ビリジアンの村と蜘蛛狩り再び
発見した村はベルリーズとウシャの中間にあり、クラ村という名前だ。
しかし、村の建物は無惨に焼かれ、家畜用の柵や小屋も壊されてメチャクチャだった。
「ひどいな。千影、村を探ってくれ。」
従魔車の周りから烏が数羽飛んでいく。
『村には人はいないようです。しかし、逃げ出したらしきヨロイウシやクロコッコがそこかしこにいますね。それから、妙な魔力が少しだけ村の端にあります。』
「妙な魔力?」
『なんか封印が壊れたんじゃないかな。あー、やっぱりそうだね。』
鬼謀が片眼鏡で確認したところによると古い封印の中からなにか出てきたようだ。
ただ、封印は破られても弱く発動し続けているので魔力が残っているらしい。
『たぶん、破られて数日くらいかな。僕が行ってくるよ。』
「わかった、私もついていくか?」
『神官長は動かないで。』
ツッコまれてしまった。
鬼謀は手早く人の姿に変身すると村の中に入っていった。
「クロコッコ?」
「クロコッコは高級な鳥です。育てるのに特殊な穀物が必要で、育てられる地域が限られてます。美味しいですよ。」
忍のつぶやきにファロが答えてくれた。
烏骨鶏みたいなものだろうか、軍鶏とか地鶏的な美味しさであれば捕まえて連れて行くのもアリかもしれない。
穀物はニカに頼めば育てられるだろうし。
『忍様、クロコッコを捕まえました。』
「さすが千影、ありがとう。ファロ、クロコッコが増えても大丈夫か?」
「大丈夫です。美味しく育ててみせます。」
食事の楽しみが増えたところで鬼謀から許可が出たので村の中に入ることにした。
「封印はもう中身もないし問題なし、いくつか死体も見つけたけどモリビトの村だったみたいだね。壊滅したのか逃げたのかはよくわからない。」
「封印の中身が気になる。」
「さあ、ろくなもんじゃないのは確かだろうけど。もうここらへんにはいないんじゃないかな。」
クロコッコと餌をファロに任せて忍は死体や壊れた家屋を見て回った。
死体は食べられたようなものと轢き潰されたようなものがあり、ボアのような突進してくる魔物の暴れた跡のようだった。
食べられたような見た目のものは首から上が食いちぎられていた。
まだ寒い時期とはいえひどい匂いだったので、村に長居はしたくない。
「運命の女神フォールンの名のもとに、哀れな魂に安らぎと導きを。」
村の中心近くに簡単な祭壇を作って祈る。
あとはウシャの街についたときに報告をするくらいだ。
「こういう封印ってビリジアンにはかなりの数あるからこれからこの国も大変かもね。」
「怖いこというなよ。……封印の主に出会わないことを祈ろう。」
忍たちは報告をすべく急いでクラ村をあとにした。
その晩捕まえたクロコッコを食べてみたが鶏の味が濃くてとても美味しかった。
ウシャの街で報告をするも事務的に村が潰れたことが処理されるだけだった。
封印のことも報告したのだが詰め所の兵士は特段気にしてもいないようだ。
「巻き込まれないうちに出発だな。」
「大丈夫だ。むしろ焔羅が大丈夫か?料理のストックは街で作ろうって話だっただろう。」
「なめんな。優先順位くらいわかってる。……耳もうぜえし。」
焔羅は豚耳をつけていた。
ビリジアンでは普通の人種が耳や尻尾を付ける習慣がある。
忍は出発前に見た目の話をされたのをおぼえていたのでお返しに焔羅に豚耳を渡したのだった。
最初は一番恥ずかしいのはどれかと考えていたのだが、食いしん坊の焔羅には意外と合っていたかもしれない。
正直、可愛かった。
忍にだけは言われたくないと怒られそうだ。
「何ニヤついてるんだ。」
「いや、似合うなって。」
「嫌味か!」
焔羅はぷりぷり怒ったように何処かへ行ってしまった。
