道に迷った青年と揚げ物三昧
料理に舌鼓をうったり絵を描いたり風呂で溶けそうになったり修練したり爛れてみたり、忍にとって久々の平和な日々が一週間ほど続いたころ。
忍たちの家をサラとタルドが連れ立って尋ねてきた。
トントラロウのことかと思ったらどうやら違うらしい。
「食糧難?」
「ウス。腕利きは竜の方の防衛やら斥候の依頼を受けてるんで街の食料が足りなくなってきてるんスよ。」
「うちの商会が肉を卸してもらった時に話が回ったみたいでね。兵站で取られちゃって備蓄も怪しいらしくてさ。」
「正式な依頼なんスけど、どうでしょ。」
忍たちならホワイトビッグボアを狩ってくるくらいなら造作もない、しかし忍は悩んでいた。
スキップの死は忍と分かれて行動している時に狙われたのが要因の一つと言っていい、忍たちは物資を買い込んで以来、この家から出ていない。
街の外はまあまあ過酷なのでビッグバンに滞在はしているが、本当なら街よりも野宿の方がいいんじゃないかと考えているくらいだ。
正直みんなと離れたくない。
サラもこっちの状況はわかってるはずなので、この話を持ってくるということは街としても切羽詰まっているのだろう。
「手持ちの余剰分の肉を出すことはできるが、街一つとなると流石に足りないか。報酬は?」
「大金貨一枚と獲ってきた分の肉の買い取り代金全てっス。」
「え?破格じゃないか?」
いくら緊急とはいえ金額がおかしすぎる。
「……嫌だなぁ。」
「ごめんなさい、そこをなんとか!あたしもファルも商会の仕事で街から動けないし。来週辺りには落ち着くから一回だけでも!」
「怪しまれるのもわかりますけどかなり切羽詰まってるんスよ。依頼者の名前見てもらえるっスか?」
なるほど、条件ばかりに目が行って依頼者を見ていなかった。
依頼者の名前はスワン・カシオペア、知り合い三人に頼み込まれる形で忍はこの仕事を受けた。
お腹がすくのは辛いもんな。
忍と白雷、千影は街から程遠い雪原の上を飛んでいた。
相変わらず虫食いのように雪が食べられて道というか溝が出来上がっている。
居残り組には誰が尋ねてきても戸口に出ないように言い含めた。
山吹が警備をして鬼謀が強力な結界を張ると息巻いていたので引きこもっている分には大丈夫だとは思うのだが、どうしてもソワソワする。
『早く終わらせて早く帰るの。』
「そうだな。」
『影分身をお願いします、忍様。』
真っ黒な烏が雪原に飛び立っていく、ほどなくして数匹捕獲したとの連絡が入った。
今回の目的はとにかく肉を獲ってくること、ホワイトビッグボア以外は狙わずにどんどん体を切り離し指輪に収納していく。
この魔物は群れないので広範囲で探しても数が少ない、そのかわり一匹でものすごい量の肉が取れるので効率がいいのだ。
あんまり獲りすぎてもいけないとは思いつつ、首都の規模を考えるとそんな事も言っていられない。
どの程度の期間で次の体が育つかはよくわからないが、千影の索敵範囲のボアは乱獲させてもらおう。
『忍様、遠くから黒竜が近づいてきております。』
「…デストっぽいな?影分身を解くぞ。」
『逃げないの?』
「なにか話があるのかもしれないし、白雷は防御と逃げる用意だけしておいてくれ。千影はお休みだな。」
白雷の雷は千影と相性が悪い、この二人が協力して戦えるのは相手が格下のときのみだ。
デストの方もこちらが逃げないとなるとスピードを緩めてきた、目的が忍たちなのは確定のようだ。
「やっぱりその白いのはお主の仲間か。いや、あのときより小さいな……」
「忍な。やっぱり白雷の見たって竜はデストだったか。私の仲間だよ。」
「そうか、ところで猪をとっているようだが。わしの好物だ。あまり取られたくない。」
「……なるほど、悪かった。街で食料が不足していてな。今日はもう帰るから許してくれないか?」
