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新しい力と困った魔物

 さて、日常が平和だからといってこの先も平和とは限らない。

 忍は常にそういう考えにとらわれる。

 今までがそうだったようにこれから先も、突然訪れる変化に忍は対応しきれない。

 故に、準備をする。

 想像が現実にならないように思いついた端から備える。

 他人に無駄と笑われる非効率な方法でも、それしかできないのだ。

 

 言葉にすると大層に聞こえるが毎日少しづつ筋トレや勉強を積み上げるようなものだ、しかしやり続けるのはとても難しい。

 そんなコツコツ活動の一つ、ソウルハーヴェストの魔力補充が実を結んだ。

 気絶してもまずいので細々と少しづつ、しかも人目につかないように深夜の従魔車の中、山吹と焔羅の護衛付きという厳戒態勢で行っている。

 この護衛やらがなければもう少し早く変化が訪れたのだろうが、注ぎすぎて倒れた前科があるので文句は言えない。


 そう、変化である。

 魔力を注ぎ続けたソウルハーヴェストが変化したのだ。


 まず、剣身が波打ちはじめた。

 次に柄のところにはまっていた紫の宝石が一つ増え、合計三つになった。

 黒い部分がすべて溶け空気中に霧のように漂い、三つの宝石は宙に浮かび上がり光を放つ。


 「あ、あ、あ、主殿!これ大丈夫なのですか?!」

 「知らん!私に聞かないでくれ!もう魔力は流してない!」

 「と、とりあえず外に!焔羅!ってもういない!?」

 「すまん山吹!でぇい!!」


 ガッ!!


 「なにするんですか!!」

 「っっっ!!文句言う前に外に出ろ!私は持ち主なんだから大丈夫だろ?!!」


 山吹だけでも外に出そうとした結果なのだが本気で押してもびくともしなかった。

 押すというかツッパリというか掌底というか、はっきりしていることは山吹はびくともしないでものすごく手が痛かっただけということだ。

 痛みに少し冷静になったところでソウルハーヴェストの変化が終わった。


 机代わりに使っていた木箱の上にごとりとそれが現れた。

 尖った鐺、両端に宝石のついた長い下げ緒、ピンポン玉くらいの紫の宝石が埋め込まれたシンプルな鍔、あの独特の紐の巻かれた柄は両手でも片手でも扱いやすい長さになっている。

