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アグラートの合流と出発

 出発日まであと数日、忍は庭でもくもくと腸詰め作業をしていた。

 今まで興味を持てず後回しにしてきたこと、自分自身の出来ることの把握をすすめるため、あるいは、自分自身の可能性を広げるために様々なことに手を出す。

 召喚されたからか、【成長限界突破】や【不老】のおかげかこの世界に来たあとでも忍は様々なことを吸収し、習得できている。

 【テクニシャン】の効果も絶大で忍の頭の中にあるにわか知識も今なら有効活用できそうだ。

 マクロムの図書館で集中が切れた時に手当たり次第に読み漁っていた成果がこうも早くモノになるとは思っていなかった。


 「よし、ソーセージの再現はできた。ケチャップのレシピはわかるしホットドッグはもう大丈夫だな。」


 とはいえ、スモークも香草もなしの茹でソーセージだ、これから美味しくするには何度も試作が必要だろう。

 革袋の手絞りも力がいるし、今回は実験なのでホワイトビッグボアの腸でやってしまったため腕のような太さになってしまった、一部のハムやサラミのようだ。


 「ん?」


 忍は家の屋根に魔力の気配を感じ取った。

 不意打ち対策に意識しないでも魔力を気にしていられるように訓練していたので屋根に止まったカーネギーに気がついたのだ。

 カーネギーは忍のもとにおりてくると、足を上げて手紙があることをアピールした。

 ちいさな筒を開けて手紙を読むと中身はなんだかよくわからない模様のようなものだったが、忍には読むことができた。


 合流、眼帯、冒険者、名前、考えて。


 出発の時期を決めたタイミングでこの連絡は出来すぎている、相手は一人しかいない。


 「諜報対策、まだ足りないのか。恐ろしいな。」


 忍は承知した旨を書いてカーネギーに筒を取り付けるとどこかへと飛び去った。

 暗号は使えないので返事は意図を読まれないよう簡潔に、送られてきた手紙は読んだその場で燃やした。


 『アグラートとは連絡をとっています。諜報対策は指示通りできているかと。』


 『了解。これも作戦の一環なのね。合流したら全部内容教えてもらうからそのつもりで。』


 『仰せのままに。』


 忍はアグラートの策が終了する合流後まで千影に内容を聞かないことにしていた。

 最初はやきもきしていたものの、ここまで進んでしまえば答え合わせが楽しみになってくるというものだ。


 魔力を常に感知する練習は一朝一夕で身につくものではないにしろ、今まで感じなかったものが色々感じ取れるようになってきた。

 千影はずっと忍についてきているのは知っていたが、実はマントの下ではなく忍の体を這うようにまとわりついてることや、鬼謀の魔改造により従魔車が異様な魔力を発していることなどあまり知りたくなかったことを知った反面、魔力を感じる量や位置の感度が上がったことを実感していた。

 【真の支配者】【名工】と同じように【魔力操作】もさらに派生するのかもしれない。


 能力の統合や派生というのはその能力を使い続けていくことで発生することだと忍は仮定していた。

 そのうえで説明不足な説明文や隠された使用法が存在することなどから、能力に関する理解や習熟の度合いでだんだんと発現していくのではないかと。


 忍はずっと剣による戦闘の修練をしているが、剣に関する能力は全く身につかないのでいまいちこの説に自信を持てていない。

 的外れであったとしてもなにか法則が存在してほしいものだ。


 『ニカ、シーラに今夜の晩ごはん聞いて。』


 『りょーかい!』


 庭から家の中にいるニカに【同化】なしで念話を飛ばす、従魔と千影はすでにかなりの距離でも念話が通じるようになっていた。

 これが一番顕著な変化だろう、努力が形になるのはいつになっても嬉しいものだ。

 あとは常時発動能力の力加減ができることが判明したことだろうか。

 魔力感知が常にできていないことで気がついたが範囲を広げたり狭めたり、影響を薄くしたり濃くしたりすることが出来る。

 かなり集中力がいるので全てが自由自在にできるようになるまで途方もない時間が掛かりそうだ。


 『忍さん、今夜は鶏塩鍋だって!』


 『了解!』


 鶏肉鍋は忍がシーラに教えた超簡単ズボラ飯だ。

 鍋の中に水を半分まで入れて塩をスプーンに山盛り溶かす。

 あとは野菜と一口大に切った鶏肉を入れてゆっくり柔らかくなるまで煮るだけだ。

 一リットルに小さじ一の塩というのが本来の割合だが、この世界では目分量である。

 つまり野菜のチョイスと味付けのセンスが問われる料理なのだ。

 この程度とは思うが用心に越したことはない。

 なにせハンバーガーや唐揚げの衣が喜ばれる世界である。

 レシピも含め忍の技術はすべて秘伝扱いにしないとどこから世界に影響するかわからないからだ。


 ただ、この世界の人々も魔力の利用に関しては研究熱心だがそれ以外の物にはそんなに興味がない気がするのですぐすぐ技術が広まっていくというようなことは少ないかもしれない。

