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海蛇の魔女、末路、ガストという国

 ポンシャスは忍の訴えに首を傾げていたが、あのキスは必要な行為だったと言い出した、あのときはダンボに自分の記憶を見せる魔術を行っていたらしい。

 ポンシャスの魔術は動きによって発動する、ポルポ部族の魔術師は口元に生えた触手で魔術を複数同時に行使することが出来るとのことだ。

 忍がいなくなったことでダンボは上機嫌に臆病者と笑っていたそうだ。

 ポンシャスとしては大いに困ったようだが、特にダンボの方針などは変わらないようだったので報告に来てくれたらしい。

 怒ったりはしていないようだ。たぶん。


 「ダンボの預かっている兵は港から沿岸を数日交代で哨戒して回っているの。海蛇の魔女も今回ばかりは協力してくれているので問題はないわ。」


 「そうです……か。」


 聞き慣れない単語を反射的に聞き返してしまいそうになったが、ここで聞き返すとまた話が長くなりそうだったので咄嗟に忍は我慢した。

 海蛇の魔女、なんだか響きがかっこいい。

 黒衣の薬草売りや蜘蛛殺しとはえらい違いだ、合わせて聞くと殺虫剤の行商人みたいだし。

 殺虫剤か、間違ってない気がしてくる。

 トールの根っこはいまも吸っていたし大量にストックしてあるのだ。


 「私はコレで会社をやめました。」


 海蛇の魔女を聞き返すのは我慢したのに往年の名台詞が出てしまった。

 ポンシャスは真顔で微動だにしていない、少し恥ずかしくなったので居住まいを正す。


 「魔法は独学と聞いたけれど、貴方の師は海蛇の魔女だと聞いたわ。本当かしら?」


 「え、まさか海蛇の魔女ってカジャさんですか?!」


 頷かれた、二つ名が眩しいけどカジャがどんな魔術を使うか忍は知らない、海蛇を従魔にしているのだろうか。 

 しかし、カジャは魔術師・魔法使いギルドでは良くない扱いを受けていたと聞いた気がするし、なんだかコレも複雑そうだ。


 「カジャさんは魔術師としての心構えや従魔術を教えてくれたんです。私は師匠だと思ってますよ。海蛇の魔女というのは初耳ですけど。」


 「海蛇の魔女はシーサーペントを操る従魔術師よ。ポルポとは仲が悪いの。昔、ポルポが敗走した海戦を彼女は一人でひっくり返してしまった。それ以来顔を合わせては衝突するようになっているわ。流れ者だったらしくて、他の貴族とも仲が良くないのよ。」


 「その話だけ聞くと、私はカジャさんの肩を持ちたくなるんですけど……。」


 「そうでしょうね。貴方は平民の考え方に近いようだから。」


 話が終わりポンシャスは街の中へ帰る、忍は送ると言ったが断られてしまった。

 まあ、なにはともあれポールマークまでの護衛が終わった時点で忍は自由行動をしていいことになっているのであとはまったりと山吹と焔羅を待つだけだ。


 避難民のほとんどが敗戦を覚悟していた、アサリンドは冬の時代に突入するのだろう。

 首都が落とされたという情報は瞬く間に全土に広がった、今頃はジョーヒルなんかは大変なことになっているかもしれない。

 皆が国と心中する気で残っているのだとここに来るまでにポンシャスは言っていたが、人生がうまく行っているなら誰だって命は惜しいのではなかろうか。

 しかし、それから一週間経ってもガスト王国は砂漠や海を超えて攻めてはこなかった。




 忍は久々の炊き出しやカジャの無茶振り依頼などをこなしながらしばらくゆっくりと時を過ごすことができた。


 先に合流したのは山吹だった。

 山吹が帰ってきたと聞いて、魔物の間引きから帰ってきた忍はすぐにテントに向かった。

 テントの幕を開けると床いっぱいになんだかキラキラした宝飾品が並べられてその中心で山吹があぐらをかいて装飾品を身に着けていた。


 「おお、主殿。影分身がいなかったゆえ何かあったかと心配しました。」


 「……話はまずここを片付けてからだな。なんだこれ。」


 「よくぞ聞いてくれました!これぞジルコニアの誇る宝飾品の数々!これだけ立派であれば貴族との交渉など赤子を泣かせるがごとく円滑に進みますゆえ!」


 「いや、もう、交渉の日取りすぎてるから。円滑どころか決裂だから。」


 冷たい視線に山吹はたじろぐもののそんなに悪いとは思っていないようだ。


 「実は諸事情で持てるだけ持ってきてしまいまして、主殿の指輪に入れていただけると大変ありがたく……。」


 忍はため息を付いてテントの中の宝飾品を回収した。


 「しかし、なぜ影分身を使用していないのです?」


 『影分身を出さなくとも千影が常に忍様についていれば事足りるからです。もう二度と離れません。』


 「うん、千影もそろそろ機嫌直してほしいかな……。山吹もこの一月半に何をしてたか報告して。」


 千影はガーデンパーティの事件のあとずっと忍に張り付いている、ある程度気が済むまでは千影のいいようにしてもらっているのだ。

 忍の言葉が棘を帯びてきているので山吹も少し緊張しはじめた。


 「武器の修理などの雑用を終わらせ、ジルコニアにこの宝飾品を取りに行っていたのです。砂漠のいろいろなところに隠していたものゆえ、決してやましいことをしていたとかそういったわけではありません。本来ならばすぐに帰ってくる手筈だったのですが、途中で問題が発生しまして。」


