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フェリスとの別れとビッグバン行きの珍道中


 鎧からコートに着替えた山吹、毛布にくるまって火鉢にあたりながら忍に身を寄せるニカ、忍の膝の上で撫でられながら暖を取る白雷に鬼謀。

 忍を中心に両手に花、両膝に動物となった長椅子の集団を睨みながら少し距離を取って毛皮にくるまっているフェリスという空間で忍は口を開く。


 「フェリスもこっちきて火鉢使ってくれ、寒いだろ?」


 「いや、その集団に近づくのはちょっと……。」


 「なんで?!」


 フェリスのなんだか冷たい視線にさっきのアレを思い出して忍は赤面した。


 「さっきのはじめてじゃないでしょ。従魔に人の格好させてそういうことしてるんでしょ。」


 「私が人の格好してるのは元からだよ?ちゅーは毎日したいくらいだけど。」


 「ニカ、話がややこしくなるから……。」


 フェリスの目がさらに冷たくなる。

 忍にもマイノリティーの塊で色欲に弱い自覚はあるのだ。

 ニカは変身を解いて魔物としての状態になってるので余計に違和感があるのだろう。


 「あれ、ニカ葉っぱ生えた?なんか冠みたいになってるね。」


 「うん、ちょっとだけね。忍さんなら気づいてくれると思ってた。ちょっとづつ色々出来るようになってるんだ。」


 奇妙な光景だが、人と魔物であることを除けば微笑ましい、リア充爆発しろという光景である。

 しかしギルドの職員にも姿を見られてしまったので、今後は正体を隠すのは難しくなるだろう。

 一応の口止めはしたものの、フェリスにはもう少し詳しく話しておいてもいいかもしれない。


 「フェリス、悪いがこっちに来てくれるか?あまり聞かれたくない話がある。」


 なんだか懐疑的な目を向けつつ、フェリスが近づいてきた。

 話は聞いてくれるようなので声を潜める。


 「ニカはこの姿だから誘拐されて売り飛ばされそうになったことがある。アグラートもそうだったが私の奴隷や従魔は訳アリ難アリなんだ。珍しいやつばかりだろ。」


 「まあ……珍しいね。人の姿で喋るとか。従魔って聞いただけだとただの嘘だと思ってたかも。魔人じゃないの?」


 「従魔だ。他では魔人ってことにしてたのに入国時に手違いがあってな。秘密や嘘が多いのも狙われる立場のやつがいるからだ。だから出来るだけでいいから私達の種族や能力ことは秘密してくれ。ニカもそろそろ変身できるか?」


 「うん!山吹さん毛皮ありがとう!」


 「では、我も鎧を着直してきましょう。」


 ニカが呪文をつぶやくと見慣れた姿に戻っていく。

 山吹も程なくして鎧を着て戻ってきた、フェリスはちょっと残念そうだ。


 「山吹さんも美人なんだから鎧なんて着なければいいのに。」


 山吹は微動だにせずしゃべりもしない。

 忍に説明を丸投げする気のようだ。


 「あー、鎧を着てる山吹は喋らない。美人というのがバレると色々めんどくさいからこうしてるんだ。今までも何度かトラブルが起きてる。男に娼婦と間違われて絡まれたりとか。」


