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パーティの練習と登録の必要性

 従魔車の応急処置も無事に終わり、忍たちは数日かけてシジミールに到着した。

 宿屋は湖池庵が気を利かせて部屋を空けておいてくれたのだが、山吹は武器と従魔車の修理で、焔羅は情報収集で別行動を希望し、ニカはクレアに挨拶をしに行って盛り上がり、滞在中はそちらにお世話になることになった。


 「みんな感謝してるんだよ。いろんな部族の食べ物が知られて、そういう料理を専門で出すような店も増えてねぇ。」


 ニコニコとしたクレアの目の奥が笑っていない。

 無言の圧力というか、ニカを泣かせたらわかってるなと目が語っていた。胃が痛い。

 お土産として樽いっぱいの果物を渡しておいた。


 冒険者ギルドに挨拶をしてミネアたちの様子を見る。

 果物を差し入れるとミネアは申し訳無さそうにしていたが、ウィンは遠慮なくその場でガツガツ食べていた。


 細々としたあれこれを消化した頃にはパーティまであと二週間となっていた。


 「もうちょっと慣れが必要ですモー。」


 忍は未だにくっつかれて歩くのが苦手だった。

 部屋の中などはまだいいのだが、外や人の目があるところだとどうしても緊張してしまうため場合によっては躓いたり足がもつれてファロに支えてもらう始末だった。

 礼服の練習になるというので貴族の服にしているのも動きづらい要因だ、髪型などまさかの古代のヤマトタケル方式である。

 もはやその様子はラブラブカップルと言うより介護であった。


 「そもそもしがみつかれながら歩くっていうのが難しい。あと、街を歩いてると視線が痛い。」


 「慣れですモー。今日もシーラと三人で何処か歩きますモー。」


 「うー……よろしくお願いします。」


 とはいえすでに近場や大きな通りはあらかた回ってしまったし、どこに行きたいとかは特にない。

 蚤の市だけはもう二度と行かない、ニカの知り合いが恐ろしい形相で睨んできた、説明はしたのだがやっぱり気まずすぎる。

 知り合い以外からだと羨望の眼差しが多いがなぜか絡まれることはなくなった。 

 どうやらこういうことをするのは貴族くらいだというのがよくわかっているようで、店舗でも特別扱いで店員がものすごく世話を焼いてくれる。

 まあまともな貴族は街中で練習などはしないだろうが。

 練習しているのが年のいったおっさんだし恥さらしも良いところなのでなんだか憐れまれていることさえある。

 人に見られていないところならきちんとできるのだが。


 「二人はどこに行きたいとかあるか?」


 「食堂街がいいですモー。」


 「ご主人様が目をつける料理はハズレ無しですウオ。」


 食堂街はシジミールに新しく出来た食堂と酒場が軒を連ねた通りである。

 軒先での屋台売りも盛んで店に入らなくてもいろいろなものが目を引く、多種多様な料理が食べられてとても楽しいが、二人はとにかく忍に料理を食べさせて意見を聞いてくる。

 なかには明らかに恐ろしい見た目やにおいのものもあり、当たりハズレもかなりあるのだ。

 調理は単純だと材料もわかりやすい、なまじ料理ができて再現やアレンジが出来てしまうので面白がられている。

 もっとも、まだまだ未知の食材も多いのでよくわからないこともあるのだが。


 「お料理も三種の揚げ物はできるようになってきたのでまたなにか教えてほしいですウオ。」


 「私もネイルも楽しみにしていますモー。」


 三種の揚げ物というのは唐揚げ、天ぷら、フライのことだ。

 卵が手に入りづらいので唐揚げばかり作っているが、こんなのもあるよと三種類とも教えた。

 元の世界ではありふれていたものが貴重だったり、こちらでは食材として見られていない食材などもあるので難しい。

 あと、生モノは何があるかわからないのでできるだけ食べないようにしている。

 料理教室の内容も考えつつ、忍は足元に気をつけながら食堂街に引っ張られていくのだった。


 四季があれば食材も季節ごとに変わる、青々とした山菜のようなものや新芽のようなもの、花のサラダ、山のように皿に盛られた豆や芋の煮物、赤黒い煮凝りのようなもの……あれは遠慮したいな。

 串焼きや炒め物などの定番の隙間にもチラホラと変わり種が見える。


 「私はあの店のボア串とレイショの煮物、それからお茶で。」


 「かしこまりましたモー。」


 小さな休憩所のようなところに席を取りファロが食事を買いにゆく。

 実際のパーティでも主人は基本的に指示するだけで何もしてはいけない、動き回るのは随伴者の役目だ。

 しばらくしてファロが指定した料理を含めた忍の食事を持ってくる。

 それを忍だけが左右の二人に食べさせられる。

 ひどくいたたまれないストレスフルな感覚、フォアグラのために太らされるガチョウになった気分だ。


 「一人で歩きたい……。」


 「できるようになるまでの辛抱ですウオ。」


 思わずでてしまったつぶやきに囁きでシーラが答える。

 この囁かれるのもなれない、耳がくすぐったくてゾワゾワする。

 忍は絶対に貴族なんかにならないと改めて固く心に誓った。


 「当たり無し。これなんかすごくしょっぱい。」


 「人気のある干物の団子串ですモー。さっき一番並んだやつですモー。」


 焼き鳥のつくねのようなものだが三つ刺さっていて三つとも味が微妙に違う、ただ、しょっぱさが全面に出ており夜営の干し肉を彷彿とさせる。

 おそらくは干物と芋のようなものをすり混ぜて団子にするのだろうが、もしかしたら芋の方にも塩が入っているのかも知れない。

 列の先を見てみると飲み物とセットで買っている人ばかりだ、酒飲み用の濃い味付けといったところか。

 保険で頼んでおいたボア串とレイショの煮物を食べさせてもらい、重い腰を上げる。


 このまま少しこの通りを練り歩いて帰る、今日こそは躓かない。

 忍が人でごった返しているほうに歩を進めようとした時、後ろから声がかかった。


 「おい、こんなとこで練習するな。危ない。」


 首だけで振り返ると髭面が立っている。

 ブロードに至極もっともなことを言われて忍は泣きそうになった。

 やる気が折れてしまった忍はブロードに促されて休憩所に逆戻りした。


 「できるに越したことはないだろうが、貴族じゃないのはわかりきってるんだ。そこで騒ぐようなのはむしろ品がない。うちの兄貴なんて貴族でもテーブルに座ってるだけだぞ。」