怒らせてしまったかとヒヤリとしたが、焔羅は街の外でも耳と尻尾をつけたままになった。
忍がそれに気がついた時、焔羅と目があってニヤリと笑われたので、手のひらの上で踊らされているのかもしれない。
カブトウシは山吹と比べるとかなりゆっくり進む、従魔ではあるが従魔術師が手綱を握っているわけではないので道端の草を食べて休憩したりするということもある。
真っ昼間に止まって休憩することなど考えてみればほぼなかったかもしれない。
早くスキップを蘇らせたいと焦る気持ちとは裏腹に今回の旅はものすごくのんびりしたものになっていた。
「忍さん、ウシさんがトールの根っこ見つけたみたいだよ。」
「おお、少し確保しよう。」
「もういっぱいありますよ。採るにしても神官長様は座っていてください。」
「流石に体がなまる。意識して動いておきたいんだ。」
ニカが従魔車を止めてファロの静止を聞かずに忍は飛び出した。
料理とお祈りと木工という生活サイクルでは本当に体がなまる。
野営中にトレーニングはしているが、以前ほどきちんとしたものをやっているわけではないためちょっと不安なのだ。
なにもしないと決めれば一生なにもしないでいられるのは前世で実証済みである。
「遺跡に潜るのに運動できなくなってたら大変だ。お、群生してるな。」
「ウシさんはほんとに根っこ見つけるの上手だよね。」
「神官長様、裾が泥だらけです。」
ファロに指摘されて気づく、年甲斐もなくはしゃいでしまったことに反省した。
神官の服は裾が長く、踏んで転びそうになるので練習がてら普段から着ていたのが仇になった。
「よし、洗濯するか。」
「洗濯するか、じゃねえ。大人しくしててくれよ神官長。」
計画立案者の焔羅にまで怒られてしまったので大人しく着替えて従魔車に戻った。
よく暇してる貴族やら王族の子供が主人公を困らせるという場面があるがなんとなくわかった気がする。
ウシが道草を食べはじめたので人も食事をすることになった。
塩漬け唐揚げをはじめいくつかの簡単な揚げ物を教えたことで食卓が油っぽくなってしまったので、野菜系の料理をリクエストしておく。
ファロとシーラが体重を気にしているような素振りをしていたが、焔羅などは忍と同じ量を食べているのに太る気配はない、羨ましい限りだ。
『忍、ブラシしてほしいの。』
「いいぞー。」
ちょうどよく白雷がブラッシングを要求してきたので念入りにやる。
焔羅が完璧主義なので神官長班が従魔車、冒険者班がテントで寝ているため最近は白雷やニカと眠ることもないのである。
特に白雷は外の警戒をしてくれていることもあり、忍といっしょにいる時間が減っていた。
『なんだかゆっくりだし蜘蛛もでてこないから暇なの。魔物も千影がほとんど倒しちゃうの。』
「精神攻撃が効くなら千影は最強だからな。蜘蛛、いないのか?」
『ここらへんにはいないの。』
たしかにここ数日千影が魔石を持ってきていない。
しかし、以前ほどではないとはいえフォールスパイダーは出没していた。
そういえばクラ村ではヨロイウシが柵から逃げていたが、あそこでも蜘蛛は見かけなかった気がする、動きの遅いヨロイウシはフォールスパイダーにとってはいい獲物のはずなのに。
「千影、もしかしたらパーカッションバイパーのような蜘蛛を捕食する魔物がいるのかもしれない。食事が終わったら早めに出発しよう。」
『承知しました。皆にそう話しておきます。』
「白雷も気をつけてくれ。」
『まかせるの。』
ビリジアンには千影が発見できないような魔物もいることは実証済みなのできちんと警戒しなければならない。
そのまま白雷のブラッシングを続けているとにわかに外が騒がしくなった。
トールの根っこを掘り返して食べていたカブトウシが倒れてしまったのだ。
