竜姫の番探し8
「おおーい!盗賊を捕まえたんで、誰か駐在所に行って傭兵を連れて来てくれ」
森をを抜けるとなだらかな牧草地帯が広がっていて、ぽつりぽつりと牛や羊が放牧されている。街道を進むと小さいながらも店や食事処が並んでいる。そこで馴染みの商店に声をかけた。
「ローガンさん、あんた盗賊なんか捕まえて来たのかい!」
慌てて出てきたおかみさんは穏やかなローガンを知っているので驚いて声をあげた。
「いや、捕まえたのは俺じゃなくて、この子さ」
後ろできょろきょろと店の中を見回している女の子がいる。
「いやだ、冗談じゃないよ、こんなかわいい子がそんなことするわけないよ」
いや本当のことなんだが、信じられないだろうとは思っているのでまあ傭兵が来てから説明するか。
この田舎では都会と違い騎士団などは駐在しないので傭兵上がりの住民が自警団を作っている。店番の坊主がすぐに連れて来たのは顔見知りの中年の傭兵だ。
癖毛でぼさぼさした頭で風貌は冴えないけれどこんな田舎には珍しく腕利きだ。
「やあ、これは最近この辺りを騒がしていた盗賊の頭じゃないか。お手柄だなぁ、ローガン」
「いや、だから俺じゃなくてこの子が捕まえたんだ」
ルクスの背を押して紹介する。
「森で助けてもらったルクスだ。ルクス、この村の傭兵をしているザイロン、まあ何て言うか悪い奴を捕まえる仕事をしている」
わからないかな、と思って説明のようになってしまった。
「なんだって、このお嬢ちゃんが捕まえた?」
ルクスはにっこりすると
「ねえ、あなたは番がいる?」
あ、やっぱりね。
ローガンが止める前に言ってしまった。
「ルクス、ほら初めての挨拶で番の有る無しは聞かないもんなんだよ」
「そうなんだ、じゃあそこの盗賊?を捕まえたルクスよ。番、じゃなくて相手を探しているところよ」
ローガンは手で顔を覆った。
「ぶわっははは!ずいぶん面白いお嬢ちゃんじゃあないか!番ってのはあんたのかい?俺みたいな中古じゃあお嬢ちゃんの番にはもったいないな。それより本当にあんたがこいつを捕まえたのかい?」
それから失神していた盗賊を叩き起こして捕まった状況を説明させ奴等の根城を吐かせると、ザイロンは大剣を背中にしょって討伐隊を組んで残党狩に出ていった。
このところ街道をやってくる旅人や商団の馬車を狙って荒稼ぎしていたらしい。大体が辺鄙なところで物資が乏しいのに盗賊を恐れて商団が来なくなってしまっていたので、この捕縛は村にとって大いに喜ばれた。
「お嬢ちゃん本当にありがとうねぇ。あいつら時おり村に降りてきては娘達をじろじろつけ回して、いつか拐われるんじゃないかと気が気でなかったんだよ。お礼と言っちゃなんだけど、喉が乾いてないかい?うちの牛乳は新鮮で美味しいよ」店のおかみさんはびっくりするやら感謝するやら忙しく捲し立てる。
素朴な木のコップに注がれた飲み物。
「これ、なに?」
初めて見る白い飲み物に驚く。
「これは牛の乳だよ。さっき草を食べていただろう」
「ああ、あの動物。竜の涙は飲んだことあるけど、これは初めて!」
竜の涙だって?ぽかんとしている周囲を放ったまま、ルクスはごくり、と口をつける。
「おいしい!飲み物なのになめらかで、本当においしいわ!」
黙っていれば精霊の如く美しい少女が初めて飲んだと目を輝かせるので、集まったみんなはそれならチーズも焼こう、いやさっき作ったソーセージがあるとあちこちから持ち寄られて、何故かお祭り騒ぎになってしまった。
「一体なんでこんなことに」
ローガンは呆然としている。いくら田舎で娯楽がないからと言って、あそこで串焼きを焼き始めているのは偏屈で有名なじいさんじゃないか。いくら盗賊を討伐してくれたって、いくら美人だからといって、こんな集まりに来るような人じゃなかった。
「ローガン、これすごいよ!牛だって、牛を細かく切って袋に積めたんだって!すごいね、ゼファだったら絶対破っちゃう」
焼けたばかりのソーセージを振り回してみんなから止められているルクスが大声で叫んでいる。
『ああ、もう、ゼファって一体誰だよ!』
「ローガン、ローガン! これ、これ伸びる~!」
ヤギのチーズが載った黒パンをかじったルクスが熱さと美味しさで大騒ぎしている。
ああもう、きっと彼女がいるからだ。きらきら光る笑顔の周りでみんな大笑いしている。
俺はもしかしたら、本当の精霊を拾ってしまったんじゃないだろうか?
ローガンはルクスを落ち着かせるために走って行った。