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難破船と魔王

「ドムドム、すごい、この家。安定感やばい。」


 「忍殿、褒めすぎだぞ。こそばゆい。」


 「千影どうだ?床下スペースの居心地は?」


 『快適ですね。光もほとんど漏れてきません。』


 忍は本日何度目かの称賛の言葉を送っていた。

 マイホームが完成した日、海ではストームキャットが鳴いていた。

 これはまずいと家の中に入ったのだが、到来した外の嵐に対して家の安定感は抜群だった。

 土間と居間、仕切られた寝室で作られており、寝室と居間のスペースは底上げされていた、床下は千影が昼間でもくつろげる影の濃いスペースになっている。

 寝室には床下から直通の穴があり、千影の導線も確保されていた。

 まあ、寝室直通の話は先程いきなり聞かされたのだが。ドムドムがサムズアップをしていたので確信犯であろう。


 「まあ、この雨だ、ドムドム今日は泊まって。ご馳走作る。カッツギーも茹でるよ。」

 

 「おお、あれはうまかったぞ。ぜひ茹でてくれ。」


 ドムドムはカッツギーがえらく気に入ったらしく、塩ゆでにすると鍋を空にする勢いで食べるのだった。

 今日は貝や貴重な葉物も入れてスープ仕立てにしてみたが、この男、カッツギーだけ掬っている。


 「しかし、千影殿は食事をしないのだな。この味が楽しめないとは…不憫。」


 「まあ、その点はわかる。」


 『千影は味というものがよくわかりませんので。その分、忍様の魔力を頂いております。』


 「ほう、千影殿の好きな味は忍殿の魔力の味だと。」


 『そうかもしれません。』


 「ドムドム、ニヤつくな、カッツギー追加しないよ。」


 「忍殿、それは大人気ないぞ!」


 この世界に来てこんなに楽しい食事があっただろうか。

 千影は人ではないからちょっとズレている。

 ドムドムはうるさいし、すぐに変な勘ぐりをしてくる。


 「はっはっは。大人気なくて結構。葉物は貴重だ、残すな。」


 忍は、久しぶりに楽しくて笑った気がした。

 この時間はいい思い出になると、そう思えた。

 夜、ドムドムのいびきは相変わらずうるさかった、忍はドムドムを泊めたことを少し後悔していた。


 「はぁ、新しい魔術の準備でもしておくか。」


 『忍様、お付き合いいたします。』


 大いびき、刻む魔法陣、寄り添う闇、マイホームのはじめての夜はこうして過ぎていった。


 さて、本日も暴風雨が続いている。

 室内で試せる魔術を試し、少し遅れた勉強を取り戻していた。


 『忍様、海岸に行ってまいります。』


 千影が海岸の見回りに出かける。忍が頼んだため一時間ほどは戻ってこない。

 つまりこの時間はちょっとしたチャンスである。


 「何かあったら教えてくれ。昨日頼んだ通りしばらく滞在して様子を見るように。」


 千影を見送った後、忍はいそいそと魔王の秘蔵コレクションを取りだした。

 実際のところ、魔術的なヒントや魔術自体が載っている可能性がわかっていてもこれらの研究は遅々として進まなかった。

 ずっと千影が一緒に行動していたからである。


 「他人の監視下で大人向け書籍読むなんて拷問以外の何物でもないからな。」


 それ以前の情けなさな気もするけど、それはいいっこなしだ。

 最初は前の世界で言うところの俺のハードディスクは消去してくれに相当するものだと考えていたが、教科書になるとは。

 影の書の理論的に発動しそうというだけで、湖でもタイミングがなくて試せていないということもあるからな。

 ……影の書の理屈のほうがこれらの本の後追いとか……いや、まさかな。

 恐ろしい可能性に行き当たりつつ、アタリをつけていた魔術や魔法陣を木の板に彫り写していく。


 【従魔の魔術】、ご主人様とにゃんだふるライフでご主人様が使う魔術。

 捕まえた魔物を獣魔にするときに使うが、捕まえてなくても発動する。

 これはきちんと説明が書いてあったからわかりやすかった、実際に広く使われてもいたようなので本物である可能性が高いだろう。

 呪文や条件も千影のときとあまり変わらないため、ぶっつけ本番でも使えそうだ。

 最終的にご主人様は獣人を五人獣魔にするのだが、全て魔物という設定なので実際の獣人に使えるかは不明だ。忍的には従順で家事が上手な犬系ショートボブ三毛猫耳少女が可愛い。