 「問題?」


 「隠し場所の近くで盗掘者らしき一団を発見したのです。かなりの人数が野営をしており武器、食料なども持ち込んでいるようでした。このまま掘り出されるのは面白くないゆえ、少々思い知らせてやりまして、宝物を別の場所に移していたのです。」


 「……わかった。貴族との交渉は出来なかったよ。相手が聞く耳を持ってくれなかった。私も悪かったが、もう少しこまめに連絡してくれ。」


 「承知いたしました。鬼謀に腕輪ももらいましたゆえ、またお傍で仕えさせていただきます。」


 理由を聞くと仕方ない気もするので不問ということにした。

 ここに転がっていた宝飾品だけでもめちゃくちゃ量があるのだが、別の場所に移したということはさらにいっぱいあるということか。

 ちなみに魔力的なものが宿ったものは一つもなかった、わざわざ世に出ても大丈夫なものを選別していたのも帰るのが遅れた理由らしい。


 「盗掘者も残念だったな。山吹が帰ってこなければ大儲けだったろうに。」


 「人の力で宝物のところまで掘り進められたかは疑問ですが、かなりの数がバラけて潜んでいましたゆえ、出来る算段だったのかもしれません。ただ、砂漠に慣れたものにしてはお粗末でしたな、流砂をちょっと作ってやったら面白いように飲み込まれていきまして……。」


 「山吹、やめて。」


 人の死に様を自慢気に話さないでほしい、山吹にとっては武勲なのだろうが忍は聞いていて気持ちがいいものではない。

 ともあれ、山吹をごめんと撫でて無事に帰ってきてくれたことを実感する。

 忍はまたちょっと余裕がなくなってきているのを自覚したので、努めて現実逃避をすることにしたのだった。




 レクレトはシジミールの東側にある小さな村に潜伏していた。

 戦争の初期に放棄されたことになっているが、レクレトたちの諜報班が村人を殺害のちに子どもを確保し、秘密裏にビリジアン側に送り出していた。

 珍しい話ではない。

 ガスト王国では昔から行われていることだ、ガストが大規模な諜報組織を使い他国に送り込んでいる理由の一つでもある。

 おかげで奴隷魔術研究もすすんでおり、強制契約や契約強奪、果ては心や魂を封じるための封印魔術などの外法が開発されていた。

 違法奴隷を乗せた奴隷船はビリジアンから大回りで航海し途中で取引をしながら本国に奴隷を届ける。

 積み荷は本国に着く頃には正規の奴隷と金貨にすり替わっているのだ。


 アサリンドのポールマーク港からガストのフェーン港への航路は距離が短いが、海が荒れやすく出現する魔物も大型ばかり、九割が生きてたどり着けない死の航路とされている。

 そこを航海できるはずだった一割もその航路で消息を絶ち、今では挑戦するものさえいなくなってしまった。

 おかげでガスト王国から違法奴隷の販売ルートが一つ消え、奴隷を生業にしている者たちは怒り狂っていた。


 いつもであれば小競り合いで済んでしまうアサリンドへの侵攻も、今回は本腰が入っている。

 攫って済ませていた奴隷を国ごと手に入れる、それが今回の侵攻の目標だった。


 「おいおい。こりゃ、明らかにおかしいぜ。連絡もつかないってのはなんだ。」


 顔中にタトゥーをした男、ヒラサカの館で奴隷魔術を担当していた。

 この村にはヒラサカの館に潜伏していた諜報員と仕事をしていた絶対服従の奴隷が身を寄せている。

 とはいってもそれぞれのお気に入り以外は街を出るときに処分してしまったので大した人数ではない、昨日また壊したと聞いた気がするのでコトが終わるまで全員残っているかどうかもわからない。

 