「ケチなことは言いたくないのだが、あの勢いではわしの食う分が無くなりそうだからな。あんまりいっぱい持っていくな。」
このドラゴンしっかり相談ができる。
そこらにいる人なんかよりもよっぽど話ができているのは年の功なのだろうか。
「実はな、デストを見て国が警戒態勢になってるんだ。」
「ほう、まさかわしに挑む気か?」
「そうならないよう進言はしたが、私は止められる立場にいるわけじゃないからな。もしかしたら本当に攻撃してくるかもしれない。」
「……愚か。しかし人とはそんなものだったな。」
「近所付き合いってめんどくさいんだよ。」
違いない、とデストが笑う。
忍はマクロムの選択が戦うことであっても愚かだとは思っていない。
個人の意見など集団の中ではたった一票でしかない、その結果がどうあれ従わねばならないのが社会というものなのだ。
破滅への道はいつでも口を開けて待っている。
「雪が止む前に攻めてくることはないはずだから、早めにねぐらに戻って寝てもらえるとありがたいんだが、デストとしてはどうなんだ?」
「雪が終わると食い物が見つけづらくなる。その前に食いだめして寝る気だ。」
「それは、ありがたい。」
朗報だ、それならマクロムでゆっくりしていてもいいかもしれない。
忍は大きめのホワイトビッグボアの体を取り出した。
「よかったら食べてくれ。私も戦わないで済むよう願ってる。」
「ふん、襲ってくるやつに手心はくわえんぞ。」
取り出した肉を食べはじめたデストをおいて忍はビッグバンに引き返した。
『忍、竜と話ができるなんて、やっぱりすごいの。』
「白雷、山吹のこと忘れてないか?」
『山吹はなんか竜っぽくないからいいの。』
忍は素直にひどいと思った。
報告ついでにスワンに話をしてみるが、やはり国としては竜は討伐する方向で動くらしい。
あとは国の問題だ、忍は知らんぷりを決め込むことにした。
「……忍様、狩りをしたのは午前中だけと伺ったのですが、この試算は本当なのですか?」
「言われた通り解体場で試算してもらいました。タルドも一緒に来てましたから間違いないかと。」
ホワイトビッグボアが一メートル前後で金貨一枚、これは本来重さで測るようだがブロックが大きすぎると長さで一度試算する。
忍の持ち込んだボアは約三十三匹分、全部で金貨三百四十六枚という試算となった。
ちなみにこれは肉だけの値段で、皮や骨などの素材はまた別会計となる。
スワンの雰囲気がだんだんわかるようになってきたが、表面的には平静でも明らかにドン引きしている。
「少々この部屋でお待ちいただけますか?ピジョン、忍様のおもてなしをお願いいたします。」
「おかまいなく。」
スワンはそそくさと部屋を出ていった。
控えていたピジョンが紅茶を入れ直してくれたのだが、正直早く帰りたい。
これで家に戻った時に誰か一人でも欠けていたらと言う考えが頭の隅をよぎって忍は眉根を寄せる。
「肉、足りませんでしたか?」
忍は気を紛らわそうとピジョンに話を振った。
ピジョンは少し困ったようなそぶりで微笑んだだけだった。
『忍様、落ち着きましょう。』
『そうはいってもな。デストの話もあったし査定も長くかかってしまってもう夕方だ。』
『向こうには鬼謀と山吹がおります。ご安心ください。』
千影の言う事はもっともだ、深呼吸して紅茶とお茶請けを口に運ぶ。
しかし忍は味がわからなかった。
「お待たせいたしました。こちらお約束の大金貨でございます。」
スワンが部屋に戻ってきた、残りは後日家に届けてくれるらしい。
忍は大金貨を受取ると急いでカシオペア邸をあとにした。
結論としてこの時まで借家では特に事件は起こっていなかった。
ダッシュで忍が帰ってきたときに鬼謀の張った結界に引っかかり、死にかけたことで事件が発生した。
『忍様?!』
「……ぐふ。」