 【増強】ご主人様とにゃんだふるライフでご主人様が使う魔術。

 従魔の身体能力を強化できる。魔法に対する防御力も上がるようだ。

 シンプルな効果ゆえシンプルに強そう、千影にも試してみたい。

 また、他にも従魔術という従魔を強化するための魔術群が存在するらしい。


 【名称不明】、寂しがりのサキュバスで迷い込んだ洞窟で土魔術師が使う魔術。

 出現した岩壁に主人公のサキュバスを埋め込んで動けなくしてしまう。

 壁から尻が出ているという間抜けな格好はものすごく屈辱的だ、この魔術には捕まりたくない。

 魔術師は呪文を唱えながら魔法陣の書かれた呪符を投げていた。

 捕獲系の魔術なので、なにかの理由で気絶させずに相手を捕まえたいときに使えそうだ。

 また、この内容で判明したのだが、魔術の名前は作った人が呼称としてつけているだけで、同じ魔術でも発動形態などが違えば名前が違う。

 つまり、魔術の名称は使う側で勝手に変更しても支障はないらしい。

 むしろ変な名前だと魔力を操るのに支障をきたすので、自分のしっくりくる名前をつける魔術師も多いとか。


 【デリケート】、寂しがりのサキュバスで大人の時間を敏感にするために使われていた魔術。

 しかし、視覚や聴覚、嗅覚が大幅に強化されている描写があり、おそらく本来は探索の目的で使える魔術なのではないだろうか。

 描写上、描いた魔法陣の中に入って使う。

 ちなみに主人公のサキュバスは毎回相手の男を殺してしまうため、ちょっとだけ悲しげに終わることが多い。


 「こんなものか。」


 魔術はまだまだあるのだが、用途が限定的だったり条件が特殊だったりして現在の状況での使い道は思いつかなかった。 

 さて、名称不明、どうしようか。


 「流石に壁尻はそのまま名前にできないしな。土遁・岩枷とかか?」


 他のよく使う魔術も、イメージのいい名前が見つかったら変えてしまおう。

 忍の中二病、もとい、忍者魂が疼きはじめていた。


 『忍様、ただいま戻りました。しかし、少々気になることが。』


 砂浜から帰ってきた千影は不思議なことを報告してきた。


『砂浜になにか流れ着いたということはないのですが、ストームキャットがおりました。』


 「連続で嵐が来るのかね。」


 『それが、ストームキャットが集団で砂浜に降りて砂をつついているのです。』


 なるほど、たしかに見たことがない。

 神々の耳飾りの動物図鑑によるとストームキャットは嵐の周りの風が強いところでしか飛べないという、砂浜で見たときも嵐の前だけに現れてほとんど地面に降りてくることはなかった。

