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美味しいお肉と四人の貴族

 忍とファロは道を外れ庭に足を踏み入れる、焔羅は像を足場に木の上に飛び上がり集団を追いかけているものを確認した。


 「ヨロイウシ、パドルトカゲ、ブラックタイガー……中型の魔物が十以上、貴族を襲っています!」


 「従魔レース?!レッサーフェンリルは?!」


 「見えません!」


 忍は少しホッとした。

 レッサーフェンリルの厄介さはよく知っていたし、よく見かける従魔の中では圧倒的に素早いからだ。

 ブラックタイガーはたしかバンブーグリズリーより少し早いくらいだが的が大きいのでなんとかなる自信はあった。

 まあ、どれも一般人が戦えば致命的な魔物ではあるのだが。


 魔物が襲ってきたと聞いてファロが底なしの指輪から武器を取り出したが同時にふらついた、忍がなんとか支える。


 「どうした?」


 「う、武器を取り出したら、力が抜けましたモー。もう大丈夫ですモー。」


 そういえば忘れていた、底なしの指輪を使うには魔力がいる、ファロの魔力が少ないのは知っていたが底なしの指輪も気軽に使えないくらいだったようだ。

 意識はあるので使い切った訳では無いが、武器を取り出すと一時的にふらつくのでは指輪以外の携帯方法を考えたほうがいいかもしれない。


 「ファロは前には出ないで身を守れ。ガリさんたちは先に逃げてください!」


 「恩に着る!」


 ガリが先行し、ディグとギリが追いかける形で三人は庭の先に消えた。

 忍たちの後ろは阿鼻叫喚で門で通せんぼをされた貴族が魔物に押しつぶされ咀嚼されている。 


 「そこのやつ!わしの盾になれ!」

 「なんとかしなさい!奴隷でしょ!」


 こちらに走ってきた中に忍たちに声を掛ける者がいたが、そんなことを叫んでいるので勝手に息切れして追いついてきたブラックタイガーに殺されていた。

 残ったのはブラックタイガーが二匹、こちらの様子をうかがうように唸っている。


 「焔羅、これって緊急事態でいいよね?左、任せていいか?」


 「見りゃわかるだろ。あーあ、ドレスがもったいねえ。」


 焔羅がコルセットドレスのスカートを切り裂いていた。

 ドレスのまま華麗にとはいかないのかと少し残念に思いながら忍も赫狼牙を取り出して魔力を流し構える。

 忍がジリジリと横に動いて視線を誘導し、焔羅が【ファイアボール】を放った。

 しかし、ブラックタイガーは火の玉につっこんできて忍に大口を開けて飛びかかる。

 忍はびっくりして咄嗟に赫狼牙を両手で構え、力のかぎりまっすぐに振り下ろした。


 ボバッ!


 赫狼牙は襲い来る猛獣の頭を両断し、炎を吹き出したブラックタイガーの上半身が吹き飛んだ。


 「は?」


 忍としてもとっさの行動だったので状況を理解できなかったが、ブラックタイガーの青みがかった血や肉片が四方に飛び散ったは事実だった。


 ドゴッ!


