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戦狂わせのハネシタ

 現場の森には小さな池が出来ており、五つほどの囮が設置されていた。

 生物の気配はほとんどない、小動物や虫などはいるかも知れないが少なくとも魔物はいないようだ。

 しかし、中央近くの木の根元に妙な魔力が存在した。


 「あれ、なんだ?」


 『魔物の死体のようです。ゲコラップでしょうか?』


 「大きすぎないか?ヒルボアくらいありそうだぞ?」


 「俺、まだ一番手前の囮も感知できてないんだが。ちょっとまってくれよ。」


 なんだか呆れている焔羅に五つの囮の中央に件の死体があることを教えると、カーネギーで空から偵察してくれた。

 たしかにゲコラップのようだが損壊が酷くちょっとよくわからないようだ。


 とりあえず蜘蛛を排除することを優先する。

 三回目ともなると流れはある程度決まっていたのでさっそく配置につき千影の烏で囮を攻撃した。


 やはり蜘蛛は別の方向から千影の烏を迎撃し、その攻撃で場所を補足した白雷が雷を打ち込む。

 二つ目に行こうとしたところで黒い棘がカーネギーから放たれる。


 「一匹仕留めた。」


 「お見事。【同化】と【共鳴】か?」


 「ああ、カーネギーじゃ魔力が足りなくて中級一発程度が限界だけどな。威力も問題なさそうだ。【ダークニードル】はすぐ消える、もう木の下に落ちてるぜ。」


 二匹仕留めたところで違和感に気づく、他の三つの囮は消えもしないし、おそらくそれらを出している蜘蛛も動いていない。

 既に二匹をこちらが倒しているのに何も動きがないのはどういうことだろうか、音や気配を消しているわけではないので気づいているはずだ。

 警戒はしつつ次々と蜘蛛を撃ち落としていく。

 結局全部を倒し切っても蜘蛛の行動パターンは変わらなかった。


 『忍様、魔石の回収が終わりました。』


 「ご苦労さま、後はあの大きなゲコラップか…。魔物の死体があんなに魔力を放ってるなんてことあるのか?」


 「何らかの魔術がかかっている可能性はあるかもな。」


 焔羅のカーネギーが死体の近くの木に止まって観察している。

 忍も警戒しながら肉眼で見える位置にまで近づいたが、腐りかけていて臭いも酷く正直見たくない。

 しかし近づいて観察したことで発見があった。


 「んー?魔力が腹の中から出てないか?」


 忍が目を凝らしてよく観察すると死体が魔力を放っているというより死体の腹が魔力を放っている。

 しかも腹がパンパンに膨れているのだ、ガスでも溜まっているのだろうか。

 下手なことをして弾けたりすれば病気になりそうだ。


 「千影、腹を攻撃してみてくれ。」


 『仰せのままに。』


 烏が上空から急降下して蛙の腹にくちばしを突き立てようとした時、膨れた腹から人の腕が伸びて烏を掴みバチンと影分身が弾けた。

 まるで脱皮でもするかのように死体の腹を割いて出てきた両腕、あまりの状況に固まった忍たちの前で中身がゆっくりと姿を表す。

 蛙の腹の中に詰まっていたのは牛のような頭を持った人だった。

 そいつは腹の外に出るとみるみるうちに倍近くの大きさになり世界のすべてを威嚇するように咆哮した。


 ブモオオオォォォォ!!!


 忍の知識の中でまさにぴったりのモンスターがいた。

 ミノタウルス、ファンタジーのパワー系モンスターの王道である。

 黒い霧をまとって口元から泡を吹き、明らかに興奮状態だ。

 忍は高鳴る心臓を押さえつけ、気取られないように用意していた矢に魔力を込める。


 『千影、影分身でやつの気を引けるか?』


 『お任せください。』


 『白雷は隙があったら雷で攻撃してくれ。』


 『わかったの。』


 何がどうなってゲコラップからミノタウロスが生まれたのかはわからないが、ここで逃げるのも厄介になる気がした。

 木々の間を飛び回る烏が【ダークニードル】をミノタウロスに放つ。

 しかしミノタウルスの体中の筋肉が膨張すると【ダークニードル】のほうが当たり負けて霧散してしまった。

 残り三秒、忍はミノタウロスの死角から矢を飛ばす魔術でミノタウロスを狙う。

 音もなく飛んでいった矢がミノタウロスの額にコツンとあたった。


 三・二・一。


 バリバリバリバリバリバリバリバリ!!

