ダベル家からの招待
従魔車の調整や忍式三種の揚げ物講座、走りでケンタウルスをぶっちぎってきたという山吹も合流し瞬く間に数日が経過した。
ブロード率いる冒険者たちは途中で避難民たちと合流しまるで商隊のような様相でペンタルンに到着した。
翌日さっそく報告のために忍たちはミスフォーチュンとしてペンタルンのギルドマスターの部屋に呼ばれていた。
忍、千影、焔羅、ニカ、山吹に加え、ブロードと緊張した面持ちのなんだか見たことのあるお姉さんが集まっている。
「集まったな。改めてシジミールのギルドマスター、ブロード・ジャッジだ。こいつはエリシア、ペンタルンのギルドマスター代理になる。」
「こちらは左から二カ、山吹、焔羅で私が忍です。よろしくお願いします。」
「ニカと山吹、従魔だろ?あんたも従魔なのか?」
「俺は人だ。ずいぶんと詳しいな。従魔だったら悪いのか?」
「人と遜色ない魔物など想定されてないからな。魔人と同じく人として扱うのが妥当だろう。ただ、魔人が従魔契約されてるなんて妙なことを起こされたんじゃすぐに耳に入ってくる。偽るならもう少し気をつけてくれ。」
マクロム大武術祭でのことがブロードの耳に入っていたらしい、ニカはもともとシジミールに住んでいたので把握されているのは納得できる。
初対面で舐められないためおいったところか、忍の浅知恵などお見通しだとブロードはいいたいのかもしれない。
背もたれに体を預けて苦笑いするしかない忍とは対象的に焔羅が前のめりになった。
「生真面目さが災いして衛兵でいられなくなっただけのことはあるな。部族長の息子は結局どうなったんだ?」
エリシアの顔色がさっと変わる。
「エリシアさんだっけ?よかったな、いいひとがペンタルンで漁師してんだろ?やる気なく受付してると幻滅されるぜ?」
その言葉で思い出した、ペンタルンでやる気のないコンビニ店員のような接客をしていた受付のお姉さんである。
現在は緊張気味で姿勢もしゃっきりしているので言われるまでわからなかった、そんな理由であの接客だったのか。
ブロードがエリシアを睨んでからこっちも睨んできたので冤罪だという意味で両手を上げてゆっくり首を振った。
「暴露大会じゃねえだろ?さっさと終わらせちまおう。」
「同感だ、まずは報告を頼む。」
忍は石板を取り出してテーブルに置いた。
ガスト王国がなにかの封印を解こうとしていたこと、中心で動いていた魔術師たちは全員死んだこと、リストの人はほとんど捕まえられたがギルドマスター以下数人が街にいなかったことなどを報告していった。
関係は不明だが氷座党という海賊も関わっていることも一応報告しておく。
エリシアが調書を取ってくれているので取り調べを受けている気になってしまい少し緊張した。
「わかった。どうやったかは知らんがこの数日であれだけの人数を捕まえて、リストにいないものも供述をはじめている。忍は間違いなく英雄だ。報酬はこちらできちんと取り調べてからになる、お嬢ちゃんたちのほうが終わるまでにはなんとかしよう。」
「ありがとうございます、二人はどうしてますか?」
「警備以外は特別扱いはしていない、ギルド職員が捕まっているから事情もすぐに分かるだろう。こっちはすぐに罪人を移送する。あんたたちも一緒にシジミールに移動してもらいたい。」
「それは難しいです。従魔車がちょっとまずい状態でして、あと数日は動けないかと。私達はあとから追いかけます。」
ブロードは少し残念そうだった、護衛でも頼みたかったのだろう。
ニカと山吹がなぜか念話で称賛してくれた。
もろもろの報告が終わるとブロードがエリシアに目配せをする、エリシアは近くの机の引き出しから一通の手紙を持ってきた。
机に置かれた手紙の封蝋はバイキングの角つき兜のような絵がついている。
「これはダベル家の代表からのガーデンパーティの招待状だ。忍宛だが断るとまずいことになると先に言っておくぞ。」
「うわあ。失礼なことして争いになる未来しか見えないんですが。」
「ホストのダベル家は戦士の多い家だからまだなんとかなるだろうが、ほとんどの貴族はいい顔はせんだろうな。パルミジャーノ家やメイラード家は許さないだろう。どの家のものが参加するかにもよるだろうが。」
「ちなみに断ると?」
「全部の家から失礼なやつと認識されるだろうな。冒険者ギルドの立場も悪くなる。」
とりあえず忍は手紙の封を開けて中身を読んでみた。
