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貴族と平民

 着替えを終えて会場に戻ってくると人が減り顔ぶれが変わっていた。

 カップルや一人ものの参加者がちらほらとこちらの会場に来ているようだ。


 「おかえりなさいませ。お時間が経ちましたのでダベル家をご自由に散策できるようになっております。どうぞごゆるりとお過ごしください。本家の二階と使用人棟は生活空間になっておりますので申し訳ありませんがご遠慮ください。」


 「素晴らしいお庭を回れる機会をいただきありがとうございます。楽しみです。」


 使用人に見送られうまく対応できているのかよくわからないまま適当に受け答えしておく。

 庭といえばなんだかいっぱい置いてある英雄の像が気になるが、まだホストに挨拶もしていないのでまずはゴアを探すことにした。


 道を歩けば花が咲いており、きれいに整えられた植物とアーチなどの建築物の対比、どこで立ち止まって見回しても絵になる庭園は庭のことがよくわからない忍でも感動しきりだった。


 「どうじゃね、この庭は。」


 突然後ろから声がかかったのでよたよたと三人で振り向くと最初の広場で酒を飲んでいた老人がニマっと笑った。

 かなり酒が入っているようで顔は赤く足元はふらついている。


 「どこを歩いていても絵になる景色がある、素晴らしい庭だと思います。」


 「おお、あんたは庭を見てくれているようだの。そこらにいる奴らは腹のさぐりあいと嫁探しで庭なんぞちっとも気にしとらん。仕方ないとはいえ寂しいもんじゃ。」


 「あ、申し遅れました。冒険者の忍です。どうぞよろしく。」


 「わしはアンゴル。この庭をいじっとる庭師のジジイじゃ。喋ってるのを見つかると怒られてしまうで、きちんと庭を見てくれてありがとうな。」


 老人はそう言うと千鳥足で忍たちの来た方向に歩き去っていった。


 「お祝いでも使用人が酒を飲むのは感心しませんモー。」


 「……ご主人様が気にした理由がわかりました。あの老人、真後ろで声をかけられるまで気配を感じませんでしたね。」


 「予想があたって嬉しいやら悲しいやら。面倒な絡まれ方じゃなくて本当に良かった。……ん?」


 庭の中、木々が生え垣根が入り組んでいるところに体育座りで隠れていた男性と目が会った。

 忍は反射的に半笑いで会釈をし、男性が半笑いで会釈を返す。

 奇妙な沈黙が三人と男性の間に流れた。


 「はじめまして、冒険者の……」


 忍が自己紹介をしようとすると男性はものすごい速さで庭の奥へ駆けていってしまった。

 数秒後に脳が状況を認識するまで、三人はその場で固まっていた。


 やっと広場に到着した忍はあたりを見回す、どうやらここにもゴアはいないようだ。

 ここにはテーブルを挟んで向かい合わせになるような席があるのだが、そこに女性の人だかりが出来ている。


 『周りの方のお話からして、パスカル・パラ様とリベラル・ジャッジ様ですね。リベラル様はブロード様のお兄様で法律と憲兵の最高責任者、ジャッジ家の現当主です。パスカル様はパラ家の次期当主と言われているお方で独身ですのでご令嬢が一生懸命アピールをしているといったところでしょうか。ご挨拶に参りましょう。』


