赤ローブの男
泳がせていた女、ホクトは街中で何度も短い交戦をしていた。
尾行については全くの素人だった彼女だがペンタルンの地形をよく把握しており、街にある様々なものを使って襲撃者を撃退していた。
路地裏に転がる酒の空き瓶、立てかけられた角材、玄関の鉢に至るまでが彼女の武器だった。
見つからないように小さな魔石を使ったのが災いし、翌日の昼頃には魔力切れで追跡できなくなってしまった。
彼女はどこかに立ち寄ることはなかったが、街を駆け回っていて避けている場所が存在した。
その区画が気になり調べに赴くと鬼謀は音に気づいたのだ。
発生源はペンタルンの神殿だった。
ペンタルンの街を覆う霧には魔力が宿っている。
千影や忍でさえこの霧の中では感覚に制限を設けられていた。
人である以上は相手も同じはず、そう考えれば鬼謀は圧倒的に有利な状況にいるのだ。
全部で……八人、透視を使って姿を確認する。
礼拝堂には冒険者らしき集団が雑魚寝をしている、離れているのは屋根裏に一人奥まった居住スペースのようなところに一人。
居住スペースの方にいる男は見覚えがあった、炊き出しのときに食事を配っていた神官だ。
おそらくは私室、簡素なベッドで眠っている。
屋根裏にいるのは軽装備の男、音を殺して何か探しているようだ。
明らかに金目当てではない、なにか目的のものがある動きだ。
そのうち男は足音を殺して神殿の外に出てきた、魔法を使用している様子はない。
その時、唐突に気配が増えた。
次の瞬間、神殿から出てきた男の首が飛んでいた。
いきなり現れた赤いローブ、フードの中身を透視をしようとしても顔が見えない、おそらく魔導具か。
ひょろりと背が高く、手には細身で長い剣を持っていた。
距離を取って監視していたのが功を奏したか、赤ローブは鬼謀に気づかず霧の中に溶けるように歩き去った。
鬼謀はしばらくその場に留まっていたが、細心の注意を払って近くの建物の中に潜り込む。
倉庫らしき部屋に結界を張って音を遮断し拠点として整えてから鬼謀はその場に座り込み大きく息を吐いた。
「あっぶな!なにあいつ?!」
声を出して少し頭を冷やしたところで状況を思い返す、まず、足音が増え、男の首が飛び、あの赤ローブを視認した。
ローブに強い幻影魔術や隠蔽魔術がかかっているのだろうか。
「いや、気配は突然増えた。どこかから歩いてきたわけじゃない。」
赤ローブはずっと息を潜めてあの近くの位置で待っており、動いたことで隠蔽魔術が解けた……いや、現実的じゃない。
忍の探しているワープとか転移系統というやつなのだろうか、だとすると一人で相手をするのは危険だ。
「一人で残ったの失敗したかも……。」
あのミネアとかいう女と喋ってるときの忍はいつもと違う。
とても楽しそうで、よく笑うのだ。
いつでも気を張って同族の中でも精神をすり減らしている忍の肩から力が抜けている。
鬼謀はそんな雰囲気になんだかいたたまれなくなって情報収集を理由にペンタルンに残ったのだった。
「あ、しまった。あの音……。」
神殿の音の正体はわからなかった、屋根裏から響いてくるのは確定なのだが調べに行くのは自重しよう。
鬼謀は一つため息を付くと忍と合流するまで潜伏することに決めたのだった。
ケンタの平原ではケンタウロスが下草を刈り集めていた。
何故か山吹が全体の指揮をとっている。
「聞けば下草に隠れての奇襲を受けたとのこと、平原の見通しを良くすればその手は使えない。刈り込んだ草は厚く束ねて防壁にしておけば攻めづらくなるゆえ。」
「「はい!隊長!」」
「警戒するものにはこれを配れ、主殿お手製の竹笛というものだ。警戒の手順は覚えたな。」
「「はい!隊長!」」
「よし、いけ!」
ケンタウロスは肉体的な能力、特に機動力に優れ弓と槍の得意な種族だ。
その分魔力を意識的に使える個体は少なく、魔法や魔術に準ずるような技術には疎いところがある。
また、人のように集団での戦闘に慣れておらず、雨で視界の悪い中で各個撃破を許すような状況だったらしい。
状況を把握した山吹がキレて腕自慢相手に大立ち回りをしたのち、こう叫んだ。
「情けない奴らめ!女にのされて泣いている暇があったら鍛錬せんか!今すぐ槍を取り立ち上がるのだ!素振り一万本!!」
勢いに押されて数人のケンタウルスが素振りをはじめて、早四日。
徐々に人数が増え、現在は五人ほどが山吹の指揮下に入っている。
そして山吹の指揮のもと簡易拠点のようなものを作っていた。
ニカはカッツギーのツルを育てて草をまとめるお手伝いをしているが、号令に素直に従い散開するケンタウルスの部隊にちょっと引き気味だ。
なんというか、山吹の部隊は山吹に絶対の信頼をおいており圧力がすごいのである。
数日でどこがどうなればこうなるのか疑問に思うほどに、暑苦しい集団となっていた。
長逗留になりそうなので村から従魔車と家畜を引き取って来ると話すと、ケンタウロスの中に人と交流したいという意見がでてきた。
ネイルはそんなケンタウロスたちに簡単な人の言葉を教えている。
ファロは逆にケンタウロスたちから手触りの良い糸や織物の作り方を教わった。
そんな平和なケンタの平原で焔羅だけが眉間にシワを寄せていた。
焔羅はカーネギーを使って平原の外の偵察を行っている、今のところ盗賊や軍隊のような集団は見つかっていない。
野営の跡などの痕跡も少人数のものはあるものの、大規模なものは全く存在しなかった。
焔羅の勘が警鐘を鳴らしている、心当たりがないわけではないが、戦争の真っ只中にこんなところにいる理由がない。
「いや、もう少し痕跡を探す、か……。」
嫌な予感が当たらないことを祈って焔羅は捜索範囲を広げるのだった。




