森の戦闘巧者
それから数日、護符が出来上がったのでさっそく蜘蛛狩りに出ることになった。
その間に他のみんなはアリアンテで待機ということになる。
周りに迷惑だけはかけないようにしてほしい。
白雷に乗って空を飛ぶ感覚は久しぶりだったがネイルが【エアスクリーン】を使ってくれている上に小柄なのもあり、動きを阻害されることもなく快適な空の旅が出来た。
「風でバランスを崩すこともないし、次からネイルに一緒に乗ってもらいたいくらいだよ。」
「お役に立ててよかったですコン!」
『なんだかいつもより早く飛べそうな気がするの!』
「白雷、それはやめて!」
『忍様、それらしき場所を発見いたしました。』
やる気を出している白雷を必死で止めていると、千影が報告をしてくる。
案内されたのは街道が大きなカーブを描いた真ん中の部分だった。
木の陰にうまく隠れているが昼間なのにここまで見通せない影があるというのは不自然だった。
「従魔車だと一日半ってとこか、意外と近かったな。」
「……教えてもらってもよくわからないですコン。」
「魔力を見れるようになるともう少しわかりやすいかもね。しかし、位置が低い。」
フォールスパイダーは高い木の頂上付近からの奇襲が怖い魔物だが、あの位置では地上からでも気づきそうなものだ。
たまたま気づかなかっただけなのか何かあるのか、いずれにせよ慎重にいかねばなるまい。
「千影、周りに他の魔物はいるか?」
『周りにいる蜘蛛は千影が処理をしております。あとはヒルボアが一匹いますね。』
「……あれか、遠いな。よし、このまま蜘蛛を狩ろう。ネイル、白雷、用意はいいか?」
『大丈夫なの!』
「いつでもいけますコン!」
最終確認をとり、白雷が蜘蛛の潜んでいる暗がりに向かって速度を上げた。
忍は見えている蜘蛛の形の魔力に無詠唱の【アイシクル】を打ち込む。
【アイシクル】は的確に蜘蛛の急所を捉えたように見えたが、次の瞬間に蜘蛛の姿が霧散した。
「は?」
一瞬の間の後、白雷が大きく旋回する。
白雷の腹に向かってほぼ真横の方向から黒いモヤの塊のようなものが飛んできたのだ。
忍はネイルの体を抑えて手綱にしがみつく。
「千影!」
不測の事態に援護してくれるはずの千影の烏だがなぜかウロウロと飛んでいて攻撃も何もしていない。
「ご主人様?!」
「撤退!」
忍の号令で白雷は急いで元の方向に飛んだ。
第一戦は忍たちの惨敗だった。
『すみません、敵の姿を見失いました。』
「ああ、私も同じようなものだ。自分の魔力を隠せる上にご丁寧に魔力で分身を作ってたっぽいな。千影に見えないんじゃ索敵も信用できない。かなり厄介だぞ。白雷はよく攻撃に気づいたな。」
『遠くから飛んできたからなの。もっと近かったら当たってたかもしれないの。』
白雷がモヤの攻撃に気が付かなければそのまま撃墜されていたかもしれない。
ネイルには怖い思いをさせてしまった。
「ネイル、すまない。想定以上に敵が厄介そうだ。君は一度戻ったほうがいいかもしれない。」
「ご主人様、お待ち下さいコン。魔法を打ち込んだところはよくわかりませんでしたが、攻撃してきた蜘蛛の姿は見えましたコン。あの攻撃なら私も対応できますコン。」
「しかし、とても安全とは言えない状況だ。怖い思いもさせてしまったし。」
「怖くなんてありませんコン!それに、安全でなくてもやらなきゃいけないときはありますコン!」
「それはそうなんだが…」
「ご主人様はスキップさんのことがあってから今まで以上に心配性になったと皆さんが言ってましたコン。でも、大丈夫なので信じてほしいですコン!ご主人様の従者はできるやつだと証明してみせますコン!」
なんだか怖いくらいネイルがやる気だ。
若者のやる気というものは自信につながる、ここで無理に撤退するよりはネイルにかけてみるほうが良いかもしれない。
「わかった。やってみようか。何か作戦とかあるのか?」
「ありませんコン!」
「……うん、もう日も暮れるし、再戦は明日にしてテント張ろうか。」
夜のうちに作戦を立てなければ。
ノープランといい笑顔できっぱり言い切られ、忍はちょっと判断を後悔した。
次の日も蜘蛛は同じところに罠を張っていた。
本体はどこにいるかわからない。
忍とネイルは地上で息を潜めていた。
千影の影分身は狼でおそらくは分身である蜘蛛の魔力を囲んでいる。
白雷は昨日よりも上空で待機していた。
『作戦開始。』
忍が念話を送ると狼が一斉に蜘蛛の分身に攻撃した。
駆け上がり、噛みつき、魔法を放つと木が倒れたが、そこには予想通り蜘蛛の姿はない。
木の周りを囲む狼に黒い靄が放たれるとその靄の発生源を忍が指さした。
「見えましたコン!」
『こっちも見つけたの!』
すぐに動き出したネイルの姿は見えなくなったが、忍は狼の残りとともに上空の白雷を追って走り出した。
ネイルには攻撃を受けそうなら自分を優先しろと言ってある。
何かあれば白雷が念話を飛ばしてくるはずだ。
『忍様、影分身の受けた攻撃は弱い呪いのようなものでした。動きが鈍くなっております。』
千影の影分身は忍について来れないほど動きが鈍っていた。
あの靄は対象を弱体化させる効果があるらしい。
