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路地裏の小動物とクレアの新しいお店

 宿に焔羅が戻ってきた。新しく小動物を連れている。

 手のひら程度の大きさでヤモリのような壁にくっつける足を持っている、腕と足の間に毛皮がありモモンガのようだ。

 顔は…猫が一番近いかも知れない。


 「なんだこれ……見慣れれば可愛い、のか?」


 「ただのキャミーだぞ?路地とかで見たことないのかよ。」


 「みたこと、ないな。路地にいるのか?」


 忍と焔羅が話しているところにネイルがやってきて短く悲鳴を上げた。

 シーラとファロも警戒するように出てきたが、最後に出てきた鬼謀が衝撃の言葉を放つ。


 「あ、キャミー?食べていい?」


 「いいぞ。」


 肉食兎と諜報員のやりとりに満場一致でドン引きだった。


 キャミーは街の薄暗い場所で活動している魔物だ。

 何でもかじり食べてしまうため害獣とされているが、どこにいても違和感がないので情報収集には最適である。

 メイドの三人によると日本で言うところのネズミのような認識をされているようだ。

 ちなみに鬼謀を止めて焔羅にも話を聞いたが、鬼謀はキャミーを食べるというかおやつに血を吸うし焔羅は割りと使い捨て感覚で従魔を使うことがわかった。


 「俺はカーネギーとか自爆させたりするぞ。」


 「うーわ、聞きたくなかった。」


 「もちろんやり方も教えられるぜ。」


 「だから、聞きたくない。」


 忍がその皮肉になんとも言えない顔になると焔羅は満足そうにニヤついて報告をはじめた。


 「ダベル家の内情を調べてきたが、ゴア・ダベルはどうやら魔剣を探してるみたいだ。魔剣さえあれば前線に立てると息巻いてる。もしかしたらそれでなんとかなるかもしれないぜ。」