 忍は川の濁りや増水のことを思い出していた、相手は大自然なのだ。


 「いつもと違うこと、か。ドムドムにも意見を聞いてみよう。」


 忍は千影を連れて、ドムドムの家を訪れた。

 ドムドムは雨の日にも関わらず家の中で鍛錬をしていた、湯気を立ち上らせながら上半身裸で玄関に出てくる。

 ムワッとした空気が外に漏れる。


 「どうした?珍しい、雨の中こっちにくるなんぞ。」


 「聞きたいことがあったんだ、うちで話すか。飯も作る。」


 「おお、すぐ行くぞ!」


 熱気が籠もった小屋に尻込みして訪ねて来たのに自分の家の方に誘ってしまった。

 ドムドムは上機嫌で用意をし、忍についてくるのだった。


 「知らん。」


 「お、おう。」


 食事の用意をしながら、本題であるストームキャットのことを聞いてみた。

 そして一瞬で答えが出た。


 『何も迷ってなかったですね。使えない。』


 千影が辛辣なこと言ってくるが、反応したらドムドムに気づかれる。

 ちょっと悪い気がして忍は何気なく鍋にカッツギーを足しておいた。

 そして、底なしの指輪の中身を見て忘れていたことがあることに気づく。


 「ドムドム、あんたが流れ着いたとき、一緒に流れてきたものがある。見てくれ。」


 回収したものを少しづつ土間に並べていく。


 「ランプに、おお、酒樽やら水樽だな!こっちはおぉ?!忍殿喜べ!この小さい樽、船大工の工具だぞ!!網なんぞもちょっと直せば使えそうだ!!」


 ドムドムは興奮して声がどんどん大きくなってきた。

 しかし、樽の中身が工具とは。

 千影に運んでもらったものを回収しただけだったので、気づかなかったのは迂闊だった。

 出していった品物を漁っていたドムドムの手が、焼け焦げた帆を見たときに止まった。


 「……これを、ここで見ることになろうとは。この紋章は我がガスト王国のものだ。」 


 半分近く燃えていたとはいえ、かなりの面積の布だったので持ってきてしまったが、紋章を見るドムドムの目はどこかを懐かしむような、悲しそうな目であった。


 「忍殿、このランプと布がほしいぞ!小屋の中とはいえ包まるものがなにもないのはつらいぞ!!」


 「ああ、持って行け。酒も私はほとんど飲まないが、一樽だけ貰ってもいいか?」


 「遠慮するな!集めたのは忍殿だ!酒はほしいが、貰う立場なのはわしの方だぞ!!」


 ドムドムは豪気だが、流石に物欲がなさすぎやしないか。

 しかし、こちらも欲しい物が色々あるのは事実だ、工具箱なんか本気でほしい。

 忍は少し考えてドムドムの好意に甘えることにした。


 「では、これらは私が指輪に持っておく、使うときは遠慮せず言ってくれ。ドムドムには酒が一樽と帆船の布、ランプ、それからこれを使ってくれ。」


 忍はドムドムにレッサーフェンリルの毛皮のうち二枚を渡した。


 「よくわからないからそのままだったけど、毛皮だし温かいはず」


 「忍殿ぉ!!何をやっておるうぅぅああぁぁ!!!こんな上等なああぁ皮をおぉ!!!そのままあぁほっておくとはあぁぁ!!!!」


 「ぎゃー!!すみません!!」


 「すぐそこにアレが生えておったなぁ!!!」


 そう言うとドムドムは忍の手を引きそのまま外に走り出してしまった。

 近くの木の前に来るとドムドムは忍に斧を要求した。

 慣れた様子で二種類の木の皮を剥いでいく、雨に打たれながらやる作業じゃないが、目の色が変わっている。

 よく考えたら指輪に入れておけば食事の後でも大丈夫じゃないか。


 「ドムドム、ちょっと。」


 忍は久々にショーの実を使うのであった。

 ドムドムを落ち着かせた後、食事を終わらせてから一日かけて毛皮の処理と鞣し方の概要を教わった。


 そこでわかったことだが、炎を使うレッサーフェンリルの毛皮は普通と違い、熱を持っており暖かかった。

 魔法を使う魔物の一部などは魔力が染み付いており、魔法的な力を持つことがある。

 そんな素材は高値で取引され、そして市場にはめったに出回らない。

 一枚売れば一年は遊んで暮らせる、通常の毛皮の百倍位の値段になるようだ。

 バンブーグリズリーの毛皮も好事家に人気が高く、完全なものなら一ヶ月は遊んで暮らせる。売らなくても暖かくて大きな毛皮は野宿をする冒険者などにも人気が高い。

 ちなみに普通に皮をなめすと数ヶ月くらいかかるらしい、街などで魔術でなめしてもらっても三日ほど、この冬の間には間に合わなさそうだ。


 これらの情報を聞き出すまでに、忍は都合五回ほどドムドムに怒鳴りつけられていた。


 「まったく、規格外なのはわかっておったつもりだったが、遥かに上をいっておるぞ。」


 「ははは。そうだ。下処理終わったら魔法の毛皮とグリズリーの毛皮、一枚づつ持って行けよ。」


 「受け取れるわけ無いじゃろがこんな高価なもん!それにわしは底なしの指輪なんぞ持っとらんのだ、腐っちまうわい!」」


