竜姫の番探し39
「あの、ルクス様は本当の家族については何かご存知ではないのですか」
恐る恐る、といった表情でバシレオス王子が口に出す。
ルクスは初めてバシレオスに気がつくと、きょとんとした顔をする。
「本当の家族? ゼファと母さまと、島のみんなだよ」
「いえ、ルクス様は人間です。竜が人間を産むわけはないのです!あなた様にも絶対、絶対家族がいるはずなんです!ずっと探し続けている家族が!!」
急に激昂したバシレオス王子に驚く。
グラディウスは両肩を押さえてやると、ルクスに向かって
「ここにいるバシレオス王子はね、姉姫を竜に拐われたんだ」
俯いて涙を押さえているバシレオスを見つめる。
同じ菫色の瞳、プラチナブロンドの髪、まさか。
「ルクスは何か覚えがある?」
そういえば、確か島を出るとき母さまが助けになるかも知れないと小さな指輪を渡してくれた。それは今も首からかけてドレスの内側に隠れている。
「ルクス?」
そっと胸元に指を入れて細いチェーンを引き上げる。
「母さまからもらったものだけど...」
それは見事な白銀の細工の台座に紫水晶が光っていた。
◆◆◆
話し合いの結果、グラディウスとルクスは正式に結婚することになった。但し、同性婚の法律を制定して、廃嫡でなく公爵となって辺境を治めることが条件となった。
「公爵か...」
「王太子から逃げたんです、それくらいは責任を負ってください」
「リージスは厳しいな」
「当たり前でしょう、殿下の手綱を取るのは容易でないんですから」
やっと落ち着きを取り戻した城の自室で二人でグラスを傾ける。
城下はまだ竜の騒ぎで賑わっているようだ。時折、音だけの簡素な花火があがっている。
竜が現れる土地は幸せが訪れる、とは『竜の愛し子物語』で最後に書かれている台詞だ。
『そうしてお姫様は竜と結ばれて幸せになりました。それからと言うもの、竜が現れた土地は幸せが訪れると言い伝えられました。おしまい』
「そんな言い伝え通りになれば良いんだけど」
グラディウスの呟きは氷と一緒に溶けていった。
◆◆◆
ルクスとゼファはローガンの家に戻ってきていた。
たった一日出掛けただけでゼファの存在がばれて、ルクスの結婚が決まって、血の繋がった家族が見つかった。
あまりにも濃い一日に二人は疲労困憊だったので、王城に泊まるよう勧められたが振り切って帰って来たのだ。
ローガンもオリビアもミリイも王城であったことを号外で知ってたので心配を隠しきれずに待ちかねていた。
なのに、帰って来た途端に喧嘩を始めた二人に困惑しきりだった。
「信じられない!! ゼファが赤ちゃんだった私を拐って来た?本当に?」
初めて知る自分の出生に驚きを隠せないルクスが叫ぶ。
「る、ルクス、きっとゼファさんにも理由があったはずで...」
ローガンの助けも虚しく、魔術で体を小さくしたゼファは、更に体を縮ませた。
「その、拐うつもりはなかったのだ。なにやらきらきらしたものがあるなと珍しい鉱物かと思い...」
「まさかの補食対象!」
「ぺっしないとダメなのよ!ゼファ!ぺっ!」
「ミリイ、口を挟むんじゃない!」
ローガンがミリイを捕まえて出ていく。オリビアも心配そうな顔をしつつ二人だけで話す必要があるだろうとドアを閉めていく。
「...いや、食してはないだろう?! しかも親らしき人間が急に現れたので驚いて逃げたら我の顎にくっついていたのだ!」
「偶然の犯行!行き当たりばったり誘拐!」
「妙な名前をつけるな!結果として拐ってしまったが、我も母さまもルクスを愛している!それが全てだ!」
ゼファの咆哮にルクスが黙る。
「...」
「お、おい、ルクス...? わ、我が悪かった、確かにすぐに返せばよかった。しかし、」
ルクスは腕を伸ばすとぎゅうっとゼファを抱きしめる。ぼろぼろと涙を流しながら
「そうだよね。拐っても、竜じゃなくても、ゼファは私を愛してくれてる。ずっとずっと、大切にしてくれてる」
ゼファは黙って涙でべちゃべちゃのルクスの顔を舐める。
「ありがとう、ゼファ。私、ゼファの妹になれて幸せ。ずっとずっと、幸せだった。けど、あの子はずっとずっと悲しかったのかな...。」
白銀の指輪を震える手のひらに載せた時、バシレオス王子は顔を真っ白にして倒れてしまった。
「明日、話しに行かなきゃね」
「うむ、我も心から謝ろう」
そう言って二人は一つのベッドでくっついて眠った。




