エビチリもどきと呪われた神官長
翌日、忍はテントの中で白雷を抱きまくらに萎びていた。
野営地に帰った後、忍はみんなにできるだけ魔力を分け与えた。
全員に一気に力を分配した忍は久々に放出酔いを起こしたのだ。
四割ほどが焔羅と山吹に持っていかれたので、もっと早く相談しろと言い聞かせた。
一日あれば魔力が全回復するはずなのだが、焔羅たちは何故か魔力が回復していなかった。
【生育】などで魔力量が上がっていくみたいな話があったので回復が追いついていないのかもしれない。
『人っていろいろめんどくさいの。』
「わかる。」
山吹たちは冒険者ギルドにて各種証明証を整理、発行しに行っている。
異世界でもめんどくさい事務処理やお役所仕事などが存在するという典型的な例である。
冒険者として手続きをしたことがあるニカと異様に何でもできる焔羅にまかせたので問題は起こらないだろうが、欠食娘のような想定外の事象はどんなときでも起こり得るものだ。
テントには冒険者登録しない白雷と千影、そして忍の三人が残っていた。
「炊き出しってかなり人が来るからな。」
欠食娘はその食事量と何度も列に並ぶ姿がかなりの人に認知されており、忍と寝泊まりということが発覚したことであらぬ噂が広がった。
ポールマークの人はかなり噂好きだ、特に珊瑚の休日亭と虎箱酒場で噂になってしまうと街全体に飛び火する。
焔羅と二人で珊瑚亭に入ったところで住民に目撃され、珊瑚亭のお会計を済ませる頃には忍はすでに鬼畜として住人の酒の肴にされてしまっていた。
朝食のときに遠巻きに様子を見に来る避難民がいたことで発覚し、忍は白雷を連れてテントに引きこもったのだった。
『ポールマークの住人は口が軽すぎます。』
「いや、娯楽がないんじゃないかな。流通の中継地ではあるけど田舎の漁師街って感じだし。」
『ミネアと付き合っているという噂もありましたね。』
『お大尽っていうのもあったの!』
「そうだった、ミネアさんに迷惑かかってなきゃいいけど……。」
事件があった後もポールマークに根付いている住人はいっぱいいる、覚えているものもいるだろう。
噂になったものが同一人物と知ったらさらに拡大しそうだ。めんどくさい。
考えれば考えるほど憂鬱になるので忍は体を起こした。
「うー、体がギシギシする。確実に筋肉痛も来るな。」
『起きるの?』
「こういうときは全く動かないのも駄目なんだよ。お湯にも浸かりたいし。」
外に出て感触を確かめるように体を動かし、体が痛まない程度にストレッチをする。
野営地は少しづつ広がっており、ヘイガンやフリオンからもチラホラと商人が顔を出すようになっていた。
忍は指輪から赫狼牙を取り出して剣の型を端からやっていく。
型は【体操術】のおかげで上手く出来てしまうため、最近は基礎能力を維持したり底上げするような筋トレや走り込みばかりをしていた。
こうして一人で剣を振るのは久々だ、型によっては体が痛むが何度も繰り返した動きはきっちりと決まる。
手に入れた頃はよくこうして型を練習したものだ、気づけば時間を忘れかなり長い間剣を振っていた。
最後の一振りを終え、忍は赫狼牙をゆっくりと鞘に戻した。
「……バンバンさんに嫌われそうだ。」
なんだか頭がクリアになった気がする、赫狼牙もどうするか決まった。
忍は汗を拭って手を洗い、どうせならもうひと仕事と鍋にお湯を沸かす。
『なにするの?』
「いや、今のうちに試そうかと。」
忍が指輪から取り出したのは白から灰色がかった色味の肉だった。
『変な匂いなのー。』
「まあまあ、これをだな。」
忍は肉をぶつ切りにしてボコボコと沸騰しているお湯に投入した。
灰色がかった部分が鮮やかに赤くなり忍にとってのいい匂いが漂う。
『匂いが変わったの。』
『忍様、これは何の肉ですか?』
「ブラックタイガー。火を通した匂いは完全に……あれだな。」
忍は茹でたてのブラックタイガーの肉を口に運ぶ。
独特の強い旨味と匂いが口の中に広がった。
「やっぱり海老だよこいつ。」
『ちょっと慣れてきたの。そんなにおいしいの?』
味見をしてニヤけた忍は残りのぶつ切りをさっと湯通しして皿に上げる。
そのまま粗熱を取ったブラックタイガーに小麦粉をはたいて油で炒めた。
「刻んだマカマカとミットレイ、適当な葉野菜。塩、砂糖は少し水で溶いて…試しに作ったケチャップの残り…おお、いい感じにとろみが付いた。」
忍が作ったのはエビチリもどきである、唐辛子がないのでどちらかといえば甘酢炒めだ。
それでも海老の出汁がでていて味は十分美味しかった、料理用に日本酒が欲しくて仕方がない。
みりん、醤油、日本酒、唐辛子、いまだ同じような味のものは発見には至っていない。
マカマカのような代用できる味がまだどこかに眠っているはずなのだ。
まあ、はじめて食べた甘いにんにくはパンチも違和感もすごすぎたのだが。
「海老味の肉……。なんかプリプリじゃなく赤身肉っぽい歯ごたえ、ほぼ脂身はなし。……細切りにして干し肉にすると良い出汁が出るかも。海老の活用法…ミソは……試す勇気がでないな。」
海老で出来そうなことを一つ一つ思い浮かべて口に出していく。
おそらく忍以外は食べないので少量づつ作ってじっくり試していけるだろう。
せっかく人がいないので小さな部位を解体し、下ごしらえを済ませていく。
程なくして味噌漬け、ボイルを仕込み終えた忍はジェットバス用の温風魔法陣で肉類の乾燥をはじめた。
