裏世界の代償
焔羅はある朝唐突に食卓に混ざっていた。
ものすごく上機嫌でシーラの揚げたての唐揚げを頬張っている。
「おかえり、いつ帰ってきたんだ?」
「二日前。ちょっと調べたいことがあったから街にいた。アネさんは気づいてたぜ。一回捕まったからな。」
『怪しい動きをしていましたので、報告したほうがよろしかったでしょうか?』
「いや、まあ、怪しい動きっていうのが気になるけども。」
『忍様が参加していない炊き出しで何度も何度も並び直しては食事をしていました。』
「焔羅、正座。」
「いや、知ってるだろ!腹が減るんだよ!」
いきなりどこかに消えたと思ったらこれである。
炊き出しに何度も並ぶことは禁止されてるわけではないが、行儀が悪い。
というか近くにいるんだからそんなにコソコソしなくても……いや、姿を見られたくなかったのか。
「何を調べてたんだ?ポンシャスか?」
「お頭と仲が良い受付だよ。ミネアとウィン。」
「なんでまた。」
「全員気になってるぞ。お頭があわてて助けに行くって言い出したからな。ま、二日間ずーっと仕事してただけだが。あーいうのが好みなのか?」
「そういうのじゃないって……。いきなりいなくなるし、あ、使えそうなやつって何だったんだ?」
焔羅は少し考える素振りをしてわしわしと頭を掻いた。
「情報屋、だな。」
「ずいぶんわざとらしく溜めたな。あんまり悪巧みしないでくれよ。」
焔羅がもったいぶるときは突っ込んでくれるなという意味合いだろう。
話は終わったとばかりに飯を食いに行こうとした焔羅の肩を掴み立つのを止める。
「炊き出し並び直しの件は全く関係ないな。命令、正座継続。」
「わ、悪かった、悪かったって!」
「最初にその言葉を聞きたかったよ。……しばらく反省しなさい!」
焔羅はみんなの朝ご飯が終わるまで正座の刑とした。
その後、すっかり冷めてしまった朝食を一緒に食べて、焔羅をバンバンのところへ連れて行くことにした。
バンバン・ババババ・ババババン。
店なのか倉庫なのか廃墟なのかわからない建物の扉を開けると、中は静かだった。
「こんにちはー。」
返事はない、昼過ぎなのにまだ寝ているのだろうか。
もう一度呼びかけてみても返事がないのでカウンターの奥の扉を開けてみる。
工房らしき場所の机の上に半目で大口を開けたバンバンがもたれかかっていた。
忍の頭に血の海に横たわるカジャがよぎる。
「ごがっ!」
バンバンの体が一瞬のいびきとともにビクンと跳ねた。
良かった、生きていた。
「お、おう?」
「起きました?もう昼ですよ?出直したほうがいいですか?」
「あー…店で待ってろ。顔洗ってくる。」
ノロノロと起き上がったバンバンを見送り店に戻る。
焔羅はホコリを被った店内をうろついていたが、興味なさげに忍の後ろについた。
「ここ、なんなんだ?」
「武器屋だよ。魔物相手に苦労していたみたいだし、パーティで魔剣持ってないのは焔羅だけだからね。」
ミスフォーチュンは忍、ニカ、山吹、焔羅の四人で登録されている。
この中で武器が数打ちの量産品なのは焔羅だけだ。
ブラックタイガーやパドルトカゲと戦うには焔羅の武器は攻撃力不足だった、上手く刺すことで傷を与えていたが毛皮というのは意外と防御力が高いのだ。
「まあ、否定はしねえけどよ。」
この店の惨状では不安になるのも仕方ない、まあまあとなだめているところにバンバンが三本の剣を持ってやってきた。
「バンバンだ。」
「焔羅。」
「この三本の剣、あんたならどれを買う?」
「中央だ、で、研ぎ直す。」
焔羅とバンバンの問答が一瞬で終わる、手に取りもしないで中央の剣を選んだ焔羅にバンバンは微動だにしない。
「研いだ剣を持ってるか?」
焔羅がどこからか短剣を取り出した、いつも使っているやつだ。
幻影魔法がかかっているとわかっていても水着のようなその格好から物が出てくるのが不思議でならない。
バンバンは真剣に短剣を調べて腕を組んで悩みだした。
「忍よぉ。オメェこいつがどんなやつかわかってんのか?」
忍は質問の意味を汲み取れず首を傾げる。
バンバンはため息を付くと意を決したように口を開く。
「こいつがガストの暗殺者だってわかってて連れてきたのかって聞いてんだよ。」
