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ケンタの平原

 支援班の村への支援というのは至極単純なものだ。

 戦争のために兵站を供出した村への食料支援は手持ちの食料を置いていくだけでなく炊き出しや近隣で狩った獲物をそのまま村の物にしておいていくというようなことも含まれている。

 村の世帯は多くて数十世帯、小さいところなら数世帯というところ、そこでの怪我人や病人などの人数はたかが知れており、シーラとニカがいれば十分に対応できた。

 つまりこの支援の旅は忍たちにとってついでで済むことをやって好感度を稼ぐ慈善事業として焔羅が提案したものである。


 しかし、忍と別れて約四日、最初の村の支援を終わらせた翌朝に支援班は村ごと魔物に囲まれていた。

 魔物はケンタウロスだった。


 「緑の女。この村にいる。呼べ。と。」


 この村は忍が神殿で聞いてきたケンタの平原に通じる道が近い。

 長老がケンタウロスと話せるようなので話を聞いてきたところによると背の高い緑の女を探しているという。

 皆の視線が一斉にニカの方に向いた。


 「戦ってもいいですが数が数ゆえ、村に被害が出るかもしれません。」


 「なんで探してるかはいってなかったんですか?」


 「ええ、魔物の言葉なので詳しくは……」


 「わかりました。ちょっと仲間で相談させてください。」


 村長相手に茶番を挟んでいるが、山吹なら問題なく聞き取れるのでケンタウロスが何を求めているかはわかっている。

 いわく、ケンタの平原に殴り込んできた集団がいるらしい、そのせいで部族の戦士に怪我人が出て困っている。

 相手はペンタルンからジョーヒルまでの道を開きたいようで、撃退しても諦める気配がないというのだ。

 御者台のニカの姿を見てレッサーハーピィの話を思い出し、ともに戦ってほしいとのことだった。


 「レッサーハーピィって確かファルさんのお母さんだったよね?」


 「なんだ?野生の魔物にまで知り合いがいんのか?」


 「その話はまた今度。奴ら断ったら暴れ出すつもりで囲んでいるゆえ、気は進まないが一度ついて行くしかなかろう。」


 「そ、それ、大丈夫なんですかウオ?」


 不安そうなシーラ、ネイルも緊張している。


 「まあ、逃げるにしても協力するにしても村を出てからってことだろ。あとは山吹がなんとかするからがんばれ。」


 「うん、山吹さんがいれば安心だね。」


 「全てを我に押し付けるつもりか。」


 途中から軽口に移行した三人にシーラとネイルの不安は募っていく。

 そんな中ファロだけがほほ笑みを浮かべてどっしりと構えていたのだった。


 村に家畜の世話を頼み従魔車を置かせてもらって、支援班はケンタの平原に向かうことになった。

 ケンタウロスの背中に乗って道なき道を半日、ケンタの平原には見渡す限り背の高い黄色の草が生い茂っていた。


 ケンタウロスたちは草をかき分けてさらに進み、夕方くらいには開けた場所にある集落についた。

 草を敷き詰めた場所でケンタウロスが休んでいる、傷口に葉を貼り付けていたりうめいて苦しんでいるものもいるが、大きな傷を受けているような個体はいない。


 「怪我人…?怪我馬…?」


 「ほとんど矢傷か。」


 いち早く気づいたのは焔羅だった、背中からを飛び降りると一番近くで休んでいるケンタウルスの傷口を観察する。


 「傷口が腫れ上がって治らない、数日で紫になって周りの肉が腐る、あってるか?」


 山吹がケンタウロスに聞くとまさにそんな症状だった。

 付近の毒草では出ない症状でケンタウロスの薬師も痛み止めを貼ることしか出来ないという。


 「エグレイソギンチャク系だ。ネイル、シーラ、お湯沸かしてくれ!時間が経つと酷くなるぞ!」


 いきなり飛んだ指示にネイルとシーラは迅速にお湯を沸かしはじめた。

 山吹は治療をするとケンタウロスに話して急いで薬師を呼んでもらっている。

 焔羅は作られた熱湯をコップに掬うとくるくると回して少し冷まし……傷口にぶっかけた。


 「ぐおおおぉぉ!!!」

 「ぎゃあああぁぁ!!!!」


 痛そうであつそうで乱暴な治療だ。