 息をつく暇もなくそんな音がして忍はそちらに赫狼牙を構えたが、音の方ではファロが飛びかかってきたブラックタイガーの頭を潰したところだった。


 「無事、みたいだな。」


 「魔物の動きならなんとかわかりますモー。」


 いや、なんとかわかっても普通は倒せないんだが。


 「しかし、なんでこいつ魔法を当てた俺じゃなくファロに突っ込んだんだ?」


 「……すぐに千影を呼ぼう。」


 焔羅の何気ない一言に忍は重大なことを思い出した。

 【上質な肉】を持つ者は肉食の魔物に狙われやすくなる。

 旅の最中は千影のおかげでなにかに襲撃されることもほぼないので全員の頭から抜け落ちていた。

 忍は【グランドウォール】で四方に壁を作り、焔羅とファロを集めた。

 そのまま【千影の召喚】を試すもなんと召喚できなかった。


 「念話も通じねえ。あの見えない壁のせいか?」


 「そうなんじゃないかな。んー、しばらく隠れて様子見するか?」


 「申し訳ありませんモー。」


 「気にするな。誰も予想なんて出来なかったし、一体倒してるからむしろ偉い。」


 落ち込むファロの背中をぽんぽんと子どもをあやすように叩く。 

 まずはこれからのことを考えねばならない、無策で動き回ると【上質な肉】に誘われた魔物に袋叩きされそうなのが嫌だ。

 ファロが狙ってくる魔物は怯まず突撃してくると教えてくれたので単体ならばなんとかなりそうだ。


 「見えない壁を壊して外に助けを求めるのはどうですモー?」


 「出来ると思うけど、中にいる魔物も街に散らばっちゃうんだよね。隠れて待ってればここに来てるお貴族様方が魔物を減らしてくれるかなと。」


 「いや、貴族は当てにならねえ。使用人のほうが使えそうだ。なんとかしそうなのはリベラルやあの爺さん、あとはグラ・モグギールくらいか?」


 そうだった、戦時中にパーティに出るのは使えないやつか危機感のない文官くらいだと事前に言われていた。

 逆に言えばそんな状況だからこそドサクサに紛れていろいろやらかそうとするバカがいるのだが。


 「さっきは黙ってたが、レクレトはヒラサカの館の従業員だったんだよ。つまりこれもガスト絡みの工作の可能性が高い、無関係決め込むのもありだぜ。」


 「全くの無視も気持ち悪い気がするんだが貴族に見つかって足を引っ張られたらこっちも危ない、難しいな。」


 いくつか案を出し合ったが、魔物の数が減らないことにはどうにもならないということになった。


 「私もモーちゃんと動けますモー。モーれつ元気ですモー。」


 ふらつきながら元気アピールに変な踊りを踊りだしたファロを睨むと大人しくなる。


 「……いや、ファロに働いてもらうか。」


 「え、餌ですかモー。短い間ですがお世話になりましたモー。」


 「撒き餌よりきついぞ。私だったら絶対やりたくない。」


 ファロが死ぬような状況にはさせないつもりだが、物事に絶対はない。

 話の流れから一気にしおらしくなったファロがそれでもやるといったので、忍は二人に作戦を説明するのだった。 




 ジャッジ家は十部族のなかでも治安の維持と法の制定を担当し、国民の生活を守る立場だ。

 しかし、この国の法は合議制であり十部族の会合でも法律が新しく制定されることなどほぼない。

 それでも民草のために力を尽くすのがジャッジ家の誇りだ。


 ブロードは正義感は強いが四角四面の嫌いがあり、法律となるとすべての民にそれを守らせようとする。

 間違っているとは言わないがその頑なさを突かれ、貴族の世界から排斥されてしまった。

 その弟が久々に手紙をよこした。


 罪人の罪を軽くしてほしいと願われている。


 驚いた、ブロードの頑固さは兄弟の中でも随一であり、その意見を曲げさせることは父でも出来なかったというのに。