 魔剣と聞いて腰に下がっている赫狼牙に触れる。

 長く一緒に戦ってきた相棒だが、天秤のもう片方はミネアだ。

 あくまで魔剣は物でありいざと慣れば手放すのも致し方無しだろう。


 「あー、深刻な顔してるけど大丈夫じゃない?旦那様は魔剣いっぱい持ってるでしょ?」


 ものすごく悲壮な決意をしていた忍と赫狼牙を出すことになるだろうと考えていた焔羅は不思議そうに鬼謀を見る。


 「ほら、僕の倉庫からいっぱい持ってきたでしょ。使ってないので交渉すれば?」


 「あ、あー!ある!闘技場のもある!!」


 忍が部屋の中でガチャガチャと取り出した武器の数々に焔羅の眉間にシワが寄る。

 ついでにファロたちにも武器を分配することになった。


 「本当に頂いてしまってよろしいのですかモー?」


 「死蔵しててももったいないしむしろ使ってくれ。渡そうとしてたのにすっかり忘れてたよ。」


 忍が取り出した武器の中からファロは顔くらいの大きさの打撃部がくっついたモーニングスターを選んだ。

 魔力を通してもなにもないがとにかく扱いづらいので山吹も敬遠していた武器だ。

 シーラは心得があるとのことで細身で短めの矛を選んだ。

 魔力を通すと矛全体が光った、特に切れ味などには変化がないようだ。

 ネイルは爪で戦うのでいらないとのこと、焔羅も使いやすそうな武器がないので辞退するとのことだった。

 ついでにメイドの三人には武器を携帯するためという名目で無理やり底なしの指輪を渡した。


 「余り物だし気にしないで使いなよ。お、この剣とかいいんじゃない?」


 鬼謀がひょいと持った剣は魔力を流すと色が黒くなった。

 暗殺者とかなら使いようがありそうだが、忍たちの中で両手剣を得意としているものはいない。

 両手剣は人気のある武器なだけあり何本かあるのだが、どれもが指輪の肥やしになってしまっているのはこの一行ならではだろう。

 忍たちは一つ一つ魔力を流して余り武器を試していった。


 「よさそうなのは三つか。」


 一つ目はさっきの黒くなる両手剣、切れ味も良好。

 二つ目は木がバターのように切れる斧、植物以外はまともに切れない。

 三つ目は水が滴るレイピア、切れ味もいいのだが生まれる水が冬場の結露くらい。


 「本命はレイピアだな。常に洗えれば血や油で切れ味が落ちない。」


 「マジか。どれも微妙だと思ってしまった。」


 「旦那様にはどれも必要なさそうだからね。」


 赫狼牙とソウルハーヴェストの性能が良すぎるせいか、しかしそうでなくても微妙にしか思えないんだけど、特に斧。

 武器じゃなくて木こりや大工に必要な能力の気がするがこの斧は手斧ではなく戦斧である、まあ振るえればそれなりに強そうだが。


 「そうだ、僕の方も腕輪が全員分完成したよ。みんなつけてみて。」


 鬼謀が取り出した腕輪は銀色で忍のだけちょっと大きかった、勝手にフィットする機能もついている。


 「ファロは魔法使えないんだよね。それでも魔力はあるから腕輪に魔力を流してみて、わからなかったらなんか、赤ちゃんの頭を撫でるように優しく擦る感じ。」


 「こ、こうですかモー?」


 ファロが言われたとおり腕輪を撫でると……何もおこらない。

 不安そうに鬼謀を見るが、微動だにしない。


 「やめないで、五分くらい続ける。」


 しばらく擦り続けると変化が現れた、金属の腕輪が若干くすんだ色になる。


 「うん、そしたら自分の名前を言って。」


 「ファロですモー。」


 「あああ?!名前がファロですモーになっちゃった!やり直し!」


 どうやら腕輪は焔羅の希望でかなりめんどくさく作られているらしく名前の登録に失敗した腕輪は鬼謀によって没収され、新しく鬼謀が腕につけていた腕輪でもう一度同じ手順を踏む。


 「よし、もう大丈夫。相手を思い浮かべれば念話がはじまるよ。焔羅になにか言ってみて。」


 焔羅は仕組みをわかっているらしく、待っている間に既に手順を済ませていた。

 ファロが言われたとおりに念じている、何事か話しているようだ。


 「できましたモー。」


 「よし、みんな最初に名前を言う時ちゃんと名前だけ言ってね。あと、その腕輪は刻印魔導具、本人しか使えないから気を付けて。」


 忍もみんなに習って腕輪を使ってみる。

 どうやら魔力を流す人によって腕輪の光沢やくすみ方が変わるようだ。


 「なんか、私のだけ安物みたいですモー。」


 鬼謀に聞いてみたら魔力が弱い人ほどくすんだ色になるらしい、ファロ以外はある程度ピカピカしてるのでちょっと不満そうだった。


 「安物っていうのはいい表現かもね。魔力が弱いと念話を飛ばせないから相手の魔力で会話することになるし。」


 「う、皆さん申し訳ございませんモー。」


 「初級魔法程度の魔力だからシーラとファロ以外なら全然問題ないはず、魔力の多い人の方から魔力使うようになってるからメイド同士じゃないなら使い放題だよ。」


 「カケホーダ……なんでもない。」


 名前登録から思っていたが、携帯電話はどこの世界でも手続きがめんどくさくなるのだろう。

 数人での念話もできるが魔力消費が跳ね上がるということで、使うときは忍を入れるようにとの注意もあった。

 魔力電池……まあいいけど。


 それからはそれぞれバラバラに念話を試していく、部屋の外からかけてみたり腕輪に指を引っ掛けてみたり、鬼謀がメモを取りながら腕輪の使用感を聞き取っていく。


 『モー。モーモー。ウシ仲間のファロですモー。』


 忍はすっと真顔になった。


 『失礼しましたモー。さっきのカケホーダってなんですかモー?』 


 そんなに気になったのだろうか、気にするなとだけ答えておく。

 入れ替わりにシーラからの念話が入ってきた。


 『ご主人様、実は気になっていたことがありますウオ。』


 『どうした?』


 『ご主人様の好物はジュポッテではなくジュポッタですウオ。あと、ジュポッタに使われている野菜はポッターですウオ。申し訳ございませんウオ。この宿のメニューを見て気づいてしまったんですウオ。』


 忍は頭を抱えた。

 確かに通じるから全部ジュポッテと言っていた気がする、しかも料理名も間違っているとはめちゃくちゃ恥ずかしいやつだ。

 シーラとしても指摘してよかったのか悩んでいたのだろう、礼を言って念話を切った。

 まあお試しの通話なんてこんなものだよな。


 『ちょっといいか?』


 『焔羅かどうした?』


 『関係ない話ではあるんだが、街で貴族が奴隷を幽閉してるっていう噂が流れてる。知ってるか?』


 どうでもいい話題の連続で油断したところに真剣な話題を放り込まれて忍は面食らう。

 近くの椅子に座って気分を落ち着かせてから応答をはじめた。


 『初耳だ。』


 『妙に噂が広がるのが早いのが気になってる、なんかわかったらこっちにも教えてくれ。』


 『わかった。そうだ、ブロードから冒険者証を作るかを聞かれた。山吹が帰り次第ギルドに行くので焔羅も来てくれ。シーラだけは内容を理解してるみたいなんだが、私はついていけなかった。』


