秘密の相談とグリーズ
「天原忍者隊女性会議をはじめます!白雷さんは忍さんの抱き枕で欠席です!」
ニカの元気な宣言とともに会議がはじまった。
焔羅ははじめてのノリにいささか困惑していたが残りの面々は涼しい顔である。
「で、今日は焔羅の作戦で主殿が頑固に夜を拒否するようになってしまった件についての会議ですか?」
「いや、あんなの読めねえよ。なんでこんなに奴隷抱えてて手を出しまくってる男がそんなの気にするんだか。」
「いや、違うから。先生たちわざとやってるでしょ。ファロが騙されてるし。」
一瞬得心がいったというような表情をしていたファロが頬を紅潮させて目を伏せた。
「さておき、旦那様の夢見がまた悪くなりそうだって聞いてるから、従魔車組の三人は注意して。うなされてるときの旦那様は起こさない、添い寝してる千影さんにまかせること。」
「「「承知しました。」」」
忍の情報は禁止されている能力や魔術の事以外こっそりと従者の間で共有されていた。
まとまりのない集団ではあるが忍という個人に対してだけは全員が一致団結できる、天原忍者隊は個人主義の集団だがこんなときだけは連帯感を発揮するのである。
「で、本題ね。戦狂わせのハネシタが死んだのって四百年くらい前なんだけど、その頃のアサリンドの右半分から大森林では戦争が起こっていてね。有力な魔人や魔物がずいぶん死んだんだ。そのハネシタが生き返ったってことは、その時期に死んだ奴らが復活するかもしれないんだよね。」
「主殿は蜘蛛のほうが厄介だったと言っていましたが、そんなに厄介なものなのですか?」
「僕と同格のやつがハネシタ抜きでもあと三人くらい?ハネシタも本調子なら広範囲の狂乱で殺し合いが起こるから街を歩いているだけで壊滅したり?」
『ああ、あの牛はかなり強かったのですね。焔羅は精神攻撃に耐性があるので不思議でしたが、ずいぶんと強力な呪いですね。』
「肝心なときに耐えられなきゃ意味がねえ。呪いに負けてお頭の首を掻っ切るなんて何遍詫びても足りねえよ。」
「焔羅さんはそれで唐揚げお預けされてたんだね。お水貰いに行ったらものすごい顔で忍さんの唐揚げ睨んでたからびっくりしたよ。」
ずいぶんと人数が増えたせいか会議の途中でそれぞれが喋りだすと話が色んな方向に飛んでいってしまう。
唐揚げのお預けを食らった焔羅の顔が話題の中心になってしまいそうだったので鬼謀は無理やり話を戻した。
「とにかく、無駄になるかもしれないんだけど対策用に集めてもらいたいものがあるんだ。こういう木があったら教えて。草はこの時期には生えてないからどこかで買えるといいんだけど。」
鬼謀は本を取り出すといくつかの絵をみんなに見せた。
ニカや山吹などは慣れたもので話の流れにサラリと戻ってあーだこーだ言っている。
「なんか、首を掻っ切ったって聞こえましたコン?」
「強い魔人が生き返るって話もしてましたウオ?」
「私達が聞いていていい話なのですモー?」
困惑するメイド三人組は置いてけぼりになっていた。
「さて、先ほどは鬼謀に流されてしまったが、主殿が暴発しそうになっているのなら外敵対策などよりも由々しき事態ゆえ。少々強引にでも気晴らしをしていただいたほうがいいかと。」
「実はさ、従魔車は完全防音で中も覗けない仕様にしてあるしどうせなら使ってほしいっていうのはあるんだよね。そういうこと出来るようにがんばったんだけど旦那様に無理言うのもどうかなって。」
「何なんだろうな、あのお頭の神官へのこだわり。」
忍のこだわりはさておき、女性陣の夜は更けていくのだった。
次の日、千影と鬼謀が素直に求めてきて、なし崩しに忍は生臭坊主になった。
鬼謀がこだわり抜いた従魔車の防音は完璧だった。
男って悲しい生き物なのよね。
国境についた時、そういえば密入国だったと肝を冷やしたが、なぜかなんのお咎めもなく忍たちはアサリンドに入国できた。
ジョーヒルの街までに明らかに急造といった雰囲気の関所があったもののそこでも神官長の身分と神官団であることを話しただけで特に何もなく素通りである。
ずいぶんとゆるい状況に心配になって焔羅に聞いてみるとここはいつでもこんな感じだという。
「この国の怖いとこは誰が実力者かわからないとこだ。騎士団の部隊や工作員の一団が立ち寄った村で全滅したなんて話がザラなんだよ。ガスト王国の騎士団が仲間に襲われたと思ったら、騎士団から剥ぎ取った装備で参戦してた農民の集団だったなんて話もある。」
「農民強すぎない?」
アサリンド共和国は国民全員冒険者という感じなのだろうか、いつだったか戦争中は稼ぐために前線に行く冒険者もいると聞いた気がする。
ニカの保護者だったガシャットも未開地に踏み込むほどの冒険者だった、そのような手合が何人もいるのかもしれない。
「ところで、さっきから何をやってるんだ?」
「耳の触り比べ。」
忍は膝の上に鬼謀を乗せ両脇にファロとネイルを座らせて耳を触っていた。
ファロはあんまり気にしていないようだがネイルはちょっと恥ずかしがっている。
鬼謀に至ってはもはや第三の目が開きそうだ。
「誰のがさわり心地がいいか神官長様に判断してもらっているのです。」
「みんなさわり心地がいいと言っても納得してくれない。」
「あー、なんだかよくわからんがファロだけ乗り気なのはわかった。」
「このあとは尻尾も判定してもらい・ま…。あ・れ・?」
ファロが尻尾の判定などと言い出したところで鬼謀の第三の目が睨みつける。
これが第三の目の呪いなのか、声や体の動きがかくかくしている。
