起きないミネアとならず者
港はほぼすべて千影の影響下だった。
夜のうちはほとんど人がいなかったが、盗賊のような動きをする者が散見された。
ただの泥棒なのか追手なのか無関係なのか…何もしないでおいたが、怪しい者が動き回っているのはよくわかった。
『忍様、ウィンが帰ってきたようです。玄関が破壊されているのを見て警戒しているようです。』
「あ、そうだよな。声かけてくれ。ミネアさん、ウィンが帰ってきたみたいです。ミネアさーん。」
忍がベッドで寝息を立てているミネアを揺らそうとしたとき、またしても嫌な予感がして頭を後ろに振る。
ブォンと音を立てて顎があったところをミネアのパンチが通り抜けた。
今度は反応した鬼謀がものすごい速さのウサギキックを放つが、ミネアは素早く拳を引いて鬼謀の蹴りを受け流した。
「鬼謀、ストップ!」
『……まだ寝てるよこいつ!』
「ミネアさん強いとは思ってたけどこれは達人の領域なのでは…?」
興奮している鬼謀をなだめているタイミングでウィンが部屋に入ってきた。
「おい、下にいる白塗りはなんだ?」
「あ、捕まえたんだった…というか知り合いじゃないの?」
とりあえずこのカオスな状況を整理するため、忍はウィンに仮称ウニオカメのことを聞いてみるのだった。
『名前はホクト、スラムなどから氷座党に孤児をスカウトする役をしていたようです。ウィンに目をつけて近づいたものの先に盗みを働いたウィンが捕まってしまったようです。』
「ホクト……なんかいたなぁ。たぶんスラムのグループの一つでリーダーだったやつだよ。たしかにあたしに声をかけてきてたけど、こんな顔してたんじゃわかるわけないし。」
「じゃあ特に親しいわけでもないのか。なんでつけてきたんだ?」
『忍様の腰の剣に目がくらみ、強盗するための下調べです。』
「悪党だったか。」
ウィンが微妙な顔をしている。
そういえばウィンのグループに狙われた理由も剣だった、最近はナメられることも減っていたので気にしていなかった。
「どうしよ、ウィンの知り合いっぽいから確保したけど情状酌量の余地なしな気もするな。」
「あたしにはミネアの問題のほうがよっぽど重要。殺しとく?」
『【ノゾキ魔】持たせて【ウシロ魔】つけて泳がせない?』
「じゃあ下で準備しといてくれ。」
忍の足元からローブを着た小動物がぴょこぴょことドアをすり抜け階下へと向かう。
ウィンはそれを目で追ってから忍に向き直った。
「独り言……新しい従魔ってやつ?」
「そう、鬼謀だ。後で紹介する。下のやつは泳がせるからあのまま放置してくれていい。ところで、ミネアさんが起きないんだけど…。」
「無理。殴られる。起きるまで待つか受付の呼び出しベルを鳴らすしかないよ。」
そういえばほとんどいつでも冒険者ギルドにいたんだった。
こんなところに呼び出しベルなどあるわけもなく、とりあえずウィン話を聞くことになった。
「ミネアさんが眠る前に少しだけ話は聞いたけど、ガスト王国関係のなんかまずいものを掘り当てたんだって?」
「……まさかミネアに千影の力を使った?」
「使ってないさ。なんとなく話の流れで予想しただけだ。……この三人ならソードサーペントのことが嫌でもちらつく、なにか見つけたんだろ?」
ウィンが盛大に溜息をついた。
「ほんとに来てもらえるなんて思ってなかった。もし来てくれたら何も教えずシジミールまで連れてってもらうって話だったんだよ。いくら手練れでも空飛ぶ従魔には追いつけないだろうし。」
「ああ、それなら心配ない。ちゃんと白雷も来てる。」
そこまで話してウィンが黙ってこちらを睨んでくる、察しろということだろう。
しかし忍としてもどうも気持ちが悪いのであえて無視して話すよう促す。
『ウィン。』
