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ペンタルンの再会

 ペンタルンは小さな湾のそばに出来た街である。

 半円形の湾には沖に伸びる長い桟橋が三本伸びており、その先にしっかりとした足場が作られている。

 足場よりも手前に船が入ると遠浅の砂浜に乗り上げてしまうからだ。

 桟橋の近くには市場と冒険者ギルドや商会の倉庫が並んだ区画があり、その周りを囲むようにして商店や住宅の混ざりあった区画が広がっている。

 海を中心に三日月型に広がったような街である。

 また、砂浜にはペンタルンという鳥が生息しておりよちよちと歩く姿が可愛らしいのだが、水揚げの最中に魚をかすめ取ろうとしてくるので地元では微妙な顔をされるとかされないとか。

 ペンタルンは一メートルほどの大きさのペンギンだった。

 羽根に一本の白い線が入っているのが特徴だが、この霧では本物を見られそうにない。


 「こんな時期にご苦労なこった。おっと、ようこそペンタルンへ。」


 門番からの疑いの眼差しを苦笑いで受け流す。

 ペンタルンにきた理由を聞かれて知り合いに会いに来たとはいったものの、こんな状況で新しく街に入ろうとするのはたしかに怪しいかもしれない。


 気を取り直してもうすぐ夕方なので神殿に向かう。

 街は端の方でもうっすらと霧がかかっており、神殿の周りまで来ると三軒先が見えないくらいの濃さになっていた。

神殿の入口には真緑の鳥居が立っており、くぐるところに観音開きの扉が備えつけてあった。

 扉の両側には招き猫が狛犬のような配置でおいてある。

 この神殿のカオスっぷりは何度見ても慣れない気がする。


 「派手……。」


 『旦那様、なんか食事配ってるみたいだよ?』


 「炊き出しか!」


 ウィンはポールマークでも炊き出しのときに情報伝達をしていた。

 鳥居をくぐって炊き出しの列に並び、食事を受け取って席につく。

 何気なくあたりに気を配っていたが、ウィンはおろか誰か知り合いがいる様子もない。

 頭の上に乗った鬼謀を見咎められることもないようだ、神官の数が少ないので手が回っていないだけかもしれないが。

 はずしたか間に合わなかったかと気が焦る。

 急いで食事を済ませようとしたところで囁くような声が聞こえた。



 「海鳥の宴亭」



 『鬼謀、聞こえたか?』


 『海鳥の宴亭…宿屋?』


 急いで食事を済ませ、食器を戻すついでに神官に聞いてみる。

 【ウィスパー】を使って耳元で囁かれた名前、海鳥の宴亭というのは港にほど近い倉庫街の端にある宿屋らしい。

 すでに宿の主人も避難しており現在は誰もいない宿屋だそうだ。

 宿のあてがないのなら神殿に戻って来るようにと勧められた。、避難所として開放されているので長椅子で寝るくらいは許されるようだ。

 今までが今までなので神殿が立派なことをしてると疑いたくなってしまうが、それは考えすぎというものだろうか。

 神官に礼を言って忍は神殿を後にした。


 少しだけ日が残っていたものの、街を歩いている間に真っ暗になっていた。

 忍たちはまっすぐに海鳥の宴亭に向かわずウロウロしている。


 『つけられてるね。遠いのと近いの別々っぽい。』


 神殿を出て港に向かおうとしたところ鬼謀が足音に気がついた。

 尾行してきているのは二人、片方は素人同然だが片方は手練れらしい。

 忍は全くわからないのだが日が暮れるまで歩き回った甲斐もあり、千影も相手を捕捉できたようだ。


 『次の角を曲がったら同時にいってくれ、遠い方は千影、近い方は鬼謀に任せる。』


 『わかった。』

 『承知しました。』


 忍が道の角を曲がって数秒で制圧が完了した。

 まずは鬼謀が気絶させた近い方の追跡者を見に行く、こちらは二件ほど離れた路地の辺りから様子をうかがっていたようだ。


 「え?……え?」


 『こっちが素人っぽかったほうだね。』


 忍は倒れている相手を二度見してしまった。 

 出で立ちは軽装で盗賊のような装備の女だが、髪型がウニだった。

 うに、シーアーチンの雲丹である。