 間違いなく日本刀、いや、忍者刀だ。

 鍔の形状が違えどそこ以外は紛れもなく忍者刀のフォルムである。


 もともとのソウルハーヴェストは目には見えないにも関わらず豪華な意匠が施されていたが、この刀はすべてがシンプル。

 アニメや漫画でこんなデザインの刀が出てきたら絶対にそこらのモブが持っているやつだ。

 実用的な特徴は色々あるがデザイン的な特徴は三つの宝石とロングソードのような十字の鍔であることくらいである、実に忍好みだ。

 慎重に鞘から抜いてみる。

 刀としては厚手、長さはおそらく変化前と同じだろう。


 「本当にこれが忍者刀なら…」


 柄の部分を調べるとうにょっと穴が空いて小物入れになっていた。


 「うわっ?!びっくりした!」


 尖った鐺もやはりうにょっと変形して鞘の穴が通った、水遁に使えるのだろうか。

 でもこれで確定した、忍者刀の機構だもんね、これ。


 「主殿、それは主殿の剣なのですか?」


 「あ、ああ、うん。」


 「何やら慣れた手つきで扱っておりますが、なんだか随分と……なんといいますか。」


 山吹がなにか言い淀んでいるところで焔羅が何食わぬ顔で従魔車の中を覗き込んできた。

 真っ先に逃げてたが護衛も兼ねていたのではなかったかと今さらながらに思い出す。


 「ん?なんか、しょぼくなってねえか?」


 忍、硬直。


 「焔羅あぁぁ!我がせっかく飲み込んだことをぉ!」


 「あ?だってよ、これじゃ魔力以外はなんか黒いだけのショートソードだろ?装飾っぽかったとこみんななくなっちまってるし?」


 「その出鱈目な魔力が恐ろしいのではないか!見た目がどんなにみすぼらしかろうとそこらで投げ売りされていそうであろうと、神の作り出した剣なのだぞ!」


 しょぼい、黒いだけ、みすぼらしい、投げ売りされてそう。

 忍は肩を落として静かに刀を鞘に仕舞った。

 木陰の大事、木を隠すには森の中。

 刀を隠すには刀の中だ、特徴がない方がいいこともある、はずだ。


 「お、それにしまうと魔力を感じねえ。ほんとに紐と宝石がついただけのショートソードだな。」


 焔羅は馬鹿にしているのではなく大真面目に話している。

 なんか言い争いになってるがほっとこう、この刀の良さはひと目ではわからないということだ。

 考えてみたら鞘も柄紐も下げ緒もシルエットのように真っ黒なのだからショートソードと見間違うのも当たり前。


 「その状態なら普通の剣に見えないこともないですね。」


 「いや、こんな黒いの無いでしょ。投げ売りどころかどんな武器屋でも見たことないわ。」


 「そうだよな。逆にあったら俺が買う。」


 「みすぼらしい剣に魂吸われて死ぬぞ、やめとけ。」


 言われた通りの言葉を返す大人げない忍であった。


 忍の嫌味により再燃した言い争いをする二人を無視して外に出る。

 さっそくの試し振りだ。

 片手、両手、垂直、水平、袈裟斬り、逆袈裟、横一文字、燕返し、円月殺法、牙突……。

 黒刀はまるで手に吸い付くようで、振れば軽くいつも以上に技のキレがいい。

 引き切りも問題ない、押し込むように当てなくても切れる、鋭い日本の刃物の特徴がきちんと出ている。

 今なら一七分割もできそうな気がする、まあ、どんな動きの技かわからないから再現しようがないのだが。


 ド深夜、楽しそうに刃物を振るう危ないおっさんはブツブツ技名をつぶやきながら夢中で刀を振り回していた。

 小競り合いが一段落した二人が従魔車から見ているのに気づかずにである。


「三段突き。綱切り。二重斬。円月の構え。稲妻斬り……。」


 もう一度繰り返しておく、ド深夜、楽しそうに刃物を振るう危ないおっさんこと天原忍はブツブツ技名をつぶやきながら夢中で刀を振り回していたのだ。

ここが日本でなくてよかった、確実に警察案件だ。


 「……おいおい、何だあの動き。」


 「主殿、鬱憤が溜まっていたのでしょうか。うわ……あの低い姿勢で突っ込まれたら視界から消えそうです。」


 「ああ、どれもすでに型になってる。よくわからない動きもしてるけどな。さっきのやつなんか本当に体の周りをぐるっと回す必要があるのか?」


 「主殿の技は不思議な動きゆえ、我としても見切るのは難しいです。意味もなく大きな隙を作るような方ではないとしか……。」


 「そうだよな。うわ、あの紐勝手に伸びたぞ。」


 「本当に剣なのか怪しくなってきましたね。」


 小声でボソボソと相談しながらの怪しいおっさんの必殺技鑑賞会はしばらく続いた。

 忍が二人の見学者に気づいたとき二度目の硬直をしたのは言うまでもない。




 久々に訪れたジョーヒルは少し活気がなくなったように見えた。

 市が中心の交易都市なのに、その市が随分と小さくなってしまっている。

 やはりビリジアンからの商品が入ってこないせいだろうか。


 この街はミストガイズが拠点にしていたはずだが、今の状況を見られるのはちょっと恥ずかしい。

 神官服の集団というのは街で見慣れているのだが、実際に着るとどうしてもコスプレをしているような気分になってしまって知り合いに会いたくないのだ。

 冒険者ギルドは冒険者組に任せて、忍たち神官組と千影で神殿へ挨拶に行くことにした。


 神殿では神官長という肩書きが有効に作用する。

 【ヒール】を使えるというのもポイントが高いらしく忍は歓迎された。

 柏手を打つと音にびっくりされるもののファロたちも同じように祈っているためそこに口を出してくる者はいない。

 少々の寄付を渡したついでにアサリンドの情勢を聞くことが出来た。


 「戦争の影響は海側を通っていくのなら大丈夫でしょう。特に今回は前線も砂漠地帯だということですので内陸部は平和なものです。ここのように隣の国との交易で栄えているような街は少しつらいところもございますが、支援を受けるほどではございません。」


 「それはよかった。」


 「ただ、戦争とは別件なのですがペンタルンの周辺には支援が必要かもしれません。なんでも海に厄介な魔物が陣取ってしまって海産物が取れないとか。」


 ペンタルンは寄る予定のあった二番目の港町だ。

 アサリンドの主要な港町は三つ、ポールマーク、ペンタルン、ライジン忍たちはジョーヒルから南下してライジン、ペンタルン、そこから内陸のシジミールの順で周る予定だった。


 「なるほど。ライジンに行かず直接ペンタルンに行くような道に心当たりはありますか?」


 「……あるにはあるのですが、山越えな上にケンタの平原を抜けなければなりません。」


 「ケンタの平原、ですか?」


 「ああ、ご存じないのですか。ケンタウロスという魔物が住む平原です。人々と交渉ができるほど頭が良く、下半身が馬で上半身が人の格好をしています。かつては人の亜種として認識されていたようなのですが、種族が排他的なことも相まって今は魔物とされています。」


