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正直者が馬鹿を見る

 ペンタルンからシジミールに到着するまでに二日ほどかかった。

 その間ずっとウィンは不満そうでミネアは恐縮していた。


 「風呂、宿並みに柔らかい寝床、うまくていくらでも出てくるめし、何だよこれ、何なんだこれ……なんで街より野営のほうが快適なんだよ……。」


 「肉は食べ慣れないか?魚もあるぞ?」


 「そうじゃない。でも魚はたべる。」


 「了解、たまにはムニエルにするか。」


 不満そうにしつつも魚も要求してくるウィンと、なんか悔しそうに欲しいと手を上げてアピールするミネア。

 二人とも美味しそうに食べてくれるのでちょっと手の込んだ料理をしているのは内緒だ。


 忍と別れてからミネアとウィンは受付の仕事に加えて、冒険者として簡単な依頼をこなしながら技術を磨いていたらしい。

 ミネアは拳闘士として戦闘力に磨きがかかり、いくつか技も習得した。

 ウィンは斥候としてどこでもやっていけるようにサバイバル術や隠密行動を中心に修練し、風の魔法も含めてもう一人でもやっていける冒険者である。


 最初の野営で持ちものを確認したとき、ミネアの荷物はほとんどが証拠書類で埋め尽くされていた。

 ウィンの荷物は最低限の野営道具と盗賊道具、予備の武器、それらの手入れをするものくらいだった。

 マント程度は着ていたもののこの程度の道具で焚き火をしながら寒い夜を越すのはかなり厳しいので忍の贅沢な野営に二人を巻き込む形になった。


 結果的に忍と千影が高水準すぎてミネアとウィンは何もやることがなかったのである。

 食料やテントは千影の影分身に任せられてしまうし、食事や風呂は忍がこだわっるだけあってクオリティが高い。

 言い知れぬ敗北感が二人を襲っていたのは言うまでもない。


 ウィンなんかどっちかといえば表情が乏しかったのに幸せそうにムニエルをがっついている。

 辛い境遇だったがなんだか普通の女の子になってくれた気がしてホッとした。


 でも、だからこそ、シジミールの冒険者ギルドで忍は納得できなかった。




 シジミールの街は火事の爪痕がわからないくらいに復興していた。

 相変わらず従魔レースは大人気で蚤の市の規模などは大きくなった気がする。


 シジミールのギルドはあまり人気がないようだったが、商人の護衛やソイソイの収穫などの討伐以外の仕事がかなりの数募集されていた。

 ウィンとミネアが冒険者証を見せて急ぎ面会をお願いする。

 すぐに対応してくれたようで忍も含め三人で話をすることになった。


 しばらくして部屋に入ってきたのはドワーフ並みのヒゲを持つ大男、厳しい表情でこちらを睨みつけた男が口を開いた。


 「ギルドマスターのブロード・ジャッジだ。いちおうの話は聞こう。」


 忍は眉をひそめ、ウィンとミネアは緊張した面持ちでその言葉を受け止めていた。


 ブロードへ報告したウィンの話は概ね忍の予想どおりだった、最後の話を除いては。


 ソードサーペントを運んできた船を手配した商会がガスト王国の諜報機関とつながっていたこと。

 ペンタルンの冒険者ギルドが冒険者という身分を犯罪者やスパイに斡旋していたこと。


 そしてペンタルンの街の異変はアサリンド国内に紛れ込んだ諜報員による工作行動であることである。

 