 「え?」


 「随伴者はいるが歩き回らなきゃいけないってわけじゃねえ、主催に挨拶して最初のワインで乾杯したら座ってりゃいいだけだ。」


 貴族のイメージがものすごく偏っている自覚はあったが、優雅なパーティなのだろうか。

 いや、海水浴のときは忍たちがはっちゃけただけであって貴族たちはきれいどころを侍らせて飲み食いしていただけだし、クロムグリーン公爵家やカシオペア家の場合は密談に近い形だったが今回はガーデンパーティだ、常に監視されているというわけでもないかもしれない。


 「申し訳ございませんウオ。しかし、ご主人様にはもう少しできるようになっていただきたいんですウオ。練習できるような場所に心当たりはありませんかウオ。」


 ブロードは少し考え込んだ後にシジミールの壁の外にある雑木林を教えてくれた。


 「まずは周りを見て人にぶつからない、足元を見ずに歩く練習ってとこからだ。足元が悪いから練習になる。魔物が出るがあんたなら問題ないだろ?」


 言われて気付いたが忍は躓くことを意識しすぎて足元を見てばかりだった。

 周りの人を避けたシーラやファロに合わせられず押されて転んでしまうというのは確かにある気がする。


 「ただ、その練習は明日からにしてくれ。ちょっと山吹とニカについて話があるんでな。」


 ブロードは近くの酒場の個室に忍たちを誘った。

 そのまま三人でついてきたのを見て、ブロードは変な顔をした。


 「ここは店主が風の魔法を使う元冒険者でな、個室の声は外には漏れない。」


 「ファロとシーラはニカのことも山吹のことも知ってますから普通に喋ってもらって大丈夫ですよ。」


 ブロードは怪訝そうな顔をしたがつっこんでは来なかった。

 飲み物と軽いツマミを注文し、揃ったところで話しはじめた。


 「調べてみたんだが、従魔が冒険者になった例は存在しなかった、が。魔物が冒険者になった例は存在するようだ。」


 「……つまり?」


 「山吹とニカが冒険者証を持っているのは問題ないってことだ。だが、ちょっと処理をしなけりゃならんので一度ギルドに顔を出してくれ。それから、同じような従魔がいるなら一緒に冒険者証を作っておくことをすすめる。」


 忍の空気がピリッと張り詰めた。

 しかし、ブロードはどこ吹く風だ。


 「過去に登録していた魔術師で魔物に変身するって奴の記録があった。ビリジアンで一緒に行動してた魔導具を作れる小柄な魔術師ってのが引っかかってな。」


 「ははは。あんまり突っ込まないでいただけると助かります。」


 「ああ、他で一から説明するとまた大騒ぎになるだろうしな。こっちとしては後から後から想定外のことが出てくるほうが厄介なんだよ。隠すならきちんと隠せ。」


 「ごもっともです。」


 「あとな。例の箱だが。」


 「見つかったんですか?」


 「いや、見つかってない、が、どうなったかはわかった。」


 箱とはケンタの平原の封印を解くために必要というやつだ。

 黒地に金の装飾がなされたちょっとお高そうに見えるものだったらしい。

 箱はずっとペンタルンの神殿に代々保管されていたのだが、二代前の神官長がかなりのダメ人間だったらしく借金のカタに売り飛ばしてしまった。

 おそらく非合法のルートで取引された箱は行方不明らしい。

 忍はなんとも言えない顔をした。


 「……こうなったら下手に探し出さないほうがいいですね。」


 「同感だな。俺は公平に動くつもりだ。あと連れ歩く従魔はきちんと登録しろ。人型のニカと山吹はまだしも鬼謀とかいうのはどこでも登録されてないだろう。奴隷の登録はやらないやつが多いがいざというときに奴隷証文もない状態じゃ違法奴隷に間違われて捕まるぞ。それから……」


 そのあと、ブロードは忍の手続きの杜撰さを愚痴とともに数時間喋り続けた。

 かなり溜まっていたようで忍は途中から話がこんがらがってきて適当に相槌を打っていた。

 合間合間にガーデンパーティの参加者である貴族の話をするのでそこは聞き逃さないよう歩く練習とは別の神経を使う羽目になった。

 ファロは気を利かせて追加の酒や料理を運んでくるし、シーラは話の内容がわかってるようで時々頷きながら話を聞いている。最後にはブロードに気に入られてデザートを奢られていた。


 「そういえばふたりとも酒は飲まないの?」


 「飲まないですモー。飲むような機会もそうそうありませんモー。」


 「きちんとした使用人はお酒を飲まないものですウオ。お酒の匂いをさせた状態で仕事などしていようものならクビどころか二度とどこでも雇ってもらえないですウオ。」


 出迎えた使用人や朝食の給仕をしてくれた使用人が酒臭かったらどう思うかと聞かれて忍は大いに納得した。


 「そんなことより明日は雑木林ですモー。」


 ファロの一言に忍はゲンナリするのだった。


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