「ものすごい熱ですモー。トールを食べたがっていたのもそのせいかもしれませんモー。」
ファロがあわてて様子を見るがどうやらお手上げのようだ。
「これは、潰してしまうしかないですモー。せめて食べてあげるのが供養ですモー。」
「まてまてまて。そんなあっさり。」
「そういうものですモー。だから名前もつけてませんモー。」
ファロによると調子の悪くなった家畜は潰して食べてしまうのが一般的なようだが、狂牛病というものを知っている忍としては御免被りたい。
それに、ずっと従魔車を引いていたものがこんなにいきなり虫の息になるものだろうか。
忍はどことなく違和感を感じていた。
「焔羅と鬼謀呼んできてくれ、症状を見てもらおう。」
「承知いたしましたモー。」
二人にみてもらったところ鬼謀があっさりと原因を特定した。
「赤肌病だね。呪病だよ。旦那様ならなんとかなるんじゃない?」
まだノーチェにもらった能力については誰にも話していなかったので話を振られた忍は心臓が飛び出る思いだった。
「呪病っていうのは呪いと病気の掛け合わせだからその二つをどうにかできればいいんだよ。【解呪】してくれたら魔法が効くはず。」
「な、なるほど。【解呪】【シェッドシックネス】!」
慌てて言われたとおりに処置するとカブトウシの熱が引いていく、どうやら落ち着いたようだ。
「赤肌病はそのうち毛が抜けてきて体中が真っ赤になって死んじゃうんだよね。」
「知りませんでしたモー。」
「え、有名な病気だよ。人にも魔物にも伝染るし薬を用意しないと。」
「マジか。」
「同じような症状を出す毒なら知ってるが、神官長の魔法で治ったってことは鬼謀の見立てがあってるってことだろ。」
緊急時でも神官長と呼んでくるあたり焔羅は常に冷静だ。
ついでに全員を集めて鬼謀に診察してもらったところ、山吹とネイルも感染していたことがわかった。
「病気にかかるとは不覚でした。力加減を間違えて食器を壊してしまったのも熱のせいだったのかもしれません。」
うっかりミスを熱のせいにするな、という言葉を飲み込む。
「ふたりとも次から体調不良のときは早めに言ってくれ。薬があるなら手に入れておきたいが……。」
「ヒャッコ草が生えるのは夏なんだよね。とりあえずは旦那様が対処するしかないかも。」
「わかった。在庫がないか次の街のギルドで聞いてみるか。あと、病気の家畜は食べないことにする、病気が伝染るから駄目だ。」
「う、承知いたしましたモー。」
このあとファロは口調のことで焔羅に小言を言われていた。
口調や呼び名に一番うるさいのが焔羅というのがちょっと面白い。
封印の壊れた村、魔物に襲われた村、放棄された村、忍たちの立ち寄る村はアサリンド側に近づくにつれて無人の確率が高くなっていった。
蜘蛛が大量発生していた地域はかなり絶望的である。
人が残っている村も覇気がなく、千影たちが狩ってきた獲物で炊き出しをするととても喜ばれた。
街道の木の下に繭となった人や魔物の白骨が散見されるようなところもあった。
忍は見つけるたびに祈りを捧げ、ゆっくりと移動していった。
ビリジアンの玄関口であるアリアンテに差し掛かった頃にはパルクーリアを出発してからすでに三ヶ月が経過していた。
その間に忍の洋服と料理の献立が増え、メイドたちの魔法と戦闘の訓練が一通り完了し、ケチャップとからしの再現に成功して、いくつか魔法陣の魔術も開発した。
鬼謀と焔羅が共同開発した金属板ような通信用魔導具も完成し、なんだかんだで着々と出来ることが増えていった。
「神官長、問題発生だ。蜘蛛殺しってかなり有名なんだな。」
冒険者ギルドから帰ってきた焔羅が忍にそう聞いてきた。