 読み進めていくと罪人に情状酌量の余地があるのもさることながら、その意見を出した男が常識では測れない超弩級の危険人物であると書かれていた。

 一見すると裕福な商人や放蕩貴族のようなその男は常識を知らず、奴隷を普通の人のように扱い、腰が低く人望もある。

 成してきたことは大量の魔物討伐、犯罪組織の壊滅、竜と対等に会話し実力でビリジアンの騎士団長を下すという耳を疑うような報告ばかり。

 試しに持ち込まれたペンタルンの厄介事を任せたところ、たちどころに解決してしまった。

 むしろ解決したかを確かめる方に時間がかかっている始末だ。


 報酬の口添えのついでに、ミスフォーチュンの忍について簡単に記しておく、直接会って当主として判断してほしいと結ばれていた。


 ブロードは貴族の世界もある程度わかっている、その感覚から忍を国の敵に回してはいけないと考えたようだ。

 よって兄であり当主であるこのリベラルに軽々に判断しないようにと忠告をしてきたのだろう。


 リベラルはこの手紙を受けて、忍が参加するというガーデンパーティに訪れていた。

 また、その力量を見極めるべくパスカル・パラに協力を仰いだ。


 パラ家の秘伝である【才能看破】の魔術は器用さ、素早さ、筋力、強靭さ、知力、魅力、生命力、精神力という八つの項目が八角型の図によって頭に浮かぶというものだ。

 突出した力がわかればどんな仕事の才能があるかが分かる、また、交渉相手が何を得意としているかも分かるのだ。

 パラ家は【才能看破】と端麗な容姿、巧みな話術でアサリンドの難しい外交を一手に引き受けている対人交渉のスペシャリストなのだ。


 忍の姿を見つけた時、リベラルはパスカルに目配せをしてパスカルが席を立つ。

 二人がすれ違おうとした瞬間に、空気が変わった。

 逃げるように去っていくパスカルを忍が睨みつけている、まさか、魔術に気づいたのか。

 魔術に敏感な魔術師は魔術を使われたことが分かるというが、すれ違いざまの一瞬に発動した魔術を正確に感じ取れるものはアサリンドにいるだろうか。

 あのパルミジャーノ家やポルポ家の当主でさえパラ家の魔術に気づかなかったことを後から悔しがっていたというのに、この男は不意打ちにも関わらず感じ取ったのだ。


 ブロードの兄ということで挨拶に来たという忍と無難な会話をするが、例の罪人についての話は出てこない。

 先ほどの剣呑な雰囲気はすぐに薄れ、主催に挨拶に行くからと彼は席を立った。


 しばらくしてパスカルが戻ってくる。

 リベラルは忍の八角形が気になって仕方がなかった。


 「それがですね、こんな形ははじめてで、どう読んだらいいか。」


 そう前置きしてパスカルの書いた形はまるで三角形のようだった。

 最も長いのは器用さを示す頂点、次はその隣の精神力を示す頂点、残りの頂点は判別できないほど中心に近くその差異はほとんどわからなかった。


 「器用さは規格外、弓を射れば百発百中でしょう。精神力も最上級です。上級魔法を使えるのは確実でしょうね。しかし、その他が低すぎる、赤ん坊でもこんなに中心に頂点が寄ることはありませんよ。」


 パスカルは本気で困惑していた、過去に記された八角図はある程度パラ家にも存在するし、それらを使って跡取りは【才能看破】の図形の読み方を勉強する。

 奇形は起こり得るがこんなに特徴的な図が残っていないはずがない、もしかしたら長い歴史の中でもはじめての例かもしれないのだ。


 「……ふむ、パスカル殿は彼が英雄譚に歌われる使徒様や魔王のような存在だと思うか?」


 「一芸に秀でてはいますがそのような存在とはとても……。器用さというのは大工や画家、鍛冶師などの職では有用ですが戦いの中心で輝くような才能ではありませんし、精神力は脅威的ですが国をひっくり返すほどの力が彼にあるとは言い難いです。」


