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地這竜と呼ばれて

 「時に山吹殿、竜であるなら元の姿を見たい。どんな竜なのだ?」


 不意にデストが山吹にそんな事をいうと山吹が何故かたじろいだ。

 なんだか訳ありそうな雰囲気を感じ取った忍が止めようとしたときデストが口を開く。


 「やはり、地這竜か。わしにはどうでもいいことだが、お主の主人には話しておかないとまずいのではないか?」


 主人に話しておかないとまずいという言葉に忍は眉をひそめた。

 どういうことかと山吹を見ると悔しそうに唇を噛んだ。

 しかし何も話そうとはしない。

 デストは一つため息を付いて、その名前の意味を教えてくれた。


 「地這竜、羽なしなんていうやつもいるが。羽のない竜は竜ではないと笑うものがほとんどだ。竜を相手に山吹を紹介するのはやめておけ、余計な争いになるからな。」


 完全にうつむいてしまった山吹は以前にもそうやって馬鹿にされた経験があるのかもしれない。

 

 「デストは地這竜についてどう思っているんだ?」


 「地這竜であれ何であれ、喧嘩を売ってこなければいい。わしはこの島なら安心して眠っていられるからな。お主が首を狙ってくるなら別だが。」


 「ないない。ってそうじゃなくて、竜じゃないと思ってるのか?」


 「ふむ、地這竜の中には竜としては弱すぎるものが多い、しかし羽根があれば竜ということもない。境目があるとすれば力だな。」


 デストの基準はどうやら力らしい、それなら話は簡単だ。


 「山吹、ブレスをやってくれ。」


 「いや、しかし。我に主殿ほどの力量は…」


 「なんでそんなとこだけ謙虚だよ?」


 「主殿!それではまるで我が謙虚ではないようではないですか!普段から謙虚で従順なこの顔をお忘れですか?!」


 「謙虚で従順ならできるよね?」


 「あ。」


 山吹がしまったという顔をした、みんなの性格は把握している。

 普段はやらないが、ノリの良いうっかりものの山吹を乗せることなど忍には朝飯前なのだ。


 「たまには思いっきり力を使いたいだろう。今ならデストがやったことになるだろうし。」


 「おい。」


 裸のマッチョに睨まれるのめちゃくちゃ怖い。

 しかしデストも興味はあるようでやってみせろと雪原をしめした。

 ため息とともに山吹の鎧が消える、指輪に仕舞ったらしい。

 山吹の肚は決まったようだ。


 「……主殿の命によりこの山吹、これより全力のブレスをご覧に入れましょう。」


 宣言した山吹が竜の姿に変わっていく、本当の山吹は真っ白な雪原に映えて見惚れるほどに美しかった。

 滑らかな流線型の体は宝石のようにキラキラと輝き、出会ったときよりもずいぶんと艶が増した気がする。


 「なるほど、見事な鱗だ。」


 デストがポツリと呟いたが山吹は意に介さずに大きく口を開けた。

 雪原を見据えた山吹の角に鼈甲色の光が宿り風が渦巻く、強い魔力が収束するときにだけ発生するそれはいうならばゲームのエフェクトだ。

 それだけで力を示す証拠としては十分なものであろう。


 ヒイイイイィィィィィィ……キンッ!


 硬質な高音が止まった瞬間、放たれた細い光が雪原に穴を開けボフッと小さく雪が舞った。

 攻撃力も攻撃範囲もなさそうな、ただ真っ直ぐな一撃を見てデストは不機嫌な顔をする。


 「ふん、拍子抜けだな。魔力はなかなかだったがこの程度の穴しか開けられんとは。」


 「デスト、山吹は」


 「竜ではない。結論も出た。送ろう。」


 忍の言葉を遮るようにデストは結論を出した。


 「……そうか。山吹を休ませたい、焔羅もまだ時間がかかりそうだし自力で帰るから大丈夫だ。」


 「では、わしは行く。悪く思うな。力ないものが傲れば命を落とすものだ。」


 デストは憐れむような視線を山吹に残して空の彼方に去っていった。


 「ふふふ…ははははは、駄目だ!笑いが…はははははは!」


 デストの姿が見えなくなったのを確認して、忍が笑い出した。

 山吹は悔しそうに涙を流している横で爆笑しているその姿は異様な光景だ。


 「主殿、このような結果になってしまい面目次第もございません。」


 「くっくっく、そうだな、山吹は残念だったな。」


 「主殿に笑っていただけるなら少しは救われるというもの。いままでも羽なしと馬鹿にされ、蔑まれてきました。息吹を見せろと言われるのもはじめてではありませんが、何度やっても同族と認めてくれたものはおりませんでした。」


 本気で落ち込んでいる山吹の鼻先を忍がなでて慰める。

 発言の違和感に気づいたのは焔羅だった。


 「山吹はって、まるで残念だったのは山吹だけとでも言いたげだな。」


 「山吹が竜じゃなかったとしても私の従者であることにかわりはないからね。仮にトカゲや蛇だったとしても私は気にしない。デストはああいう意見だったが、竜であることにこだわるならこれからも名乗っていいぞ。」