 「アサリンドは部族の集まった国でしたね。中には相容れない部族もいるということでしょうか。」


 「はい、彼らは先祖代々の土地を守りながら暮らしています。魔物とは呼ばれていますがこちらが無礼を働かなければ無害な隣人ですので。」


 神官としては手を出してほしくなさそうだ。

 しかし、支援は早ければ早いほどいい、ついたら手遅れでしたというのも後味が悪い。


 「ん?その道を使っているのは誰なんですか?その人に物資をお預けすれば届けてもらえるのでは?」


 「たしかにそうですが、それではあなたの手柄になりませんよ?上の皆さんはきびしいですから。」


 そう言われてあっけにとられる。

 忍の頭にまったくなかった考えでちょっと固まってしまった。

 神官は柔和な笑みを崩さない、こちらの身を案じて行くなと言ってくれたのかと思っていたが、ただ面倒な事態を避けたいだけかもしれない。

 この世界は魔術師といい神官といい貴族といい、権力が大好きだ。疲れる。

 なんだかやる気を無くした忍が後ろを向くとファロたちの周りに人だかりが出来ていた。


 「手を叩くときパンパンと澄んだ音が出るようにしましょう。」


 「祈るときの手の形はこう、です。」


 そこには礼拝堂でシスターが神道式の祈りを教えているというチグハグな光景が広がっていた。

 まだもうしばらく帰ることは出来なさそうだ。




 冒険者ギルドには受付のお姉さんがいるだけだった。

 山吹と焔羅とニカで受付に行くと変な顔をされた。


 「あんた、蜘蛛殺しの・・・?」


 「あ、あのときの。」


 ニカが思い出した。

 ミストガイズに絡まれたときにいた男前のお姉さんである。

 お姉さんはなんだかばつが悪そうにニカから目をそらした。


 「で、今日は何の用だ?買い取りか?」


 「久々に帰ってきたのでじょーせいと、なんだっけ?」


 「戦争の情勢と予定ルートの近々の情報な、ライジンとペンタルンを通ってシジミールに行く予定だ。」


 「通るだけなら問題無し。ライジンは静かなもんだけどペンタルンは厄介なことになってるね。ブラスタートルの大量発生で避難がはじまってる。宿は取れないかもしれないから覚えておくといい。」


 「ぶらすたーとる?」


 首を傾げるニカにお姉さんが説明を付け加える。


 「海の中からたまーに湯気が出たり爆発したように水柱が上がる原因の一つとされてる魔物でね。危険を感じるとものすごい熱を発して、熱湯を口から吐き出して攻撃してくる。一匹二匹なら対処できても大規模な群れになれば大問題だ。水温が上がりすぎて生き物がみんな死んじまう。」


 お姉さんがそういってだるそうに受付の机に貼られた紙を指さした。

 ウミガメの体にウーパールーパーのような顔のついたちょっと可愛いようなそうでもないような絵が書かれている。色は赤とピンクらしい。


 「どこかに行ってくれるまで待つしかない規模の群れだが、海に近づかなきゃなんてことないとさ。まあ、ジョーヒルは内陸、海のことはライジンに行ってから聞くんだね。」


 「もう一つ、氷座党について聞きたいんだが。」


 「……何のことだ?」


 「冒険者ギルドでは把握してないのかよ?ライジンからペンタルンの陸路に出るっていう野盗だって聞いたぜ?」


 お姉さんの眉間にシワが寄る、待っていろと身振りで伝え、奥のドアに入っていった。


 「焔羅さん、こおりざとうって?」


 「ライジンの酒場で噂になってるのさ、街道に出る野盗が氷座党って海賊と同じようなことをしてるんだと。」


 「え?え?」


 「気にするな。神官長には言わないでおいてくれ。まだ先の話だからな。」


 事前に何も聞かされていなかったのでニカの頭は疑問符でいっぱいになった。

 しかもライジンの酒場の話をなぜ焔羅が知っているのだろう。

 お姉さんが戻ってくると変な顔をして口を開く。


 「野盗の記録はなかったけどね、同名の海賊の記録があった。新月の夜、生暖かい霧が立ち込め、氷の船が現れて積荷の半分を要求してくる。素直に渡せばそれで済むが、拒否したり抵抗すれば皆殺しって感じらしい。それ以上はライジンで聞きな。」


 「わかった。まあ酔っ払いの話だからな。」


 「お姉さん、ありがとう!」


 「ちょいまち。蜘蛛殺しは街に来てるのかい?手紙がたまってるよ。」


 「ありがとうございます。預かります。」


 ニカが手紙を受け取って一行は冒険者ギルドを後にした。


 「……喋らなかったね。替え玉……?あれが中身ってこと……?いや、魔術か……?」


 さまよう鎧のギルドカードを提示したスレンダー美人に歴戦の受付嬢は最後まで困惑していた。


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