奴隷の悲惨さとファロの冗談
アリアンテの街はビリジアンの玄関口、土産物や珍しいものが揃っているだけではなく情報も集まる街だ。
アサリンドに行くに当たって補給や情報収集をするため滞在期間は長めにとった。
国境までにあった村は軒並み壊滅していた。
復興の予定もないようでこの区間ではまっすぐに関所に行くことになる。
ちなみにネイルをさらおうとしたのも村から逃げてきたモリビトを狙って暗躍している集団だった。
証拠はなにもないのだが裏にいたのはガスト王国らしい。
「焔羅、捕まった人の行き先はジルコニアだったらしいんだけどなにか知ってるか?」
ジルコニアは現在、ガスト王国の属国となっている。
もともと山吹のおさめていた国なので詳細を聞いたことがあるのだが、その当時は砂漠の部族の寄り合いを力付くで収めるような形だったらしい。
首都もあったものの砂漠の民は移動する騎馬民族のような者がほとんどだったようでオアシスなどに定住するものはあまりいなかった。
また、大きな地脈の魔力溜まりがあり鉱物資源が豊富で砂の中から鉱石や宝石が生まれる地らしい。
魔力を帯びた金属であるヒヒイロカネやミスリル、爆発する宝石であるハジケルビーなど不思議な力を持った石がいくつも存在していた。
ハジケルビーという名称にものすごく引っかかったのだが、ハジケシャドーマンという爆発してトゲと種を飛ばす植物もあるらしい。
耳飾りで姿を確認してみたが、サボテンのトゲを柳刃包丁くらいにしたような凶悪な見た目の植物が出てきた。
魔物化した栗どころではなさそうだ。
「ガストでの奴隷の扱いは消耗品だ。ジルコニアでの過酷な石堀り労働や国内の生産力の向上、死にかけると全身に魔術を刻んで特攻させたり、貧民の中には死体喰らいなんてのもいる。」
「……そこまでひどいのか。」
焔羅の話はもともと忍の考えていた奴隷のイメージに近いものだ。
少し古いファンタジーものなどでは奴隷というのは虐げられて当然という扱いを受け、その生涯はどう転んでも悲惨なものになる。
ガストと奴隷、忍には絶対に思い出す顔があった。
叶うことならどうにかしたいが、その方法は思いつかない。
「まあ、そういうことだ。いくらいても足りないんだろう。戦争中ならなおさらな。」
「国民がさらわれてるのに周りの国はなにも出来ないのか?」
「軍国と軍事資源産出国がくっついてるんだ、簡単じゃないぜ。お偉いさんの意向もあるしな。平地の単純な殴り合いで戦ったなら間違いなくガスト王国は最強だ。アサリンドは地形と機転で押し返すのが得意だが、それも未開地のせいで進行ルートが限定されてるから出来ることなんだよ。」
焔羅によると逆にその条件を崩せなければアサリンドが負けることはないだろうとのことなのでそちらの方は少し安心できた。
人さらいや盗賊は見つけたら潰す方向で行きたいと言ったら焔羅に嫌な顔をされたので自重した。
派手にやれば恨みを買うことはわかっていたので、現状では焔羅の考えが最善だと忍にもわかっているからだ。
「ジョーヒルからポールマークまで海沿いの町や村を通るとなると立ち寄れる街が三つしかない。ここでできるだけ物資を買い込んでおいたほうがいい。」
「戦争中は物資が不足するからだな。わかった。」
「まあ予想してたよりは楽そうだ。ジョーヒルの先まで見てきたが平和そのもの、戦地より遠いからなのか呑気なのか。」
どうやらカーネギーに【同化】して先を偵察してきたらしい。
焔羅は他にもいつの間にか依頼を受けて金を稼いでいたりする、白雷以上に何処にいるかわからない時間が多い。
「ありがとう。資金なんかは大丈夫か?」
「どうとでもするさ。」
「ああ、それからこれはプレゼントだ。」
忍は冗談めかして指輪を取り出す。
「……なんだ?まさか俺の【魅了】が奇跡的にかかったとかか?」
「そこ、疑うんだ。これ、底なしの指輪だよ。一般魔導具だから上限があるらしいけども。」
