プロローグ1
ーーーーーどうしてこうなったのだろう。
「はあ、はあ、あと少し……あと少しい!!」
学園の長い長い廊下を僕は全速力で駆け抜ける。
ーーーーーなぜ僕だったのだろう。
苦しい。呼吸をするたびに肺の中の肺胞がちぎれそうになる。
しんどい。唾を飲み込むと口の中に鉄の味が広がる。
足を上げると筋肉が悲鳴を上げる。それでも足は動きを止めない。止められない。
もし止めようものならば後ろから追いかけてくるソレにやられるからだ。
追いかけてくるソレの振動を背中にいやというほど感じつつ僕はさらに力を込めて走り出す。
「こい……こっちだドラゴン!!」
昨日から大変なことばかり。
だから昨日の分と合わせて今日から日記をつける。
別に日記を書く習慣はない、ただの気まぐれ。
もしかしたら明日から書かないかも。
でも僕の日常は変わった。
これから先目まぐるしく動くんだろうな。
僕はこの世界から脱出してみせる。
桜の花も終わりを迎えて初夏の暑さがき始めた今日この頃、心地のよい朝日の光がベッドに差し込む。
ーーーーー爽やかな目覚めだ。スマホを覗き時間を確認すると設定したアラームの時間よりも早く起きられたようだ。
普段なら夜は同士とソウルメイト達と共にサバトで遊戯に嗜んで母か姉が怒鳴り込んでくるのが日常なのだが、昨夜は気まぐれで早く寝たのが功を奏したようだ。
僕……いや我はベッドから起き上がり、机の上においていた眼帯と使い古した包帯を身につける。
「あれ、あんたもう起きてきたの?珍しいじゃん。いっつも夜は友達とオンラインゲームばっかで夜更かししてるくせに。」
着替えを終えた後、2階にある自分の部屋から1階に降りてリビングに行くと、朝食を作っている姉がからかってくる。
「フフフ、我は闇の住人だが偶には夜明けと共に行動するのも乙である。」
姉に向かってニヤリと笑みを浮かべる。
「はぁ……、あんた高校2年にもなってまーだそんな喋り方するの?」
深いため息をついて小言を呟く。
「まだとは?我はこの世に召喚されて以来常にこうだが?」
「はいはい、お弁当作っておいたからちゃんと忘れず持って行ってね。あとお母さんから伝言だけど明日は学園の方に用事があるんだって。明後日は創立記念日で休みだからその前にすませちゃいんだって。だから持って行く書類にサインとかしておいてってさ。」
そう言うと姉は机の上にある書類を指さした。
「魂の契約か、いいだろう。我が血の盟約にて……。」
姉は言葉を最後まで聞かず、呆れた顔をしてテレビの電源ををつける。
そろそろ家を出る時間だ。
玄関で靴を履き、姿見でもう一度自分の格好を確認する。
亜麻色の髪、少し長めの前髪から覗く母親譲りの大きな目、右目には眼帯、左袖からチラリと見える包帯、学園指定の紺色のブレザーの下には薄手のパーカー。
よしっ、いつも通りの自分だ。
周りの人は我のことを厨二病だなんだと囃立てるがそんなことは気にしない。
これは前世、そうきっと前世で世界を支配していた片翼の魔王の生まれ変わりである我を妬む声でしかないのだ。
今はまだ危険で使うことができないが、右目には全てを見通す魔眼、この世ならざるものを封じた左手は暴れ出そうとして疼いてしまう。
そんな苦しみを微塵も見せず過ごす我はなんと健気なのだろうか。
カバンを持ち扉を開ける、ふわっと心地よい風が入り込み我の頬をくずぐる。
「フハハハハ、なんていい日だ。」
そう呟き我こと日ノ村結城は見送る姉を背にして外の世界へと踏み出した。
「いってらっしゃい結城。はぁ、遅れてきた厨二病っていうのかなあれ、高校を卒業するまでにはそういうのは卒業してもらいたいものだわ。」
いつもの朝、いつもの日常、そんな日々がずっと続くと思っていたーーーーーーーー今日までは。
家を出て、バスに乗って20分。ようやく学園へと着いた。
私立黎明館学園。何とか財閥のど偉い人が作った幼稚園から大学まである一貫校だ。
進学校を銘打ってるがスポーツ、芸術、芸能の分野にも力を入れており有名なスポーツ選手やアイドルなどの著名人を何人も輩出してる。
そのおかげか少子化と言われてる昨今でもかなりの数の生徒が在籍している。
また服装に関しても緩めで多少見た目を変えても良いというのも、束縛されるのを嫌う若者たちに人気がある要因のひとつだろう。
特に去年、我の入学時に制服が一新され詰襟タイプからブレザーに変わったのだが、その時の入学の倍率はかなり高く、高校から編入した我もかなり大変な思いをしたのを覚えている。
ゴーン、ゴーンと鐘の音が聞こえる。
学園の象徴である時計塔に設置されている鐘が時を告げているのだ。
「日ノ村ちゃーん。おはざーっす。」
バスを降りて学園の入口に向かおうとすると陽気な声が後ろから聞こえてきた。
またあいつか。
振り向かなくても誰だかわかっている、あの男だ。
「うぃーっす。今日は早いじゃーん。」
我の肩にドンっと衝撃が走る。声の主が肩を組んできたのた。
我は怪訝な表情を見せつつ男の顔を見る。
「……早坂先輩、おはようございます。」
男の名前は早坂狼雅。我が通う学園のスポーツ科在籍の先輩で3年生だ。
前髪だけ少し伸ばした短い黒髪、細く手入れした左眉にはピアス。そして一番目を引く、良く言えば恰幅の良い体、悪く言えばでっぷりとした体の持ち主である。
我の入学前する前は野球部で活躍していたようだが、とある事情で辞めたそうだ。
そんな過去を感じさせないような体型の早坂先輩は何故か我にたいして馴れ馴れしい。
入学当時ソウルメイトと学園の食堂で深夜アニメの話をしていたのだが、隣の席で食事をとっていた早坂先輩がこちらの話に食いついたのがきっかけだった。
それ以来妙に絡んでくる。運動部特有なのか根明でいわゆる陽キャな早坂先輩はズケズケと我のスペースに踏み込んでくる。
悪い気はしないがもう少し節度を守ってほしい。
早坂先輩のでかい腹に隠れて気がつかなかったが奥にもう一人いることに気がついた。
名前はなんだっけかな。一度紹介してもらったけど忘れてしまった。確か中等部の男子で先輩の取り巻きだ。
暗いとは言わないがいつもオドオドしていて内向的な印象を受ける。
お喋りな早坂先輩とは真逆でほとんど話してるところを見たことがないくらい影が薄い。
こいつも我と同じで無理やりつるまされてるクチか?かわいそうに。
「でさ、先週のアニメ見た?俺さぁあのアニメ見てマジックにハマっちゃって。ミスなんちゃらっていうやつ?」
「それってミスディレクションですか?意識を逸らしてってやつですよね。」
「そうそうそれでこの前科学部のダチに燃える紙作ってもらっちゃってさぁ。」
先輩といつも通りの当たり障りのない話を受け流しつつ玄関まで歩き下駄箱で上履きに履き替えクラスへと向かった。