「え?!なんでわかったんですか?!」
「あ?!知ってんのかよ!?なおさらなんで俺んとこにつれてきた?!」
「あ、いや、ごめんなさい。元、です。元ガストの暗殺者。今はうちの斥候担当なんでガストとは何の関係もないです。なんならガスト側の仕掛けた作戦を一緒に潰してます。」
「戦争中の敵国、嘘が十八番の生業じゃねえか……いくらオメェの話でもこればっかりは信用できねえ。悪いがそいつに武器は打てねえな。」
バンバンの言う事はもっともすぎた。
忍としてはぐうの音も出ず、ごめんなさいといいかけた。
「お頭、印よ主を明かせって言ってみ。」
「え……しるしよあるじをあかせ。」
焔羅の首の後ろが赤く光る。
髪をかきあげるとうなじにある奴隷契約の魔法陣が光っていた。
「ガストのことが分かるならこいつの意味もわかるだろ。マクロムの奴隷証明書だってある。俺の武器はどうでもいいがお頭を悪く思わないでくれ。」
「おまっ……チッ、他のやつには言わないでおいてやる。命が惜しけりゃバレないようにするんだな。」
焔羅は終始冷静だったがバンバンは苦虫を噛み潰したような顔をしているし、忍の胸中はぐちゃぐちゃである。
忍は店を後にするとその足で珊瑚亭に向かい適当に注文して個室を取った。
「すまない。私の配慮が足りなかった。」
「仕方ねえ、まさかバレるとも思わなかったしな。なんなんだあのおっさん。」
「友達の弟、まあ今じゃバンバンさんとの付き合いのほうが長いけどね。」
「赫狼牙を作った土の民の鍛冶師ってお頭の話にたまに出てくるやつだろ?」
「あ、そうか、ガスト出身かも、ドムドムも奴隷になる前はガスト軍の兵士だったらしいし。」
忍の何気ない言葉に焔羅はため息を付いた。
「お頭、ガストで正規軍の兵士ってのは貴族階級だぞ。強いのは当たり前、さらに奴隷を指揮するのが仕事だからな。大方ヘマして一族郎党奴隷落ちにでもなったんだろう、あのおっさんは逃亡者だ。」
「あー……そんなとこにガストの暗殺者連れた知り合いが現れたわけか。バンバンさんになんて謝ろう……。」
なんとも悪い取り合わせ、やってしまったことは取り返しがつかない。
忍は落ち込んで机に突っ伏した。
「まあ、主人は証明したからな。あとはお頭の人望次第じゃねえか?」
「ははは、絶望的ってことか。」
『忍様の人望を疑うものなどこの千影が消し去りましょう。』
「やめて。」
『では、改心しましょう。』
「やめろ。」
千影、改心は心を改めさせるのであって心を改造しましょうってことじゃないんだよ。
「なあ、メシ頼んでいいか?」
「ナミバガイの酒蒸しかおまかせ漁師焼きがおすすめだ。私は水だけでいい。」
「なんだよ、お頭も食えよ。食わせてやろうか?」
「水、だけで、いい。」
朝から焔羅に付き合って唐揚げを食べていたのでお腹はそこそこ満たされているし、今は少しぼうっとしていたかった。
よって外の廊下を歩くドタドタとした足音も雑音にしか聞こえていなかった。
唐突に個室の扉が開き、赤髪を短く切りそろえた老魔術師がどっかりと焔羅の横に座った。
「挨拶にも来ないで女遊びがそんなに忙しいのかね。蜘蛛殺し。」
「仕事が忙しすぎて酒も飲めないって聞きましたよ。海蛇の魔女。」
伏せていた顔を上げてカジャと目が合うと二人は揃ってニヤリと笑った。
「千影もお嬢さんも悪いね、まあ、文句はこいつに言っとくれ。なんであたしを師匠なんて言ったんだい。街の外にぞろぞろと女連れで野営してるって話もよく聞くんだがね。」
「師匠は誰かって聞かれて答えちゃったんですよ、すみません。」
「まったくなんか偉い肩書でも手に入れたのかい?」
「カジャさん知ってて言ってますよね。私は偉くなった気なんて全くないですけどね。」
ミネアたちが一緒に働いているし冒険者証は何度も提示しているため、特級冒険者だということはギルドマスターのカジャなら知らないはずはない。
運ばれてきた料理をナチュラルにカジャが受け取って次を注文している。
「神官長様だろ?」
「ああ、そっちですか。成り行きですよ。というかだいたい成り行きなんですけどね。訳アリばっかりですがそれなりに楽しくやってます。」
「訳アリ……ね。」
カジャは隣で遠慮なく飯を食っている焔羅に視線を送り、忍に戻した。