 どうやらなにか油のようなものでヘアセットを施してあるようだ。

 あと顔は白塗りに丸い頬紅とタレ目という化粧を施してあり、俗に言うおかめの顔をほっそりとさせたような印象を受けた。

 浮世絵にいそうである。


 「なんかものすごくお近づきになりたくない。千影、どうだ?」


 『こちらを害する意図はないようです。目的は新しく街に入ってきた冒険者の監視、監視をしている理由は聞かされていないようです。』


 「下っ端か。」


 『この女、ウィンのスラム時代の知り合いです。野盗、氷座党の一員ですね。』


 「え、えー…えー……ここで深堀りしてる時間はないな、千影、狼で運んでくれ。」


 『仰せのままに。』


 二人目は屋根の上、つけていたのは忍たちではなくウニオカメの女性だった。

 距離があってもついてこれたのは女性の短剣に【ナビゲート】を施してあったからだ。

 ローブを着た男性、初級の魔法使い、盗賊ギルドに所属しており何処かからの依頼での尾行というところまではわかった。


 「【サーチエンチャント】……何も無し。こっちは放置しても大丈夫そうだな。」


 【ナビゲート】を付与された女性の短剣を捨てる、ほかに怪しいものはなくこれで一安心だろう。

 男の方は顔だけ覚えて忍たちは港に急ぐのだった。


 海が近づくにつれ気温も湿度もどんどんと上昇していき、視界は悪くなる。

 まるで日本の熱帯夜かのような息苦しさだ、磯臭さがどんどん強くなっているのも呼吸のしづらさに拍車をかけている。


 『このにおいも避難推奨の理由かもしれないな。』


 もはや口を開けたくないレベルである。

 ジメジメとした暑さも辛く汗が止まらなくなってきたあたりで、鬼謀が目的の建物を見つけた。

 海鳥の宴亭は二階建て、どこにでもある冒険者向けの安宿のようだ。

 一階が食堂、二階が宿泊施設、駆け出しやその日暮らしが身一つで泊まる宿だ。


 『中に一人、小柄な女性かな。周りに監視されてそうな気配は無し。』


 『よし、入ろう。』


 ノックして入口の扉を開ようとする、鍵はかかっていなかった。

 ざわりと唐突に嫌な予感がして横に飛ぶ、紙一重で開けかけの扉が吹っ飛ばされた。

 そのまま中にいた女性が躍り出てくる。

 相手を確認した忍は反撃に出ようとした鬼謀の目を慌てて隠した。

 出てきた女性も構えたままぽかんとしている。

 

 中にいたのはウィンではなく、ポールマークの受付嬢、ミネアだった。

 再起動したミネアは状況を把握して大慌てで頭を下げまくっていた。


 『僕も説明がほしい、あの子地面に座った状態から飛び出してきたよ?っていうか味方でいいの?なんかボソボソ謝ってるけど?』


 「ミネアさんは大丈夫だよ。えっと、お久しぶりです。どこかの部屋でお話聞かせてもらってもいいですか?」


 ミネアはガバリと顔を上げてこくこくと頷くと宿の二階に歩き出した。 

 忍はイマイチ納得のいっていない鬼謀をなだめながらミネアのあとをついていくのだった。


 手近な部屋の中に入ったところで【デリケート】を発動する、やっと話を聞くことが出来た。


 「いきなり攻撃してごめんなさい、お久しぶりです。忍さん、千影さん、それからえっと……。」


 「こいつは鬼謀。オーガラビットです。鬼謀、ミネアさんはポールマークでお世話になった冒険者ギルドの受付嬢なんだ。」


 「きゅ。」


 鬼謀は相変わらずのポーカーフェイス、警戒を緩めず片手を上げた。


 「さっそくで申し訳ないんですが、私がなんで呼ばれたのか教えてもらってもいいでしょうか?」


 ミネアは髪の毛を後ろでまとめ、ギルドの制服ではなく武闘家の軽装備を着ている。

 こころなしか痩せており、もともと小さかった身長がさらに小さくなったようだった。

 立派な受付嬢になりたいと言っていたミネアに何があったのだろうか。


 「忍さんがポールマークを去ってから特になにかがあったというわけじゃないんです。ウィンさんも真面目に働いてくれてましたし、ウィンさんのお陰で私も意思の疎通が出来るようになってうまくいっていました。きっかけは戦争です。」