 ブモオオォォ!!


 「白雷!雷撃!」


 忍の当てた矢を中心に回りに強力な放電が起きた、白雷がそこに追加の雷撃を打ち込む。

 ミノタウロスには雷撃が効いているようで【ダークニードル】のようにかき消されたりはしていない。

 忍はすぐさま赫狼牙を抜くと背中からミノタウロスの胴に深く切り込んだ。

 両手持ちで魔力も力も込めた渾身の一撃はミノタウロスの脇腹から背骨まで進んで止まる、忍はすぐさま手を離して飛び退く。

 直後にミノタウロスの腕が力任せに振られる、直撃はしなかったもののその風圧は忍の大きな体を軽々と空に吹き飛ばした。


 空中に投げ出された忍を白雷がキャッチする。

 ミノタウロスに与えた傷は致命傷のはずだが、切りつけた腹回りが炭化しているせいで血が思ったほど出ていない、まだもう少し暴れそうだった。


 「あ、がっ!あ゛あ゛あ゛っ!」


 千影がまだ攻撃をしてくれているがミノタウロスは完全に忍を睨みつけていた。

 空から見て気付いたが、近くの茂みの中で黒い霧にまとわりつかれた焔羅が苦しんでいる。

 ミノタウロスは近くの木を引っこ抜いた。


 「投げる気だな。白雷、うまく避けたら上からあいつ狙ってくれ。」


 白雷に指示を出して忍は飛び降りた。

 身軽になった白雷はミノタウロスからの木の投擲を華麗にかわし、忍は【ウォータージェット】を両手両足から噴射して無事に地面に着地した。

 その派手な着地にミノタウロスはまっすぐ突進してくる。


 「【白蛇の凝視】!」


 木々の隙間から見えた姿に白蛇から得た能力を使う。

 ミノタウロスの全身がギシリときしんで突進が止まった。

 睨みつけながら忍は魔力を練り上げる。


 「【マルチ】【インクリ】ファイアボ」


 強力な炎弾を放とうとした忍の頸動脈が掻き切られ、そのまま脇腹を蹴られてふっとばされる。

 喉は無事だが意味不明な勢いで血が吹き出している、明らかに致命傷だ。

 忍はなんとか体制を立て直しながら、【ヒール】を使うと自分を蹴りつけた相手を確認した。


 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 「マジか!」


 血走り焦点のあっていない目でこちらを向いて叫ぶ焔羅が忍を攻撃したのだ。

 正気を失った焔羅は追撃をすることなく、今度はミノタウロスの方に走った。

 ミノタウロスは既にそこら辺の木を引っこ抜いて構えている。


 「焔羅、命令、倒れろ!」


 慣性がついて顔から地面にズシャッとダイブした、ものすごくいたそうだがその上を投擲された木が通り過ぎた。


 「死な安だ!命令、そのまま動くな!」


 焔羅に追加の命令をしてミノタウロスを再度【白蛇の凝視】で捉える。

 そこを威力を増した白雷の雷撃が貫き、ミノタウロスは今度こそ完全に動きを止めたのだった。


 「えーっと、【解呪】。」


 ミノタウロスが倒れた後、白雷にはもう二発ほど雷撃を打ち込んでもらって赫狼牙できちんと首をはねた。

 血圧が高そうな様子だったが、血がドバっと噴出してやっぱり血まみれになった。近くに水場があって助かった。


 焔羅の様子は変わらずで動けない状態で奇声をあげていたので千影に頭をさらってもらったりいろいろ試したところ【解呪】が効いた。呪いだったようだ。

 魅了ではなく周りの生き物に手当たり次第に殴りかかる狂乱という呪いらしい。

 ミノタウロスの相手をしていたとはいえ横合いからいきなり首を掻き切られたことに驚きと恐怖を感じたのは言うまでもない。