「わかった。影分身もできるだけ早く追いつくように頑張ってくれ。」
『仰せのままに。』
『忍、なにか様子が変なの!ネイルがゲコラップに襲われてるの!』
ゲコラップとかち合ったのか。
ビリジアンの大森林を無遠慮に走れば魔物と遭遇することもある。
しかしそんなに強い魔物ではなかったはずだが……。
『数が多すぎるの!いっぱい、いっぱいいるの!』
『そっちを助けに行く!』
数は力だ、夜は簡単に捕まえられたが昼間はどんな生活をしてるのか見当もつかない。
しかし、狼のように何十匹もが群れているような印象は持っていなかったのだが白雷の慌てように嫌な予感がした。
少し走ると状況はすぐに分かった、大小さまざまなゲコラップが押しくら饅頭のように集まってネイルを押しつぶそうとしている。
ふっとばされたり殺されても物量に任せてお構いなしだ。
その中心で爪を振るっているネイルがいた怪我はなさそうだが少し疲弊してきている。
「【マルチ】【ファイアボール】!」
赫狼牙を抜いて中心で戦っているネイルに当たらないように外側の集団に【ファイアボール】を打ち込んだ。
蛙たちは派手に吹っ飛んだものの直撃した数匹意外は吹っ飛んだだけだった、体表の粘液が火を弱めているようだ。
「ネイル!こっちに来られそうか?!」
声に反応したネイルが飛びかかる蛙の下をかいくぐりまっすぐ走り出した。
魔人なだけあってネイルの身体能力は高い、なんとか集団を抜け出したところでネイルの後ろに【グランドウォール】を出して蛙の動きを阻害する。
忍はかけてきたネイルを抱きとめると【グランドウォール】に魔法を放ち、同時にネイルを爆発からかばった。
「【マルチ】【インクリ】【ファイアボール】!」
魔力をたっぷり注ぎ込んだ特大の【ファイアボール】が三つ【グランドウォール】に直撃する。
土壁は木っ端微塵になり、その瓦礫が壁の向こうの蛙たちを襲った。
しかしその特大の衝撃は、忍にも跳ね返ってくる。
ネイルを抱えながらゴロゴロと転がって、背中を近くの木に打ち付けたことでその回転が止まった。
「……痛い。」
忍の大きなお腹の上にネイルが尻餅をついた形になっていた、もはやお約束である。
とりあえず見える範囲にゲコラップの姿はない。
「よく頑張ったな。怪我はないか。」
「大丈夫ですコン。体当たりでどろどろだけど怪我はないですコン。」
「何があったか教えてくれ。……あと、下りてくれると大変ありがたい。」
「ご、ごめんなさいコン!」
ネイルも少し動きがおかしくなっていた。
もともと魔法支援だけの予定だったしシスターっぽい服そのままでついてきたため爪やら服やらが血や水、粘液を吸ってずいぶん重そうだ。
怪我はないと言い張っていたが、嘘だろう。
あたりに煙のような黒い霧が立ち込めたかと思ったら周りの茂みや木の上から大量のゲコラップがぼたぼたと落ちてきたらしい。
「もしかして、蜘蛛が精神攻撃系の力で他の魔物を操ってたのか?」
「きっとそれですコン!護符もだめになっちゃいましたコン!」
「危なかったな…。頭が良すぎる。まんまと二回もはめられてしまった。」
ネイルがシュンとしてしまった。
影分身が追いついてきたがもはや蜘蛛がどこに行ったかはわからない。
「千影、影分身を出し直すからゲコラップの回収お願いしていいか?」
『承知しました。』
体を動かそうとすると背骨がミシミシと音を立てた。
忍はネイルと自分に【ウォーターリジェネレーション】をかけてみるが、少し休まないと動けなさそうだった。
「貴重な回復魔法を私にも……ありがとうございますコン。」
「いや、普通だから。動けるなら着替えてくるといい。千影が守ってくれる。」
「ご主人様は…?」
「ちょっとすぐには動けそうにない。」
「では、私が守りますコっ!」
ネイルがいきなり動こうとしてピシッと固まった。
「無理するな、爆風の衝撃はかばいきれてない。」
「お、言葉に、甘えさせて、いただきます、コン。」
ネイルはよろよろと地面に寝転がった。
これはちょっと重症かもしれない、無理に動いた分どこかが変なズレ方をしていそうだ。 それからしばらく、地面に倒れて休んでいる忍の頭に元気な念話が届いた。
『忍!やったの!こんがりなの!』
こちらが満身創痍の間に白雷にはなにかいいことがあったらしい。
自分のことに手一杯でそこまで気が回っていなかった。
忍はトールの根っこをくわえて白雷に【同化】した。
【同化】によって考えを共有すると白雷の見ていたことが忍にもわかる。
しかし、白雷がやったことはとても単純でシンプルだった。
忍がネイルを助けに行ったので白雷は蜘蛛の方を追った。
蜘蛛は白雷の追跡に気づいて黒いモヤを飛ばしてきたが、距離を取っている白雷にそんな物が当たるわけはない。
しばらくそうやって睨み合っていたところ今度は蜘蛛が自分の周りに黒い霧を吹き出したので白雷は見失ってはまずいと上空から雷で狙い撃ちをした。
その雷撃は文字通り光の速度でその体を貫いた。
こうしてアリアンテで恐れられた闇を纏うフォールスパイダーは倒されたのである。
「さっきまでの苦労は一体…。」
使えない作戦より強力な一撃。
今回は忍にとっても大いに反省するところのある蜘蛛狩りになった。