 「ペンタルンの街から人を追い出し、海路でポールマークをはさみうちにする計画。ブラスタートルを何らかの方法で海岸に集め、人を遠ざけてる。」


 「行商人に紛れて陸路で船乗りを集結させるのか、なぜ気付いた?」


 「ポールマークの襲撃のときと同じ手だった。前回よりも人数が少なかったし慎重に進めてたみたいだけど、さっき出てきた商会の従業員が戻ってきてたから。」


 ブロードは提出された書類の束や帳面のようなものをものすごい速さで読んでいく。

 時折飛ばされる質問にはウィンを通してミネアが答えていた。

 身元の保証とかちょっとした証言とかが必要になるかもと一緒に来たが、余計なお世話だったかもしれない。

 告発が一段落ついたところでブロードから衝撃の一言を告げられる。


 「話はわかった、情報提供も感謝する。しかし、犯罪奴隷の逃亡は立派な犯罪だ。わかっててここに来たんだな?」


 ミネアは頷き、ウィンはため息を付いた。

 忍とブロードの意識の中で大きく違うところがあった。

 自分の身を守るために逃げたり反撃したりすることは忍の中では正しいことだが、冒険者ギルドやこの国の法律、つまり社会のルールでは許されざることである。


 「監督する立場にありながら情が移りギルド所有の奴隷の逃亡させたってことはお嬢ちゃんも窃盗犯ってことになる。事情が鑑みられても刑罰は免れられん。」


 「ま、まった。それはちょっとひどくないですか?敵の懐の中で何もしなければふたりとも死んでいたかもしれないんですよ?!」


 「あんたは?」


 「冒険者の忍といいます。二人とはちょっと浅からぬ知り合いです。」


 「さっきの話じゃ途中から合流したんだったな、ここに来るまでの護衛を請け負っただけだから犯罪者を免れたって自覚あるか?」


 「はい?」


 ブロードは忍の発言と態度にあからさまに不機嫌になった。

 そして怒気をはらんだ声で粛々と忍に今の状況を言って聞かせた。


 「これがこの二人を匿ったりしてたんならお前も逃亡幇助で共倒れだったってことだ。それに文句を言う相手が違う、これは冒険者ギルドの問題じゃない、この国の法律の問題だ。この嬢ちゃんたちはわかっててやってるぞ。俺を法律に詳しくルールに厳格なジャッジ家出身だってわかっててやってるんだ。なにもわかってねえ学のない木っ端冒険者が口を挟んでいい話じゃねえんだよ。」


 言葉に詰まった忍の背中にミネアの手が優しく添えられる。

 全部わかっててやっている、ミネアがいい子すぎて心が痛い。

 忍の嫌いな正直者が馬鹿を見るような状況がこの世界でもあるのだ。


 「この状況、なんとかする方法はないんですか?」


 「ない。あんたにゃ無理だ。」


 腹が立つ、しかしブロードの言うことは最もだ。

 ここで怒鳴ったとして事態が悪くなるだけなのは忍もわかっている。

 考えろ、このギルドマスターが評判通りの平等な男なら。


 「私には無理ということは方法自体はあるんですね。教えてもらえますか?」


 ブロードの顔がさらに渋くなる。

 しばらく考えた後に顎に蓄えたヒゲを擦るように撫でてブロードは話しはじめた。


 「犯罪をなかったことにはできん。しかし、条件によっちゃ刑罰や過酷な強制労働は免れることができる。」


 よくよく聞いてみると執行猶予のような話らしい。

 貴族や有力者向けの制度でブロードはあまり好きではないようだった。 


 「英雄や神官長、貴族、豪商など社会的地位の高いの保証人、それから莫大な金、とくに緑髪のお嬢ちゃんはもうこれで二回目だ、大金貨くらいは必要だろう。」


 ものすごく渋い顔をしてブロードが教えてくれた条件は想像の数倍簡単にクリアできそうだった。

 顔が緩んでしまったのが伝わりブロードの機嫌がさらに悪くなる。


 「神官長でいいんですか?」


 「……神官長というのは小さな神殿を任される神官だ。国によってはかなりの発言権を持つ。そこらの神官に頼み込んだくらいじゃ……」


 忍は指輪から神官服を取り出してブロードの目の前でひらひらと振ってみせた。


 「ま、まて!シノブってあんたまさか……冒険者証を確認させてくれ!」


 慌てた様子になったブロード、忍が冒険者証を取り出すとひったくるように奪って確認にいってしまった。


 「マジか、神官長ってハリボテの肩書きじゃなかったのか……。」


 「は?本当に神官長?」


 「あー、たぶん本物?」


 「なんで本人が疑問形なんだよ。」


 まさか実用に耐えうる肩書きだったとは。

 金で買える肩書きはだいたいハリボテだと思っている忍にとって、この件は衝撃の出来事であった。

 しばらくしてなんだかやつれたブロードが戻ってくる。


 「お嬢ちゃんたち、ギルド職員だったら特級冒険者って聞いたことあるだろ。」


 「触るな、寄るな、逆らうなってやつ?実力も性格も化け物の冒険者って与太話じゃない?」


 「……実力が化け物の冒険者っていうのだけは正解だ。その三箇条は知らん。性格は人によるだろう。この男、ミスフォーチュンの忍がその与太話だ。」


 「……特級は与太話だったかー……。」


 ため息を付くように頭を抱えた忍にミネアとウィンは目玉が飛び出そうなほど驚いたのだった。


 「マクロムで特級認定を受け、ビリジアンで神官長の地位に着いたであってるか?ビリジアンのギルドマスターが移動時間や現在地がめちゃくちゃで手紙やら伝言が届けられんと嘆いてたぞ。街を移動したら冒険者ギルドに顔を出してくれ。」


 「ハハハ、スミマセン。」


 場所によっては街の門をすっ飛ばして入り込んでいたりするので出来ませんでしたとはいえない。衛兵に突き出されてしまいそうだ。

 ブロードが人を呼ぶと数人の職員が入ってくる。


 「お嬢ちゃんたちは国の判決が出るまで冒険者ギルドで預かる。この証拠に関しても国……うちの実家と連携を取って動くことになるだろう。彼らについて行ってくれ。あんたにも判決が出るまではシジミールに滞在してもらうぞ。」