『ねー、尻尾ってほぼおしりだよ?旦那様が押し切られるようなら僕も自衛するけど。』
「ファロ、調子に乗りすぎだ!尻尾はなし!」
忍が慌ててそう宣言するとネイルはホッとしたようだった。
「しかし、神官長も大胆になったねえ。」
「生臭坊主になってしまったからな。今更だ。」
「どうせどこかで俺の魔力も補充しなきゃならなかったんだ。いちいち気にすんなよ。」
気にするなと言われて気にしないでいられるのなら苦労はしない。
忍はため息を付くと御者台に顔を出して道の先を見た。
「神官長様、終わりましたか?」
「ああ、なんとか。ジョーヒルまではまだかかりそうか?」
「そうだねー。ウシさんのんびりだからねー。」
触り比べに混ざらなかったシーラは避難していた御者台から車内に戻ってくる。
ニカはなんだかぼうっとしている、森を抜けてから襲ってくる魔物が激減したため気が抜けているのかもしれない。
「なんかずっと森の中だったから変な感じ。」
「たしかに。」
従魔者の中に引っ込んでいた忍と違ってニカはずっと御者をやっていたので余計にそう感じるのだろう。
「忍さん、お願いしてもいい?」
「んー、言ってみて。」
「……シジミールに寄りたい。」
シジミールはニカの故郷だ。
避難していないものもいるかもしれないしこの提案は忍も想定していた。
事前に焔羅に聞いたところによると二つ目の街から内陸に向かう道を進めばシジミールに行けるとのことであった。
「私も気になってたから、焔羅に相談していたんだ。近くの街から偵察してくれる。安全第一だから物々しそうだったら寄らないぞ、それでもいいか?」
「うん!忍さん大好き!おばあちゃんもソイソイの塩漬け仕込んでるかも!」
機嫌の良くなったニカが鼻歌を歌いはじめたので忍はそっと従魔車の中に戻った。
ソイソイの塩漬けこと味噌は作り手で味が変わる。
ニカのも美味しいがクレアのも美味しいのだ。
大事に食べていたがどうしても減るもので、特に焔羅が仲間になってからは食事の量も増えて自然と不足気味になっていた。
「長旅は意外と問題が多いな。」
「なにかございましたか?」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっと実感してる。」
実際にやってみることでしかわからないこともある。
魔法がある分だけマシなのだろうが、忍は文明の利器のありがたさを再認識する。
引きこもっていた時代に家事全般はそれなりにやっていたので家の中のことなら不便でも問題ないのだが、周りとの人付き合いや旅の中での経験が不足していることがよく分かる。
味噌は発酵食品だと知っていても、出来上がるまで待つ時間は知識の中には含まれていない。
温度管理なども出来ないので年中作れるわけでもない。
仕方がないことだが不便だ。
そういえば、病気が魔法で治るのだから菌などはどうなっているのだろうか。
「抗菌作用とかいう考えから間違ってるかもしれない?」
「こーきんさよう、ですか?」
「いや、すまない。こっちの話だ。こういうふうに竹なんかで保存するのは珍しいのか?」
「んー、ビリジアンではみたこと無い、です。」
「神官長様は食材の保存にまで興味があるのですね。しかし、それは私達の仕事ですし、底なしの指輪をお持ちですから保存については気にしないでいいのではないですか?」
シーラに正論パンチを食らう。
ネイルは知らないようだし、ファロも首を振った。
「通常であれば塩漬けや干し肉で壺に入れて棚に保存するものです。樽などだと小さな魔物に底を食い破られることもあったりします。でもあまりほうっておくとグリーズが……」
「グリーズ?」
「長い間壺の中にものを入れておくと植物が生えてしまうんです。なんかべっとりした、苔みたいなものですね。」
「グリーズは敵ですモー!見つけ次第殲滅しますモー!」
もしかして、カビだろうか。
そしてファロがめっちゃ怒っている。
「子供の頃に実家で口にしてひどい目にあったんですモー!あんな美味しそうな色してるなんて反則ですモー!」
「グリーズ、色んな色して、ます。おいしそうなのも、あります。」
「……ものすごい色してる気がしますけれど、ネイルもそう見えるのですか?食べちゃ駄目ですよ?」
放置すればものが悪くなるという当たり前のことを確認できたが、ネイルがどの程度までグリーズを削れば食べられるかの話をはじめてファロと盛り上がっていた。
シーラの本気のドン引きが面白くてしばらく見ていたのだが、ふと忍は別のことに思い至った。
「一応聞くが、いつもの料理にそういう食材は使っていないよな?」
「ご安心ください、神官長様にそんなものは食べさせられません。」
「……ネイル、なんで私から目をそらしたんですか?ネイル?ネイル?!」
ファロが答える横でネイルがシーラと目を合わせないようにしていた。
忍にそんなものは食べさせられない、なるほど。
忍がいない間はその限りではなかったということらしい。
「大丈夫、です。お腹痛くなってない、です。」
「今度から悪くなった食材は使わない!誰の食事でも入れないこと!」
「うう、食べてしまったウオ……。なんだか変な味がした物もあった気がするウオ……。」
衝撃の事実に打ちひしがれるシーラを慰めつつファロとネイルにきちんと約束させた。
まあ、うちの母親もそんな感じだったなとちょっと懐かしくなったが、なあなあで済ませて何かあっては洒落にならない。改めて管理は徹底してもらおう。