 マクロムの図書館が基準なので確定ではないが、魔力という万能エネルギーがあることでそれ以外のものを利用するという考えが希薄なところが見受けられる。

 冒険者は魔法使いや何らかの魔導具など、魔力の恩恵を受けているのが当たり前なので余計にそう感じるだけだろうか。


 『主殿、今日の手合わせをお願いします。』


 『わかった、すまないが今日は何戦か付き合ってくれないか?』


 『おお、是非とも!こちらはもうすぐ終わりますゆえ!』


 山吹は鬼謀といっしょに魔導具を作っていたようだがドタドタと家の中から駆けてくる。

 きちんと鎧を着込んでいる、よっぽど楽しみにしているのだろう。


 『その格好のまま作業してたのか?』

 

 「いつ呼ばれても大丈夫なようにしております!」


 『念話、念話。』


 楽しみすぎて念話を忘れて叫ぶ山吹はやるきまんまんだ、新たなことをやろうとしているのでできれば手加減してほしい。

 忍は底なしの指輪から棍棒を取り出して構えた。


 『主殿、それは?』


 『知り合いの戦士のことを思い出して試してみたくなったんだ。何戦か付き合ってくれ。』


 忍は腰を落として抱え込むように棍棒を構える。

 山吹はいつもの大剣を担ぐような構えをとった。


 『頼む。』


 『では、はじめます!』


 山吹がまっすぐにつっこんできて剣を打ち下ろす。

 普段はいなすその剣を忍は素早く前に踏み込んで正面から受けた。

 衝撃を体を通して地面に逃がす、背骨がきしんだ。

 そのまま山吹に体を密着させて柔道の要領で体を回転させながらの足払いで山吹の体制を崩そうとして、全く崩れなかった山吹に押しつぶされた。


 『面白い動きでした、しかし、その程度では崩れません。』


 忍はその後もいつもの距離を取るカウンター主体の戦闘ではなく接近戦を挑んだ。

 しかし何度やっても山吹に打ち付けられて転がされ続けた。

 後半には動きがこなれてきたものの、この日は一撃も入れられなかった。


 「はぁ、はぁ。やはり、向いてないか。」


 『いえ、お見事でした。』


 「……お世辞はいらないぞ。」


 息を整えて水を飲む、一旦休憩にしようと忍は地べたに座った。


 『真正面から攻撃を受けられるというのは貴重な体験でした。武器をへし折り、押しつぶすつもりでやっておりましたが主殿の棍棒は折れておりません。なにか特別な素材なのですか?』


 「その木剣と同じ木だよ。受ける時に破壊力の乗りそうにないところに当てて受けたんだ。いつもとやってることは同じだよ。」


 スピードの乗り切る前の木剣の根本や、位置を無理やりずらしての威力殺し、成功はするものの山吹の体制は崩れない。

 そのうえ受けるとこちらは体中に衝撃が走る、そんな状態では反撃が間に合わない。

 山吹は息一つ乱れていなかった。

 体力という意味では勝てる気がしないので魔物相手には短期決戦の方法を考えるほうが理にかなっているということに忍は気がついた。

 ドムドムの戦い方や柔道の経験をなんとか落とし込もういう考えは浅知恵だったか。

 忍はいつもの短めの木剣を取り出して、休憩を終了させるのだった。





 思いつきを試しながら残りの滞在期間を過ごし、マクロムを旅立つ日がやってきた。


 「全員揃ったな。番号!」


 『一です。』

 「プオッ!」

 「三!」

 『四です!』

 「きゅ!」

 「六ですウオ。」

 「七っス!」

 「八だ。」


 「よし、それじゃ出発するぞ。」


 「ちょ、ちょいまちっス!この眼帯つけた盗賊みたいな人だれっスか?!」


 「あぁん?」


 出発の日の朝早く、ガラの悪い海賊風の女が尋ねてきた。

 体は細身に見えるが鍛え上げられており、両足は地を踏みしめている。

 左目の眼帯にバンダナ、マントの下は短いローライズに下乳が見えそうな短いタンクトップ、セクシーなお腹にはシックスパックがこれでもかと主張している。

 短剣と短弓、足元はブーツ、手には肘まで覆う革製の手袋をつけていた。


 雰囲気は全く違うが顔の火傷が物語っている、彼女はまぎれもなくアグラートだった。

 美しく整えられていたロングの黒髪はざんばらになっており、アグラートは見たことのない獰猛な顔でニヤリと笑った。

 急いで家に引っ張り込んで誰もいないところで小声で事情聴取をはじめる。


 「どゆこと?!」


 「は?アネさんから聞いてない?」


 『忍様、合流しましたので説明させていただきます。』


 合流後は別人として全く違う性格を演じることとしていたらしい。

 作戦内容は終わってから聞くという方針だったので、千影はこの事も話していなかった。


 「……あー、ではとりあえず説明してくれ。」


 『はい、合流後に演じる内容はもともとのアグラートとかけ離れていること、単独行動をし易いこと、忍様を千影たちとは別の方向からサポートできることを重視して決定しました。違法奴隷上がりで元盗賊の娘ということになっています。』