 なるほど、底なしの指輪は盲点だった。

 普通なら長期の旅なんて大荷物で当たり前なのだ。

 それだけではなく食料も水も道具もなく裸一貫で遭難しているはずだったドムドムは、食事や寝床の提供などに忍が考えている何倍も恩を感じているのだろう。


 「この帆の燃えカスだけで十分だ。三周くらいくるまれるぞ。」


 「ははは。嵐、なにもないといいんだが。千影、砂浜の様子を見てきてくれるか?」


 『仰せのままに。』


 千影が砂浜の様子を見に行った後、ドムドムが変なことを聞いてきた。


 「忍殿、わしが死んだら。仇を取ってくれるか?」


 空気が、ピンと張り詰めた気がした。

 さっきまでの軽口と同じ流れで返してはいけない、そんなことを忍に伝えてくる空気だった。


 「五分かな。勝てない喧嘩で無駄死にするほどバカじゃないつもり。」


 「ぐふ、がははははは!良い答えを聞いたぞ!命あっての物種だ!!」


 そういう意味じゃないんだが。忍は出かかった言葉を飲み込んだ。

 生きていることが苦しい上に無駄であるなら、死んでしまう方が世のため自分のためだ。

 だが、現在の自分はそうではない。

 ……いや、これは異常な感性だ、ドムドムに言うことじゃない。


 「忍殿、明日も雨なら大工道具の使い方を教えてやるぞ!!」


 考え込んでいる間に、ドムドムは自分の家に戻っていった。

 忍は過去から戻ってきた思考に高ぶった気を引き締めて、できることを探すのだった。


 それから数日、雨と嵐が交互に来るような天気が続いた。

 血肉や皮の処理は家の中でやってしまうとものすごい匂いになってしまうというのを学んで、概要だけ教わって初日以降はやっていない。

 簡単な工芸品、竹細工、どれも基本は教えてもらった。

 ドムドムは室内に飽きて忍の家に入り浸りながら塩ゆでのカッツギーをつまみに酒を飲んでいた。

 忍は竹ザルを作っている、教わったことを覚えるのにずっと練習していた。

 千影は毎日海の様子を見に行ってくれるが、たまに木片や海藻のようなものが流れてくるものの、特に砂浜は変化しなかった。

 ストームキャットだけが獲物を求めて砂の中を漁っている。

 今日もそんな退屈な日になるのかとぼんやりと考えていたのだが。


 『沖合に、船らしきものを確認しました。少しづつ砂浜に向かってきているようです。』


 そんな千影の報告にドムドムが反応した。


 「この嵐にこっちにか?どんな神経しとるんだ?」


 ドムドムによると嵐の最中に無理やり接岸すると船体に穴が開くらしい。

 動力のある船でも沖の方で嵐が過ぎるのを待つのが普通のようだ。


 「この長雨でしびれを切らしたとか?」


 「こんな未開地に乗り付けるくらいなら先を目指すぞ。難破してどうにもならんというのが一番ありそうだ。」


 『あのペースならほどなくして到達するかと。』


 「まあ、生存者がいるかもしれないし、食べ物を用意し」


 「忍殿、海岸で迎え撃つ方がいいぞ。」


 ドムドムが変なことを言った、迎え撃つ?


 「この未開地の航路なんぞを行き来する船は一つしかないぞ!奴隷船だ!」


 ここら一帯の沖は未開地の危険な航路として有名で、航行するのは九割が命知らずの犯罪者しかいない、目的は奴隷の売買や禁制品の密輸である。

 航行挑戦者の船は奴隷船と呼ばれ、生きて帰ってくるのは十隻に一隻いれば良い方という追い詰められた者たちのギャンブルなのだ。


 ドムドムの話が本当ならそんな船に乗るような奴らを迎えたら害にしかならないだろう。


 「わかった。ドムドム、竹槍と鍋、いるか?」


 「かたじけない。」


 こうして忍たちは雨の中で船を待つことになったのだった。

 砂浜についた時、船はもう視認できるところまで来ていた。

 前世で見た漁船よりも少し大きいが観光フェリーよりはだいぶ小さい、船体はボロボロでマストは折れ、ところどころに焦げ跡がついていた。船体の横には剣と杖の交差した上に盾の描いてある紋章が刻まれている。

 それはあの帆に描いてあった紋章の一部と一致していた。

 ドムドムが、船を見て声を上げる。


 「グローズガレリア号?!生き残っておったか!!」


 「知ってる船なのか?」


 「最悪じゃ!あの船には我が主がのっておる!わしは主の命令には逆らえん!!」


 ドムドムは己の首元に触れながら険しい顔をしていた。

 

 「おい、その首輪って」


 「わしが話してくる!!忍殿、いざとなればわしを斬ってくれ!!」


 「おい!話を」


 ドムドムは鍋と竹槍を捨てて船に走り出す、ズズンという衝撃とともに砂浜に着岸した船はメキメキと音を立てて少し沈んだ。

 船底が抜けたのかもしれない、それはもうこの船が完全に動かなくなったことを意味していた。


 「斬ってくれ?ふざけるなよ。」

 