膠着状態が続く中、千影が一声名前を呼ぶとウィンの背筋がピンと伸び、渋々話しだした。
ウィンは千影には逆らえないままのようだ。
「あのときソードサーペントを乗せてきた船が、この港の商会が手配したもんだったんだ。事件の後商会は夜逃げ、行方知れずになった。その商会の従業員が名前や髪型を変えて冒険者になってたんだよ。怪しまれないような経歴付きでね。ペンタルンの冒険者ギルドは諜報員や犯罪者に身分を斡旋してたのさ。」
「なるほど。ガスト王国の諜報員が自由に動き回るための身分をペンタルンの冒険者ギルドが作っていた。そして諜報員は国内でその身分を使って商会やら傭兵団やらを設立し、逃げるときは冒険者に戻るってことか。」
身分証を保証するギルドが不正に加担していたんじゃスパイも潜り込み放題だ。
ガストがすごいのかアサリンドが駄目なのか、どちらにしろペンタルンには信じられる相手など誰もいなかったのだろう。
だが、時間がない理由がわからない、まだ隠し事がありそうだ。
「シジミールまで連れていけば命を狙われることはなくなるってことでいいんだな。」
「おそらく大丈夫。」
「ま、ミネアさんは信用してるから、いいけど。」
忍が身振りで納得のいってないことをアピールするがウィンは微動だにしない。
仕方がないので追求はこのあたりにしておこう。
「白雷で飛ぶにしても見つからないに越したことはないだろう。どうせなら夜、霧に紛れて飛ぼう。ウィンも今のうちに寝ておいたほうがいい。」
「……ありがと。」
立ち上がり座っていたベッドを示すとウィンもすぐに寝入ってしまった。
部屋に狼を配置して食堂に降りる。
忍はウニオカメを適当な路地に捨ててきて、夜までの暇つぶしをはじめるのだった。
ドアが壊れているせいで食堂は蒸し暑い霧の中、飲み物を飲んでもなんだか磯の匂いがする。
忍は【アイシクル】を唱えては、その氷で涼みながら過ごしていた。
「発射した【アイシクル】が壁を壊す前に下げ緒を伸ばして捕まえるのは良い練習になるな。だんだん下げ緒のスピードも早くなってる気がするし、上達してる気がする。」
自由自在に伸びる下げ緒を操り思いついたままに伸ばす、カリグラフィーっぽくアルファベットを書いてみたりする。
一体何をやっているのだろう。
「旦那様、僕ちょっとこの街に残って氷座党のこと調べたいんだけどいい?」
「え?」
いつの間にか人に変身した鬼謀が喋りかけてくる。
その言葉に忍が固まった。
「いや、単独行動は危ないし、別に一緒に行動しておけば……」
「僕が一緒だと白雷がスピード出せないし、行って帰ってくる頃には【ノゾキ魔】も【ウシロ魔】も魔力切れになってるよ。あと、そろそろ従魔や奴隷が別行動するのに慣れてもらわないと動き辛い。」
「う……しかし……」
「焔羅とか僕は場合によっては単独で動いたほうが能力発揮できるし、ずっと一緒ってわけにもいかないでしょ。どこかに隠れて魔術使ってるだけだから大丈夫。」
たしかに鬼謀の言う通りなのだがどうしてもスキップの一件がちらついて首を縦に振るのを躊躇してしまう。
「許可出してくれないと語尾にぴょんってつけるぴょん。」
「可愛いだけ!」
思わず声を荒げてしまったが語尾にぴょんと付けた鬼謀自身も真っ赤になっているため痛み分けである。
そういうのは平時にやられるとなんだか精神にダメージが入る気がするのでまた今度お願いしよう。
「……または夜中に意図せず聞こえてきた内容の大暴露大会開催する。」
「えげつなっ?!……わかった、でも安全第一でね。」
「了解。」
鬼謀は変身を解いて外へ出ていった。
大きな声を出してしまったが二人が起きてくる気配はまだない。
白雷が帰ってきてもまだ二人は眠っており、ちょっと熱中症が心配になってきた夕方、武器を構えた冒険者が二人海鳥の宴亭に入ってきたのだった。