「は?」
焔羅は目を見開いて指輪を凝視している。
しばらくそのまま固まっていたが頭をポリポリとかいて忍を睨んだ。
そしてもう一度指輪に視線を戻した。
「国宝級のアーティファクトをそんなにぽんと渡すものか……なんか変な呪いやら術式が……」
「ないない。」
「ニカたちが使ってるのは知ってるが、これで五つ目?そんな数、国でも保有してるかどうかだろ?なんかとんでもない隠し事してないか?」
焔羅には隠し事はしていないが詳しく話していないこともある。
神とのお茶会で意図せずわかってしまった内容や、鬼謀や山吹の詳しい出自などだ。
しかし忍が話すことでもないので、当然のようにごまかす。
「隠し事はしてないがみんなの事情はみんなと仲良くなって聞いてくれ。私が話すことじゃないからな。」
「これがここではその一言で済むくらい軽い事態だってことはわかった。だが、普通はそうじゃねえだろ。」
「昔は使ってること隠してたんだが、なんか隠しても隠さなくてもいろんな事態に巻き込まれるから馬鹿らしくなってな。とにかく誰でも使えるやつだけど本物だし呪いもかかってないから好きに使ってくれ。意外と豪商とかなら持ってる魔導具みたいだしな。」
焔羅がため息を付いて指輪をはめた。
何処かから取り出した短剣を入れたり出したりしている。
「げ、こんなに金貨が入ってやがる。ついに成金生臭坊主を受け入れたか?」
「怒るぞ。情報集めるにも買い物するにも物入りだろが。焔羅が一番金を使わないといけないことやってるだろう。」
「…お頭には目立たず騒がずってのは無理だな。ま、こんな便利なもんもらっちまったら下手は出来ねえ。いろいろと本腰入れてやらせてもらうぜ。」
「頼む。私も神官長を頑張るとするよ。」
忍が何気なくそういうと焔羅が何故か恥ずかしそうにポリポリと頬をかいた。
「未界地までは絶対無事に送ってやるよ。俺はまたちょっと出てくる。神官長も長旅の用意しといてくれ。」
焔羅と別れた後、忍は久々にお頭と呼ばれたことに気づいた。
表面的には見えなくても動揺していたのかもしれない。
アリアンテからジョーヒルまでの道はずいぶんとフォールスパイダーが減っていた。
ヒルボアやゲコラップ、ブッシュボアの姿も戻ってきている。
おかげで国境までの長い道を通る間に想定以上に肉を補充できた。
千影の烏は単体でフォールスパイダーを狩って魔石だけを集めているのでビリジアンを通ってくる間に小型の魔石も小山が出来るほど集まっており、それだけでも一財産だった。
それでもまだ蜘蛛を見かけるあたり大量発生というものは本当に恐ろしい。
鬼謀は従魔車の上から片眼鏡で森をみながら薬草を見つけては従魔車を止めて摘んでいく。
焔羅もなにかを収集しているようだし、ニカはたまに樹木と喋っている。
ネイルはなんだか前よりも忍の世話を焼いてくれるようになり、相変わらずトールの根っこを見つけると勝手にカブトウシは止まる。
そして忍も相変わらず何もやらせてもらえないのでトールの根っこをくわえながら魔術の構成を考えていた。
「神官長様、そんなにトールの根っこを吸ってるとお口がピリピリしませんか?」
「なんでこんなに好きなのかはわからないんだ。もしかしたら私はカブトウシの生まれ変わりかもしれないぞ。」
「では、ウシ仲間ですね。」
ファロにウシ仲間認定されてしまった。
ずっと従魔車の中で一緒にいると冗談くらいは話せるようになってきた。
一糸乱れぬメイドのときと比べて神官長のお付き神官としての三人はそれぞれの個性が。わかりやすくなっていた。
なんとなく存在したぎこちなさみたいなものがほぐれてきたのかもしれない。
ファロは意外と冗談が好きで忍を笑わそうとしてくる、そして怒らせると笑顔で圧力を放ってくる。
「ネイルから聞きました。モーっとウシ仲間同士仲良くしませんか?愛嬌シかない私をギューっとしてください。」