 忍は意味がわからないふりをした、そんなことになんてならないと信じたかった。

 しかし、忍はわかっていた。ドムドムが奴隷で、首輪で服従を強いられている可能性を。


 ドムドムは船体から垂れ下がった鎖に飛びつくと器用に登って船に入った。

 船の上は酷いものだった、落雷や飛来物が落ちてきたのだろう、甲板にはところどころ穴があいて、応急処置をしたあとがある。

 また、刃物の跡と焦げ跡がいくつもついており、ドムドムはあの夜を思い出していた。




 嵐の中、船は揺れ続ける。

 ドムドムは主人である、グライブ・ガスト・ロード四世の命令で商品を働かせていた。

 船の補修や雑用に、奴隷を駆り出していたのだ。


 半年前、ガスト王国にはクーデターがおこった。

 首謀者であるグライブは王家の血を引いてはいたが、素行は最悪で犯罪者とも通じていた。

 それでも王族の末席にいられたのは奴が優れた魔法使いだったからである。


 ドムドムは前王であるグライブの父、グラッジに仕えていたが、クーデターの際前王に組みした犯罪者として、無理やりグライブの奴隷にされてしまった。

 グライブはドムドムがずっと気に入らなかったらしく、ことあるごとに責め立てた。

 ドムドムは土の民だ、体も心も頑丈さには自信があった。

 しかし、グライブの理不尽な糾弾はドムドムの家族や友人にも及んだ、ドムドムはもう従うしかなかった。

 そして、グライブは国家単位で子供を買い上げ、奴隷売買に手を染めている、もはやガスト王国は犯罪国家に様変わりしようとしていた。


 グライブの魔法使いとしての実力は確かだ、未開地の海の航路も奴が居なければとても通ることなんてできない。

 ドムドムは自分が加害者であることを自覚しながら、不憫な奴隷の子たちを励ましつつ船の応急処置をしていた。


 「ビヤ樽!グライブさんが甲板に奴隷連れてこいってよ!!」


 ドムドムはビヤ樽と呼ばれていた、土の民に対する蔑称の一つだ。

 この船に乗っているのは同じような経緯で従属をさせられたものか、グライブの集めたならず者。

 自分の名前を呼ぶものは一人としていない、これもグライブの嫌がらせの一つであった。


 「ほれ、頑張れ!死ななきゃそのうちいいことがあるぞ!!」


 ドムドムは明るく言って子どもたちを甲板に連れていく。

 死ぬよりはマシ、本気でドムドムはそう思っていた。


 「ビヤ樽ぅ。来るのがおせぇんだよ!のろまがぁ!!!」


 甲板について早々、ドムドムはケリを入れられたが、びくともしない。

 筋肉質な体はそれなりに鍛えられてはいるが、ドムドムを蹴り飛ばすにはまだパワーが足りなかった。

 連れてきた数人の子どもたちはすくみあがったが、泣けばひどい仕打ちが待っているので必死に我慢する。 

 ケリを入れた品性のかけらもない男が、グライブ、その風貌は海賊そのものだった。


 「ちっ。五人か、まあいい。動くなよぉ、ビヤ樽ぅ。」


 グライブはそう命令すると、一番近くに居た奴隷の襟首を掴み。

 そのまま海に向かって掴んだ腕を振りかぶった。


 「おらぁ!【ウィンドハンマー】!」


 子供が、宙を舞った。

 いま、この男は、何をした?


 ドムドムは目の前で起こったことが分からなかった。

 グライブが振りかぶって子供を投げると、同時に子供の腹に打撃の跡のようなものが浮き出て、そのまま海の方に消えていった。

 必死に泣くのを我慢して、溜まった涙が放物線を描いた気がした、いや、赤い?