 「おい、偉大なる王は何やってんだ?」


 「不敬ですよ。」


 「知るかよ、国の外に出たまともなやつは偉大なる王が只人だっ……がはっ、ゲホッ!」


 契約が発動し、男が苦しんで咳き込む。

 ガスト王国の国内と国外は全く違う世界だ。

 偉大なる王が国を出ることはほとんどない、国内では王の権威、貴族の権威は絶対だからだ。

 国外で活動しているものはそんなものが嘘っぱちだということを誰もが知っている、それでも逆らえない、国外に出るものはその大半が奴隷だからだ。

 ガスト王国は奴隷というものを最大限に使って運営されている奴隷大国、奴隷は奴隷を生み、奴隷を戦争に使い、奴隷を増やすために他国に侵攻する。

 そして、それらの横暴を許されるだけの圧倒的な力がガスト王国にはある。

 他の国というのはガスト王国にとっては奴隷を増やしてくれる集まりという程度の認識だった。

 ガスト王国は傲っていた、本気で攻めればすぐにでも支配できるという浅はかな考えがあったのだ。


 この場にいる諜報員は全員お互いの名前を知らない、レクレトという名前も本名ではないし、アジトで相手の名前を話すことは禁じられている。

 諜報員が知っているのはガストからの司令、その司令の内容も本隊と連絡がつかない今となっては意味があるかさえわからない。

 この思考さえも無駄なものかもしれない、ガストの奴隷に強制されるルールを大きく破れば死が待っている。



 待機し次の司令を待て。



 ここから逃げることは出来ないのだ。


 「ねえ、あいつはどこにいったの?」


 「奴隷のとこだろ、見境なく壊してるぜあの女。」


 「音が、聞こえないわ。」


 外からは全く音がしていない、悲鳴が聞こえなくなると無理やり悲鳴をあげさせる女だ。

 彼女がいるにしては静かすぎる。

 タトゥーの男が瞬時に警戒に入り武器を抜いて外に出ていった。


 レクレトは懐からナイフを取り出した、捕まりそうになった場合に自決するためだ。

 情報収集や工作活動に特化したレクレトは決して戦闘が出来る方ではない、もし捕まれば拷問を受けた挙げ句、秘密を喋ろうとした時点で契約に殺されてしまうだろう。

 それは地獄すら生ぬるいほどの苦しみだと教官に教えられ、いざとなったら自決することを勧められていた。

 あの開け放たれた扉から入って来るのが襲撃者なら、この首を迷いなく掻き切らなければならない。


 不意に、扉が揺れた。

 何がおこったのかはわからない、ただ、手からナイフが消えて首には腕が回されていた。


 「耳の速さじゃ勝てる気がしねえが、俺の得意はこっちなんでな。」


 その聞き覚えのある声にレクレトは薄れてゆく意識の中で自分の行く末が地獄すら生ぬるいものだということを確信した。




 「報告いたします!砂漠に潜伏していた奇襲奴隷部隊、地割れと水軍を有する魔術奴隷部隊、陣頭指揮をとるはずだったガスト軍ブラス将軍率いる正規部隊、すべて通信が途絶えました!」


 その報告にガスト王国の上層部が揺れた。

 侮っていたアサリンドにしてやられたか、ジルコニアが裏切ったか、なぜこんなことになっているのか誰一人として見当がつかない。

 定時報告では問題はなかった、砂漠からの念話や連絡というのは繋がらないこともあるのでしばらくは連絡できないこともある。

 しかし、全部隊との連絡が取れなくなるなどというのは明らかに異常事態だった。


 「最も近々の報告はどの隊だ!」


 「四日前の魔術奴隷部隊であります!」


 シジミールへの工作の決行日が迫る中、いきなり浮上した問題に誰もが頭を抱えた。

 ここまで奴隷を送り込み、従魔を配置し、この一手のために莫大な労力が注がれている、失敗は許されない。

 このような不祥事この場の全員の首が飛ぶ、更に一族郎党最低ランクの奴隷落ちは免れない。

 ガスト王国が誇る精鋭部隊が一体どこに消えてしまったというのか。


 数日後、生き残った小隊長が命からがら街にたどり着き、ガスト王国に報告が届いた。

 怯えきった様子で支離滅裂なことを喋る小隊長から聞き取れた情報は少なく、断片的な証言から浮かび上がってきた事実は全滅という驚くべきものだった。



 「流砂の中に何かがいた!あれは竜、竜だ!」



 砂漠への進軍で竜という強大な魔物を呼び起こしてしまったのだろうか。

 今から砂漠を越えアサリンドに第二陣を送ることは不可能だ、せめて首都に打撃を与えてくれたなら弁解もできるだろう。

 シジミールには最悪の場合に切り捨てられるよう奴隷しか送り込んでいない。


 「もったいないものもいるが、せめて最後に偉大なる王のため働いてもらおう。」


 上層部は心にもないことを口々に言い合って、責任を誰に押し付けるかを考えはじめた。

 ガスト王国はシジミールを一時的に落とすことには成功したが追撃の手段を失い、アサリンドは運良く滅亡を逃れたのである。

 自分たちの軍隊が取るに足らない盗掘者と勘違いされて襲われたとも知らずに。


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