そう言い残して気を失った忍は丸一日寝込んだのだった。
【テクニシャン】ものづくりにおいての技術を知識を得るだけで習得できる。
最初、この能力名を見ただけで中身を確認しなかったことが今更ながらに悔やまれる。
忍は庭でなめし作業をやっていた。
【テクニシャン】のおかげでスムーズかつきちんとした作業ができるようになったのだ。
「毛革って想像以上にめんどくさいんだよな。」
前世では革に水はまずいと教わっていたので、加工のときに薬液につけるのがドキドキする。
この薬液はドムドムに教わった木の皮を煮出して冷ましたものなのだが、臭いも相まってやはり色々辛いものがある。
レッサーフェンリルの毛皮をあらかた漬け込み、樽に蓋をしたところで鬼謀とニカが庭に出てきた。
「従魔車の改造したいんだけどいい?」
了承して庭に従魔車を出すとニカは忍の方に抱きついてくる。
「へへー。忍さん。」
「最近甘えっ子だな、ニカはどうして出てきたんだ?」
「幌を張り替えるお手伝いー。あと、お風呂の準備するよ。忍さん入るでしょ?」
合流するまでがよほど寂しかったらしく、最近のニカはずっとこの調子だ。
そして鬼謀が微妙な顔をしてるので今の忍はかなり臭うのだろう。
鼻が馬鹿になっているのでそのまま家に入るところだった。
「そういえば風呂桶はどうなったんだろうか。スカーレット商会に届くようにしたんだよな?」
「桶は届いてるみたいだけど、特注のテントがまだっていってたかな。」
特注のテントは風呂に入るための目隠しとして大きなサウナ・風呂用の物を作ってもらっていた。
皮の加工をする魔術も存在するようなので覚えたいのだが、魔力を帯びた皮などは下手に魔術で加工しようとすると不都合が起こる場合もあるらしい。
そこの見極めができない以上は通常の手順で加工したほうが無難だろう。
「というか、風呂に入る前に抱きついてきたらニカもくさくなっちゃうじゃないか。」
「あっ。いや、洗濯するから大丈夫だよ。大丈夫。」
忍が皮の加工に使ったものを片付ける間にニカが樽と目隠しを用意してくれた。
洗濯はニカが一手に引き受けてくれているのだが石鹸無しなのにすっきりと汚れを落としてくれる。
洗濯桶に水を貯めるとニカが木の実を数粒いれる。
石鹸の代わりになる洗濯の実なるものらしい、水に入れてしばらく置くと少しとろみのある洗濯用の水が出来る。
この水は無臭だが臭いや汚れを取ってくれる効果があるらしく、油染みが面白いように落ちるので見ていて楽しい。
どうやら弱い毒なので体を洗うには使えないようだ。
オーバーオールの裾をまくりあげて洗濯物を踏み洗いするニカはとても牧歌的でほっこりする。
「ちょっと足りないかな。センコちゃん育ってー。」
「おお、それがこの前言ってたやつか。」
ニカは植物を育てるという力を身につけていた。
その速度は凄まじく、草ならば種から数分で実をつけるところまで成長する。
センコちゃんは洗濯の実のことだ。
種さえあれば大半の植物が収穫できてしまうためニカがいれば食事に困ることはまず無くなった。
ちなみに鬼謀によるとこの力は呪いの分類らしい、再現できないか試すとか言っていた。
再現できても売り物とかにしないように釘を差しておいたが、あの顔はもっと悪いことを考えていそうだ。
いや、そうじゃない。
注意せねば。
「ニカ、お約束はおぼえてる?」
「あっ。ごめんなさい。」
この力、無限にお高いお野菜や香辛料を作れてしまうためバレると確実に良からぬ輩を呼び寄せる。
戦いが苦手なニカはいくら地力が強くても心配だ。
この家には鬼謀が結界を張ったことで敷地の外からは隠蔽されているらしいが、ニカには植木鉢で隠れてやるように言っておいたのだった。
「怒ってないよ。お風呂ありがとね。」
風呂に入ろうとしたところで、家の中からシーラに呼ばれた。