 【ヒール】を使ってしまったので焔羅には少しの間我慢してもらおう。

 死ななきゃ安い、死ななきゃ安いのだ。


 「どうとでも罰してくれ。」


 「そこは律儀に奴隷基準なのか。そういえば千影、私の罰は決まったか?」


 『はい。忍様に刺されてしまった不手際の罰を千影にお与えください。それを持って罰にすればいいという山吹の案を採用します。』


 「何だそれ…。」


 焔羅に対する罰の参考にしようと思ったら全く参考にならない答えが帰ってきてしまって困惑する。

 なんでこんなこじらせたトンチみたいな回答になって返ってくるのか。

 しかしこれでは焔羅に殺される夢をしばらく見そうだ、寝起きに暴れるような事態は避けたい。


 「わかった、千影は罰として私が暴れ出さないように添い寝してくれ。」


 『謹んでお受けいたします。』


 「焔羅は…晩ごはん抜きだな。」


 「そ、そんな……。」


 「んー、だだ甘な裁定にしたつもりだったんだが、そんなに飯が大事なら一週間ぐらい抜いとくか?」


 「お頭!それは!それだけは!」


 致命傷を飯抜きで許そうとした忍も忍だが、飯抜き程度でこの世の終わりのような雰囲気を出した焔羅も焔羅である。

 ちょっと腹が立ったので忍は密かにその日の晩ごはんを焔羅大好きな唐揚げに決めた。


 「ニカに連絡したから近くまで移動してきてくれる。蜘蛛は魔石だけ取り出すとして、問題はこのミノタウロスだな。」


 「ミノタウロス?神官長はこいつを知ってるのか?」


 その場にいたもののうち、だれもがその牛頭の魔物を見たことがなかった。

 耳飾りの魔物辞典で調べてみるがミノタウロスという名前ではないようだ。

 牛頭、牛人、闇などそれっぽい言葉で検索をかけてみるが該当する魔物はいなかった。


 「わからない。ミノタウロスっていうのは前の世界の伝説上の生き物だ、まさにイメージ通りの姿をしてるが、魔物図鑑には乗ってない。」


 「あー、俺の見立てじゃ、たぶんこいつは魔人だ。」


 「魔人?巨大なゲコラップに丸呑みにされてたってことか?」


 「……そうだよな。消化されてるよな。でも体はほぼ人、顔だけ牛で心臓は……」


 焔羅がミノタウロスの胸にナイフを入れようとしたが、なかなか入っていかない。

 なんとか切り開いた胸の部分にはバレーボールくらいの大きさの魔石が入っていた。


 「魔石がデカすぎる。かなり上等だ、闇の魔力も帯びてる。肉は下手な魔物より固いな。」


 なんとか分析しようとしている焔羅だが、首なしだとバカでかい筋骨隆々の人の体なので色んな意味で直視が辛くなってきた。

 下半身の毛皮を剥いで持っていく気のようだが人っぽいやつ相手だと忍には辛い。


 『旦那様、なにしてんの?』


 『鬼謀か、なんだかよくわからないが牛の頭を持った魔人らしき奴を倒したんだ。』


 どうやら遠くから片眼鏡でこちらの様子を覗いたようだ、忍がいきさつを話すと鬼謀には心当たりがあるらしかった。


 白雷に頼んで迎えに行ってもらう。

 現場に来た鬼謀は牛の頭を確認した後こちらにかけてきて、人目も気にせず変身して抱きついてきた。


 「あっはっはっはっは、旦那様最高だね!戦狂わせのハネシタを倒してくれるなんて本当に最高!」


 「なんだ、知り合いか?」


 「知り合いも何も、こいつは昔の僕と同じで無差別に狂乱の呪いを振りまくやつなのさ。しかも戦闘狂で呪いを振りまくことを楽しんでる。喋れるはずだけど、戦ってる最中に話しかけてきた?」