 「うわあああぁぁぁぁあああぁぁ!!!!!」


 子どもたちの叫びで我に返る。

 

 「ハッハァ!動くんじゃねぇ奴隷ども!!!」


 ドムドムは強力なアーティファクト、支配の首輪をつけられている。隷属を強いられ命令されれば意志では逆らえない。

 子供たちの奴隷の契約も制約が緩いとはいえ逆らえば激痛が走る。


 「血迷ったかグライブ殿!!子供になんてことを!!グライブ殿ぉ!!!!」


 ドムドムは声を上げることしかできなかった。

 ひとり、またひとり、放物線を描いて飛んでいく。

 その度に聞こえるのは一人の男の楽しそうな、狂ったような馬鹿笑い。

 ドムドムの顔が歪むたびグライブが大きく笑うのだ。


 「ヒャハハハハハァ!!!シーサーペントのガキに舟底やられそうだからなぁ、ガキ同士仲良くやるだろうさぁ!!!」


 最後の一人を掴んだグライブは、恐怖に怯える子供をドムドムの目の前に持ち上げて命じた。


 「イイ顔してるぜぇ、ビヤ樽ぅ。こいつを助けるために飛び込むんなら、動くのを許可してやるぜぇ!!」


 子供を追ってドムドムは駆け出した、駆け出さずには居られなかった。


 嵐の中、船は揺れ続ける。

 六人分軽くなっても、船は変わらず揺れ続けた。




 支配の首輪は反抗的なものを無理やり従わせる魔導具、対になる魔導具を持った主人の命令には逆らえない。しかし、実際に命じられる前なら暗殺が成立する。

 グライブは希望を持たせて精神的にいたぶるためにドムドムの暗殺行為を禁じていない、殺されないという自信もあるのだろう。

 ドムドムの首輪が外れていないことから、グライブは生きている。

 主人が死ねば首輪が外れるはずだからだ。

 しかし、船の中に生き物の気配はほとんど無い。

 あのわがままで、気にいらないものなら人でも物でも容赦なく切り捨てる奴がこの惨状で周囲に当たり散らさないはずがない。

 もしもグライブが一人だけなら不意打ちが成立するかもしれない。

 それに、仕損じたとしても…。


 船室の入り口、ドムドムは息を潜める。

 出入り口はここしか無い、必ず通るのだ。

 風雨の轟音の中、耳を澄ます。また風が強くなってきたようだ。

 船室のドアのむこうで、床が軋んだ。


 ギギィ。


 ドアがゆっくりと開くと同時にドムドムは飛び出した。

 しかし、ドアからは何も出てきていない。


 「バァカ。」


 気づかれていた。

 風の魔法でドアを開けたのか!


 隙だらけの脇腹に風の刃が食い込んだ。

 吹っ飛んだドムドムにあの笑い声が聞こえる。


 「おっとぉ、まさかのビヤ樽かよぉ!ヒャハハ、最後まで笑わせてくれるぜこのデブはぁ!!」


 鎧もなく、至近距離での魔法に、ドムドムの体は両断された。

 土の民自慢の屈強な体でも耐えきることは叶わず、その結果は無惨なものだった。


 「―――すま、ぬ。」


 甲板に転がったドムドムは、悔しくて涙を流した。

 こんな外道をどうにもできなかった自分の不甲斐なさに。

 同時に自分がここで死んでよかったと微笑んだ。

 忍との殺し合いなど絶対にしたくはなかったから。


 「……嘘、だろ?」


 忍は船の方を見ていた。

 ドムドムが甲板に上がってしばらくした後、船の上で血しぶきが舞った。

 見てしまった、船尾の方、上半身が吹っ飛んでいった、ごとんと甲板で鈍い音がした。

 

 「おっとぉ、まさかのビヤ樽かよぉ!ヒャハハ、最後まで笑わせてくれるぜこのデブはぁ!!」


 いきなり頭の悪そうな声がした。

 なんでこんな時に、あの声がするんだよ。

 ついていかなかったことを後悔した。


 『忍様、精霊の気配がします。』


 千影の声がした。

 駄目だ、飲まれるな、目の前の作業を終わらせろ。

 考えるのは後だ、何をすればいい。


 「ああ、クソッ!千影、状況はわかるか?!」


 動揺している、パニック寸前だ。

 足が動かない、ドムドムは戦士だった、魔法なしでは忍でも勝てなかった。

 ドムドムが真っ二つ?風の魔法か?

 怖い。怖い!


 ―――忍殿、もし、わしが死んだら。仇を取ってくれるか?