どうやらタルドとスワンが来ているらしい、間が悪いが追い返すわけにもいかない。
シーラに相手を頼んでとにかく臭いを落とすため、寒い中水で体を拭いて着替えるのだった。
タルドは憔悴しきった様子で、スワンは従魔車を家の前に乗り付けてピジョンとともに暖炉のある部屋で待っていた。個々に用事があるらしい。
残念ながら普通の家なので応接間などはなく、タルドには寝室で待ってもらい、先にスワンの用件を処理することにした。
「この度は食料の調達にご尽力くださり感謝いたします。お陰様でビッグバンは二度ほど冬を越えることが出来るでしょう。まず、お約束の報酬です。」
ピジョンが机の上に金貨を並べていく。
全部で大金貨が四十八枚あった、予定よりずいぶん多い。
「あそこまで大判の毛皮はなかなか取れるものではありませんので査定がとてもよろしかったと聞いております。職人が大変喜んでいたと。」
「そ、そうですか。」
忍はスワンのただならぬ雰囲気に緊張していた。
わざわざ家を訪ねてくるには何かあるはずだ。
まあ、金額が金額なので他人に任せるというのも難しいのかもしれないが。
とりあえず金貨を袋に収めて脇におくと、スワンが次の話を切り出した。
「ところで、忍様はゴードンという精霊魔術師を御存知ですか?」
忍は反射的にものすごく嫌な顔をした。
するとスワンは慌てた様子で言葉を重ねる。
「忍様になにか不都合があったわけではないのです。その冒険者にメテオライトの騎士団が壊滅させられてしまったのですわ。」
「うーわ。先に言っておきますが私はあれと関わるのはごめんです。」
「そうですね、わたくしもできれば関わり合いたくないのですが。忍様になにかお願いしたいわけではなく、その冒険者の情報がほしいのです。よろしければお話を聞かせていただけませんか?」
忍は主観たっぷりなのを前置きしてボボンガルとメテオライトであったことを話した。
話しているだけでムカムカしてくるので途中から努めてチベスナ顔を作っていたが、きちんと作れていた気がしない。
「大変申し訳ないのですが、私はマクロムの存亡に興味があるわけではありません。なにかあればすぐにでも他国に逃げますからね。しかし、ゴードンは強いし厄介ですが、騎士団にも手練れがいるのでしょう?」
「はい、わたくしもにわかには信じられず…。これ以上は内部情報になってしまいますので内密に願いたいのですが、ヴォルカン様がゴードンを竜の攻撃に取り立てたいと言い出しまして…。」
スワンが頭を抱えている。
忍も頭を抱えた。
この国はもう駄目だ、今すぐビリジアンに戻ろう。
あのゴードンをいいように使える状況は想像がつかない。
「忍様、失礼を承知で」
「お断りします。」
「まだ何も言ってませんわ!」
「この流れで厄介事以外がでてくるほうがおかしいでしょう、嫌です。」
スワンがさらになんとか譲歩を引き出そうとするも、いつの間にか忍の真後ろに真っ黒いシルエットが立っていた。
『スワン、そこまでです。忍様はご決断をお伝えしたはずですが。』
突然現れた異形にスワンが息を呑んだ。
かわいそうだが忍としてもこれ以上関わる気はない。
「ゴードンとヴォルカンが止められなければ竜とマクロムが戦うことは避けられないでしょう。避難をおすすめしますよ。」
「いえ、わたくしは貴族の血を継いでいます。当主でなかったとしても国や国民に対する義務というものがございますので。取り乱しましてお恥ずかしい限りですわ。本日はこれにて、千影様もごきげんよう。」
スワンは平静を装っていたがその声には恐怖の色が混ざっていた。
仕方がない、これ以上は平行線だし、忍の出来ることはここまでだ。
スワンはもう一度食料の礼を言って従魔車で帰っていった。
シーラに呼ばれて部屋に入ってきたタルドは今にも倒れてしまいそうなほど顔色が悪かった。
