反省会
あの蜘蛛は戦闘巧者だった。
十分な距離を取り、魔力と地形を使ってこちらを翻弄した。
唯一の誤算が白雷の射程距離だったのだろう、聞けば白雷は呪いが解けてから雷をかなり遠くまで狙ったところに飛ばせるらしい。
高い木や金属に向かうこともなく雷の形状が変わり【ライトライン】のようにビーム状に飛んでいた。
いつものただの放電とは違う、おそらくはバリアと同じ白雷固有の能力なのだろう。
もしかしたら【真の支配者】や【名工】のように能力が派生しているのかもしれない。
忍は帰ってきた白雷を大いに褒めたが、ネイルも千影もなんだか雰囲気が暗かった。
よく分かる、かくいう忍自身も勝った気がしないからだ。
討伐自体は成功したのでアリアンテの街の面々は大いに喜んだが、忍は報酬をもらって交渉していたヒャッコ草を買うと喜びに湧くギルドからそそくさと出た。
「ネイル、食事してから宿に戻ろう。打ち上げ……いや、反省会かな。」
「わかりましたコ」
「個室を取るが街では気をつけよう、な。」
「わかりまし、た。」
『忍、街にいる間に雲を食べてくるの。』
「わかった。明後日には出発するからそれまでには戻ってくるんだぞ。」
『はーいなの。』
メインの通りから外れたところの少し寂れた感じの店が目について忍はそこに入ることにした。
どうやら酒場も兼ねた店らしく昼下がりで客も少ないからだろうか、冒険者らしき装備をつけた客が無遠慮な視線を送ってくる。
そういえば、神官服の少女と黒マントのおっさんの組み合わせはどうなのだろう角はつけているしひどく変ということもないはずだが。
カウンターで椅子に座ってくつろいでいた犬耳のおっさんに話しかける。
「個室とランチを二人分おねがいします。私は魚、ネイルはどっちにする?」
「肉にしま、す。」
おっちゃんが奥の扉を示したので忍たちは中に入って待った。
しばらくすると扉越しにいい匂いがしてきた。
「おお、美味しそうだな。」
「干し魚と肉の焼ける匂いですコ…。お肉は知らないにおい、です。」
「ああ、これたぶんゲコラップだな。」
「え?あれ食べるんですかコン?」
襲われてそれなりに怖い思いもしたわけだしあの生臭さも知っている。
ネイルの顔がひきつっているのは当然とも言えるが食べてみれば美味しいのがゲコラップだ。
「試してみろ。どうしても駄目だったら魚と交換してもいいから。」
「ご主…神官長様に頂いた食べ物を残す事はできない、です!」
見上げたメイド魂である。
しばらくして運ばれてきた定食はゲコラップと青菜の炒め物と川魚の干物の定食だった。
ネイルはひとくち食べるとちょっと固まっていたがしばらくして普通に食べはじめた。
どうやら食べられはするようだ。
魚の干物はしょっぱめで固いパンといっしょに食べるとちょうどいいくらいだった。
塩気と安いパンのコンボでもそもそする口にスープを流し込む。ご飯が欲しい味だ。
アリアンテでは魚が取れるので生の魚を使った料理を期待したのだが忍はハズレを引いてしまったらしい。
「ネイルの方はどうだ美味しいか?」
「あれだって、考えなければいけま、す。ちょっとしょっぱい、です。」
やはり微妙な顔をしているので微妙な味なのだろう。
今度ゲコラップとケチャップを使ってカエルチリでも作ってやろう。
「さて、千影、出てこれるか?」
「はい。今回は力及ばず申し訳ございませんでした。」
「わっ?!」
唐突に忍の横に現れたシルエットにネイルが驚く。
忍が取り出した湯着を千影の肩にかけてやると千影は前を合わせて体を隠した。
「魔力を隠されると千影には見えなくなるというのはよくわかった。」
「ゲコラップに関しては見つけてはいたのですが、離れていましたし蜘蛛が利用するとは考えませんでした。」
「あれは仕方ないが、そういう相手もいるというのは覚えておかないとな。そもそも蜘蛛のことを侮って少数で討伐に出た私にも責任があるんだ。」
「いえ、神官長様は撤退しようとして、いました。私のわがままで皆さんを危険な目に合わせまし、た。ごめんなさい。」
「ネイル、よく言うんだが、提案は受けるが判断するのは私だ。判断を下して危険な目に合わせたのは私なんだからそこは気にしないでいい。」
反省会をするとそれぞれの考えていることがズレていることがよく分かる。これをすりあわせるのはとても大事なことだ。
忍は今回の狩りを振り返りながら気になったことを聞いていく。
「千影、相手をがどこにいるかわからなくなった時に頑張って探してくれていたけど、不測の事態が起こったときはなにか声を上げてくれると助かるかもしれない。」
「声、ですか。」