 熱湯がちょっと冷ましたくらいで適温になるわけもなく、焔羅はすべての傷口に同じようにお湯をかけて回る。

 暴れようとしたり逃げようとしたものは等しく山吹に押さえつけられ動けなくされていた。

 半笑いでお湯をかけて回る焔羅にその場の全員がドン引きだった、リアル地獄絵図・妖怪お湯かけ女である。

 やっと来た薬師は焔羅を怖がって及び腰だ、手分けして回復魔法をかけて治療は終了した。


 「おい、いったん様子を見るのではなかったのか?」


 「様子見てたら足が腐っちまうぞ。簡単に手に入る割に強力な毒だ。」


 エグレイソギンチャク系の毒は熱に弱いが薬が効かない。

 毒が残ったままで回復魔法をかけると毒の影響範囲が紫色になって治ったところも腐り落ちてしまうという恐ろしい毒だ。

 しかし、磯場を探せばすぐに見つかる生き物なので作る方法を知っていれば子どもでも作れてしまうというお手軽な毒でもある。

 クラゲに刺されたときなどにも同様の対処をするため、海の周りでは大事に至ることは少ない、しかし、土地の外に出ることのないケンタウロスでは知らなかったようだ。


 「で、この毒をよく使うのは漁師とか海賊なんだよ。」


 「なんか、最近聞いた気がする。」


 「奇遇だな。我もだ。」


 三人がケンタウロスそっちのけで話し込んでいるが、周りを囲んでいたケンタウロスたちは腫れ物に触るような空気で遠巻きに様子を眺めているだけである。

 ヒソヒソと相談する個体もいるくらいだ。


 「なんて噂されてますウオ?」


 「あー、知らないほうがいいですコン。でも、戦うようなことにはならなくなりましたコン。」


 「そうですかモー。せっかく投げ縄を作ったのに無駄になってしまいましたモー。」


 牛追いならぬケンタウルス追いでもやらかす気だったのだろうか。

 残念そうに投げ縄をしまうファロのマイペースさがちょっと羨ましい二人だった。




 そんなことがあってはや数日、支援班は相談の末ケンタの平原で逗留していた。

 

 襲ってきた相手が何かを企んでいそうな集団であること、現在地からだと元のルートに戻るよりもまっすぐペンタルンに向かったほうが早く合流できることを考えた結果である。

 ちなみにレッサーハーピィはケンタの平原の周りに住んでいるわけではなくポールマークとペンタルンの間にある海沿いの崖に住んでいるらしい。

 ケンタウロス集落の生活にも慣れてきて、薬師のダーマなどは毎日のようにテントに来ていた。


 忍からの連絡が入ってきたのはそんなタイミングだ。


 『ケンタの平原にいる間はケンタウロスたちもいるし俺が周りの監視もしてる。こっちはここで待ってるほうが安全かもな。』


 『そうか、みんな無事ならいい。こっちはやっぱり厄介事だったんだが、解決法もなんとなく見えてるからこのまま解決してから合流する。』


 『はいよ。こっちは気にせず厄介事に集中してくれ。』


 『助かる。時間的な余裕がなさそうなんだ、連絡も出来そうにないな。問題があればジョーヒルまで戻ってくれてもいい。ちょっとシーラに代わってくれるか?』


 焔羅との会話が途切れてしばらく、シーラの声が届く。


 『お呼びでしょうかウオ。』


 『ああ、なんか大変なことになってるみたいだから心配になって。魔物の村でも山吹たちがいれば大丈夫だとは思うんだけど……。』


 『お気遣いありがとうございますウオ。最初は少し怯えてしまいましたが、数日でずいぶん仲良くなることが出来ましたウオ。』


 『よかった。焔羅にも話したがこっちはしばらく連絡も合流もできそうにない。無理そうならジョーヒルまで戻ってもいいし、みんなで相談してうまくやってくれ。それから、アレを使うときはくれぐれもまわりを巻き込まれないように。』


 『もちろんですウオ。ご無事をお祈りしておりますウオ。』


 忍は同じように全員と少しづつ会話し、次は鬼謀に腕輪を渡した。


 『よし、うまくいった。これで大丈夫そうだね。』


 満足げな鬼謀からブラシを渡されたので、忍はご褒美に入念なブラッシングをするのだった。


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