パドルトカゲは泥臭いとは聞いていたのだが忍が想像している以上に恐ろしい匂いだった。
ただの土の匂いだけではなく生臭さが追加されたような匂いに一口で反射的に戻しかけた。
なんとか飲み下しは出来たもののとても食べられたものではない、落ち着いたら全部売り払ってしまおう。
「おーい!」
続けて帰ってきた面々に出汁のとり方を教える用意をしていたところに、避難キャンプのほうから男に声をかけられた。
名前が出てこないが面識はある、たしかシジミールの冒険者でパントマイムというパーティだったはずだ。
「この匂い何とかしてくれ!魔物が来ちまう!」
「におい…あ!」
白雷に言われていたのになぜ思い至らなかったのだろう、かなりの匂いがあたりに充満していた。
街の壁も避難キャンプも近い拠点でやらかした。
「すみません!うっかりしてました!千影!」
『避難キャンプを守るのですね。』
小声で呪文を唱えると大量の烏が忍のマントの下から飛び立つ、以前と違いポールマーク全域を見張ることができるだろう。
「ありがとうございます、うっかりしてました。これで今日は大丈夫だと思います。」
「あ、ああ。気をつけてくれ。あんたらにはとるに足らない魔物でも俺達にとっちゃヤバいってのがいるからな。」
なんだかジリジリと後ずさりをしている。
「……えっと、お詫びに食べていかれますか?」
「……毒とか入ってないか?」
「へ、入ってませんよ?」
なんでそんな話になったのだろう、というかいくらなんでもこの反応はおかしい。
「……私のいない間になにかありました?」
「……避難キャンプができた直後くらいに、魔物に襲撃されただろ。安全確認に来たやつがあんたらのテントに近づいた。深夜だったが恐ろしげな声が頭の中に響いて、死にたいかと聞かれたと、避難キャンプではもっぱらの噂になってる。他にも、気配もないのにいきなり後ろから女の声で用事を聞かれたり、金縛りにあったりするって。神官長様って呪われてたりしないよな?」
避難キャンプでは忍たちは呪われた一団ということになってるらしい。
半信半疑だった男も先ほどの光景で呪われていると確信してしまったようだ。
『人があまり近づかないよう配慮しました。』
『えっと、死にたいか聞いた?』
『はい、ファロとニカがご奉仕ちゅ』
「そこまで!」
みるみる顔が真っ赤になっていきなり叫んだ忍にまた男は驚く。
いくら避難キャンプとテントを離していてもそういうときに訪ねてこられでもしたら大惨事だ。
脅しはやりすぎな気もするが、絶対訪ねてほしくない時だというところには賛成なので曖昧な笑みを浮かべるにとどめた。
それに対して男はどう受け取ったのか、ものすごくぎこちない笑みを返してくれた。
「夜はあまり近づかないほうがいいかもしれません。昼間なら誰かが外で作業してることが多いので、たぶん大丈夫ですよ。」
「たぶん……。」
「はい、たぶん、おそらく、不確定ですが。」
「おそらく…不確定……邪魔したな!」
脱兎のごとく逃げ出した背中はすぐに視認できなくなる。
『忍様、ニカとファロに声をかけておきますか?』
「……うん。」
疲労で休みを取ったはずなのに欲望に素直な忍だった。
疲れ切って心地の良い眠りについた忍は夢を見た。
空から一隻の船を見下ろしている。
海原に浮かぶ一隻の船、水平線までは岩も島もなく鳥さえ飛んでいない。
なんだか違和感のある大型船の舳先には一人の女が立っており、船上には真っ黒な人影が動き回っている。
見えているはずのその姿は忍には認識できない。神託だ。
舳先の女は進行方向を指さしたり地図のようなものを広げたりして機嫌が良さそうだ、黒い人影たちは黙々と操船作業をしている。
その耳にはコインと釣り竿の意匠が光っていた。
やがて船の向かう先に嵐が訪れた、船が進路を変えようとしたが女がなにやら指示を飛ばしたようで船は進路を戻し嵐の中に突っ込むようだ。
荒れ狂う海、波に持ち上げられて激しく揺れる船、結界のようなもので守られている船は波の間をすすんでいく。
恐れおののく黒い人影の中で女だけが上機嫌だった。
しかしそんな船の下に、船よりも大きな影が横切ったのに気がついてしまった。
船は嵐を突破した、地平線に青みがかった陸地の影が薄っすらと広がっている。
そのまま陸地へと向かい順調に航行していくがあと少しのところで異変が起きた。
海岸線に喜ぶ女とは対象的に黒い人影が慌ただしく船を駆け回る。
順調に動いていたはずの船はどんどんと明後日の方向へ流されていく、最後には触手のようななにかに絡め取られて真っ二つになり沈んでいった。
船を沈めた大きな影は遠い海から船を追い、ここまでやってきてしまったのかもしれない。
陸地の砂浜は流れ込む川で真っ二つに別れていた、その景色を忍は知っていた。
目をつぶったまま眉をひそめる。
白雷と戦ったあの砂浜だ、これで二回目……あの砂浜はなにかあるのだろうか。
こんなタイミングで魔王や使徒に出くわすのは歓迎できない、忍と同格以上の相手と戦うには抱えているものが大きすぎる。
ファロたちを一時的に置いていくのはみんな納得しないだろうし、どうしたものか。
身動ぎした忍だが柔らかな感触に包まれていることに気づく、ファロとニカに挟み込まれ抱き枕にされているようだ。
体を起こすと二人も起きてしまうだろう、忍は幸せな感触に埋もれながら頭を悩ませるのだった。
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