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なれ合いを断ち切り、旅に出ろ

作者: 唐揚げ

「お願いなんだけど、この資料、明日までにまとめてもらっていい?」


 いつも通りの上司からの無茶振りを受けたのは、定時が過ぎて残業を一時間ほどし始めたときだった。そういう上司は帰り支度を始めている。たしか、娘さんだったか息子さんだったかの誕生日だったかというのを仕事中の雑談の合間に小耳に挟んだような気がする。

 他の同僚たちはすでに帰っており、私にその無茶振りの白羽の矢が立ったのだろう。

 私は一人だ。

 誰か家族が家で待っている訳でもない。待っていてほしいとも思わない。


「じゃ、よろしく」


 いつも断らない私を信頼してか、あるいは、私が断らないと見越してだろう。上司は私の机の上に、その資料を置いてタイムカードを押して帰っていった。私は先に後輩から頼まれていた仕事を、そこそこに、まず、上司が置いてきた資料に目を通す。これは、私と同じくらいに残業をしていたから、ある程度までは資料も纏まっているだろうという期待も含まれていた。

 甘かった。

 完全に手付かずの資料だ。


「これをまとめるのに、どれほどか」


 資料の内容を見るに、売り上げの報告会議に使うものだろう。事務所の中にある予定が書かれたホワイトボードへと目を向ければ、そこには、明日の日付の箇所に報告会議と書かれている。なるほど、明日までにまとめてほしいというのは何となくわかる気がする。

 

 私は、しばらく考え込むと、後輩から頼まれていた仕事へと手を付けた。

 一時間後、私は後輩の仕事を後輩のデスクの上に置くと、上司から頼まれた資料を手に取った。


 そして、シュレッダーの前に立ち、細い挿入口に資料を入れていく。

 ブイイイイイイっと、モーターが回り、鋭い刃が挿入されてきた紙の資料をバリバリにしていく。

 きっと今頃、幸せに子供の誕生日を祝っているんだろうな。

 それはたぶん、世間で言うならすごい素敵な事なんだろうな。

 私は残業代の申請をしてから、タイムカードを打刻し、事務所を出て行った。帰りはまっすぐに帰らずに、液に向かうと一番高い値段の切符を買った。そして、そのまま、電車に揺られてどこか遠くへと向かい、見も知らない駅で降りると、コンビニに寄った後、駅前にあったビジネスホテルに入る。

 唯一空いていたワンルームをとると、スーツのままに、シャワーを浴びながら、一枚一枚、服を脱いでいく。

 そして、全裸のままに部屋の中をうろつくと、ベッドへと倒れこんで眠った。


 いつも通りのアラームに目を一旦、覚まし、ゆっくりとテレビを見た。まだチェックアウトの時間には余裕があるからと、今まで見たことがないような番組をじっとテレビで見ていたらスマホが鳴った。画面を見れば、カスと書かれている。

 

『おい! お前! どこいるんだよ!』


 上司の声がスマホから聞こえてきていた。


『おい! 資料頼んでたよな! どこにあんだよ! おい!』


 私は昨日、コンビニで買ってきていたビールをスマホのマイク近くでカシュと開けると、中身をバスタブに注ぎ棄てる。風呂場がビールの麦芽とホップの臭いで満ちていた。


『何してんだ! どこで何してんだよ、おい!』

「あのすんません、課長」


 ビールの空き缶をぽいっとバスタブに捨て、私はようやっと口を開いた。


「私、あんたの事嫌いなんで。辞めますわ」

『は? おま、何言ってん』

「じゃ、よろしく」


 私はそう言うと何か言葉を吐き続ける上司との通話を切った。

 二つ目のビールの缶の蓋を開け、あ、と思い出す。

 後輩の仕事も、似たような感じでテキトーにしてしまっていた気がする。


「ま、いいか、次はどこに行こうかな」


 そう口にすると、ビールをバスタブに捨てた。

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