 『おう、後で詳細を聞いとく。』


 この集団では忍と自然に二人きりになることは難しく、二人きりになれたとしても短時間だ。

 焔羅に限らず個別で話を聞くような機会は少ない。

 いい機会だからと焔羅は手持ちの情報を忍に伝え、場合によっては指示を仰いでくる。

 

 『実はちょっとした知り合いがいるみたいでな、下手に動けねえ。レクレトって女で魔術も使うかなりのやり手だ。目的がわからないうちは警戒するに越したことはねえ。』


 『特徴とかあるか?』


 『数年前は短い黒髪で、黄色の瞳だったか。会っちまったらたぶん、俺が生きてることが明るみに出る。』


 『マジか。』


 ガスト王国の諜報員でサラマンドラの娘、アグラートはマクロムの諜報集団と争って死んだことになっている。

 追手や色々なしがらみから逃れるためという一言でまとめてしまっているが、これがバレるとガストもマクロムも焔羅を放っておかないだろう。

 忍たちの争いの火種は常に燻っている。

 考えれば考えるほど忍の頭では何処かの国ではなく未開地に逃げこむのが正解という判断に行き着くのだ。


 『お頭が悩む話じゃねえよ。いざとなったら切り捨ててくれ。』


 『……できるわけないでしょ。』


 焔羅が念話を切って近づいてきて耳元に息を吹きかけてきた。

 びっくりして反射的に距離を取る。


 「なんだ、耳が弱いって本当なのか?」


 「誰に聞いた?!いきなりやられれば誰でもびっくりだよ!」


 焔羅がファロを指さして、ファロは明後日の方向を向いている。

 なんてことを情報共有してるんだ。


 「ま、明日から少し楽になるだろ。ところで、カケホーダってなんのことだ?」


 話が完全に流れてしまった。

 焔羅まで聞いてきたので、忍は定額サービスについてざっくりと説明することになった。




 ガーデンパーティの練習は腕輪の念話と焔羅が参加したことによりすぐに形になった。

 体制を崩した忍をシーラでは支えられなかったが焔羅とファロなら余裕を持って支えることができるし、念話のお陰で耳元で囁かれることがなくなり動きに集中できるようになったからだ。

 忍には【体操術】があるのになにもないところで躓いたりしていた時点で健康な男子諸君は察してほしい。

 コツを掴めば早いもので翌日にはなんとか動き回れる程度になっていた。


 自由時間が出来たので鬼謀を頭に乗せながらニカにも腕輪を届ける。

 どうやら焔羅と話をしたことで魔導具に使われる機能がずいぶんと拡張したようで、上機嫌で色々と話していた。

 例えば鬼謀が兎の姿になっても腕輪はついたまま、サイズが変わる装身具や衣服も作れるようになったようだ。

 お陰で白雷のヒレにも腕輪がついている、千影だけは装備出来ないがこれはそこまで問題にならないだろう。


 クレアの家は火事で消失していたのでスキップが手を回して真新しくなっていた。

 塩漬けを売るための小さな店舗も併設されている、レジ代わりのテーブル越しに塩漬けの壺が見えた。

 そこでは見慣れない女の子が店番をしていた。


 「ニカかクレアさんはいらっしゃいますか?」


 「あ、お二人は倉庫です。お名前よろしいですか?」

 

 「忍といいます。」


 「あ!すぐ呼んできますね!」


 なんだか心当たりの有りそうな反応で女の子は奥へと引っ込んだ。

 するとすぐに奥から女の子とクレアが出てきた。


 『旦那様、あのおばあさんものすごく殺気立ってない?』


 「ク、クレアさ」


 「ずいぶんと派手に遊び歩いてるようだけど……貴族にでもなる気かねぇ?」


 「誤解です!というかむしろ聞いて下さいよ!どうなってるんですか奴らの感覚は!!」


 お小言を言うつもりで言葉をぶつけたクレアだったが貴族という言葉を引き金に忍の不満が爆発した。

 早口でまくしたてる忍にクレアのほうが面食らってしまった。

 そのまま貴族の批判をはじめかねない勢いに女の子が急いで中に通じる扉を開ける。

 