「ずいぶん詰め込んだな。三つか?」
「五つです。愛嬌しかないって自分で言うのは恥ずかしいですね。」
もはやクイズだ。
それになんというか、地味にオヤジっぽいというか笑うより感心してしまうというか。
ファロの冗談は反応に困ることが多い。
最初はファロも暇すぎてなんだかわけがわからなくなってるんじゃないかと疑ったが、どうやら実家の牧場ではこれが普通らしい。
どうしよう、審議拒否したい。
「神官長様は知らないかもしれませんが、神殿の神官は愛人とか囲っている人もかなりいるんですよ。ロクアットの憩いにも常連の神官様というのがいらっしゃいまして」
「ぬあー!私の知ってる神官と違う!」
「神官長様、今更ではないですか?」
「シーラ、身も蓋もないこと言わないで!もう深海語の魔術教えないよ!」
「それはずるいですウオ!」
忍はもはや何と戦っているかわからなくなってきたので話をごまかし、そのままの流れでシーラに新しい魔術を教えはじめたようとした時、千影が従魔車を止めるように言ってきた。
『蜘蛛がいます。例の罠らしきものを少し先にいくつも発見しました。』
「いくつもって、既に増えてるじゃないか。」
増える前に急いで討伐したつもりが既に増えた後だったということか。
とりあえずみんなを集めて事情を説明するとまっさきにネイルが討伐したいと言い出した。
「今度こそお役に立ってみせますコン!」
「いつも役に立ってくれてるからそんなに張り切らなくても大丈夫だよ。」
「やらせてくださいコン!」
やる気は十分なのだがなんだかまたノープランのような気がする。
というかもっと重大なことがあることを思い出した。
「ネイル、護符がないだろう。今回は我慢してくれ。」
「あ、わかりまし、た。」
シュンとしてしまった。
かわいそうだが混乱して同士討ちにでもなったら洒落にならない。
「私と千影と白雷は確定で…。」
「俺も行く。ちょっと考えがあるんでね。」
「護符はないよな?大丈夫か?」
「神官長、信用してくれ。俺が魔術師だって忘れてないか?」
ニヤリと笑う焔羅は頼もしい、試したいことがあるのだろう。
焔羅の戦いを見たことがないのでそういう意味でも少し楽しみだった。
忍も試したいことがある、それに周りに誰もいないほうが気兼ねなく魔法を使える。
「じゃ、今回は白雷、千影、焔羅、私でいいか?」
「従魔車の守りは我にお任せください。ついでにネイルたちに逃げる敵への対処を教えましょう。考えてみれば警護の訓練はしても敵を追い込む訓練はしていないでしょうからね。」
「そうか、気が付かなかったな。そっちは山吹に任せる。三人ともそういうわけで今回は山吹の手ほどきを受けてくれ。」
「「「承知いたしました。」」」
語尾無しのおかげでメチャクチャ返事が揃っている。
同じように教育を受けたからだろうか、性格は違えど口調はほとんど一緒なので同時に口を開けばきれいに揃う、阿吽の呼吸というやつである。
「モウしわけございません。私達の成長をモー少しお待ち下さい。」
「お、おう、楽しみにしてる。」
忍にだけわかるようにファロが仕掛けてきてちょっと突っ込みそうになってしまったが真面目な話の最中なので我慢する。
ファロ、恐ろしい子。
山吹、焔羅に続きファロにもいじられるようになったらどうしようか。
いじられたり笑われたりする人生はもう二度と歩きたくないのだが、こういうときに目も当てられないような拷問でもすればいいのだろうか。
山吹に関してはあまりに防御力が高く何一つ効かなそうなのが辛いな。
そんな考えが頭をよぎり忍は不安定になってきているのを自覚した。
人薬を求めて生臭坊主まったなしの状況になるわけにはいかない。
深呼吸、セルフコントロール、煩悩退散、節度をわきまえないと海水浴の貴族みたいになってしまうぞ。
兎にも角にもまずは蜘蛛退治である。
忍は用意した矢筒を担いで焔羅とともに白雷に乗るのだった。




