竜姫の番探し34
「好きな女性が出来て王位継承権を破棄したい?」
あの聡明な王子がそこまで想う相手とはどんな方であろう?
バシレオスは眉間に皺を寄せたインウィクトス王に聞きたかったが、さすがに他国の王族の婚姻に首を突っ込む訳にはいかない。
無難に会話を繋げ面会は終了となった。
「城内は噂が錯綜していますね」
側近のアトラスが早速情報をもたらした。この男は茶色い髪に茶色い瞳、誰もがどこかで見た顔と思う特徴のない容姿のおかげで優秀な諜報員として活躍している。
「お相手と実際に会った者はいるのだろうか」
「討伐で傷を負ったときに救ってもらったそうですが、従軍していた騎士達は口が固くほとんどわからないそうです」
「と言うことは、王都の人ではないのだな」
「今回の討伐は南の方だったそうです」
「南...。フルゴル王国との国境に接している小国とは親交がないな」
「はい、かの地は竜を信仰している小規模の豪族が各地を治めていて国というよりは連合と言った方がよろしいかもしれません」
「竜を信仰...」
バシレオスは顔をしかめた。レーベンダルグ王国では姉姫が拐かされた時、空に竜が現れて王城から姫をさらって行ったとまことしやかに伝わっている。
『馬鹿馬鹿しい、竜など一度も見たことがない。犯人が見つけられなくて困った侍女や役人の出任せに決まっている!』
生まれた時から失った姉姫への思慕や悲嘆に染まっていた城で育ったバシレオスは姉が不憫ではあるものの、不満も隠し持っていた。
『私がどんなに勉強しても姉姫様が戻られたらお助けできますね、執務を行っても姉姫様のためになりますね、果ては王(仮)とはあきれ果てて父王に文句も出なかった』
娘を失って精神が不安定になった母親を支え、王子として王国を支えているのに誰も正当な評価をしてくれない。
そんな不満を見抜いたのがグラディウスだった。
「レーベンダルグ王国の王子はずいぶんおとなしいのですね」
初めての外交でやって来た時、歓迎会でむっつりと黙ったままのバシレオスに声をかけてきた。
その時父王はインウィクトス王に竜に関する書物がないかと積極的に話をしているところだった。バシレオスは居もしない竜について話す父王が嫌でたまらなかった。
「竜の話が嫌いなのです。竜など存在しません。ましてや人間をさらうなど、あり得ないことです」吐き出すように呟くと
「竜はいますよ。見たことがないからといって存在しない訳ではありません。私達が吸っている空気だって見えませんが、確かにあるのと同じです」
「それでは見たこともない姉もやはり確かにいるのでしょう。城に蔓延る幽鬼のように」
グラディウスは一瞬驚いたような顔をして、悲しそうに笑った。
「私の弟はね、自分で求めた訳ではないのに運命に翻弄されているのです。あなたも自分でどうにもできない船に乗り込んでしまっているのですね」
その言葉にハッとさせられた。
「自分でどうにもできない船、確かにそうです。私が漕いでも漕いでも、ちっとも進まない船です」
グラディウスは少し思案すると「良かったらしばらくこの国に留学しませんか?ほんの少し違う空気を吸うのは良い経験になりますよ」
そう言ってインウィクトス王とニキアス王にあっという間に話をつけて来て、バシレオスの短期留学が実現したのだ。
あの後、グラディウスが竜オタクとも言えるほどの研究者であることを知った。心から心酔している対象を馬鹿にされても気にしなかった彼に尊敬の念をいだいた。
そして弟のアルカナムを紹介され、問題は違えど困難な状況にいるのにめげずに立ち向かっている姿を見て、自分も自分なりに進んでいこうと気持ちを落ち着けることが出来たのだった。




