焼きとミットレイ酒、おまち!」


 大銅貨五枚を渡す、お安い。


 ピロージョは白身でくせがなく美味しい、真四角のヒラメのような魚だ。

 想像以上に真四角なので水中でどうやって泳いでいるのかよくわからない。

 取れる数が程々で骨が太く食べるところが少ないので、大量に売れるわけでもない。

 お陰で味が良い割に値段が安い、庶民の味方だ。


 注文の品を受け取って酒で唇を湿らせたのち、耳飾りに触って持っている能力を確認してみる。

 新しい能力は増えていなかった。


 黒い穴とヒビは忍の腰にも存在した、仕方がないので試しに触ろうと手を伸ばす。

 そのとき黒い穴がスッと動いて胸元に移動した。

 動きの速さがご家庭の台所にいる黒いアレを連想させて忍は反射的にその黒い点を手で払った。


 『ひぎゃっ?!』


 「え?!」


 千影が悲鳴をあげたので忍の集中が切れる。


 『どうした?』


 『いえ、その、酷い、感覚が。これは、恐怖?』


 ……もしかして、この黒いのは千影に付いてるのか。


 『千影、ちょっと我慢して動かないでくれ。』


 忍は再び目を閉じて集中する、黒い穴は背中側に移動していた。

 マントの前が開かないように黒い穴に触る。


 『ひぅっ。』


 千影の声が艶めかしくてちょっといじめたくなるが、忍はこの黒い穴から嫌な感じがしていた。

 触れるだけで他には何もしないでおく。


 『千影、触られた感じはどうだった。』


 『天にも登りそうです。』


 『え、気持ちよかったってこと?苦しいとかじゃなくて?』


 『いえ、苦しかったかと。』


 なんだかこれ以上は色んな意味で危険と判断して実験をやめる。


 輝くものは【第六感】、攻撃がわかったのは【死の先触れ】によるものか。

 目を閉じて集中することで周りを把握するのは、もしかしたら【第三の目】かもしれない。

 もちろんノーマルの忍に第三の目という器官は存在しないが、この現象に近いものを忍は思いついていた。


 心眼、時代劇などでよくある達人の境地の一つ。

 忍は何故かわからないが、それが正解だという確信めいたものを感じた。


 そのまま焼き魚をつつきつつしばらく食堂の中を観察していると、入口から美少女が入ってきた。

 軽戦士系の格好をしており、武器は取り回しの良さそうな小ぶりの手斧が二本、快活そうな笑顔に茶色のポニーテールが揺れる。

 アニメの中から飛び出してきたような容姿でキョロキョロと席を見回すとまっすぐに忍のテーブルに歩いてきた。

 自然な動作で正面に腰掛けると明るく人好きそうな笑顔で声をかけてくる。


 「こんにちは、おじさん!私とパーティを組んでくれない?」


 「嫌です。」


 忍は即答した。


 目を開けてもたしかに美少女だ、しかし、店の入口に現れたとき彼女の姿に重なって歴戦の猛者というべき傷だらけの獣の姿が見えていた。

 尻尾が三本生えた猫科の肉食獣、魔力も強く今も正面から忍に魅了っぽいものを仕掛けている。

 次の瞬間、彼女が近くのテーブルの上まで飛び退いた。宙を舞う料理や酒、ああ、もったいない。


 『避けられました。』


 攻撃したのだろう、千影が事後報告してくる。

 忍はさっと席を立つと金貨を一枚置いて店を出た。

 美少女は追ってこなかった。


 『美女と美男を見つけたら魔物と思っとくのが無難な世界だな。』


 『あの容姿がお好みでしたか?』


 『そういうわけじゃないけどね。あれの目的ってなんだと思う?』


 パーティを組みたいと言っていたが初対面だったはずだ。

 人の姿に見覚えはないし、重なって見えた姿にはもっと見覚えがない。

 目立つ容姿だから誰かに聞けば名前くらいはわかりそうなものだが、調べるだけはしておいたほうがいいかもしれない。


 『それなりの存在でしょうが、気になるようでしたら排除いたします。』


 『いや、まあ、置いとこう。ただ、メイドの三人とニカは念の為守ってやってくれ。そういえばニカはどこに行ったんだろうな。目が覚めたらいなかったけど看病してくれないほど怒らせちゃったかな。』


 『ニカならテントの裏でお仕置き中です。』


 「今すぐ開放しなさい!」


 忍は道の真ん中で大声を上げ、血相を変えて街の門まで走った。


 お読みいただきありがとうございます。


 「続きが気になる」と少しでも感じましたら、ブックマークと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けますと嬉しいです。

 いつの間にやら反応が反映できる新機能もついたようなのでお気軽にポンと押していってください。


 是非ともよろしくお願いいたします。

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