そして読んだことを後悔した。
回りくどい文言で分かりづらく書かれてはいるが最終的な意図としては一点。
戦争に力を貸せばミネアたちの罪を不問とする、と書かれているのだ。
「これ、中身は見ましたか?」
「いや、有力な冒険者であり国の民を救った神官様を招待したい、と。」
ブロードにも様子が変なのはわかったようだが、追求はされなかった。
「あんた独身だったか?随伴者はどうする?紹介するか?」
「ごめんなさい、何の話ですか?」
「いや、随伴者は大丈夫だ。そうだな…二人連れていく。」
焔羅が大丈夫だと言ったのでまた任せる。
会話の内容は聞いているがどうやらパーティの形式やマナーに絡まる話のようだ。
今回は大きな庭園での立食形式であり、独身ならば一人で行くこともあるがその場合はお見合いの意味を持ってしまう。
伴侶や婚約者がいる場合は連れ立って、お見合いをする気がない場合は見目麗しい使用人を連れて行くのがマナーとなっている。
一時的にパーティ専門の使用人を雇うこともできるので先ほどブロードはそれを紹介してくれるという話をしていたわけだ。
若い貴族は随伴者の美しさや人数を競い合っているらしい。
ビリジアンの海水浴を思い出して頭が痛くなる、そういえばこの世界の貴族ってそんな感じだったわ。
他にも従魔車はギルドが用意するとか衣装はこの店で作ってくれるだとか細かいことを詰めている焔羅を素直にすごいと思った。
ガーデンパーティは一ヶ月後にシジミールのダベル邸で開催されることを確認して忍はどうしたものかと気をもむのだった。途中から寝ていた山吹はあとでシメた。
夜営中、テントの中でぎゅうぎゅうになりながら忍たちは相談をしていた。
焔羅が指定した二人というのはシーラとファロのことだったようだが手紙の話をすると空気が変わる。
「やはり、国ごと潰してしまうのがいいのではないですか?」
「山吹って必ず一回はそれ言うよな。却下。」
「私はアサリンドの味方したいけど、忍さんは嫌なんだよね?」
「いや、どっちの味方とかって話よりも戦争に加担するのが駄目って話なんだ。ここで手を出したら戦争のたびに呼び出されることになる。旅もしづらくなってしまう。」
「むー、ごめんなさい。」
しゅんとしてしまったニカを呼んで頭を撫でてやる、怒られたと思ったようだ。
ミネアたちを放り出すようなことはしたくない、アサリンドに肩入れする理由もあるが戦争はまずい。
「あー、お頭の条件次第、だな。」
「なるほど?」
焔羅がニカにチラチラと視線を送る、あまり褒められたやり方じゃなさそうだ。
しかし他に声も上がらない、しょうがないので聞くだけ聞いてみることにする。
「ダベル家は脅しには怒るがおだてには弱い。貴族の好きなもんってなんだか分かるか?」
「はい!金、名誉、女!」
「ニカさん?!」
元気よく返事をしたニカに全員が驚いてしまった。
「貴族相手の商売はこの三つだっておじいちゃんに教わったよ。スキップさんも大体合ってるって言ってた。」
「あ、ああ、そういうことか。」
「商売ならニカのほうが詳しいもん。でも、相手の求める商品じゃないと駄目なんだよね?招待してくれた人が何がほしいか調べないと。」
「その前にそういう商売は危ないからあんまり手を出しちゃ駄目だ。スカーレット商会に頼るわけにもいかないし、この先は焔羅と私で話そうか。」
「えー?!」
不満そうなニカのほっぺたを両手でむにっと潰す。
あとでお腹いっぱいになるまで付き合うことを約束してなんとか納得してもらった。
とりあえず一旦解散の流れになったのだが、焔羅がファロを呼び止める。
「あー、ファロは残ってくれよ。俺とファロで随伴者やることになるだろうしな。」
「私ですかモー?パーティのお付きならシーラのほうが上手ですモー?」
「シーラは素直すぎる、ネイルは幼すぎる。」
少し困ったように首を傾げるファロの後ろで嬉しそうにそそくさと外に出ていくシーラとちょっと不機嫌なネイルが視界の端に写った。気持ちはよく分かる。
焔羅は激しいようで冷静で言葉がきついところがあるから忍から見るとトラブルになっていないのが不思議なくらいなのだ。
ファロは馴染んできたことでマイペースさが際立ってきており、冗談まで言うようになってきている。
今ではちょっとつつかれたくらいではなかなか動じない、グラマラスな美人だし本人以外は納得の人選である。