 「にゃはは!そんな奴ぶっ飛ばしちゃえば?」


 「行く先々で絡まれるたびに人を殺して回るのは私が止めてる。私も何度か死にかけてる。」


 「にゃはは……殺し?」


 山吹のサムズアップにフェリスがちょっと青ざめた。

 ニカが困ったような顔をして横からフォローを入れる。


 「あはは……忍さんが止めなかったら相手が危ないもんね。」


 フォローになってなかった。

 フェリスもこの面々が冗談でそんな事をいうとは思っていない、よって言葉をそのまま受け止めている。


 『忍様だからこそ、この集団が付き従うのです。』


 「ニカも忍さんじゃないとやだ。」


 「なんか、おじさんたちが変態よりよっぽど危ないってことはわかった。」


 『フェリス、口が過ぎるのではありませんか?』


 千影が威嚇したことで再度物理的な意味でフェリスに距離を取られてしまったので、炬燵用の小さい火鉢に炭を入れて渡しておいた。


 「なんか、すまないな。使ってくれ。みんな悪いやつじゃないんだが、暴走気味なんだ。」


 「あたいが何をしたっていうのさ……。」


 自然体でボンボン悪口がでてくるとこだとは言い出せず、忍は苦笑いをしてお茶を濁した。


 「ビッグバンで呼ばれてるようだから明日には街を出たい。ギルドマスターに話を通してくる。竜には挑むなよ。」


 「にゃはは。命は大事だからなんとか依頼から逃げ切るよ。騎士団のほうは知らないけど。」 


 「私も知らん。そうなったら困るのはこの国だ。私達は逃げる。」


 見捨てれば心が痛むのはわかりきっているが、忍にとって大事なのは従者たちだ。


 忍だからこそ、忍じゃなければ嫌。

 誰でもいいと喚び出された忍は一言で特別になれたことを実感してしまった。

 そして忍にとっても特別な仲間の言葉は心に深く深く染み込んだ。


 真夜中にも関わらずプレバラートは書類仕事を続けていたため忍は街を出たいことを告げたが、冒険者ギルドに所在を教えてくれるなら別にいいと言われただけだった。


 「許可はもらったし、朝イチで…あ、スワンに挨拶だけはしないとな。」


 「八時には起きてるはずだから、九時位に行けば大丈夫、あたいもいくよ。」


 「助かる。元気出せよ。」


 「……にゃはは。」


 フェリスはそう笑った後、忍たちの集まりに加わって時間まで喋った。




 「忍様、わたくしも首都に同行させていただきたいです。」


 スワンにささっと挨拶をして出発するはずが、そんなことを頼まれて忍は困っていた。


 一緒に行けば白雷を大きくして移動する事ができなくなる。野営やら何やらに気を使わなければならなくなるし、寄り道もしづらくなる。

 雪原の真ん中で今後の作戦会議をする予定が白紙になってしまうのも困りものだった、マクロムから逃げ出す算段をスワンの目の前でするわけにもいかない。

 忍の気持ちとしては断りたい。


 しかし、ここで断れば心証が悪くなって、騎士団の話も聞こえてこなくなるかもしれない。

 忍は悩んでから条件付きで同行を許可することにした。


 「途中で狩りもする予定ですので到着も少し遅くなりますし、常に護衛をするわけにもいきませんのでおすすめはしません。」


 「狩りですか?」


 「はい。ですので戦えて雪中野営ができる方が同行する分には問題ないのですが、そうでなければ安全を保証できかねます。」


 スワンが移動するということはおそらくピジョンも一緒だろう。

 遠回しにそこの懸念を伝えると驚きの答えが返ってくる。


 「同行するのはわたくしだけですわ。竜以外は魔物も問題ありませんし雪中野営の経験も豊富ですわ。」


 予想外の回答に懐疑的な視線をフェリスに送るが、フェリスは涼しい顔で出されたお茶請けをぱくついている。


 「あたいとスワンで魔物の群れの討伐とかしてるし、心配ないよ。たぶんおじさんよりスワンのほうが野営は上手。むしろ昨日みたいなことを平気でやらかすおじさんたちのほうが足引っ張りそうなんだけど。あたいは受けちゃった依頼があるからついてけないしー。」