 あの日の言葉を思い出した。

 忍の頭の中で線がつながる。

 一緒に過ごした時間。

 ドムドムの性格。

 制限されていた発言。

 主人に対する言動。

 忍に対する言動。


 「……タヌキ親父かよ。嫌いになるぞ。」


 『忍様、やはり精霊がいます。邪魔をされて正確なことはわかりませんが、鴉で見るかぎり男が一人……魔力は忍様と同等かと。』


 奴がここに来る可能性は予期していたはずだ、なのに忍に逃げろと言わなかった、悪くいえば押し付けられた、良くいえば任されたんだ。

 ドムドムじゃ止められなかったなにか、見て見ぬふりはできなかったなにか、おそらくはあの男を。

 忍は居住まいを正す、冷静を保つために言葉を考える、怒りを抑えて恐怖を閉じ込め、心を均す。


 「千影さん、精霊の相手をお願いします。」


 『仰せのままに。』


 今日は、嵐だ、影は濃くなり千影も動ける。

 そして忍はいつもの保険をかけた。


 「あ、そうそう。もし、私が死んだら自由に生きてください。」


 『……ずっと恨み続けますので、死なないでください。』


 そう返して千影は忍のそばを離れた。


 千影を見送った後、忍は一度大きく息を吐いた。

 雨音がうるさい、でもこれならすぐに火は消えるだろう。

 船首を狙い、【ファイアボール】を放つ。

 大きな爆発で船首は吹っ飛び、紋章も舳先の像も跡形もなくなった。

 船に集中して【魔力感知】をする、大きな魔力が船の上にあった。

 その魔力は立ち上がってこっちに歩いてくると、高いところから忍を見下して不機嫌を隠そうともしない。



 グライブは苛ついていた。

 せっかくあのうるさいビヤ樽をまっぷたつにできたというのに、気分のいいところで奇襲を受けたからだ。

 背後からの爆発、魔物……ビヤ樽は囮か?

 いや、ここは未開地。そもそもこんなところにどんなやつがいる?


 「チッ!」


 腰から愛用のカトラスを抜く。

 グライブはそれなりに場馴れしていた、油断ならない相手がいることを察知していた。

 しかし、相手の姿を見た瞬間、怒りが再度吹き出した。

 さっき斬り捨てたビヤ樽と同じようなシルエットの黒マントがそこに立っていたからだ。

 

 船の上に出てきた男はまさにファンタジーの海賊という風貌であった。

 頭には黒いバイコーンを被りそこからのぞく短髪は赤茶色をしている。素肌に赤いベスト、その上から短剣の剣帯が巻かれ、腰の剣帯の上に巻いているのはフロックコートだろうかこれも黒である。

 右手に構えたカトラスを忍に向けて、三白眼で吠えてきた。


 「俺の船ふっとばしやがって、覚悟はできてんだろうなこのクソデブがっ!!」


 いきなりならビビってしまうところだが、忍はもう肚が座ってしまっている。

 交渉する気がないのなら、いくら煽っても同じことだ。


 「降りてこないんですか?!足元が悪そうですが!ああ、頭と口と育ちも悪そうですね!」



 大昔、三人ほどに囲まれて引っ張られたり叩かれたりしたことがあった。

 三人とも笑っていた。何故と聞いても理由なんて無いのだという。

 それを聞いた時、忍も笑っていた。一人を捕まえて、腕をキメた。

 格闘技なんて必要ない、テコの原理でいいのだから。

 痛がる一人をおいて、残り二人は逃げてしまった。

 謝っているので手を離した。そいつは捨て台詞を残して逃げていく。

 

 ―――マジになるなよ!このクソデブがっ!!


 自分が害されようとしている今、マジにならないでどうする? 

 忍は笑っていた、しばらく顔が戻らなかった。

 顔は笑っているのに、なぜか悲しかった。

 顔は笑っているのに、なぜか怒りに満ちていた。

 


 いま、忍は笑っていた。

 この世界では手加減なんてしない。


 「何ニヤついてんだおぉぉん?!このビヤ樽がぁぁ!!!」


 沸点が低い。

 男の左手がこちらに向けられた、忍は視線を固定して脇に走り出す。

 直後に忍のいた場所には何かを叩きつけられたような衝撃がおこった。

 

 「このデブ避けやがったぁ?!」


 「見えぬ真実、見える嘘、夢と現は裏表。」


 口が悪すぎて喋る気も起きない。忍はポケットに手を入れてつぶやくように詠唱をする。使うのは【イリュージョン】だ。


 「させるかよぉ!」


 また左手をこちらに向けた。逆に走って躱す。

 