 「と、とりあえず中!中で!!」


 「きゅ!きゅ!」


 女の子と鬼謀に窘められて忍はクレアの家の中に案内されるのだった。


 「なるほどねぇ。ガーデンパーティに呼ばれるなんて名誉なことじゃないかい。しかしお偉方の連れてる使用人にそんな理由がねぇ。」


 「パーティの形式によって違うらしいですよ。」


 「そうなんだねぇ。ああ、ローラありがとね。」


 ローラと呼ばれた女の子は忍とクレアにお茶を出すとペコリとお辞儀をし店番に戻っていった。


 「今日はニカはいないんですか?」


 「配達をしてくれててね、そのうち帰ってくるよ。ああ、お土産もありがとうねぇ。ソイソイの塩漬けが売れてローラみたいに作り方を習いたいって子が何人か来てくれたんだよ。戦争なんてはじまっても逃げられるやつだけじゃないからねぇ。」


 「お元気そうで何よりです。スカーレット商会がマクロムでも流行らせてますよ。漬け肉ドック。」


 「あっちに移動したってのは聞いたよ。ミリオンのお嬢さんは残念だったね。」


 ニカが話したのだろう、スキップの訃報はクレアにも伝わっているようだった。

 忍は静かに首をふると話題を次に移す。


 「できれば梅干しと味噌を売って欲しいのですが。大丈夫でしょうか?」


 「ああ、そんな名前だって言ってたね。梅干し……オーメは売れ残ってるくらいなんだけどソイソイの方は人気でね。ほとんど残ってないんだよ。」


 「そうなんですか……。」


 忍が残念そうな顔をするとクレアはうれしそうに微笑んだ。


 「ほんとに変わってるねぇ。大丈夫、オーメも好きなだけ食べれるさ。ニカにぜーんぶ教えといたからね。」


 「本当ですか?!」


 「頼まれたのさ。あの子はどこでもあんたの話ばかりなんだよ?あたしの塩漬けとニカの塩漬けの味が違うなんて言ったんだって?」


 ニカの惚気で忍がいじられたり鬼謀を従魔として紹介したりしているとドタドタと走る音がしてニカが飛びついてきた。

 ものすごい音とともにティーセットが新居の宙に舞った。


 「クレア、そんなこと話したの?!ひどいよ!本人の目の前で!」


 「まんざらでもなさそうだったしいいじゃないか。」


 二人は仲の良いおばあさんと孫状態だった。

 鬼謀に教えてもらいながら腕輪を付けたニカはご満悦だったが、もう少しクレアのもとで塩漬けを学ぶとのことだった。


 「そうだ、忍さん奴隷の反乱って噂知ってる?」


 「反乱?貴族の屋敷に捕まってるって話か?」


 「お屋敷かはわからないけど、シジミールで奴隷の反乱が起きるって配達先の酒場で話してる人がいたんだよ。でも、一緒に飲んでた人はシジミールの奴隷はすごく少ないから眉唾だって。悪い人か他の国から来た貴族の使用人くらいだろっていってた。あ、使用人ならお屋敷ってことになるかな。」


 ニカの話を考えてみる。

 シジミールは犯罪者が奴隷になることはあるが、借金奴隷などの奴隷売買は禁止だったはずだ。

 しかも犯罪奴隷には状況に応じて制約が課されている。

 奴隷が少ないというのはそこら辺の話が根拠だろう、焔羅の話と関係してきそうだ。


 奴隷売買は禁止されているが所有は禁止されていない、幽閉される奴隷となると忍の頭にはどうしても下衆な考えがよぎってしまう。

 他の国でも奴隷制度は当たり前の常識になっている、奴隷売買禁止なだけでもこの国はかなり尖ったことをやっているのだ。


 スキップと契約した時のことを考えても裏で奴隷売買してるやつはいくらでもいるだろう。

 この話、信憑性がないとは言えない。


 「わかった。何かあったら念話で連絡してくれ。あと、念の為白雷を呼んでおくから一緒に行動しておくこと。」


 「はーい。忍さんも気をつけてね。」


 忍はクレアにニカのことを頼んで店を出た。

 路地裏で白雷と焔羅に念話を送ったあと、千影を烏にして街に放つ。


 『なんか、嫌な予感がするんだけど。』


 『奇遇だな。しかも近々お偉いさんが集まるぞ。』


 鬼謀と忍はまるで示し合わせたように大きなため息を付くのだった。



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