ファロはいきなり忍と腕を組む形で座った。
「え、え?」
「ご主人様、腰に手を回してくださいモー。パーティでは随伴者が寄り添ったら必ず腰に手を添えるんですモー。」
「あ、もうマナー指導入ってる?失礼しました。」
ドキドキしてしまった、ものすごく恥ずかしい。
公の場でいちゃつかなければならない文化を作ったやつ許すまじ。
「時々キスをしたり胸を揉んだりもしますモー。」
「は?!」
「そこまでやらなくてもいいぞ。そっちに集中されても困るし。ただくっつかせてもらうことになるな。慣れてもらわないとなめられる。」
嘘で担がれているのかと思ったがそんなことはなさそうだ、おそらく冗談だったら忍は怒っていただろう。
ただ、強制的に周目の前でくっついていちゃつけとはどんな拷問なのだ。
そういえばカップルコンテストという文化がどこかにあったが、ああいうのは好きなやつが出ればいいのであって……うー、なんでこんなことに……ああいうのは好きなやつが出ればいいのであって……うー……
「お頭、おーかーしーらー。」
「はっ?!」
「ご主人様、お飲み物でもお持ちいたしますかモー?」
いつの間にか焔羅に肩を揺すられていた。
話してる最中に堂々巡りの思考に迷い込んでしまった。
ファロが用意してくれたお茶で一息つく、ほんのり甘くて柑橘系の香りだ、おいしい。
「これ、なんのお茶?」
「ネイルが果物の皮で作っているやつですモー。甘いもののほうがいいかと勝手にお出ししましたモー。」
「売れるよこれ、おいしい。」
何故か申し訳無さそうな雰囲気のファロは気になるが、お茶のお陰で落ち着いたので相談を続ける。
「差出人はゴア・ダベル、ダベル家の三男であまりいい噂は聞かないやつだ。戦争中に戦いの部族が首都に残ってるって時点でお察しだな。本人は女好きらしいから俺が引っ掛けるのが一番早いんだが……。」
提案に対して即両手でバツを作った。
焔羅はやれやれと首をふる。
「他には買った奴隷を仕込んで誑し込む、使用人や妾を脅して……」
「まてまてまて、それが一番早いってのはわかったがどうもそういうのはちょっと……。」
焔羅の提案は平和な世界の感覚を引きずっている忍には到底受け入れられそうになかった。
焔羅もそれがわかっていたのか再びやれやれという雰囲気を漂わせて話を続ける。
「……まあ、お頭にはそういう奴隷使いは出来ないよな。そうなると強硬策も視野に入ってくるぜ。」
「う……、あ、名誉や金の方はどうなんだ?」
「名誉は無理だな。ダベル家は割りと裕福だから金も駄目だろう、珍しい武具なんかは欲しがるだろうが確実とは言えないってとこか。」
「……ちなみに強硬策っていうのは?」
「決闘だ。」
「ですよねー。」
公の場で挑発し決闘の条件にミネアたちの無罪放免をつける。
シンプルに拳で解決できるのはある意味楽なのだが人としてどうなのだろう。
「ご主人様はなぜそこまでしてミネアという女性を助けようとするんですモー?」
「え?おかしいか?」
「変だな。」
「おかしいですモー。」
ステレオでおかしい人認定されてしまった、薄々感づいてなければ膝を抱えてのの字を書きはじめるところだ。
「あー、まー、ミネアさんには幸せになってほしいんだよ。」
「惚れてんのか?」
「いや、そういうんじゃなくて……。あの子を見てるとどうしようもなかったときのことを思い出すんだよ。うまく言えないがギリギリまでは助けてやりたいんだ。最後に優先するのは君たちだけどね。」
「……まあいいですモー。」
二人はなんだか納得のいっていない雰囲気だがこれは本心だ。
忍がこんな異種族ハーレム状態でも安心できるのは全員を契約で縛っているという前提がとても大きい。
もし忍に【真の支配者】がなければこんなことにはならなかっただろうし、人間不信をこじらせたままビクビクしながら早期に死んでいた様子がありありと想像できる。
力と金で従わせているという前提でなければ忍は怖くて何一つ彼女たちに意見できなくなるかも知れない。
忍自身に価値を見出している存在などありえない、これほど忍が信用できない存在はない。
流石に決闘はいただけないので珍しい武具で交渉という方向で話をまとめた。
自己嫌悪によって忍の雰囲気がどんどん沈んでいったせいでそれ以上二人につつかれることもなく会議は終わった。
ニカとネイルの機嫌を取るつもりで声をかけたら、逆にものすごく接待された。




