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水軍のザッパー

 カーネギーをケンタの平原に飛ばした従魔術師はその景色の変化に驚いていた。

 道なりに草が刈られきちんと踏み均されている、ぽつぽつと遠目に粗末な建物のようなものも確認できた。


 「知恵を絞ったということか。」

 

 以前は背の高い草で覆われていた平原には獣道くらいしかなかったはずだ。

 草原の至る所でそのままねていたはずのケンタウロスの姿も見えない、魔物風情が一丁前に防衛戦の用意をしたのか。

 どうやらケンタウロスがこの平原から出ないという噂は本当らしい、前回の襲撃で何処かに散ってくれれば楽だったんだが。

 

 「ケンタの平原、名前負けもいいところだな。」


 平原と言うよりも原っぱ、それが従魔術師の認識だった。

 所詮は魔物の群れ、こちらにはガスト王国有数の魔術師がついている。


 「作戦決行で問題ないだろう。報告と雨の準備だ。急げ!」


 従魔術師の報告で襲撃の準備が着々と進められていく。

 その様子を監視する一羽のカーネギーに気づいたものは誰もいなかった。




 草で作られた急ごしらえの東屋で山吹、焔羅、一人の大柄なケンタウロスの戦士が集まっていた。

 戦士の名はボロアス、ケンタウルスの英雄で村の戦士のまとめ役を担っていた。

 そして、山吹に鼻っ柱を折られた一人でもある。

 二人の会話はところどころしかわからないが、敵が迫ってきていることだけは理解できた。


 「九人、パーティ二つに偽装してるな。水軍のザッパーがいる。」


 「そのザッパーというのが例の厄介者か?」


 「ああ、水から兵隊を作り出すことができる。魔術師数人で雨を降らせて攻めてくるんだろ。奴の常套手段だ。」


 ボロアスは訳された焔羅の話に頭を抱えた。

 ケンタウロスの戦士は百あまり、ザッパーの作り出す水の兵隊は数千、戦場では一軍を相手取り勝利したこともあるという。

 いくら強靭な体を持つケンタウルスといえどこの数の差は絶望的だ。

 山吹たちにはなにか考えがあるらしいのだが、ボロアスには玉砕することくらいしか思いつかなかった。


 「封印、守る。だそうだ。」


 「ケンタウルス共はそればっかだな。ま、足止めさえしっかりしてくれりゃあいい。」


 「我はケンタウルスとともに出る。遠慮しなくていいのだろう?」


 「ああ、派手に暴れてくれ。」


 神妙にうなづいたボロアスが東屋を出ていくと、山吹はにやりと笑い、焔羅はさっさといけとばかりにシッシと手を振った。




 雨が振りはじめた夜半過ぎ、ケンタウロスの戦士は慌ただしく武器を構え敵軍を待ちかまえていた。

 その中には真っ赤な鎧を着た山吹の姿もある、張り詰めた空気の中でようやく新しい鎧を使えると一人だけ上機嫌だ。

 非戦闘員は一箇所に固められ、ネイルが元気づけるもその表情は暗い。

 草原を進む人影は剣を持っているようなものや弓を持っているようなものが入り乱れているが、全員が赤いローブを纏っていた。


 「総員、突撃!」


 山吹の合図を待っていたかのように戦士たちは叫び、静かで不気味な赤ローブに突進していく。

 横薙ぎに振るわれた槍や頭を狙った剣が当たるたびに赤ローブの数は次々と減っていった。


 「ふむ、棒立ちではないか。この程度の操作も禄にできていないとは、術者が死んだとて傀儡は動き続けるからこそ厄介だというのに……。」


 山吹は少しがっかりしたが、楽な分にはいいかと思い直し手にした杖でバシャバシャと赤ローブをなぎ倒す。

 あまりにも拍子抜けの手応えに完全武装が恥ずかしくなって、途中から愚痴をつぶやきながら適当に杖を振るう。

 あかあかと燃える炎が遠くで雲を照らしている、いつの間にか雨はあがっていた。




 大規模な魔術を発動すれば魔力切れを起こす、そこを狙って得意の暗殺で勝負を決めてしまうというのが焔羅の案だった。

 相手は少人数で行動している上、約半数が広範囲に雨を降らせる魔術のために集中している。

 水軍が発動してしまえばザッパー自身の魔力もかつかつだろう。


 そんな理由で山吹を言いくるめた焔羅は久々の単独行動に獰猛な笑みを浮かべていた。