 「否定できない。」


 「よろしければ野営の手ほどきもいたしましょうか?」


 「それはありがたいですが…」


 「おじさん、敬語。」


 「丁寧な言葉に雑な言葉で返すのって難しくないですかね?!」


 フェリスの余計なツッコミにツッコミ返す。

 スワン一人でくっついてくるのは貴族として無防備すぎないだろうか。


 「もちろん、依頼として報酬もお支払いいたします。七日で大金貨一枚ではいかがでしょうか。もっと早くビッグバンに着いたとしても大金貨一枚はお支払いします。」


 「なぜそんなにお急ぎなんですか?」


 「わたくしは本来ならばビッグバンにいる予定だったのです。しかし、竜の出現で足止めされている間にスーパーノヴァから出られなくなってしまって……。」


 それを言われてしまうと弱い、またしても原因は忍である。


 「わかりました、それでは出発はいつに?」


 「そう仰ってくれると信じておりました。すでにピジョンが荷物をまとめております。」


 「チッ。」


 鬼謀がした舌打ちはスワンには聞こえていなかったようでホッと胸をなでおろした。

 こうなったらやけくそである、急いで街に送り届けてから狩りやら何やらをするとしよう。

 特製の不格好なソリにスワンを乗っけることに不安を覚えつつ、とにかく積み上がった仕事を終わらせようと忍は動き出したのだった。




 冬場のマクロムで街から街への移動は徒歩で約五日、森や地形がすべて雪の下に埋もれてしまうためかなり早くなる。

 ただし、雪原となったマクロムは目標もなく迷いやすい、ホワイトビッグボアをはじめとする魔物の襲撃もあいまって行方不明になる冒険者は後を絶たない。

 ただしそれは通常の冒険者たちの話である。


 「千影、白雷、こいつでいいみたいだから、あとはこっちの丸いのだけ狙おうか。」


 『承知いたしました。』

 『わかったの!』


 忍の目の前には凍りついた毛皮を持つ二五メートルほどのミミズのような魔物と、つるりとした氷の外皮を持ち卵型で八メートルほどの魔物が倒れている。

 どちらも猪っぽくなかったので迷ったのだが、スワンによると前者のミミズのような方がホワイトビッグボア、後者の卵型の魔物はアイスボウルという魔物らしい。


 「助かりました、てっきりヒルボアみたいなものを想像していましたので。」


 「……いえ、わたくしもホワイトビッグボアを一頭丸々仕留めてしまう方に出会ったのははじめてです。アイスボウルも厄介ですので普段なら避ける魔物ですわ。」


 スワンが青ざめてドン引きしているのは寒さのせいではないだろう、ロシアっぽい防寒着に身を包んで一番あったかそうだし。

 表面的に取り繕うことが上手なスワンをおいてこの反応、忍はやらかしたことを察知した。


 「ホワイトビッグボアは胴体を叩くとそこから後ろを切り離すのです。放っておけば雪を食べ、胴体がまた長くなってきますので……。」


 「トカゲの尻尾?!」


 いや、下調べをしなかった忍も悪いのだがそんな不思議生物がいるとは夢にも思わなかった。

 ちなみによく調べてみると長毛の毛皮に覆われているだけで牙もあるし蹄のついた足も存在した。

 胴体が長くなると足も追加されるらしいムカデのように足が一定間隔でついていた。


 『おお、背骨を叩くと面白いように千切れますな。』


 山吹が忍の指示通りにホワイトビッグボアをひっくり返したり数メートル単位で戦鎚を振り落としてぶつ切りにしたりしている。

 鈍器で肉の塊が切れる光景を忍の脳は理解できなかった。

 見なかったことにしよう。

 戦鎚は鬼謀の宝物庫にあったもので、武器を買い直すまでのつなぎとして山吹の選んだ武器だった。

 レッドサロンでは使う機会がなかったため嬉々として振り回している。 


 「千影、このビッグボアは死んでるのか?」


 『いえ、精神攻撃が効きましたので気絶しているだけです。』


 「あ、亀甲!」


 胴体を切り終えた山吹が戦鎚で頭を潰そうとしたので急いで亀甲で守るを使う。

 ネレウスの魔術は動きが凄く間抜けに見えるのが難点だ。


 「山吹、そいつは肉だけとったら逃がすから殺さないでくれ。」


 山吹のサムズアップが雪原の中で輝いていた。


 「し、忍様、魔術をお使いになりましたか?ポールハンマーがなにかに弾かれたように跳ね上がったのですが?」


 「ええ、殺さなかったらまた肉が取れるんですよね。逃がしたほうがいいかと。」


 「いえ、そうではなくてですね。」


 『忍様、ホワイトビッグボアを発見いたしました。』


 「白雷、体当たりで胴体だけ切り離してくれ。」


 『いくのー!』


 ドーン!