焔羅とニカがヒャッコ草のことを聞きに行くと、カードのミスフォーチュンという名前とニカの容姿で職員に捕まった。
どうやら闇の魔力を使う蜘蛛の魔物がでたらしくこの街の冒険者では歯が立たないので、なんとか退治してほしいという依頼らしい。
「ある…神官長殿がアサリンドからこの国に来る前に立ち寄った街でフォールスパイダーの討伐数最多記録を出したことがあるゆえ。」
「あの山吹にのせられてやったやつな。」
「その割にはものすごい記録を打ち立てていました。」
「仕事として受けたんだし手を抜いちゃ駄目だろう。」
焔羅も二つ名は把握していたようだったが、パーティ名を出しただけでギルドがすがりついてくるとは考えていなかったらしい。
忍も考えていなかった。
「よっぽど切羽詰まってるんだな。」
「魔物が魔力を持った場合、放っておいて子供が生まれれば同じような力を持つ魔物が生まれることもあるゆえ、増える前になんとかしたいのでしょう。」
「どうせ通り道だし受けてもいいかと思うんだが、何が問題なんだ?」
「名声のあるパーティが戦争中の国に入ったら戦地に呼ばれるだろ。二つ名持ちくらいならいくらでもいるが国境の大きな街で頼られるほど名を知られてるんじゃ神官団なんて隠れ蓑にもならねえ。」
せっかく立ててもらった計画が破綻したわけか。
特に隠す気もなかったニカはオーバーオールのままだったし、ある意味当然の流れだった。
「こうなったら依頼を受けないほうがまずそうだ。徴兵されそうになったら神官だってことを盾に強引に押し返すわ。」
「わかった。その方向でいこう。」
あまり好きではない食べられない魔物の討伐依頼だが、外に出られるということで忍はやる気になっていた。
依頼を受けることをギルドに報告に行くと、ついでに特級冒険者なのがマスターにバレてものすごく腰の低い対応をされてしまった。
「確認されている蜘蛛は一体、昼間でも周りを真っ黒な靄が覆っているのですぐわかるらしい。通常個体より大きく既に犠牲になったパーティが二組いると。」
「あの、なんで私が呼ばれたんですかコ…」
「ネイル、おしい。もう少しだな。」
忍が説明しているのは白雷と千影、そしてだいぶ縮こまったネイルだった。
「風の魔法と火の魔法を使って色々サポートをしてほしい。【エアスクリーン】があれば白雷が早く飛んでも大丈夫だし【ホワイトフレイム】が闇に効くかどうかも実験してみよう。」
ついでにネイルの実戦での実力も見たいというのもあるがこれは黙っておこう。
ネイルは三人のメイドの中で一番動きが良くなっていた。
もともと戦うタイプの魔物との混血なのだろうというのが察せるくらいに戦闘に対する才能がある。
山吹も同じような印象を持っていて魔物狩りなどの経験をさせることで強くなっていくだろうという見立てだった。
「わかりましたコ…。」
「焔羅もいないし気にしないでいいよ。実際に戦う時に気にして喋れなかったりしたらそっちのほうが問題だ。」
「ごめんなさいコン。」
ネイルが縮こまっているのは言葉を気にしているだけで蜘蛛狩りに関してはあまり緊張していないようだ。
「前と同じく千影が索敵、白雷に乗ったネイルと私が戦う。闇の魔力は精神的な干渉をしてくるので近づかないことを徹底すること。あとは鬼謀が精神干渉から身を守ってくれる護符を作ってくれるらしいのでそれをもらったら出発しよう。道中で普通の蜘蛛も出てくるだろうからそれはネイルにも倒してもらうからな。」
「お任せくださいコン。やってやりますコン!」
その後は蜘蛛の急所やなにか起こったときにどうするかなどの話を詰めたが、のびのびと話をするネイルは終始楽しそうだった。
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