合流と激しい焔
『ま、そんなわけだ。ずいぶん慌ててたが、俺の事心配してくれたのか?』
『当たり前だろう!蹴られたとこは大丈夫か?!全員無事なのか?!』
『お、おう。……無事だよ、無事。』
からかうつもりで答えた焔羅に気づかずに忍がまくしたてるので、ばつが悪くなった焔羅はぶっきらぼうに話す。
『そっちが片付いたなら合流するか。さっさと神官長様に戻って先に進もうぜ。』
『あー、すまない。それなんだが……』
忍はミネアたちの判決が出るまでシジミールに滞在しなければならないことを話した。
この世界の情報網は早いんだか遅いんだかよくわからない、危険人物などのことだけ優先的に伝達されるとかだろうか。
焔羅には盛大に溜息をつかれたことは言うまでもない、ついでに説明を飛ばしていた経歴を細かくしつこく聞かれることとなった。
忍たちは動けないので支援班をペンタルンで待つことになった。
支援班とシジミールからの援軍はだいたい同じタイミングでペンタルンに到着することになるだろう。
それまでに街の人から話を聞いて言い訳を考えなければならない。
胃がキリキリと痛む、【精神攻撃無効】がストレスに効かないことが恨めしかった。
翌日、予定を大幅に前倒ししてペンタルンの門の前に支援班が到着した。
なんと従魔車の荷台に気絶させたカブトウシを乗せて山吹が引っ張ってきたのである。
「この従魔車が窮屈に感じましたモー。」
鶏が積んであることに加えカブトウシまで乗せたので荷台の臭いがすごかった。
ファロは平気そうだがネイルはずっと鼻を摘んでいるし、重さにやられたようで車輪もがたがたになっている。
『これは修理に出さないと駄目だね。魔術もやり直し。先生は物の扱いが雑すぎるんだよ。』
「主殿!我は一騎当千の大活躍でした!水人形をバッタバッタとなぎ倒し……」
「チッ。」
「俺は敵の大将とったけどな。お頭、今晩付き合ってくれよ。天国につれてってやるぜ。」
「チッ!」
「忍さんお腹すいたよー。お宿に行こうよー。」
「チッ!!」
鬼謀が従魔車の状態に苛つき、三人に絡まれているこちらを気にしながら舌打ちをしているので忍としても気が気ではない。
そして気が気ではないことがもう一つある。
「あの、ところで従魔車の横に立ってる方はどちら様でしょうか?」
従魔車の横には槍を持ち髪を編み込んだケンタウルスの女性がいた。
ドレッドヘアというやつだ、なかなか頭を洗えないと聞いたことがある。
焦げ茶の馬体に白い髪の毛でドレッド、陸上選手のようなシルエットがなかなか似合っている。
「すみません。我にどうしてもついてきたいと追いかけてきまして、従魔車を引いた状態で振り切れず……しかし、男がついてくるのだけは阻止しましたゆえ!」
「いや、何その条件?!」
「我は主殿一筋ゆえ!もちろんこやつは主殿のお好きに使っていただいて構いませんし命じれば特攻なり夜のお供なりなんなりと」
「なんでそうなる?!っていうか山吹についてきたんだろうが?!なんで私の好きにとかいう話になるんだよ?!」
「主殿はそういうのがお好きかと……」
「否定しないけどそういうことじゃない!!説明は?!」
「問題ないではないですか!」
「あーもう!命令、黙って抵抗するな!」
山吹との口プロレスに焔羅はニヤつきニカは早々に巻き込まれないよう従魔車の片付けを手伝いに行った。
妙に食い下がってくるのを怪しんだ忍が千影に山吹の記憶を探らせていると従魔車の方から入れ違いにネイルがやってくる。
「山吹さん、ケンタウロスに求婚されて追いかけ回されてるんですコン。」
「……ほう?」
「誤魔化そうとした山吹さんが悪いですコン。……でも、これはあんまりですコン。」
真っ黒になっている山吹を横目にドン引きしているネイルの話はこうだ。
最前線で水の兵士を倒しまくった山吹はケンタウロスたちにとって英雄となった。
そこでケンタの平原に残ってほしいと頼まれボロアスをはじめ屈強な戦士たちが山吹の夫として名乗りを上げた。
山吹がそれを断ると今度は戦士総出で脅してきた、最初の村で脅しが効いたことを覚えていたのだろう。
蹴散らしても良かったのだが、山吹の教えた戦士もいたので情が湧き、結果的に夜逃げすることにした。
「ほほう?」
「お頭がそういう反応するから誤魔化そうとしたんだぞ。」
明らかに不機嫌になった忍は直立不動で真っ黒の山吹の腰に腕を回す。
自分のものだと訴える態度にネイルも苦笑する。
「夜逃げに気づいた戦士の中で最後までついてきたのが彼女、ヌリスさんでしたコン。ご主人様に仕えることにも納得してるみたいですコン。」