 『いったのー!』


 遠くて見えないが白雷の体当たりでもうまく体が切り離せたようだ。

 みんなを乗せて今度はそちらにソリを走らせていく、ニカがツタで補強してくれたおかげでかなり頑強になったのでスピードを出してもばらばらになることはない。

 そのまま影分身にツタを絡ませて御者もやってくれていた。


 「忍さん、つぎどっち?」


 「千影の指示に従ってくれ。しかし犬ゾリは風が寒いな。」


 『ふむ、【エアスクリーン】を使ってみますか?』


 山吹のこの判断は大正解だった。

 【エアスクリーン】は弱い力で破れてしまう魔法だが、犬ゾリの風よけ程度にはつかえるようだった。

 これは有用な発見である、同系統の魔法である【ウォータースクリーン】でも同じことが出来るか、白雷に乗るときに試してみたい。


 「あの、忍様、この【エアスクリーン】はどなたの魔法でしょうか?」


 「山吹ですよ。」


 「従魔が魔法を…?…ふふ、ふふふふふ。」


 「……スワンさん?なんだか目が座ってますけど、大丈夫ですか?」


 「はい、笑うくらいしかわたくしに出来ることはございませんわ。これが、特級冒険者ですのね。」


 影のある表情で諦めたように息をついたスワンは少し休むと言って目をつぶった。

 忍がこっそりと【リムーブポイズン】をかけたら気づかれて、土の魔法も使えることがバレた。

 スキップが死んだのと同じような流れで寝ないでほしい。


 スワンが夕方になる前に野営用の穴を作るということで少し早いがキャンプ地を決めることとなった。


 「野営のときはホワイトビッグボアが雪を食べた跡を利用しますわ。この跡をアイスウォールで区切って屋根には布を張りますの。雪を掘って出入り口を作れば完成ですわ。」


 「かまくらとかじゃないんですね。魔物の対策はどうするのですか?」


 「ホワイトビッグボアは雪が柔らかいところだけを食べて進むので同じ跡には現れませんの、そして通った跡には人にわからない匂いを残しますわ。その匂いが他の魔物を遠ざけてくれるのですわ。」


 『上から見ると虫食いみたいで獲物がいるかすぐわかるの。』


 面白そうなので【同化】してみると、ナスカの地上絵のようなスケールで雪原に線が引かれていた。これらが朝から食べすすめられた雪の跡なのだろう。

 地上からだと跡に近づくまではほとんどわからないので何も考えずに犬ゾリで走っていたら滑落して大怪我なんてこともありそうだ。


 「そうだ、フェリスも知らないみたいでしたが、犬ゾリって珍しいのですか?」


 「珍しいといいますか、こんな速度でホワイトビッグボアの食事跡ににつっこんでしまえば死んでしまいますので、誰も真似しないでしょう。街の雪は魔法使いが溶かしますのでこういった荷運びの台もあまり使われることはありませんね。」


 「ああ、街にはほとんど雪がありませんものね。外壁が半分くらい雪に埋まっていて、梯子で降りたときはびっくりしました。」


 街の外壁が高い石壁になっているのは大雪のせいらしい。

 例年八割ほどの高さまで雪が積り出入り口が使えなくなるため、他の街に行く冒険者は外壁の上から梯子で降りて雪の上を歩いていくのだ。

 これが夏前に溶け切ってしまうというのだから、街の外で生きるのがきついはずである。

 さすがは魔神の寝床、自然も厳しいのだ。


 野営用の場所はスワンが見繕い、手順通りに作り上げた後に屋根にした布の上から水をかけると布が凍って拠点が完成した。

 次にスワンは背負い袋から組み立て式の足の長い焚き火台やなにかの皮のような敷物を取り出した。


 「アイスボウルの皮を乾燥させると温度や水を遮る敷物になります。これを敷くだけで寒さが全然違いますわ。焚き火台は固まった雪の上で直接火を焚くことができませんからこれも必須ですわね。」


 「アイスボウルの皮は熱も遮断してくれるのですか?」


 「ええ、焚き火台の火を置く部分もアイスボウルの皮と革紐で出来ていますの。消耗品ですけれど先ほど狩っていた分があればおそらく一生困りませんわね。油に触れるともろくなるので料理は干し野菜のスープが定番ですわ。」

 