「念話でもいいんだ。千影がどういう状態だったか把握できなくて悩んだからね。普段から頼り切ってあんまり想定してなかったのが悪かったんだけど。」
「いえ、忍様に落ち度など何もありません!声を上げるですね、かしこまりました!」
「まあ、そういうとこが一番心配なんだけど…出来たらでいいからね。隠密中とか声を上げないのが正解のときもあるし。」
「どうすればいいのでしょうか。千影は忍様のお役に立てない駄目な精霊でしょうか。」
「うん、そんなことはないから。頼りにしてるからね。」
抱きついてくる千影の頭をよしよしとなでてやるとネイルからの冷たい視線が忍を射抜いていた。
「そういうのは二人きりのときに、してほしい、です。」
「わかる。私もそう思う。」
しかし、なだめておかないと千影は不安定になってしまうのだ。
その気持もわかるのでやめるわけにもいかない。
決して最近一人で寝ているせいで生き物とくっつく感触に飢えているわけではないのだ。
「神官長様は従魔車で私達がくっつこうとすると注意してき、ます。千影さんだけずるい、です!」
「それやってたら本物の生臭坊主になっちゃいそうだからだよ!千影もそろそろ離れような!」
一応は本物の神官である、それが仕事である以上ちゃんとしなければならない。
神殿で聞いた限りでは運命の女神フォールンは最も戒律がゆるく最も神官が神聖魔法を使えない神だということだった。
運命は与えられたものであり、掴み取るものである。
そんな曖昧な教義と運命の女神という名前だけが独り歩きしているようなもので、敬虔な信者などというものからは程遠いところがあるらしい。
しかし、知識の神トートンや商売の神エベスなどは戒律の項目がものすごく多い上、既得権益やら金持ちの都合が絡んでいるような項目も多いので、人が好き勝手に戒律を作っていそうな雰囲気もある。
どの神も最初に一言の格言のような言葉が載っているのでもしかしたらこの一言だけがもともとの神を崇める内容なのかもしれない。
そういえばフォールンに布教してくれると嬉しいと言われていた気がする。
魔王のことといい信仰されたり噂になったり人の話題にのぼるようなことが神に影響を与えるのは間違いないのだろう。
忍が考えたことといえば、この一言でどうやって布教するんだということくらいだった。
神の話はさておき、忍にはまだ気になることがあった。
「ネイル、ゲコラップに襲われた時、魔法は使ったか?」
「いえ、蜘蛛を追う方に気を取られていつのまにか囲まれていて、詠唱が出来ない状況になってましたコ…。」
「なるほど。周りにも気を配れるようにしよう、というのがネイルの課題だな。他に気づいたことはあるか?」
「実は魔法をどう使えばいいのかわからなかった、です。魔力は温存しろと教わったのでそのまま戦っていまし、た。」
「そうだな…少し逃げて追いかけてきた蛙に【ウィンドカッター】を打てていれば数を減らせていたかもしれないな。」
ネイルはハッとしたようだ。
【ウィンドカッター】は岩のような固いものに撃つと傷が付く程度だが、生き物相手なら数匹を切断して前に進む魔法だ。
ヒルボアの首も切断できるし意外と横幅もある、ゲコラップ程度の魔物に対してなら有効な魔法なのだ。
しかし魔法の内容というよりもネイルは別のことに気づいたようだった。
「逃げるって発想がなかった、か?」
「……はい。」
「ネイルは、死にたかったりするか?」
「そんな事ありませんコン!」
「それなら、自分の命を優先しろ。危ないと思ったら逃げていい。何なら私を置いて逃げてもいい。」
「そ」
「そんなことをすれば千影が殺します。」
「…千影、脅すな。」
ネイルの言葉を遮って千影が唐突に発言した。
ドン引きである。絶対逃げたいとか言えない空気になったじゃないか。
しかも千影のことだ、脅しとかじゃなくてマジでやる。
忍がオタオタしているとネイルが吹き出した。
「そんなこと絶対にしませんコン。蜘蛛も見つけられますし、次回はもっとお役に立ってみせますコン。」
ネイルが千影を見据えてそう言い返した。
不可抗力とはいえ千影は蜘蛛を見失っているので言い返せない。
あの千影を黙らせるとは、勇気があるというか無謀というかネイルは大物になりそうだ。
とりあえずの反省会を終えて店を出たところ、後ろから何人かつけてきていたので路地に誘導する。
忍たち、正確にはネイルを狙った人さらいだったようだがこの日の彼らはすこぶる運が悪かった。
ネイルにボコボコにされて千影の乱暴な読心からの精神攻撃によりまた一つの悪が滅びた。
詰め所に報告したところ賞金も出たのだが忍の心中が穏やかでなかったのは言うまでもない。怖い、怖いよ。