 『え、あそこに入ってくの?!』


 『ご主人様、有名な方に挨拶するうえでは避けては通れない道ですモー。行きますモー。』


 忍が尻込みしているとバーゲンのワゴンセールのような人だかりの中から萌え袖の爽やかイケメンがこちらに歩いてきた。どうやら彼がパスカルのようだ。

 パスカルがこちらに気づいた直後に妙な感覚が体を包む、魔術か。

 その場で前に出ようとした忍だが焔羅が腕に力を入れて落ち着けと合図を送ってきた。

 イケメンはこちらの雰囲気に気づいたものの爽やかに踵を返そうとして一瞬止まった。

 しかし歩みを止めることはなく、その後を追いかけてお嬢様方が大移動していった。


 『どういうことだ?魔術だろう?』


 『害もなさそうですしここで騒ぐほうがまずいでしょう。なにか不調などございますか?』


 『……いや、ない。ファロも大丈夫か?』


 『特に感じませんモー。』


 『パラ家は人を見通す魔術を使うと言われています。なんでも相手の才能が分かるのだとか。パスカル様はずっと袖口をいじっていましたね。』


 去っていく集団を忍は睨んでいたらしい、ファロが腕に力を入れて落ち着けと合図を送ってくる。

 ベンチに腰掛けているカイゼル髭のナイスミドルが忍たちの様子をじっと観察していた。


 「失礼いたしました。冒険者の忍と申します。ギルドマスターであるブロード様にはいつもお世話になっております。」


 「話は聞いている。ジャッジ家当主、リベラル・ジャッジだ。この国を助けていただきとても感謝している。本来ならば褒美の一つも出さなければならないところなのだが、この国の貴族どもは助けられたという自覚さえないようでな。お恥ずかしい限りだ。」