 アイスボウルは売れるとのことだったので三から六メートルくらいの個体を十匹ほど獲った。

 数も多いし雷が有効らしく白雷がビリッとするとすぐに死んでしまうのでいい収入源になってくれそうだ。

 忍はとりあえず手持ちの野菜を提供して晩の食事はスワン特製の野菜鍋となった。

 干し野菜はある程度出汁がでているのだが一種類しか持ってきていないようで、ヘルシーすぎてなんとも言えない味だった。

 干し肉を後から浮かべてしばらくして食べるとそれなりには味がついた、保存食だからこんなもんという感じらしい。


 「忍様は神の御使い様なのですか?」


 「ぶほっ?!」


 ふいにそんなことを問われて忍はスープを吹いてしまった。


 「げほっげほっ!し、失礼しました。」


 「魔導国家マクロムの建国者、北極星のマクロム様は神の御使いであったという記録がございますわ。工芸の神クラインによって喚び出されしマクロム様は大陸中から素材を集めて革新的な道具を作り出し、魔法という技術を作り出したとされていますの。」


 「あれ、トートン様ではないんですね。」


 「勘違いをされる方が多いのですが、トートン様は魔術の始祖ですので、魔法の研究の過程で魔術師が集まったこの国で信仰されているのです。魔導具はクライン様のお力なくしては完成しませんし、本来の国教はクライン教団だったことは歴史書を紐解けばわかることですわ。現在はどちらも国教とされておりますが……申し訳ございません話がそれましたわね。」


 さすがは貴族といったところだろうか、スワンの見識は広い。


 「神の御使い様はそれぞれの神の紋章の耳飾りをもち、異なる世界から神によって喚び出されると文献にはありました。そしてマクロム様は同じ時代の御使い様を探して接触していたのです。」


 「接触ですか?何のために?」


 「ものづくりの知識の収集です。マクロム様は自分の再現できない技術を他の使徒様なら再現できる可能性があると考えたようです。追い求めていたのはUFOというものだったと記録が残っています。」


 いや、それは今でも再現できないやつ。

 なんとなくわかってきたがマクロムはこの世界に来たときユージンのような子供だったのではないだろうか。

 マクロムの現代っぽい道具の数々は見た目だけで本質が伴わないものが大半だ。

 星に関するもの以外はマクロムの知識では作り出せなかった、これは興味を持ったものにだけ集中する天才型の子どもの頭の中のように感じる。

 おそらく魔法と宇宙に関係しないものは軒並みクオリティが低いのだろうし、アイデアの中で有用なものはこの世界の住人が発展させたのかもしれない。


 「北極星のマクロムはいくつくらいまで生きていたのですか?」


 「頭角を現してから五年で国を作り上げ、建国から数年後に魔法大全という本を残して死んだとされています。話が明後日の方向に動いていますから、もう一度聞きますね。忍様は神の御使い様なのですか?」


 スワンは確信を持って聞いてきているように思う。

 忍はかなりやらかしているしここでごまかしたところで変に噂になってしまえば意味がない。


 「私は運命の女神フォールン様に召喚されました。しかし、このことは内密にしてほしいのです。」


 「わかりましたわ。御使い様はこの国を罰しに来られたのですか?」


 「え?!」


 唐突にスワンの話が飛んだ気がして忍は素っ頓狂な声を上げてしまった。


 「なんでそんな話に?」


 「マクロムを取り巻く状況はどんどんと悪くなっていますわ。アサリンドとガストの戦争に貴族の足の引っ張りあい。そしてここにきての竜騒ぎに運命の女神の御使い様が関わっているのです。」


 「えー、運命の女神は運命を決められるわけじゃないんですよ。なのでそれっぽいことがおこっていますがおそらく偶然です。マクロムの人々の行いの悪さが関わってないとは言いませんが、決して意図的に罰を下されているということではないかと。」