とりあえず椅子を勧めてシーラに食事を用意してもらう。
「すまん、腹が減っててな。よかったら一緒に食べないか?」
「……ウス。」
出てきたのは忍の特製ソースがかかった魔物肉のステーキとジュポッテの揚げ物、珍しい生野菜の炒めものである。
大した量ではないのだが美味しそうに食べる忍とは対象的にタルドは口をつけるのが難しいようだった。
腹が減っているというのはあくまで口実、全く手を出さないタルドを見て忍はシーラに外に出てもらった。
「いつから食ってない?私と違って体に蓄えがないんだから一日でも辛いだろう?」
「……二日くらいっスかね。いい匂いだとは思うっスけど。」
「うまいぞ。食わないなら早く話せ。なにもないなら帰れ。」
ジュポッテをあげて塩をかけただけだがなかなか美味しい、ボアのラードだろうからあとで揚げ物の作り置きでもしておくか。
あと油かす、ラードをとったあとのカリカリのお肉の切れ端を味付けして食べるというカロリー爆弾がある。
つくづく醤油がないのが口惜しい、砂糖と味噌でなんとかなるだろうか。
「俺、どうしても殺したい相手がいたっス。山吹さんに声かけたのもそれがあったからで……。まあこの国では結構名の通った相手なんスけど。」
忍は黙ってステーキを食べ進める。
きちんとウェルダンで焼いてくれている、シーラはちゃんと覚えていてくれたようだ。
「大武力祭でなら殺しも事故っスから、玉砕覚悟で首を取ってやろうと思ってたんスけど……そいつが、死んだみたいなんよ。」
「……死んだ?」
タルドが話していることは千影が読み取った内容なので忍も知っていた、ということは死んだのはドミナとかいう貴族だろう。
話を聞く限り友人にはなれそうにない人物だったが。
「なんか、流れものの冒険者にちょっかい出して返り討ちにあったみたいなんス。おかげで、何がなんだかわかんなくなって。で、いつの間にかここに足が向いてまして。」
「……ビッグバンには知り合いとかいないのか?」
「知り合いには逆に話しづらいっスよ。それに、忍さんならなんか聞いてくれそうな気がしたんス。」
「まあ、な。」
忍にも経験がある、唐突な目標喪失、虚無感。
目標がかえのきくものだったなら別を見つけることもできるのだろうが、復讐は対象が決まってしまっている。
残るのは果てしない無力感と不甲斐なさ、そして後悔。
「ひとつだけ。ひとつだけ言うとするなら、そういう時は無理に答えを決めないほうがいい。」
「なんスかそれ。」
「後悔して悩みすぎると自分が悪かったとか、死んだやつが悪いとか、殺したやつが悪いとか決めてしまうだろ。そうするとその考えだけしか見えなくなって失敗するんだ。決めると楽になるし前には進めるんだがそういう時に急いで進むとドツボにはまるぞ。とりあえず決めるというのはなんでもそつなくこなせる天才肌のやることなんだよ。」
タルドはなんだか不思議な顔をしているが忍は話を続ける。
「後悔するやつは何をやっても後悔する。選択肢があってどれを選んだとしてももう一つのほうが良かったんじゃないかと反射的に考える。だからわけがわからなくなったら深呼吸して飯を食って寝て周りを見渡す。見えなくなってるものを洗い出してから考えたほうがいいということだ。」
「よくわかんないっス。」
「わかんないなら深呼吸して飯食って寝ろ。何かを考えるなら正常に判断できるときにしろってことだ。馬鹿の考え休むに似たりって聞いたこと無いか?」
「俺、馬鹿っスか?」
「正常に頭が回ってないときは誰でも馬鹿だ。野菜貴重なんだから食え。そのくらい食えるだろ。」
忍はタルドに野菜炒めを無理やり食わせた。
まとまっていない話をなんとなくまとめながら前後関係をタルドから聞き出していく。
そのうちタルドは少し眠くなってきたようで目が虚ろになってきた。
「あ、肝心のれんらくっス、けど。」
