竜姫の番探し27
嵐のような殿下の来訪が過ぎて、一家はぐったりとなった。せっかくの夜会も楽しめず、なぜだかルクスが帰ることになって衝撃を受けたミリイを寝かしつけて、ローガンとオリビア、ルクスとゼファは遅い夕食を取りながら話し合う。
こんな時間なのにコーンスープは温められて、メインのローストビーフはパンに挟んで食べやすくしてくれている。
「うまい。人間が発明した中でもこのパンに挟んで食べると言うのは画期的な発明だ」
ゼファがモシャモシャと咀嚼しながら言う。
「そうだね。パンはこの白いのも、バターがたっぷりのも、葡萄が入ったのも全部美味しい。島に帰ったらきっと食べたくなるだろうなあ」
ルクスが言うとオリビアは寂しそうな顔をした。
「番が見つかるまでと思っていたけど、一緒に暮らしてきてすっかり家族だと思っていたからさみしいわ」
ローガンも顔をくしゃりとさせて
「でも、リージス副団長が言っていた魔術師に任命するのは避けなければいけないよ。ルクスの魔力もゼファの力も、人間が利用して良いものではないよ。俺はルクスの幸せを一番に大切にしたいんだ。権力に振り回されて、ルクスが、ひいては竜達が人間の言いなりになって欲しくない」悲しそうに言う。
ルクスは頷きながらも
『あの赤くて忙しい人、そんなに悪い人に見えないんだけどな。それよりぴかぴか王子はまた来るって言っていたけど、来るのかな?』なんだか少しわくわくしているようだ。
ゼファは皿に載った葡萄を器用に摘まむと口に放り込んで
「我ら竜が人間の言いなりになるなどあり得ぬ。ローガンよ、そなたの心には感謝するがいざとなれば我がルクスを連れ帰る。どんと構えておけ」
ふんっと鼻から息を吐くと煙が上がった。
ローガンはちっとも減らない手元のサンドイッチを見つめていたが、その言葉にはっとすると
「そうですね...。ゼファがいればルクスは逃げられますね。うん、大丈夫だ!」
ようやくサンドイッチにかぶりつく。
「そうよね、いざとなれば私達も一緒に王都を出ちゃえば良いしね!」オリビアが手をあわせて笑う。
「むぐう?!」
「おお、良いな!島の近くに人間が住んでいるところもあるのだ!あそこなら我がひとっ飛びで行けるぞ。そうしたらパンも焼いてもらえるの!」
「小麦粉が手に入るならお菓子もつけちゃうわ!」
「なんと菓子も!オリビア、そなたなかなかやるのう!」
すっかり盛り上がっている二人に
「まだ決まってないからね!お願い、落ち着いて!」
その様子を見ながら紅茶を淹れているルイスは
「支店の準備が必要ですかね?」と手帳を取り出した。
◆◆◆
「陛下、結婚したい相手が見つかりました!」
帰城してそのまま陛下の私室のドアを開けた。
「グラディウスよ、ドアは返事を聞いてから開けるものだ」
ソファに王妃と並んで座る国王インウィクトスが呆れている。
金色の目、藍色の髪、王子と同じ色合いだがその顔付きは厳めしく左瞼の上の傷痕が見るものを怯えさせる。
「グラディウス、結婚と言ったの?どちらのご令嬢なのかしら?」おっとりとした小鳥の囀ずりのような声で聞いて来るのは王妃ヴェールだ。ややピンクがかったブロンドに深い緑の瞳、とても三人の子持ちとは思えないほど華奢な女性だ。この方の柔らかい微笑みが王子に遺伝したのだろう。
「母上、ルクス嬢と言います。素晴らしい魔術の才能だけでなく容姿もとびきりの美しさです。しかも家族思いの優しい気性、もうこの方しかいません。と言うことで、この申請書にサインをお願いします」大理石で出来たテーブルの上に紙を置く。
女性を褒めることなどついぞなかった息子が流暢に想い人を讃える姿に驚いて陛下がうっかりペンを向けると、リージスがやっと追い付いて
「陛下お待ちを!その用紙、罠でございます!」
ずっしゃあああ!とスライディングで飛び込んできた。
「リージス、ドアは返事を聞いてから開けるものだ」
グラディウスはしかめ面で叱る。
「二人ともマナー講義を受け直す必要があるな」
やれやれとインウィクトスは首を振って用紙を手に取ると大声で吠えた。
「な、な、な、なんだこれは!?」
「あらあら、陛下もマナー講義に参加ですの?」
王妃の突っ込みに返事もできないでいる王の手元には
『王位継承権放棄届
私、グラディウス•フルゴルは王位継承権を放棄します』
「グラディウス!気が触れたか?!」
「いえ、ご心配なく。心身共に絶好調です」
「ではなぜ!? 」
「もちろん、ルクス嬢と番になり、竜の島に住むためです!」
「また竜か!」
王は腰が抜けてソファから崩れ落ちた。