『山吹は本気で引き剥がそうとはしていましたが、ついてこれるとしたらヌリスだと感じていたようです。忍様がヌリスに勝てば服従するという話もついております。』
「当事者抜きで話が付いてるって……。」
『気が進まないのであれば千影が処分いたします。そうですね、根絶やしにしてしまえば後腐れもございません。』
「大アリだよ!」
「絶対駄目ですコン!」
「あっはっはっはっは!」
大爆笑をした焔羅を恨めしそうに睨んでしまった。
白雷に近いということは、強いと繁殖が正義の野生の思考か。
山吹と結婚して取り込もうとしているところ辺りがずる賢いというか政略結婚感があるが概ね見立てはあっているのだろう。
ただ、今回は忍は一ミリも関わっていないのでヌリスをどうこうする気はサラサラ起きなかった。
「あれ?そういえばなんで夜のお供なんだ?」
「いや、お頭は相手が何でもイケるだろ。」
反射的に焔羅をはたきそうになったが、ふと否定できない現状が頭をよぎり力が抜けてへたりこんでしまった。
ネイルが優しく肩に手をおいてくれる。
「大丈夫ですコン。ご主人様がどんな趣味を持っていても誠心誠意お仕えしますコン。」
「あああぁ!もー!とにかく無理!!山吹、命令解除!!!責任持ってきっちり断ってこい!!!」
もう限界で叫びはじめてしまった忍が声を荒げて肩で息をしている。
成り行きを固まったまま聞いていた山吹はいやに落ち着いた態度で動き出した。
「……むう、押しきれる気がしていましたが……やむを得ません。」
そんなことを呟いてヌリスに何事か話しかけた後、山吹とヌリスは土煙を上げてケンタの平原にとんぼ返りしていった。
「お頭、もったいなかったんじゃねえか?」
忍は今度こそ焔羅の頭をはたいた。
従魔車の整備もしなければならないためペンタルンにはしばらく滞在しないといけないこととなった。
ブラスタートルの群れがいなくなったという話は近隣の村々や街にすぐに知らされたが、人が戻って来るにはそれなりに時間が掛かる。
ペンタルンはほとんどゴーストタウンのような様相で、商店や港はほとんど機能していない。
もちろんそんな状態で宿屋が営業しているわけもなく、忍たちは門から少し離れた街の外で野営をすることになった。
従魔車の整備も鬼謀と忍で木から応急処置に使う部品を作り、少しづつ進めている。
千影は冒険者ギルドで捕まえた奴らの見張り、ニカは支援物資として配る予定だったものを門の近くで販売している。
ちゅーという名の腹ごしらえをしたニカは神官団をしなくて良くなったので損失を補填するんだと張り切って商売をしていた。
鬼謀から任されていた車輪軸が一段落ついたので忍は焔羅から渡された石板を読んでいる。
使われている文字はかなり古く、おそらくはアーグと近しい時代のものだが魔術がかかっているようで驚くほどきれいな保存状態だ。
絵巻の魔術師、大精霊の力を借り、悪夢の主を封じん。
黒き馬、触れること叶わず、炎の鬣、兵を焼く。
紅眼に睨まれし民、目覚めることなく、弱り死に至る。
醜悪なる夢使い、その力が再び夜に放たれぬよう願う。
裏には封印の詳しい説明されている。
封印を解くには黒い手のひら大の小箱を持っていって解除のための呪文を唱える。
呪文に関してはこの石板には書かれていなかった。
ペンタルンで暗躍していた者たちが探していた箱はおそらくこれだ。
発見された様子はないが頭の片隅に入れておく、石板はブロードに渡して軽く説明しておけばいいだろう。
ギルドマスター含めリストの全員は捕まえられなかったので全容はわからず。
心配していた白雷と千影の襲撃はだれも覚えているものがいなかった。
『少しだけ忘れていただきました。問題はありません。』
街中でそれとなく探りを入れたときにサラリと記憶操作宣言が飛び出した。
千影、恐ろしい子。
ガスト王国の諜報員の親玉はキツネ目でノーマルっぽい男だったようだが名前はわからず、おそらくは焔羅に焼き殺された。
ケンタの平原の襲撃にそんな人相の身なりの良い男がいたようなので底なしの指輪を持っていた人物であろう。
ザッパーは魔術奴隷だったことがペンタルンの有象無象の話をまとめていてわかった。
喉を潰され声の出せない水の民で死線に送っても帰って来るとキツネ目が笑って自慢していたようだ。
送る理由が生臭いからだというのだから救えない、コトが終わった後でもガスト王国は神経を逆なでしてくる。
「お頭、暇なら付き合えよ。」