「長椅子使っていいぞ。起きたら聞く。寝なかったら聞かない。」
「……なんスかそれ。」
タルドがフッと笑った。
頭が左右にふらついてるのでかなり限界なのだろう、なんとか敷物の敷かれた長椅子まで歩いていき意識を失ったようだ。
誰か呼ぼうとすると廊下でシーラが待機していた。
「タルドは今夜泊めるから寝具を用意してくれ。」
「かしこまりましたウオ。」
「油は捨てないでおいておいてくれ、揚げたいものがあるから。あと、油をとったあとのカリカリの肉もとっておいてくれ。」
「お、お料理に問題がありましたウオ?」
「違います。食べたいものがあるだけです。」
シーラがついてきているが開発が終わるまでは内緒と言い渡す。
材料の問題や謎の食材を使った試作というパターンなどもあるのでレシピが固まったもの以外は教えるのが難しいのだ。
ゴランたちにバレるとレシピを教えろとめんどくさいのもある。
そしてすぐに売り出してスカーレット商会はレシピを有名にしてしまうのだ。
というか、下味塩だけのからあげぐらい見た目と味からレシピを推察してくれ。
「小麦粉以外は見た目と味でわからんもんかな。今は進化してミットレイと酒が入ってるけど、にんにくがほしいな。」
マカマカはにんにくの臭いだが、果物だからかなり甘い。
結果的に全体が甘く仕上がってしまうので使い所が少し難しいのだ。
あと、甘いものは焦げやすい。忍の腕では揚げ物が失敗しやすくなってしまう。
かまどに火を入れいいところの肉を適当な大きさに切ってすりおろしミットレイとエールと塩水を揉み込んでいく。
調味液が肉に染み込んだら小麦粉をぶち込み、ダマがなくなるまで適当に混ぜておく。
二度も煮込みに失敗したため屑肉はほとんどなくなっていたのだが、ホワイトビックボアの足の部分は筋が多くて食用に向かないらしく、捨てるというのでもらってきていた。
試作として肉を足して細かく叩き、酒、すりおろしたミットレイ、つなぎの卵と小麦粉を混ぜて小ぶりのミートボールにしてみる。
「んー…筋がゴムみたいで噛み切れないけど細かく叩けば食べられる。獣臭くはあるけど筋でこれならほんとにクセがない肉なんだろうな。やっぱり煮込み料理向けか。」
ホワイトビックボア、肉だけなら一年分はありそうな量を貯蔵したが、もっととってきても…いや、デストに怒られるな。
しかしなんだろう、揚げ物なんて絶対にうまいもの作ってるのになぜかもつ煮モドキが頭から離れない。
異世界テンプレでお手軽簡単そのうえ美味しいと評判の揚げ物なのに、微妙に心が踊らない。
やはり二度も食いっぱぐれているのがこの飢餓感に拍車をかけているのだろうか。
「もったいない精神ではじめたのに鍋をひっくり返して駄目にしてたら本末転倒なんだけどね。何故かもつ煮モドキのときだけ邪魔が入るんだよな。」
理由はよくわからないが、とりあえずもつ煮モドキはしばらく封印にしよう。
カラリと揚がったミートボールを廊下で待っているシーラに味見してもらう。
「食べたことのない味ですが、美味しいですウオ。この丸い肉はどこの肉ですウオ?」
「ふふふ、本当に食べてしまったのか。」
「えっ…」
美味しいらしいので、シーラをからかって扉に閂をかけた。
あわてて扉をガチャガチャしそうなものだが、さすがは教育の行き届いたメイド、静かなものだ。
忍が料理をしようとするたびに不備はなかったか確認してくるので、ちょっと意地悪をしたくなったのだ。
そっと扉を開けると不安そうに立ち尽くしているシーラと目があった。
「ご主人様、さっきの……」
「悪かった。さっきのはホワイトビックボアの足の肉だ。」
「え、でも丸かったですウオ?え?え?」
なんだか混乱して悩んだ後にシーラの顔が青ざめていく。
「ん?もしかしてなんか駄目だったか?普通は屑肉として捨てられちゃうところだって言うからもったいないと思ってやってみたんだが。味見もしてるぞ。」