「今日は仕事で来たのさ。身分証を作ることになってたんだろ?」
そういえばみんなの身分証を作る話が進んでいた、シジミールがぐちゃぐちゃになってすっかり忘れていた。
「どうせとんでもない奴ばかりだろう?上位精霊と空飛ぶ従魔の次はどんなのを手なづけたんだい?」
「言いづらいんですよ。さっきバンバンさんを怒らせてしまったところなので。」
「なんだい。いつも怒ってるじゃないか。」
カジャはいつもの調子だがちょっと何が地雷になるかはわからない。
素直に話してしまいたい気持ちもあるがカジャもアサリンドの住民だ、忍が決めかねているとカジャは自分のことを語りだした。
「特級冒険者、海蛇の魔女、名乗りたくないんだけどね。あたしはシーサーペントを従魔にしてるのさ。シーサーペントに海で襲われればどんな手練れでも命はない。だから兵士どもは国の防衛のためにあたしが頼まれてここにいると思ってる。けどね、あたしにとってはずっと連れてる従魔で家族みたいなもんってだけのことなのさ。この街にいるのもここが良い海であいつが腹いっぱい食ってのびのび泳げるからなんだよ。わかるかい?」
カジャは寂しそうに語る。
忍はぼうっと聞いていてカジャの言いたいことが飲み込めなかった。
「察しが悪いね、酒でも飲んでるのかい?」
「いえ、なんだか帰りたくなりました。」
「なんでだい!話が終わってないだろ!受け取り方なんて人それぞれなんだから話してみろってことさね!」
単純に白雷たちに会いたくなる話だった。
忍は考えすぎてだるくなってしまったので、もう早く帰りたかったのだが焔羅が食事を食べ終わって口を開いた。
「俺はガストの奴隷として働いていた。おっさんにそのことを見抜かれた。正論でボコボコにされてお頭がへこんでる。」
「ほうほう、そうかい……なんてこと聞かせてくれたんだい!」
カジャの見事なノリツッコミが炸裂し、忍はもうどうにでもなれと思考を放棄した。
「全く、この時期になんてめんどうなことを。さっさと未開地でもどこでもいっちまったほうがいいね。」
「あんたは、心配じゃないのか?」
「冒険者なら生きるも死ぬも自己責任、それに忍は坊っちゃんでも千影がいるだろう。ま、バンバンも話を聞く限りじゃ本気で怒ってるわけじゃない。あたしは杞憂だと思うけどね。」
『カジャはわかっていますね。』
「アネさん、足元から這い上がらないでくれ。」
バンバンとのことを相談できたので忍の心は軽くなったが、ついでにニカたちのことも色々と話すことになってしまった。
もともと冒険者ギルドに掴まれていたことはカジャの耳にも入っており、事実確認といくつかの質問をされてほぼ全員が人外レベルの実力を持っているということだけは話した。
カジャは驚き疲れて忍と同じように思考を放棄した感じだったので詳しい話がなくても納得してくれた。
「確認するよ。魔人が二、モリビト、水の民、と奴隷登録はいいね。で、従魔が四、うち冒険者登録するのが三。色々と手続きがぐちゃぐちゃになってるからすでに登録が済んでいるやつも整理させてもらうからね。」
「はい、あと冒険者登録は全員でしておくことにしようかと、奴隷はこの国では色々ありそうなので。」
「ああ、そのほうがいい。お坊っちゃんも少しは世間ってもんがわかってきたね。」
お坊ちゃん発言に突っ込む気力もないのでスルーする。
話が終わるまでに焔羅の追加注文と食べ終わった皿で机が埋まりそうになっているが、カジャと素直に話すことが出来たので許そう。
なんでこんなにお腹が空いているんだろうか、どこかで大量の魔力とか使ってないよな。
「それじゃ、そういう形で用意しとくよ。処理はミネアに頼むから他に漏れたりはしないさ、安心しな。……本当によく食べるね。炊き出しで欠食娘って呼ばれてるよ。」
「ングッ?!ごほっ!ごほっ!」
「すみません、うちできちんと食べさせます。」
唐突にカジャの矛先が焔羅に向いて、まだ食べ続けていた焔羅は咳き込んだ。
まさかあだ名が付いているとは、忍は謝った後にチベットスナギツネの顔になったが、焔羅は水で食べ物を流し込みながら目を逸らした。
カジャは延々と愚痴を並べ立てて酒を飲み、最終的には探しに来たミネアに引きずられて冒険者ギルドに戻っていった。




