竜姫の番探し6
「王太子殿下の妃探しが始まったんだって?」
竜の島からずいぶん遠い、大陸の中央にあって強大な力を持つフルゴル王国では連日この話題で持ちきりだった。
「ああ、属国や同盟国、果ては繋がりの薄い遠い北の国からも姫君の絵姿が送られて来ているらしい」
「王太子殿下は聡明な上に役者もびっくりなくらいの美丈夫だからな。ご令嬢方は火花を散らして王太子の隣を奪い合うだろうな」
ただでさえ賑わっている王都の中央通りを各国からの使者を乗せた馬車が連日駆けつけている。人々は通りの先にそびえ立つ白い岩を切り出して作ったお城を眺めては、どんな姫がやって来るのか楽しみに話しに花を咲かせていた。
◆◆◆
ここはそんな噂も届かない王国の最も東にある小さな町だ。森と湖が美しい、酪農が盛んな静かな町で大騒ぎが起こっていた。
「んんん~! おいしい!これ何杯でも飲めるわ!」
「そうだろう、そうだろう。うちの牛乳が一番うまいんだ!」
ルクスは口の周りを真っ白にして大きな木のカップを置いた。
「こっちのチーズも食べてごらん、とろっと伸びておいしいよ!」
「ふわあああ~」
火に炙ってとろけたチーズが薄切りのパンの上に乗せられている。渡されるのももどかしく、がぶりと齧りつくとふわっと香る新鮮なミルクの香りと甘い味。
「ううう~ん!こんなにおいしいものがあったなんて!」
「お嬢ちゃん、一体どんな田舎から出てきたんだい?牛乳もチーズも食べたことがないなんて、あんたまさか家で虐められていたんじゃないだろうね?」
おかわりを注いでくれるおばさんが眉をひそめる。
「ううん、みんな大切にしてくれたよ。魚とか果物はたくさん食べたけど、他の動物は見たことなかった」
ルクスがそう言うと、集まったみんなは海辺の僻地からやって来たんだろう、と思った。
「それにしても嬢ちゃんは見かけによらず強いんだなあ。冒険者になるつもりなのかい?」
そう、そもそもなんでルクスが町をあげてご馳走になっているかと言うと、ゼファと別れて独りで歩いていた時のことだった。島では見たことがない深い森は目新しく、可憐な花や時おり後ろ姿を見せる動物などに目を輝かせていた。
「しかし、人間ってどこにいるんだろう?」
自分と同じような動物はまだ見ていない。あんまりいない種類なのかもしれない、などと呑気に旅を続けていると、何か金属がぶつかり合う音がする。
ルクスの耳はとても良いので、音がする方に走って行くと大きな動物に引かせたもの(後で聞くと馬車と言う乗り物だった)が銀色の獣に襲われていた。
動物は怯えて後ろ足で立ち上がり、それを必死に抑えようとしているのが
「人間!」
ルクスの初人間発見となった。
急に森から現れた女の子が何故か「人間!」と叫んだのも驚いたが、彼女が走りよってシルバーウルフに向かって高く足をあげて蹴り飛ばしたのには心底驚いた。細い足なのにかなりの威力だったらしく、あれほどしつこく襲ってきたのに尻尾を巻いて逃げ出した。
助けられた男はまだ驚きで心臓が鳴っていたが命の恩人に
「ああ、ありがとう!もう助からないかと思ったよ。馬を狙われていたから、走ることも出来なかった。お嬢さん、あんた冒険者かね?それなら町まで付いて行ってくれないか?もちろん謝礼を出すよ」
そう言って頭を下げた。
ルクスは初めて見る人間をじっくり観察していた。
自分よりも頭ひとつくらい高くてがっしりとした体、茶色い髪に同じ色のひげが顔を覆っている。
『馬、と言うのはこの動物のことかな?町と言うところまで行きたいのかな?』
と考えたところで、一番に聞くべきことを思い出した。
「ねえ、あなたには番がいる?」
「...番?」