 「チィ!この海賊魔王、グライブ様を舐めてんじゃねぇぞ!オラァ!」


 今度は左手を横に振った、忍はそれを見て【グランドウォール】を出した。

 壁に横一文字の亀裂が走る。

 初手は風の魔法初級の【ウィンドハンマー】、手を横にふると中級【ウィンドカッター】基礎魔法辞典の内容を別属性まで把握していた忍の勉強の成果であった。


 「ヒャハハ!まちがいねぇ、おまえ、無詠唱ができてねぇじゃねぇか!雑魚がイキってんじゃねぇぞ!!」

 

 忍は【グランドウォール】を無詠唱で出していた。

 しかし、グライブに無詠唱ができないという勘違いをさせることに成功する。

 忍は口元に【イリュージョン】をかけることによって常に詠唱しているように見せていたのだ。

 所々で口元を隠せば意識してみていないと同じループだとは気づかれない。

 この嵐ではつぶやき声など数メートル先でも届かなくて当然だ、船まではたっぷり十メートルは離れている。

 そのうえで魔法を単発でしか撃っていない。

 最初の挑発によってグライブはずっと船の上から魔法を撃っている。

 飛び道具に対して距離があれば、少し避けやすくなる。

 魔法はそのほとんどが飛び道具だ、相手の癖が分かれば中級までなら凌ぐことは出来ると踏んでいた。

 問題は上級魔法、広範囲魔法攻撃の対処である。


 千影はグライブを忍と同等といっていた。

 魔力の量だけなら少なくとも拮抗しているのだろう。

 なのであれば、手数を節約するほうが有利、熱くなってる間にできるだけ使ってもらおう。


 「オラァ!デブはいつまでも走れねぇだろぉ!!!」


 グライブが左手をめちゃくちゃに動かす。


 「やば。」


 忍は【グランドウォール】を使い、壁の後ろで急旋回して走ってきた方向から飛び出す。

 壁は木っ端微塵に破壊された、【ウィンドカッター】の連発、何発かは分からないが出し惜しみをしている状態では凌ぐのは厳しい攻撃だった。


 「連射が効かねぇとは、雑魚はかわいそうだなぁぁぁ!!」


 グライブはより大きく、めちゃくちゃに手を振った。

 幻影の仮面の下で忍は笑う。


 忍は同じように目の前に壁を作る。

 回数を増した【ウィンドカッター】の連射によって壁はバラバラにされ、周りに土が舞った。


 「ヒャハハハハハ!バラバラだァー!!!……あぁ?」


 グライブは当然のようにバラバラに吹き飛んだ忍の姿を期待していた。

 しかし、忍は壁の後ろには居なかった。

 壁の後ろには、人が入れそうな穴があるだけ。


 「熱より火となり炎に変われ、触れし全ては灰へと帰る。育て育てよ赤から青に、青き炎はの至高の炎。」


 忍は壁の出現にあわせて、足元に【トンネル】で浅めの穴を開け、落ちた穴の中でしゃがんで詠唱をはじめた。

 【ウィンドカッター】は壁をバラバラに吹き飛ばしたが、お陰で瓦礫もほとんど吹き飛んでいる。忍が土に埋もれてしまう心配はほぼなかった。


 「立ちふさがりし愚かな敵を…」


 忍がゆっくりと立ち上がる、詠唱はほぼ終わっていた。すでに魔力は具現化し、突き出した両手には青い炎が立ち上っている。もはや、何をしても間に合わない。

 

 「塵も残さず冥府に送れ!【ブルーカノン】!!」


 「このクソデブがあぁぁっ!!!」


 グライブの叫びは青い炎にかき消された、【ブルーカノン】はドムドムの仇と共に船体の前半分を蒸発させ、暗雲を貫き、天へと登っていった。


 火の魔法上級【ブルーカノン】。

 高温で収束した青い炎をまっすぐに打ち出す、忍の抱いた印象は、あの亀の人の必殺技、もとい、ビーム砲である。

 忍の使える魔法の中では最高火力であり、最も射程のある魔法であった。

 なんか、山の一つくらいなら吹っ飛びそうな威力である。

 上級の攻撃魔法は範囲も威力も規格外なので、今後もできれば使いたくない。


 ―――ボオオオォォォオオオオォォォォォ………。


 不意に音が響いた。

 低い笛の音、揺らぐ汽笛のような、腹に響く不思議な音。

 空は、厚い雲に覆われている。

 ゴロゴロと音がなり、雲間から光が見えた。

 嵐は、まだ終わっていない。

 


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