 アグラートと目を合わせると顎をしゃくって合図された。

 先に話を聞けということなのだろう、動き一つも堂に入っている。

 酒場なんかにいそうだ。


 『まず、アグラートは準備をした後、レッドサロンに三組の暗殺者を呼び寄せました。クラゲ、アジル商会、サラマンドラです。クラゲはフリーの暗殺者、アジル商会はマクロムの諜報機関、サラマンドラはガスト王国の諜報機関ですね。』


 アジル商会とかいう初耳のが出てきた。


 『国同士の争いの場にクラゲを巻き込んだのです。そしてそこで自分の上司であるサラマンドラを仲間ごと始末し、自分自身の死を偽装しました。』


 『サラマンドラのやり方は分かってたんでね。必ずレッドサロンは火の海になると踏んでた。あとは死にかけのフリして止めを刺しに来たサラマンドラを殺してガスト王国の諜報部隊は全滅したことにしたんだよ。あいつと俺は背格好も似てたからな。』


 左手のない死体はマハラト、死体と入れ替わっての偽装ということか。

 さらりと言ってのけているが国家機関の諜報員を手玉に取っての策謀をきっちりとやってのけた腕は驚嘆に値する。

 髪の毛をくるくると弄りながらしれっと念話に入ってきたアグラートは念話中には見えない。

 そのまま頭の中に次の言葉が響く。


 『ご注意申し上げたはずです、偉大なる王。念話を悟られぬよう。』


 『わざわざ口調を変えて言われると怪しく見えるぞ。千影に記憶を確認させたい。精霊にも抵抗しないよう命じてくれ。』


 アグラートがまた笑う、左手が力を失ったようにあらぬ方向へ曲がった。

 なるほど、水の精霊を手袋の中に入れて左手のように見せているのか。


 『確認いたしました、本人に間違いありません。』


 『わかった。まだまだ聞きたいことはあるけどおいおいということで、今日から君は焔羅だ、よろしく頼む。』


 『ああ、お頭のために何でもするさ。よろしくな。』


 こうしてアグラート改め焔羅が忍たちに合流したのだった。

 そのままいそいで口裏を合わせ、現在に至るのである。


 


 「えー、この眼帯の人は私の知り合いで焔羅さん。こちら、一緒にビリジアンまでいくタルドさん。」


 「あー、エンラさん…よろしくっス?」


 「おう。」


 「まあ、相乗りが増えただけだ。気にしないでくれ。」


 しれっと流そうとした忍を捕まえてタルドが小声でまくしたてる。


 「なんすかあの迫力ある人!絶対カタギじゃないっスよね!」


 「いや、冒険者にそういうこと聞くのって駄目だろ。大丈夫だって私が保証するから。」


 たしかに迫力もあるしタルドが浮足立つのも頷ける。

 忍もちょっとまだ気圧されている。


 「おい、出発するんだろ。」


 焔羅が声をかけて来た瞬間、タルドがビクッと気をつけをした。

 力関係がわかりやすく構築されている。

 山吹や鬼謀も焔羅をまだ警戒しているところがあり、みんなして遠巻きな感じになってしまっていた。


 「街の外に出たらみんなで白雷に乗っていく。ニカは落ちないようにみんなを固定してくれ、頼むぞ。」


 「プオッ!」

 「はーい!」


 「よし、出発!」


 忍たちは大所帯でマクロムをあとにする。

 街の外に出てしばらくは犬ゾリで進み、街から十分に離れたところで白雷に元の大きさまで大きくなってもらった。

 白雷はとても大きな鯨のような魔物だ、ニカのツタで体を固定してもらってマクロムまで一気に飛んでいくというのが忍のプランである。


 「……白雷、成長した?」


 『いつもどおりなの!』


 いや、明らかにデカくなっている、おそらくデストより今の白雷のほうがおおきい。

 とりあえずそのまま雪の上に着地してもらってみんなで背中に乗る。

 尻尾の先からよじ登ってニカのツタで白雷の体に結びつけてもらった。

 なんか蜘蛛の巣に囚われたミノムシみたいになっているが気にしない。


 「白雷さーん、準備できたよー!」


 ボオオオォォォオオオオオォォォォ………


 汽笛のような声を発して白雷が飛び上がった。

 忍は背中に感じる白雷の心地よい温かさに負けて目を閉じるのだった。




 お読みいただきありがとうございます。


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 是非ともよろしくお願いいたします。

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