「いえ、でも丸かったですウオ?」
嫌な予感がする。
丸かったところに妙に引っかかってるし、真面目なシーラはなにか忍の思い至らないことを考えてしまっている気がした。
「そういう形にするやり方があるんだ。」
「ま、魔術ですかウオ?」
いかん、早く完成させてレシピを教えられるように努力しよう。
天ぷらにとんかつにメンチカツと各種揚げ物を適度に揚げてストックを作っていった。
最後にいろいろな旨味が染み出たかもしれない油でジュポッテを揚げてストック作りは終了した。
今夜はタルドもいるので、葉物と豚肉の鍋にしよう。
そのくらいのほうが胃にも優しいはずだ。
シーラに夕食の食材を渡して忍は今度こそゆっくり風呂に入るため、庭に出るのだった。
タルドが起きたのはドカドカ雪が降り出してしばらくしてからだった。
とりあえずは食事にするが、今度は素直に食べている。
顔色も少しはましになったようで何よりだ。
「面目ないっス。」
「精神に来てるときはそんなものだ。自棄になって街中で上級魔法ぶっ放すよりはマシじゃないか。」
「流石にそこまで狂ってないっス。マクロムだと無理っスけど。」
「そうなのか?」
「街でそんなことしたら詠唱中に妨害魔法が飛ぶようになってるっス。そのまま魔力切れで騎士団に囲まれて詰みっスよ。」
妨害魔法、詠唱が短縮できてしまう魔法には効かないので存在を忘れがちだが、上級魔法相手ならその効果は絶大だ。
効果も単純で詠唱中の魔法を妨害するというもので、妨害された魔法は中断された挙げ句に魔力消費がおこる。
妨害するために特殊な発音の歌のようなものを覚えなければならないため使い手はほとんど専門職となっているらしい。
忍は一応出来るはずだが使ったことはなかった。
「用件なんスけど。メテオライトの騎士団が壊滅して、トントラロウの訴えどころじゃなくなったみたいで話が流れそうなんス。」
「そうなるのか。」
「もともときちんとした証文もあって言いがかりみたいなもんスから。」
「しかし、一体何がどうなって騎士団が壊滅したんだ?」
「それなんスけど、俺の殺したかった相手、貴族の糞女なんスよ。平民の魔術師が幅を利かせてるのが面白くなくて嫌がらせとか事故に見せかけてパーティを壊滅させたりとかするんスけど。」
「最悪だな。」
「そいつがいつもどおり冒険者にちょっかいかけたらしいんスけど相手が悪くて、街で上級魔法並みの魔術をぶっ放したらしいんス。糞女は守ってた奴隷ごと蒸発、騎士団の詰め所も蒸発って感じらしいっス。」
頭痛がしてきた。
「妨害魔法も魔術には効かないんで。このご時世にあれだけの腕の魔術師が残ってるっていうのがすでに珍しすぎるって話っスね。」
「そうなのか?」
「魔法が普及して以降、属性魔術って一気に衰退したらしいんスよ。瞬間火力は属性魔術が一番で過去の戦争ではずっと勝敗を握ってきたと言われてたっスけど、上級魔法のほうが習得がかなりお手軽なんス。全属性が使えなくても魔力と詠唱だけで使えるってのが決定的だったみたいっスね。最近じゃ何人かで集まって魔力を出し合って魔法を打つ方法なんてのも研究されてるっスよ。」
タルドは魔法や魔術の事情にかなり詳しかった。
忍が何気なくした質問に片っ端から答えてくれるくらいには勉強している。
「ちなみになんだが、ハイドーズリキッドとかガッシュナザルってのに聞き覚えはあるか?」
「ハイドーズ…あー、たぶん魔術ポーションのことっスね。」
「知ってるのか?!」
忍は思わず声を荒げてしまう。
これが手に入れば一気に問題が解決するかもしれないのだ。
「落ち着いてくださいっス。うろ覚えなんで調べてみないと駄目っスけど。大昔の魔術の発動に使ってた触媒液の名前っス。たぶん。」