 平原を迂回して敵キャンプの近くに身を潜めながら魔術の発動を待つ。

 日が落ちてしばらく、野生のけものたちが寝静まった頃にキャンプに動きがあった。

 テントから響く朗々とした詠唱に乗せて霧のような魔力が空へと登り、雨雲を形作っていく。

 やがて雨が地面を十分に濡らした頃合いに赤いローブを着た男がテントの外に出てゆらゆらと踊りだす。

 その動きに呼応するように周りからゆらゆらと水が立ち上がり、男と同じ赤ローブの姿になった。

 男……ザッパーはそのまま踊り続け、水の兵隊は生まれては歩き出し、少しづつケンタの平原に進行していく。


 頃合いを見計らって焔羅はテントに【ファイアボール】を打ち込んだ。

 同時にザッパーに向かって一直線に走り、その首を狙って短剣を振るう。

 ザッパーはそんな焔羅の一撃をステップを踏んで避けくるりと回る、それに合わせて足元から水がせり上がり襲撃者を掴もうとしてくる。

 焔羅の左手が膨れ上がり手袋が破裂した、そこから伸びた氷の棘が迫る水の手を貫くとザッパーはリズミカルに焔羅と距離を取った。


 「しゅうげぎっ…」


 ボンッという音とともに声を上げようとした男の顔で【ファイアブラスト】が爆ぜる。

 護衛は鎧を着たのがあと二人、機会を伺っているのか逃げたのか。

 警戒を怠らずザッパーと対峙する、フードの隙間から見えた皺だらけの口元は笑っていた。


 焔羅は接近戦に持ち込もうとザッパーの動作の邪魔になるように数本の短剣を投げて駆け出した。

 ザッパーは短剣を避けず踊りの振りに合わせて大きく左手を振るう、短剣は袖口の布に巻き込まれ、あるいは腕に弾かれて全く傷を与えられていない。

 裂けた赤ローブの袖口からは強固な鱗が覗いている。


「水の民ッ?!」


 相手の体制を崩せずカウンター気味に合わせられた蹴りが腹に刺さる、焔羅は後ろに吹き飛ばされた。

 痛みを堪えて即座に跳ね起きるが、そこに飛んできた数本の矢は精霊の生み出した水の膜に遮られる。

 姿の見えなかった護衛は弓を持って援護しているようだ、先ほどの動きからしてザッパーは格闘も得意らしい。

 それに加えて魔術も使う、たしかに強い。


 動き回って追撃を避けている間にザッパーの周りに数体の水の兵士が現れた。

 少数の襲撃相手にザッパーだけ生き残ればいいのなら十分な対応ができていると言っていいだろう。

 焔羅はバックステップで距離を取りすっと闇に溶け込むように姿を消す。


 「どこだ?!」

 「逃がすな!」


 闇の魔法初級【ファントム】指定したものが影や闇の中に溶け込んで視覚的に見えづらくなる。

 通常ならばよく見れば看破できる程度の魔法だが、焔羅の滑らかな動きと合わさると居場所の特定は困難を極める。

 ザッパーは油断せず更に水の兵士を増やすが、何処かで小さな詠唱がはじまった。


 「我が怒りに応え炎よ渦巻け、裁きの竈よ顕現せよ。【炎獄牢】」


 水の兵隊が声の方向に動き出すが、炎が地面を円形に走りザッパーたちを囲い込むほうが早かった。

 ザッパーは【ウォーターウォール】を使ったようだが、炎は逆巻いて勢いを増しその火力ですべてを燃やし尽くした。

 一気に熱せられた水が蒸発して視界を遮り、後には炭化した死体しか残っていなかった。


 「……燃え残ったな。」


 死体が残っていることに不満を漏らした焔羅は、駄目にしてしまった分の短剣を数えながら焦げた地面を歩く。

 死体の数の確認も終わり燃え残った死体は焼き尽くして証拠を隠滅した。

 物足りない、もう少し燃やせるものはないものか。


 趣味も兼ねた炭を灰にする作業中にいくつかの遺留品を発見した。

 テントの死体がはめていた旅支度でいっぱいの底なしの指輪が一つと一枚の石板だ。

 石板の両面には文字らしきものが刻まれており大きさは背負い袋に入る程度、内容は読めないがザッパーたちの持ち物であることは間違いないだろう。

 焔羅はそれらを回収し、不機嫌になりながら東屋に戻った。

 合流する頃には戦士たちの活躍によって水の兵士たちは残らず破壊されていた。


 お読みいただきありがとうございます。


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