 「いえ、友人を手助けしたついでです。」


 戦時中にパーティをしてるあたりでお察しという感じだが、大きく騒がれないのは良いいことだ。

 声や表情から悪い印象は持たれていない気がする、どうせならと話の種に忍は気になっていたことを聞いてみた。


 「ところで、このパーティでは魔術の使用や精霊、従魔の帯同がいたるところで見受けられるのですが。これは普通のことなのですか?」


 「いや、遠慮するように通達しても誰も守らんのだ。特に今回は国内の貴族だけしか集まっておらんのでな。忍殿の真面目さを見習ってもらいたいものだ。」


 「私、ですか?」


 「部下から聞いている。わざわざ練習をしていただろう。」


 街を練り歩いたことで警邏に見られ、それがリベラルの耳にも入っていたらしい。


 「こちらもお聞かせ願いたい、なぜパスカル殿に敵意を向けたのだ?」


 「……いきなり、魔術をかけられたようでした。内容がわからないので警戒しました。」


 「そうか。忍殿は優秀な神官で魔術師というのは本当のようだ。あれも優秀な男なのだがまだ若く考えが浅いところがある。私からも注意しておこう。」


 良識がありそうな会話ができているのだが両脇に女性を侍らせているとなんとなく印象がマイナスになるので本当に悪習だと思う。


 『ご主人様、ゴア様に挨拶をしないとまずいですモー。』


 ブロードの子供時代など話が盛り上がりそうになったが、ファロの指摘でゴアを探さなければいけなかったことを思い出す。

 ミネアの話はグッとこらえた、焔羅のアドバイスで弱みになりそうなことは言わずに顔合わせだけに留めることを事前に決めていた。


「すみません、まだゴア様に挨拶出来ていないのです。続きはまたの機会にお願いします。」


 「ぜひ語らいたいものだ。ゴア殿なら屋敷で来客の相手をしているだろう。なかなか優秀な者が後ろについたようで、ずいぶんと勢いづいている。」


 リベラルは取ってつけたようにそんな事を言って忍たちを送り出してくれた。

 顔を合わせてからはじめて意図のようなものが感じられた言葉、優秀な者とはレクレトのことか、はたまた他の誰かなのか。




 挨拶のためにゴアを探し回ったのに一周して屋敷に戻ってきてしまった。

 入口は大きく開け放たれておりエントランスでは貴族たちが歓談している。

 端っこのほうで喧嘩が起きているようでその周りに野次馬のように集まっている人達もいる。

 貴族とは、という疑問が浮かぶがここにゴアはいないようだ。

 小部屋に案内してくれた使用人を見つけたので居場所を聞いてみると大きな食堂に案内された。

 食堂の中は外にいなかったタイプの人種が集まっていた。

 目を引くのは緑の肌で額に角のある鬼のような男、おそらくニカよりも背が高くがっしりしている。

 彼は屈んで随伴者に軽食を食べさせてもらっていた。


 どこか哀愁を感じるというか情けない感じ、何となくその姿は腰の低い疲れた中年サラリーマンのようだ。

 そういえば、鬼謀は変身後に角や第三の目が残っているが、耳や尻尾はなくなる。

 その姿は兎よりも鬼に近い、オーガのようなラビットではなくオーガの血が入ってるのかもしれない。


 『モグギール家のグラ・モグギール様です。十部族ではありませんが恵まれた体格と強靭な肉体が有名な家系です。』


 視線に気づいた焔羅が緑の鬼、グラのことを教えてくれるが今は視線を外す。

 お腹が空いたが軽食は我慢、目的は挨拶だし何より周目の面前で食べさせてもらうのが辛い。

 どうせ誰も気にしないとはわかっていても辛いのだ。


 『ご主人様、右の奥ですモー。』


 ファロが見つけたゴアは顔中に入れ墨の入った男と話しているようだ、声をかけづらいが挨拶には対応している。

 随伴者はどちらも二人いるようだがレクレトはいない、やっと見つけた主催者に挨拶することになった。

 人がひしめく大食堂を三人揃って横切る、成功、練習しておいてよかった。

 ゴアは近づいてくる忍の姿を認識したが、わざとタトゥーの男との会話に戻った。

 近づいてくるものが視界に入れば普通なら対応しようと体をそちらに向けたり何かしらの動きのサインがあるものなのだが、その対応に思わず忍は立ち止まる。


 『え、話しかけちゃいけないか?』


 『侮られているんですよ。平民を迎える気はないのでしょう。』


 『呼んでおいて嫌なやつですモー。ご主人様、平常心で話しかけるんですモー。』


 意外にもファロが怒り出してしまったが、忍は意地悪をされた自覚もなかった。

 ここは怒るべきところなのか、この程度の塩対応はずいぶんとやられてきたので受け入れてしまった。


 「ご歓談中失礼いたします。ゴア様、本日はお招きいただきありがとうございます。忍と申します。」


 「ああ、神官長様でしたね。ご足労ありがとうございます。」


 一言だけでタトゥー男との会話に戻ろうとしたゴアに忍が慌てて質問をする。


 「手紙の件なのですが……」


 「見ての通り忙しい身でね。手紙に書いてあったことはすでに決まったことだ。平民がパーティに呼ばれたくらいで調子に乗って話しかけてこないでくれ給え。不愉快だ。」


 はっきり拒絶されたことで忍は勘違いに気がついた。

 なるほど、手紙の内容は決定事項で拒否権はないということか。

 ファロはゴアを睨み焔羅は忍に回している腕に力を込めた、ここは我慢して引けという合図だ。


 つまるところ手紙の内容は貴族宛てであれば戦争に力を貸せばミネアたちの罪を不問とするということである。

 しかし平民には拒否権はないためミネアたちの罪を不問とするから戦争に参加しろ、という命令書だったわけだ。


 忍は一拍置いて最終確認を取った。


 「ゴア様、手紙について私と話すことはないですか?」


 「くどい!おい!誰かこいつらをつまみ出してくれ!」


 周りに命じたことで注目が集まり、ウェイターの中から体格の良いものが集まってくる。

 忍は腹に力を入れて大声を出した。


 「お気遣いなく!すぐに御暇いたします!」


 忍の出した怒声にその場の注目が集まる、そこから落差を見せつけるように走ってきたウェイターに努めて穏やかな口調で出口を聞いた。

 案内をすると言って三人ほどついてきたが、忍はもう二人と腕を組まずにまっすぐ出口を目指した。

 そのまま顔に笑顔を貼り付けて足早にダベル邸を出ようとした忍は庭の門のところで見えない壁にぶつかってひっくり返ったのだった。


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