 「では、後ろに控えていた仮面の女はどうだ?」


 「仮面…ああ、いましたね。すぐに殺気を叩きつけられてしまいましたから、女性陣は見られませんでした。気になりますか?」


 「気にはなるが、【才能看破】は使わないほうがいいだろう。なるほど、ずいぶんと面白い一団のようだ。」


 仮面の女、奇異な格好であるはずなのに異様に印象が薄い。

 かなりの手練れだ、あの女のような存在が裏で糸を引いているというのなら忍という男の功績もありうるだろう。

 もしかしたら魔術に気づいたのは仮面の女のほうかも知れない。

 モリビトは一般人と変わらないように見えたが、そうだとすればあの場では異様な存在だ、もしかしたら何かあるのかも知れない。

 考え込んだリベラルにパスカルは重たい空気を感じ取った。


 「ミスフォーチュン、覚えておこう。」


 そう呟いたリベラルの頬に冷や汗が伝った。




 救済の魔術師ヒラサカ、アサリンドという国ができるよりはるかに昔の話だ。

 その男は大変知恵が回り、魔術に精通していたという。

 やがてヒラサカの名はその地の支配者の知ることとなり、その支配者は賢者に願った。


 山の神の怒りを鎮めよ。


 賢者は見事に成し遂げた、支配者は大層喜び娘をヒラサカに嫁がせた。

 娘は幸せに暮らし、ヒラサカを生涯支えたという。


 ヒラサカの伝説はこのような流れで各地をヒラサカが救い、そのたびに嫁を娶っていく。

 型が決まっているために後世の吟遊詩人などがこぞって創作をしたとされ、ヒラサカの妻は数えることが出来ないほど多い。


 グラは英雄譚が好きだった、子供の頃はその活躍に心を踊らせたものだ。

 モグギール家は肉体に恵まれている分魔術が苦手な者が多く、魔術師ヒラサカはグラにとっては憧れの英雄の一人だった。


 そんな英雄の名前を使った商売が奴隷などという部族にとっての忌まわしい過去を思い起こさせるものだったことに憤りを感じるが、現在のシジミールでは随伴者を頼める場所はヒラサカの館しかない。


 古き時代、モグギールの部族は魔術によって連れ去られ、現在でもガスト王国では緑の肌の奴隷が使われているという。

 中には村一つが一晩で消えたなどという記録もあり、記録を紐解けば想像を絶する人数が消えていた。


 「グラ、随伴者はどうしたの?」


 「……料理を取りに行くと言っていた。お前も一人ではないかポンシャス。」


 グラに声をかけたのはポンシャス・ポルポ、クラシカルなドレスに身を包み黄色の布で顔を隠した女性だった。

 その布の下の顔はタコのものであり、男女の差などは体つきでしか判断できない。

 二人は住んでいる地域は違うもののアサリンドの中でも異形の部族としてお互いを認知している。

 お互いに英雄譚好きということもあり、このような場ではよく話す仲だった。


 「会話の途中で席を外してから戻ってきていないわ。なんだか変じゃない?」


 周りを見回すとずいぶんと食堂から人が減っていた。

 中には随伴者が消えたことで怒っている貴族の姿も伺える、たしかに様子が変だ。

 グラはパーティで話しかけられることもほとんどない、最近は随伴者に少しづつ料理を食べさせてもらって終わりまで時間を潰していた。

 不意に喉の奥からドロリとしたものが口内にあふれる。


 「ぐ、がふっ!ゴホッ、ゴホッ!」


 「グラ?!」


 咳き込んだ緑の鬼が血の混じった食べ物を吐いた。

 食堂内の貴族も血を吐くもの、のたうち回るものが出はじめウェイターたちが右往左往している。


 「吐ききって!」


 グラが履ききったのを見計らいポンシャスはこのようなときの備えに携帯していた毒消しをグラに半分飲ませ、残りをあおる。

 あくまで少量なので応急処置にしかならない、早急に土の魔法使いか毒消し薬が必要だ。


 「だい、じょぶ、だ。うご、ける。」


 「グラ!とにかく外に行きましょう!」


 その時、屋敷の出入り口の方から誰かが戦っているような音が聞こえた。

 グラも気がついたらしく目配せをすると大きな腕を振りかぶり窓を壁ごとぶち破った。

 そのままポンシャスを片手で抱え上げると顔を隠していた布がはらりと落ちた、グラは破った壁から外に走り出す。


 庭のいたるところで人が逃げ惑っている、追いかけているのは中型の魔物、ずいぶんと興奮しているようだ。

 こんな状態では攻撃範囲の広い魔術は使えない、ポンシャスに毒の症状は出ていないがグラはかなりつらそうだ。

 グラが立ち止まった、同時にこちらに声をかけてくる声がする。


 「グラ殿!抱えているのはポンシャス殿か!」


 「リベラル様!グラが毒を飲まされました!毒消しをお持ちではありませんか?!」


 緩んだグラの手から飛び降りてポンシャスは正面を向く。

 リベラルとパスカル、こんなときに限って土の魔法使いがいない。

 二人とも毒消しを持っていたがやはり少量だ、症状を緩和させる程度のことしか期待できない。


 「ディグ君が来ているはずだ、逃げ足の早い彼なら生きてる可能性は高いよ。」


 合流した四人は安全地帯と毒消しを探してダベル邸を動き回ることとなった。


 お読みいただきありがとうございます。


 「続きが気になる」と少しでも感じましたら、ブックマークと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けますと嬉しいです。

 いつの間にやら反応が反映できる新機能もついたようなのでお気軽にポンと押していってください。


 是非ともよろしくお願いいたします。

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