 「あたしはいいからミネアを助けてやってよぉっふ!」


 脇腹にミネアの拳が刺さって悶絶するウィン、頭をペコリと下げたミネアに引きずられて退場していく。

 これ以上この場で忍にできることはない。

 そして応接室にはむさいおっさん二人が残った。


 「ジャッジ家は代々蛮族だらけのこの国で法律の制定や治安維持のために尽力している。公明正大こそジャッジ家の誇りだ。悪く思うな。」


 「わかりました、これはただのおせっかいです。」


 まあ、これからおせっかいの押し売りバーゲンセールを開催するんですけどね。


 「現状であの二人の罪状を軽くするとか無罪になるとかいう方法はないんですよね。」


 「まだ発覚しただけで判決も出ていないからな。冒険者ギルドとしてもまずペンタルンだ。信用を大きく失うような大問題、ここ以外のギルドならもみ消しに動くかもしれないからこその直談判。真っ直ぐすぎる善人でつくづく運が悪いな。」


 「運の話をしても仕方がないですから。」


 「フォールン様の神官なのに運を諦めてんのか?よくわからんやつだな。」


 ブロードはしかめっ面で凝り固まった目頭をもみほぐし、それでも同じようなしかめっ面になって話を続ける。


 「ミスフォーチュンに依頼がしたい。依頼内容は冒険者ギルドペンタルン支部の重要人物およびガスト王国諜報員の捕縛、それからペンタルンで進行中であろう軍事作戦の妨害だ。報酬は大金貨一枚と貢献度による上乗せ、うまく捕縛できたなら対象によって賞金も出そう。そしてお嬢ちゃんたちの罪状に対する冒険者ギルドからの口添えでどうだろう。」


 「なるほど。断れませんね。」


 「この事態を捨て置くことはできないが、シジミールには戦力がいないんだよ。」


 国内に残った有力な冒険者は前線の近くに雇われている、軍の予備戦力はあるが首都から動かせるわけではない。

 この事案に対応できるのは引退した冒険者やギルド職員くらいだが、シジミールは討伐依頼が少なく事務作業が多い支部、武闘派はあまり逗留したがらないのだ。


 「すぐにリストを作り戦力をかき集めれば明後日には準備ができる。だが、中級では束になっても勝てない相手がギルドだけでも三人はいるんだ、できるだけ声を掛けるが…。」


 「それ、出発が明後日ってことですよね?ペンタルンに到着するのはいつですか?」


 「……昼夜問わずに強行軍して五日ってとこだな。」


 「遅っ?!」


 思わず口に出てしまった、ブロードの視線が痛い。


 「あー、今回は二日くらいでしたから私一人なら一日で到着できますね。」


 「はあ?!いったいどんな方法を使って……いや、いやいや、単独で行ってもどうにもならんだろう。」


 『単独ではございません。忍様ならば国が束になっても遅れを取ることなどないでしょう。』


 「千影!無茶言うな!」


 「うお!頭の中で声が?!」


 最近あまり見ていなかったものすごく懐かしいわちゃわちゃしたやり取りだ、内容に文句はあれどおかげで空気が緩んだ。忍だけ。


 「ちょっと考えがあるのでリストの作成を急いでください、あと、強い人の特徴もわかると嬉しいです。奇襲するなら人数は少ないほうがいいですし、私が先行してやられたとしても元からいない戦力です、大丈夫でしょう。」


 「……無茶苦茶だな。実績がなければ狂人の戯言でしかない。」


 「朝一番でリストをもらって出発したいです。いいですか?」


 「あ、ああ。……報告を鵜呑みにしているわけではないが、街ごと吹き飛ばすようなことはしないでくれ。」


 「ハハハ。」


 乾いた笑いだけを残し、忍は足早に冒険者ギルドを出た。

 何事にも確実なことなどはないので約束は出来ないのだ。

 あと、ちょっとした八つ当たりである。

 

 『忍ー!お宿どこにするの?ゆっくり休むの!』


 外で待っていた白雷が突撃してきた。

 これから準備があるのだが…休む、か。

 白雷が休もうと声をかけるのは、忍がなにかおかしくなっていると判断したときだ。

 おかげで修正できる、まだなんとかなる。


 『白雷……私はいつから変だった?』


 『んー、ペンタルンからなの。』


 『そうか、白雷に隠し事は出来ないな。』


 違和感はあった。

 海鳥の宴亭で盗賊二人を躊躇なく殺したことに気づいたときは、慣れてしまったのかと考えた。

 ブロードも冷静に考えれば何も悪いところはない、忍自身も八つ当たりだと自覚はしていた。

 理解するとモヤモヤとした気持ちが沸き上がってくる。


 忍は、怒っているのだ。


 「湖池庵、部屋あるかな。」


 自覚したのだから対策しよう、脳みそが沸騰している前提で準備をしよう。

 そして、どこにぶつけたところで消化できないとわかっているこの怒りを、諸悪の根源にぶつけに行くのだ。


 湖池庵は相変わらずいい宿だった。

 支配人が出てきてくれたが、挨拶もそこそこに依頼があるからと部屋に引っ込んだ。

 ベッドの上に蓋を開いて懐中時計を置き、木片に飛熊で魔法陣を彫りつけていく。


 「集中する。七時になったら教えてくれ。鬼謀と山吹たちにも連絡しないとな。おわったら、ふたりとも少し相手をしてくれるか?」


 『もちろんなの!』

 『お待ちしております。』


 浮かんでは消える作戦を迷いながら夜は更けていくのだった。


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