竜姫の番探し7
「そう、番」
「ええと、それは妻っていう意味かな?妻なら王都で俺の帰りを待っていてくれているが、」
なんだかおかしな問いかけをされて『この子は異国の子なのか?そう言えば南の方の服を着ているし、腰の袋は見たことがない革袋だ』と行商人のローガンは思った。
『そっか、これは他の番か。それなら一緒に行ってみれば他の人間に会えるよね!』
そう決めるとにっこり微笑んだ。
「うん、一緒に行くわ!」
馬はルクスを乗せるのを怖がっていたが、ルクスがそっと手の臭いを嗅がせて首を撫でると落ち着きを取り戻し、ローガンに従って走り出した。
「改めてお礼を言うよ。俺はビショップ商会のローガン•ビショップ。隣国まで取引に行った帰りで、まさかシルバーウルフに襲われるとは思わなかった」
「私はルクス。番探しの旅に出ているの」
『番って、聞き間違えじゃあなかったか...。』苦笑いしつつローガンは言った。
「お嬢さん、異国の言葉なのかもしれないが、番っていうのはちょっとやめておいた方がいい。お嬢さんが探しているのは結婚相手ってことでいいのかな?それにお嬢さんみたいな美人が婿を探しているなんて言ったら何人も求婚者が現れてしまうよ」
「結婚? わからないけど、島に一緒に帰ってくれる人間を探しているの。たくさんは要らないのよ、だって運命の番、えっと相手?は一人でしょう?」
そう言うルクスは風に長い髪を靡かせて、おかしな発言がなければ森の精霊のようだとローガンは思った。
そう、竜達は見た目の美しさについて話したことがなかったのでルクスは気がついていなかったが、その容貌は極めて美しかった。
プラチナブロンドの長い髪に、同じ色の長い睫毛にふちどられた菫色の瞳はぱっちりと開き、薄桃色のぷるりとした唇が色香を出している。細くしなやかな体は南方のゆったりとしたチュニックに膝上ズボンに包まれている。もしもこれが王都の流行のドレスだったらどんな令嬢でもひけをとらないだろう。
『こんな美人が独り旅とは、悪い奴に捕まりかねない。確かにシルバーウルフを蹴り飛ばすなんて力は強いがなんだか危なげというか、常識がないっていうか...。婿を探しているなんてあちこちで言ったらまさに鴨ネギだ!これは安全な土地まで送ってやらないと』
ローガンは無意識に心の中に幼い自分の娘を浮かべて、もし娘だったら心配で居ても立ってもいられないと思った。
「ルクスさん、それなら一緒に旅をしないか。俺は商人であちこち行っているから、人を見る目はあるよ。あんたにふさわしい相手が現れるまであちこち見ながら行けるが、どうだい?」
「わあ!良いの?私、ローガンさん以外の人間はまだ見ていないからどんなのがいるのかわからなかったの!よろしくね!」
『俺以外の人間...どんな僻地からこの子はやって来たんだ!?』
話せば話すほど、ルクスの育った環境が謎だったが、ともあれ二人で近くの町を目指すことになった。
あと少しで森を抜けると言う時、矢が飛んで来て幌に刺さった。
「なんだ!盗賊か?狩人か?」
ローガンが馬を急停止させると後ろから数人の男が走りよって来る。
「まずい!盗賊だ!」
「盗賊?」
「そうだ、ああ!あんたみたいな美人を見たら拐って売られてしまう!荷馬車の奥に隠れて、息を潜めるんだ!」
ローガンは再び鞭を打つと馬を走らせる。しかし盗賊達はあっという間に追い付いて、馬に向かって矢を射った。その様子を見ていたルクスは生まれて初めて燃え上がるような怒りを感じた。
『あの子は私を受け入れてくれたのに!なんてひどいことを!』
馬は矢が胴体をかすめて血を流している。
ぎりっと歯を噛み締めると荷馬車から馭者台まで戻って来ると、手の平を空に掲げて力を込めた。
「ルクスさん!隠れて、隠れるんだ!」
「はーっははは、いい女がいるぜ!今日はついてるな!楽しみが増えたぜ!」
下品ながらがら声で叫び声をあげる盗賊。
「お前は許さない」
掲げた手を盗賊に合わせる。
盗賊が走りながらルクスに手を伸ばした、その時。
ピカッ
雨雲もない空から一筋の雷が落ちる。
「がはっ」
伸ばした手が届かないまま馬から転げ落ちる。
「お前達も同じ目に合いたいか?」
凛とした視線を受けて、仲間の盗賊達は
「ば、化け物だ!魔術師だ!逃げろ、逃げるぞ!」
落ちた奴をそのままに走り去っていく。
「ふう」
「あ、あんた」震える声がかかる。
あ、まずい。
「ローガンさん、これ内緒にしといて!ゼファと約束したの、緊急じゃないと使っちゃダメだって言われてたの。ああ~、ゼファに怒られる!島に戻されちゃうかなあ~」
恐ろしい思いをしたであろうに、ルクスは誰だかわからないが恐らく保護者に叱られると頭を抱えている。
「あ、あは、あはははは!盗賊に襲われて緊急じゃないとか、信じられないよ!はは、ルクスさんは魔術師だったんだね。今じゃずいぶん少なくなったって聞いているけど」
きょとんとした顔をあげて
「魔術師?違うよ、竜力の使役だよ」
またなんだか不思議なことを言い出した。
「とにかく、2度も助けられたんだ。命の恩人のために、立派な婿探しを手伝うよ」
「本当に? ありがとう! じゃあルクス、って呼んで。みんなそう呼ぶから」
「わかった。俺のこともローガンと呼んでくれ」