 「ポールマークになにかあったんですか?!」


 ミネアは頭を振って否定する。


 「実際はまだ何も。でもポールマークはガスト王国から海路で責められたときに前線になってしまうので、ある程度の戦う実力のある人が集まって、かわりに実力の足りない冒険者や職員は他の街の応援に回されるんです。私とウィンさんはペンタルンの冒険者ギルドに応援に来ていました。でも、たまたま事務処理の最中に大きな不正を見つけてしまって、私は一方的に解雇されてしまいました。ふた月ほど前です。」


 なるほど、有能さが裏目に出てしまったか。

 頭にきているがとりあえず話を最後まで聞くことにする。


 「私が解雇されたことで一つ、不正に関係して二つの問題が生じました。まず、ウィンさんは冒険者ギルドに雇われた犯罪奴隷であることです。私が監督としてウィンさんの主人となっていますが解雇されてしまったので他の人に主人の座を譲らなければなりません。しかし、不正だらけのギルドです。信用の置けるような人もおらず、奴隷契約の切り替えを拒否して逃げているんです。」


 ウィンは海賊仲間にもずいぶんとひどい目に合わされていた、優しいミネアさんのことだ、見過ごせなかったのだろう。


 「次に不正に関係してのことです。内容は伏せますがこれがちょっと個人でどうにかするには大きすぎる話でして、その内容を知ってしまった私たちは命を狙われているんです。霧の濃いうちは見つかることはなさそうですが、この状況がいつまで続くかはわかりません。もし訴え出るとすれば大きな冒険者ギルドに行かねばなりません。最も近いのはシジミール、しかしウィンと二人では難しく……。それにこの情報は戦争を左右するかもしれないんです。」


 ミネアはなんとか濁そうとしているが戦争を左右する情報などと言われてしまうとバレバレだ。

 おそらくはガスト王国の諜報機関や伏兵につながる情報を見つけてしまったのだろう。


 『焔羅がなにか知ってるかもね。』


 『ああ、だが話を通すとミネアさんたちに疑われるかもしれない。』


 鬼謀も気がついたようだ、仲間に元ガスト王国の諜報員がいるなんて忍も疑ってかかる。


 「シジミールには信用できる職員さんがいるんですか?」


 「はい。現在のシジミールのギルドマスターは誰にでも平等で、ルールや規約を徹底することで有名な人です。証拠を持ち込みさえすれば徹底的にやってくれます。」


 「話はなんとなくわかりました。みんなで一度方針を相談しましょう。ウィンは今どこに?」


 「ウィンは市街地で情報を集めてくれてます。いつも朝方に戻ってくるみたいです。」


 「わかりました。私たちが見張りをしますからきちんと休んでください。ウィンがきたら起こしますから。」


 「……すみません、お気遣いありがとうございます。」


 ミネアは遠慮していたようだったが、ひどく疲れているのがよく分かる。そのまま椅子代わりに使っていたベッドに横になるとすぐに寝息を立てはじめた。


 忍はミネアに毛布をかけて魔術を解くとさっそく念話で焔羅と連絡を取る。

 そして忘れ去られたウニオカメは扉の壊れた食堂でウィンが帰ってくるまで気絶させられ続けたのだった。



 お読みいただきありがとうございます。


 「続きが気になる」と少しでも感じましたら、ブックマークと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けますと嬉しいです。

 いつの間にやら反応が反映できる新機能もついたようなのでお気軽にポンと押していってください。


 是非ともよろしくお願いいたします。

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