竜姫の番探し40
「こんにちは、...気分はどう?」
次の日、ルクスは小さいゼファと共にバシレオス王子のお見舞いに来ていた。王城の客間はリビングと寝室に別れていて、落ち着いたダークグリーンの壁紙にウォールナットで出来た家具が配置されている。居間に通された二人が見たのは、倒れた時に頭をぶつけたらしく包帯を巻いているバシレオス王子だった。
「あ~、いろいろ謝らなければならぬが、まずはそなたの姉を拐ってすまぬ」
ゼファが頭を下げる。バシレオス王子はワナワナと体を震えさせ、
「と、とかげがしゃべった...」
「とかげではない! ふん!あの爬虫類にそんな器用な舌はついておらん!」
いやそこではないと思いつつ
「ゼファは火竜で、私の兄なの。その、私があなたの姉かもしれないと言うことになるとあなたにとっても兄になるから、仲良くしてくれたら嬉しい」
そう言うとバシレオス王子はびっくりしてこちらを見た。
「...ルクス様は、赤子の時から竜に育てられたのですか?」
「そうだよ、島には竜しか住んでいないから」
「辛くなかったのですか?」
「小さい頃は人間が何を食べるかよく分かっていない竜達が固い果物やお腹を壊す葉っぱや生魚を食べさせて死にかけたらしいけど、大抵は母さまの涙で治ったから大丈夫」
「そ、それは大丈夫なんでしょうか?!」
バシレオス王子は困惑しきりだ。
「それより、あなたは? あなたは幸せだった?」
「幸せ...」
バシレオスは子供部屋で密かに泣く母親の背中や、心無いものからの嘘の噂、父王の嘆息...。
「わ、私は、」
「うん」
ルクスに握られた手を辿っていくとすぐ近くに自分と同じ菫色の瞳。レーベンダルグ王国の王家の居室には家族の絵姿が飾ってある。毎年描きかえられるその横に生まれたばかりの姉姫の小さな絵姿が飾ってある。生まれた時のまま、大きくならない姿の絵が。
「私は、悲しかった、いつも壁に飾ってあるのに会えない姉姫も、詐欺師に掴まされた嘘の目撃情報に右往左往させられる父王も、自分の誕生日なのに忘れてしまう母王妃も!みんな、みんな、姉上のせいだと思ってた!!」
涙がぽろぽろとこぼれていく。
「ごめんね」
「でも、あ、姉上が悪い訳じゃなかった...。分かっていたんだ。私が変えていかなければいけなかったのに、力不足の自分の言い訳にしていたんだ」
バシレオスはルクスの手を握り返す。
「姉上が幸せで良かった。会えて、会えて本当に嬉しい」
ようやく涙が止まったバシレオスが微笑む。
その時、ドアが激しく叩かれ控えていた侍従が開ける間もなく人がなだれ込んでくる。
「バシレオス!無事でいるか?!」
「レオ、私の子!怪我はしていない?!」
あっという間に二人がかりでぎゅうぎゅうに抱き締められたバシレオスは目を白黒させた。
「父上?、母上も! 一体どうしたというのです?」
「何を言ってるんだ!お前が滞在中のフルゴル王国に竜が現れたと魔鳩で速報が来たんだ!もしお前まで竜に魅入られたらと思ったら居ても立ってもいられずスレイプニルで駆けてきたのだ!」
そう言って息子の体や顔を撫でる。
王妃は泣きながら、「ああ、バシレオスが無事で良かった!あなたを失ったら生きてはいられないわ!」
よほど急いで来たのだろう、王のマントは所々破れ、足元は泥にまみれている。王妃はバシレオスと同じ美しい髪をざんばらに振り乱しもう二度と離さないとばかりに腕に取りすがっている。
二人に泣かれて困惑しつつも不思議と安堵を覚えて、はたと姉姫の存在を思い出す。しかし、いつの間にかそっと部屋を出ていったようで姿がなかった。
ルクスとゼファは王城の長い廊下を歩いている。
「良かったのか、ルクスよ」
「うん、あの子が思っているよりちゃんと大切にされていて良かった」
ゼファは言いづらそうに
「だが、そなたの親でもあろう。会わなくて良かったのか?」
ルクスは微笑んで
「私にはゼファがいるもん。あの子が大切にしてきたことを私が混ぜ返したくないんだ」
そう言うと、くしゃりと顔を歪ませて
「すまぬ...」
「違うよ、ゼファ。私、悲しくなんてないんだよ。もし人間の親に会ったら懐かしく思うのかなって考えていたけど、そう思わなかったの。ただ、あの子にちゃんと愛してくれてる人がいて良かったって思うだけだった。これから知り合って、話してみたら大切になるかもしれないけど、今私の大切な人はゼファと、母さまと、島のみんなだよ」
晴れやか顔のルクスの後ろから
「その中に私が入っていないのが腑に落ちないのですが」
「きゃーっ!」
「うおっ、おぬしどこから湧いた...?」
グラディウスがいつの間にかやって来ていた。
「ルクス嬢、これからは私があなたの心の中の一番ですよ」
そう言ってふんわりと腕で包み込む。
「あああああの、わかったから離れて!」
「そうだぞ、そもそもルクスの一番は我だ! 番と言えども我を差し置くなぞ許すまじ!」
「ご安心を!お義兄さんのことも大好きですよ!」
「「なんか違う!」」