男性の二人組、装備は軽装でそれぞれ短剣とメイスを構えている。
食堂の中で机に座って白い魚にブラッシングをしている男を発見した二人は明らかに困惑していた。
「あんた、なんだ?…魔術師?もしかして宿の人だったり……」
「あーいや、扉が壊れてたので休ませてもらってます。この霧で方向がわからなくなってしまって。」
「いや、そう、なのか?いやいや、落ち着きすぎだろ?!」
「歩き回ってもどうしようもなさそうでしたので。お二人はなぜここに?」
「安宿だって聞いて来たら扉がぶっ壊れてたんだよ。」
喋りかけてきたのはメイスを持った方の男だ、もう一人は変わらずこちらを警戒している。
千影も白雷もいる状態で相手が二人ならおそらく倒すのは簡単なのだが、二階にミネア達がいる以上ここで戦うのは駄目だ。
この霧の中に入ってきている時点でお互い怪しい者同士、なんとか穏便にお帰り願えないものか。
「港は霧が濃いので人がぜんぜんいないみたいです。宿屋も営業していないので教会に泊まれるようでしたよ。」
『ウィンだけ起こしました。いざとなったら加勢するそうです。』
頭の中に千影の声が響く、やっぱりミネアはまだ夢の中のようだ。
「あんた、迷ったなら俺達が教会まで案内してやろうか?」
「本当ですか?!助かります!」
忍は二人からの話に乗ったふりをして身支度をはじめる。
何もなければそれで良し、最低でもミネアたちから引き離せるだろう。
白雷を頭の上に乗っけると短剣の男が口を開いた。
「一人か?」
「そうですよ?」
喋りで気を引いていたメイスの男が武器をしまうふりをすると同時に忍に短剣が投げられた。
忍は下げ緒を伸ばして短剣を弾くとそのまま二人を雁字搦めにする。
「な?!」
「魔導具?!」
トスットスッ。
素早く頭を一突きづつ、それだけで二人は物言わぬ躯となる。
「こういうわかりやすい敵ばっかりなら楽でいいんだけど。」
下げ緒は人に巻き付いても干からびて死ぬようなことはないのか。
ズゾゾゾゾ……
意識した途端に二人の死体が真っ黒な塵になった、どうやら魔力を吸い尽くすかどうか選べるようだ。
いや、怖いよ……帯剣できるようになったがやはりできるだけ使わないようにしよう。
ともあれ問題は片付いたので忍は剣を赫狼牙と入れ替えてウィン達がいる部屋に合流するのだった。
『よっぽど疲れていたのでしょうが、ミネアは忍様といい勝負ですね。』
「普段はむしろこっちが心配なくらい寝ない。こんなに熟睡してるミネアははじめてかも。」
「うーん、心苦しいが流石にそろそろ起きてくれないと、扉が壊れてることで調べようとしてくるやつが他にもいそうだし……仕方ない、最臭兵器を使おう。」
忍が取り出した葉っぱに白雷とウィンが顔をしかめる。
『忍!やなの!それだけはやーなの!!』
「白雷、我慢してくれ。しばらく飛んでくれたらすぐに風呂に入るから。」
窓を開けるとムワッとした霧が部屋に入ってくるが気にしてはいられない。
忍は意を決してビニールのような感触のピッカ草の葉をちぎった。
「うおお、馬鹿になってた鼻が復活して磯の匂いも混ざった激臭のマリアージュぅ………」
すでにウィンは扉の外に、白雷は窓の外にすごい勢いで退避している。
忍も口から垂れ流される言葉の意味がよくわかっていない、それくらいピッカ草の匂いはきついのだ。
もちろんミネアも耐えられるわけがなく数秒後にガバっと口元を抑えたかと思ったらすごい勢いで部屋の外に駆け出していった。
気持ちはわかる、後生だから追いかけないことにする。
もしかしたらミネアも着替えが必要かもしれない。
とにかく急いで準備を整え嫌がる白雷に頼み込んで背中に乗せてもらうと、忍たちはペンタルンを脱出したのだった。