 「いや、こちらも話しかけなかったな。話が通じそうになかったし。」


 「それが奴の手なんだ。狂ってるふりしてこっちが戦わざるをえないようにしてくるんだよ。話しかけても咆哮を上げるだけだったんじゃないかな。」


 なんだか妙に詳しい鬼謀はすごく機嫌がいい。

 とりあえず目に毒なので湯着をはおらせると途端に顔を真っ赤にして蹲った。

 

 「あー、鬼謀はなんでやつが喋れるって知ってるんだ?」


 「いや、僕が倒したんだよ。精神攻撃に効く護符でガチガチに固めて呪い殺したんだけど、卑怯者だの何だのめっちゃ喚かれたんだよね。直接戦わなかったのがお気に召さなかったらしいけど、あの体力馬鹿、死ぬまで恨み言と罵倒を繰り返して湖に沈んでったからね。」


 「それがなんでこんなところでゲコラップの腹の中から出てくるんだよ……。」


 「んー、魔石がゲコラップに飲まれて腹の中で復活したとか?」


 「は?消化されないのか?」


 「腹具合によるかな?かなり強いから、普通の魔物じゃ消化しきれなかったんじゃない?」


 鬼謀も自信薄といった感じだ、魔物は魔力を糧に生きているのだからその腹の中で寄生虫のように魔力を吸い取れば復活も出来るのかもしれない。

 しかし、リスクが高い方法と言えよう。


 「狂乱状態っていうのは実力以上の力を引き出されることがあるんだ。闇の魔力を帯びたフォールスパイダーもそのせいで出てきたんじゃないかな?」


 「復活する前から呪いの魔力が漏れてたってことか?」


 「魔石に魔力が溜まったらそういうこともあるかもね。持ってくなら封印しとくけど。」


 鬼謀に封印をしてもらっている間に焔羅によって下半身の毛皮が剥ぎ取られ、ニカたちも合流してやっと一息入れることが出来た。

 池は湧水が多いらしくかなりの透明度だったため今日はここで野営をすることにした。


 『忍様、近くに動物も魔物はいません。』


 千影が安全確認をして街道からも少しはなれているということで、自由に過ごすお許しが出た。

 まだまだ水辺は寒いのだが魔力を使わずきれいな水が使い放題なので風呂や煮炊きなどを好きなだけ出来るのがうれしい。

 風呂、やはり風呂は正義だ。

 みんなには大きな風呂を用意してネイルにお湯の管理を任せ、忍は一人用の樽風呂で心ゆくまでお湯を堪能した。

 夕食は唐揚げを焔羅の前でおもいっきり美味しそうに食べてやった。


 「ひさびさのマッサージのお時間だよー!」


 「まってまし…た?」


 ニカといっしょにファロがやってきたので忍に疑問符が浮かぶ。


 「マッサージを習うことにいたしました。道中でもモーみモーみさせていただきます。」


 「ファロ、モー少し自重しないとモウシないと誓うまで罰を与えるぞ。キツめのやつ。」


 「え、なんか忍さんとファロさん通じ合ってる?」


 妙な空気を醸し出してはいたもののマッサージの内容はいつも通り疲れが溶けるような気持ちよさだった。

 ファロも上手だったが、自重しろと言ったら牛ネタから下ネタに切り替えて来るのは本気で勘弁してほしい。それは自重じゃない、増長だ。

 しかも意識が落ちそうになるタイミングで声をかけられるからなんだかものすごく辛いのだ。


 「マッサージって本当にエッチなのじゃなかったのですね。」


 「あはは、そういうの忍さん本当に嫌がるからやめといたほうがいいかも。」


 「やめといたほうがというかやめてくれー、マッサージの最中は本当に勘弁してくれー。せっかくのマッサージなのに気が休まらないー。寝たいー。」


 「はいはい忍さん、続きは私がやるからゆっくり寝てね。ファロさんも忍さんを寝かせてあげて。」


 ニカが間に入ってくれて事なきを得た。

 体がポカポカしてかなり眠たかったので子供みたいな駄々のこね方をしてしまった。

 そんなどうでもいいことを気にしつつ、忍の意識は闇に飲まれた。


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