「あー。すまない。正式に依頼を出すから調べてくれないか。」
「いいっスよ。調べるだけなら大銀貨五枚、文献の写しも必要なら別料金でいいっスか?」
「それでいい、頼む。」
深呼吸をして心を落ち着ける。
するとタルドが興味深げに忍を見ていた。
「どうした?おっさんをみててもおもしろくないぞ?」
「いえ、実践してるんだなって思っただけっス。」
「……もう外は雪の時間だ。泊まっていけ。」
「ウス。じゃあ仕事の話はここまでで…忍さんニカさんと同棲してるってめっちゃびっくりっスよ!何やってんスか?!」
「……えぇー…。」
「当たり前っス!あんな優しくて素敵な人うらやまけしからんっス!しかも料理上手のメイドさんまで!」
『忍様、殺しますか?』
「やめろ!」
「やめろってなんスか?!」
タルドの激昂に千影が反応して、それを止めようとした忍にタルドが反応する。
しっちゃかめっちゃかになった。
物音を聞きつけたシーラと山吹が慌ただしく入ってきて、タルドを引き剥がす。
素のタルドは思春期男子のノリだった、床に四つん這いになって本気で落ち込んでいた。
「仲間だと……思ってたのに……金で解決とか……」
「それ、本気でへこむからやめてくれ……。」
様々あるものの契約の縛りで従っている従者相手なのは変わりなく、忍も色々と複雑なのだ。
傷口を広げつつ、二人してへこむしんみりした場になってしまった。
「ご主人様、タルド様にロクアットの憩いをご紹介なさってはいかがでしょうかウオ?」
「いやー、そういう問題じゃないでしょ?」
「ロクアットの憩い?」
「シーラたちのいたみせ」
「是非お願いするっス、兄貴!」
タルドがものすごい勢いで食いついた、半ばタックルのような形で忍の腰にすがりついてくる。
「おま、ちょ、そういうの否定的なんじゃないのか?!」
「自分で買えるなら話は別っス!俺の身分で入れる奴隷商なんてマクロムには存在しないんスよ!」
「あ、悪霊退散!」
なんて現金なやつだ、助けを求めてシーラの方を見るとその必死の形相にドン引きしている。
鬼気迫る様子はスケルトン……いや、魔術師だからリッチだろうか。
そういえばタルドは死神と呼ばれているんだった、パーティがどうのと言うよりこの姿から来ているのではないだろうか。
山吹が後ろからもう一度引き剥がしてくれるが、そこでタルドが山吹の姿に気づいた。
「え、誰っすか?」
「?」
「山吹、鎧着てないぞ。」
「おお?!」
鎧を着ていないのを忘れていたようだ。
それだけ急いで駆けつけてくれたのだろう。
「……兄貴、いったい何人手籠めにしてるんスか?」
「てごっ?!……人聞き悪いこと言うな。ていうかもう帰れ……。」
「この雪じゃ無理っスよ。それよりどういうことか聞かせてもら」
トスッ。
山吹が振り向いたタルドの意識を手刀で刈り取った。
「朝になったらお帰りいただきましょう。」
「ナイス、山吹。シーラも怖かったか?」
「……私はご主人様に恵まれたということがよくわかりましたウオ。」
むしろ消化不良の復讐を忘れる助けになるのなら、ロクアットの憩いの紹介くらいはしてあげてもいいかもしれない。
タルドは若くてちょっとこじらせてるだけだとは思うのだが。
「主殿、用件が済んだのなら早めにマクロムから離れてもいいのではないですか?このままではキリが無いゆえ。」
「いや、タルドに頼んだこともある。もう少し滞在しよう。どうせビリジアンでも同じようなもんだろうし。」
バレただろうか、滞在を伸ばす理由を探してしまっているのは確かだ。
山吹はなにか言いたいこともありそうだったがこっちの意を汲んで引き下がってくれた。
シーラも落ち着いたようなので山吹に後を任せて忍は寝室に引っ込むのだった。
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