 「しかし、我には力が……。」


 「いや、それはデストの見る目がないだけだ。焔羅はさっきのブレス、どう思った?」


 焔羅は少し考えるような素振りをして口を開く。


 「……威力が無いな、と。」


 「なるほど、焔羅もそういう見立てなのか。山吹が少し回復したらブレスの当たったところを見に行こう。」


 かくして、ウジウジしている山吹を慰めつつ焔羅の服の乾燥も終わり、ブレスの当たった位置にやってきた。

 そこには一メートルくらいの穴がポッカリと空いていた。


 「やっぱり穴が小さすぎる。たぶん、雪を溶かしていけばよく分かるぞ。山吹も人の姿になってついてきて。」


 忍はそういって手際よく雪原に斜めにあいた穴を溶かしながら拡張していく。

 そうして三人で雪洞となったブレスの跡を歩くことしばらく、地面が顔をのぞかせた。

 その地面にはポッカリと一メートル大の穴が空いている。


 「……おいおい。」


 「焔羅、試しに【ファイアブラスト】を撃ってみてくれ。」


 焔羅が放ったファイアブラストは穴の中を真っすぐ進み、じゅっと途中で燃え尽きた。

 深さがわかるかと思ったのだが、穴の底には地下水が溜まっているようだ。


 「深いな、こんなに大地を貫いたのか。」


 「地下水が染み出してるってことは井戸と同じくらいは掘れてる。そもそも山吹が全力で魔力を練り上げたブレスだ。【ブルーカノン】より弱いわけがないんだよ。山吹のブレスは、極端に集中して放たれた高威力の代物、しかもスピードが風の魔法より数段早いときてる。」


 忍は半笑いで状況を説明する。

 魔術を使っている経験上、魔力をつぎ込めばつぎ込むほど攻撃には何かが加算される。

 威力、影響範囲、速さ、質量、エネルギー保存の法則のようなものが魔術にも適用されているのだ。

 もちろん、使い手の腕も影響はするだろうが魔術師でもある山吹の魔力の扱いが下手なわけはない。

 山吹は厚い雪を穿ち、地下水が出るほどの地中深くまでその息吹で貫いたのだ。


 「では、我のブレス、竜の息吹は…」


 「本物だ、デストも倒せるんじゃないか?」


 「あ……あ、あ、あ゛、あ゛る゛し゛と゛の゛ぉ!!」


 がしっ!バキバキベキボキっ!!


 感極まった山吹の抱擁という名の不意打ちが忍の意識を刈り取った。




 遠くで聞こえる音にだんだんと意識が覚醒する。


 ボスッ、ボスッ、ボスッ、ボスッ。


 雪の上に雪が落ちる音、体がきしむ。

 いや、体がきしむくらいで済んでいるだけ幸運だろうか、一瞬で意識を刈り取られて自分に回復魔法をかけられなかった。

 【ヒール】も今日は使ってしまっている。


 なんとか首を動かすと山吹と焔羅が横で正座していた。

 反対側では座ったまま寝てしまったニカが毛布をかけられていた。


 『おはようございます忍様、愚か者どもの罰はいかが致しましょうか。』


 「……最初に聞くことがそれか。不問だ不問。」


 忍の不問という言葉と同時に焔羅が崩れ落ちた。


 「もう、足の感覚がねえ…というか俺は何も…。」


 『忍様にここまでの怪我を負わせておいて責がないと?』


 「う……。悪かった。」


 「山吹も楽にしていい。」


 「いえ、我はこのままで。本当に申し訳ございませんでした。」


 山吹は相変わらず土下座もきれいだった。

 とりあえず体を起こして恐る恐る動かしてみるが、こわばってはいるもののちゃんと治っているようだった。


 「ニカが起きたら褒めてあげてください。我の人が使えなかったゆえ一人で頑張ってくれました。」


 「そうか、無理させてしまったか。山吹は大丈夫なのか?」


 「大丈夫です。」


 「良かった。……寝るか。あまり長く喋っているとみんなを起こしてしまう。」


 「音は遮断しておりますゆえ、お気になさらず。」


 声が聞こえているのは話している四人だけか。


 「山吹、こっち来て後ろ向け。」


 「はい。」


 素直に従って忍の傍らに座った山吹に後ろから覆いかぶさるようにして声をかけた。


 「よく頑張ったな。」


 さっきかけそびれた言葉を伝えると山吹の涙腺が決壊した。


 「あー、俺もお頭に話があるんだ。明日の夜、時間がほしい。」


 返事も聞かずに焔羅はさっさと【サイレント】の範囲外に出てしまった。


 『山吹、これだけのことをしておいて何を泣いているんですか。』


 「す゛ひ゛は゛せ゛ん!」


 「千影ー、ちょーっと山吹と二人にしてくれるか。」


 闇の精霊はこんなときでもブレなかった。


 「好きなだけ泣け。なんでもいい、山吹のこと聞かせてくれ。」


 山吹が地脈魔術を納めたのはドラゴンのブレスに対してのコンプレックスからだったようだ。

 空を飛ぶことは叶わなかったものの、持ち前の力と速さに魔術が加わって一国の女王となるほどの力を身につけたが、ついぞ竜たちは竜としての山吹を認めることはなかった。

 国を作った山吹はいろいろな種族に変身したが、結局は外見を取り繕っただけで、人の中でも魔物の中でも異物だった。

 山吹の吐露は止まらず、忍はずっと背中をさすっていた。


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