 竜を起こしたのは忍だが、そこに至るまでにはスキップの暗殺がある。

 それさえなければこんなに急いで魔術書を解読しようとは考えなかっただろう。

 これでこの国が滅ぶなら忍にも責任はあるが、それを忍のせいとされても納得いかない話ではある。

 デストが約束を守ってくれるとは限らないまでも忍から言えることは一つだけだ。


 「竜は街にいかないし、人はめったに食わないと言っていました。腹が膨れたらまた寝るとも言っていたので今頃もう寝てるかもしれませんよ。」


 「忍様が本物の御使い様であることは、伝承にある特徴と実力からして間違いないのでしょう。しかしそれなら忍様はこの国に何を成しに来たのですか?」


 「え、なんだろ。魔術を調べに?あと観光とか?」


 途中からスワンと忍の温度差が目立ってきた、というよりも忍がスワンの聞きたいことを察せなくなってきたのだ。

 忍の観光という言葉を聞いて今度はスワンがぽかんとしている。


 「……御使い様は神から使命を与えられているのではないのですか?」


 「あー!私の使命はすでに達成したので現在は好きに動いてるんですよ!特に神から何かを頼まれているわけでもありません!」


 やっとズレの正体がわかった。

 スワンは忍が神から遣わされて重要な何かを国内で行っていると思っていたようだ。

 忍は神から特に何も言われていないことを力説し、また、神の使命とははっきりとした命令のようなものではないことを説明した。

 現在の忍は神託も受けていないので完全な誤解である。

 スワンもマクロムの貴族、国を守るために忍の意図を探ろうとしたということだろう。

 しかし、忍の方も盗賊ギルドやマウントバーガー商会のことなど喋るわけにもいかないこともあるので、スワンはいまいち納得がいかないようだった。


 「まあ、信用できないかもしれませんが、私は誰とも敵対する気はないんですよ。ただやられたら黙ってもいられないというだけです。スワンさんもフェリスが誰かに傷つけられたら黙っていられないでしょう?」


 「そうですね。わかりましたわ。不躾な質問にお答えいただきありがとうございます。」


 「こちらこそ。」


 とりあえず場がおさまったので忍はあまり気にしないことにした。

 その後は特に目立った問題はなく三日目の昼頃にはビッグバンに到着し、その速さにスワンが諦めたような半笑いを浮かべたのが印象的だった。


 到着が早すぎるといぶかしがられたものの冒険者ギルドから話は通っていたようですぐに街に入ることができた。

 送り届けたスワンのお屋敷の大きさに、今度は忍が半笑いになるのだった。




 スカーレット商会は忍の獲ってきたホワイトビッグボアの肉の量にかなりの人員を割いて対応に追われていた。

 シーラはサラとファルとともに借りる一軒家の下見に行っており、事務所にはゴランだけしかいなかった。

 早く着きすぎてしまったらしい。

 とりあえず商会の前の道で頼まれていたホワイトビッグボアの肉を見せると、二ブロック六メートル分を出した時点でゴランから静止された。


 「と、とにかく冒険者ギルドや他の解体場も使わせてもらって迅速に解体する。報酬は少し待ってくれ、用意してたぶんじゃ足りないぞ。」


 「いや、ニカたちがお世話になったし色々無理をさせたから、報酬はいらない。世話になった。」


 「いやいや、それはこっちの台詞だ。シーラさんが来てくれなかったら今こうしていられないんだからな。滞在中に白銀の喇叭の食事も楽しんでいってくれ。この街で一番のレストランだ。」


 「わかった。ところで私を尋ねてきた男がいるんだって?」


 「ああ、タルドは待ってればそのうち来るが、明日にしてもらえばいい。いまさら一日二日伸びても変わらないだろ。」


 ゴランが伝えてくれるとのことなので、ここは好意に甘えることにした。

 そして一呼吸置いて本題に入る。


 「棺は、あるか?」


 「言われたとおりに二つ用意してある。もし本当にお嬢様が生き返ったら俺達にも会わせてくれ。」


 「もちろんだ。」


 忍はゴランの用意した棺の一つにスキップの遺体を寝かせた。

 そしてもう一つの棺を入れ替わりにもらう。


 「スキップさん……。」


 ニカが名前をつぶやく、忍がスキップに手を合わせると他の従者たちもそれに習った。

 しかしゴランだけは嫌そうな顔をして抗議した。


 「やめろ!祈ったら生き返らなくなりそうだろうが!」


 「「あっ。」」


 たしかに、祈りは死者の冥福のために行うものだ。

 ゴランのその一言に納得がいったところでシーラたちが事務所に帰ってきた。

 忍はシーラを連れて事務所をあとにした。

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