思考が暗黒面に落ちそうになったところで焔羅に声をかけられた。
ついていくと街からどんどん離れていく、雑木林を抜け街道からも離れていく、狩りだろうか。
しばらく進んだ先に小さな泉が湧いているのを発見した、かなりきれいで小魚も泳いでいる。
焔羅はそこでくるりとこちらに向き直ると忍の首を掴んで押し倒した。
背中を打ち付けて息が詰まる。
「やっぱ隙だらけだな。アネさんがいねえといいカモだぜ。」
そう話す焔羅の呼吸は荒く、強引に忍の唇を奪い服の中に手を入れてきた。
抵抗するが焔羅のほうが力が強い、なんとか唇をはなし喚く。
「逆!誰得!なんで私が襲われてんの?!」
「あ?この状況だろ、いいじゃねえか。俺も我慢できねえし。」
「いやいやいやいやいや!」
「命じないってことはちったあ期待、してんだろ?」
「やめろ、命令!やめろ!」
とにかく焦って命じる。
命令のことは頭からすっぽ抜けていただけなのだが、そんな受け取られ方をするとは考えつかなかった。
「……命令しやがった。普段は使わねえのに。」
「するよ!男女関係なく無理やりはダメだって!」
「自由にしてていいんだろ。じゃあペンタルン燃やしてくるわ。」
「なんで?!ああ、もう!命令、正座しろ!」
兎にも角にも現状把握、焔羅の話は珍しく要領を得なかったが辛抱強く聞き取る。
どうやらもともと火を見ると興奮する質であったらしく、最近は旅続きで魔術なども使う機会がなかったので鬱憤が溜まっていたらしい。
戦闘で魔術を使ったことで歯止めが効かなくなり、とにかくスッキリしたくて夜まで我慢できなかったと。
「反省しているが後悔はしてねえ。話したんだから相手してくれよ。」
「居直るなよ…はぁ、ちょっと待ってろ。」
色っぽい話のはずなのに生贄になるような気持ちになってしまうのはなぜなのだろうか。
忍は盛大なことがかいてあった能力を使ってみることにした。
「【大地変容】」
【大地変容】は大地を好きな形に変えられるとのことだが試したところによると地面をすきなように整形できるのだ。
イメージを持って地面にしばらく触っていると洞穴や土の家、像などのかなり精密な成形が出来た。
形だけではなく硬度、材質なども変えられるので、中級魔法程度ではびくともしない岩の家とかも作れる。
こっそりとミスリルが出来ないか試したら出来てしまったのでバンバンへの土産にちょっとだけ確保したが、精神の安定のため土と石を整形する事ができるだけということにしている。
一軒家程度の広さが問題なく隆起したのでそれ以上は試していないが、この大雑把な説明なら山とか作れる気がする。
宿の部屋をイメージしてしばらく地面に両手をついていると、ベッドや椅子、テーブルなどが備え付けられた土の部屋が出来た。
中を整えて出てくると焔羅が何故か批判するように睨んでくる。
「お頭、雰囲気ってわかるか?」
「いや、お前にだけは言われたくない。」
焔羅は文句たらたらではあったが正座命令を解除されると忍の首根っこを捕まえて乱暴に部屋に連れ込んだ。
日が傾きかけたころ、盛大な爆発音とともに土の部屋は瓦礫になっていた。
「悪くはねえがやっぱイマイチだな。こう……燃えてほしいんだよ。」
「もう、料理のときの焚き火で我慢してくれ。」
「無理だな。俺は気性が戦いに向いてんだよ。お頭は使用人とかに向いてそうだけどな。」
「そうか?」
「家事全般出来て、手先が器用で、火も水も魔法で出せるだろ。真面目で盗みなんかもしなさそうだし。」
「人の命令で動くのは二度とごめんだよ。捨て石、能無し、無駄飯喰らい呼ばわりになるのが見えてる。みんななんでついてきてくれるんだか……。」
「ま、お頭だからだろ……って言っても納得はしねえよな。短い付き合いだが貴族連中が目を剥くぜ。従魔も奴隷も命令なしであんなに働くなんざありえない。あんたは好かれてるよ。」
別れて行動している間もみんな忍のために色々と行動してくれていたらしい。
憑き物が落ちたようにスッキリした様子の焔羅から太鼓判を押されてなんだかものすごく恥ずかしくなった。
「まあ、俺があんたを襲った件は気持ちが行き過ぎたってことで。」
「それは、許しません。」
さっき正気を取り戻した焔羅が一般的な奴隷の扱いを思い出してヒヤリとしていたのをわかっていたので間髪入れずに真顔で答えた。
罰として痛む背中の分だけ焦る焔羅をチベスナ顔で観察した。
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