竜姫の番探し17
それからの数週間、ルクスは街中での生活に慣れることでいっぱいいっぱいだった。
ローガンはビショップ商会の次期会長だがまだ頑健な父親について学んでいることもあり、なかなかルクスに時間が取れなくて申し訳なさそうだった。
「ふう、これで洗濯が終わった。次は厨房ね」
取り込んだシーツを抱えていると、ミリイが2階の窓から呼んでいる。
「ルクス、お茶にしましょう。私ちゃんと宿題終わったのよ」
「わかった。今行くね」
茶色い髪を窓からはためかせているミリイに答える。すると裏口のドアが開いてイザベラが出てきた。
「お茶なんてしている暇はないよ!居候の癖に図々しいったらありゃしない」
ルクスは首をすくめただけだったが、ミリイは上から怒鳴り返した。
「図々しいのはイザベラよ!ルクスはお客様だってパパが言ったでしょ?洗濯や食事作りをさせるなんて、職務違反だわ!」
イザベラは眼鏡をぎらりと光らせて、「お嬢様に言われる筋違いはありません!メイドの管理は私の仕事です」はっと鼻で笑う。
ルクスはぎりぎりと歯噛みする音がしそうなミリイを見上げて
「ミリイは職務違反なんて難しい言葉を知ってるね。偉いわ」
のほほんと言う。
これまで人間と暮らしたことがないので家の中の掃除や洗濯は初めてしたけど、これはこれで興味深い。中でもルクスのお気に入りは食事作りだった。
「ミリイ、さっきクッキーを焼いたの。部屋に持っていくよ」
さっさとお茶の準備のために奥に入っていく。
厨房では料理人と見習いの二人が夕食の準備にとりかかっていた。
「やあルクス、クッキーの荒熱がさめたからジャムを挟むといいよ」
大きくて熊のような風貌のアランが声をかける。体も大きければ指も太いのだがこの見た目とは裏腹に繊細な料理を作る。
「うわあ、嬉しい! ちょうどミリイがお茶にしようって」
王都に来てお菓子が食べられて本当に幸せ。
初日にミリイが誘ってくれたお茶の時間にはバターたっぷりのクッキーに甘い苺の香りのするお茶だった。指で摘まむとなんだかカサカサした食べ物と思ったけど、口に含んだ途端あの田舎町で飲ませてもらった牛乳の濃厚な香りでいっぱいになった。
「おいしい!」
クッキーを初めて食べたと言うルクスにびっくりしたミリイだったが、『きっと遠い国から逃げて来たお姫様でクッキーも食べられなかったんだわ!』と勝手に悲劇のプリンセスに変換されていたとはルクスは知らない。
その後もマドレーヌやビスケット、カラフルな飴など日替わりで新しいお菓子をいただいたがルクスのお気に入りはジャムサンドクッキーだった。
ジャムを丁寧に塗って真ん中に穴があいたクッキーで挟む。ジャムはいちごとオレンジの二種類だ。見習いのポールもにこにこしながら手伝ってくれる。
「あんた、お嬢様にお茶を出したらとっとと戻って来るんだよ。芋の皮むきも野菜の土落としもあるんだからね!」
ポールが口を尖らせる。
「そんなのとっくに俺が終わらしちまったよ。お嬢様がさっきからルクスさんを待ってるんだ。行かせてやれよ」
ミリイは家庭教師の授業を終えてルクスを探して家中をうろうろしていたのだ。
イザベラは憎らしげにドアを力いっぱい音をたてて出ていってしまった。
「はあ、ポール言い返すんじゃないよ。あいつもあいつなりに夢が壊れたんでキリキリしてるのさ」
「夢って何ですか?まさかイザベラさん本当に旦那様のことどうにかできるって思ってたんじゃ」
「まあな、昔は仲の良い幼なじみだったっていうし、前会長が奥様は継ぎを身籠らないから離縁をさせてイザベラを嫁に据えるなんてバカなことを言ったから、ありもしない夢を見ちまったんだよな」
あり得ないとばかりに首をすくめるポールとため息をつくアラン。
ルクスは二人の話を聞いていて不思議に思っていた。
『ローガンには番がいるのに、何でイザベラは自分が番になれると思ったんだろう? ミリイと言う子もいるし、アンディだっているのに。子を持った番に他の竜が近づいたら齧られても仕方がないって、イザベラは知らないのかな?』
はっとアランが顔をあげて
「悪いな、ルクス。イザベラにはもう一度メイド扱いしないように後で話しておくから気にしなくて良いよ。それより旦那様はミリイ様と一緒にいてくれて助かってると言っていたよ」ローガンからくれぐれも頼むと言われているので申し訳なさそうだ。
「ううん、大丈夫だよ。それより、あの葉っぱは今日の夕ごはん?」
洗い台にサラダ用の葉野菜が載っている。
「ああ、ちょっとクセはあるが栄養価の高い野菜さ」
「ふうん。でもそれ奥様に食べさせない方が良いよ」
アランは首をかしげてなぜかと聞くのでルクスは
「それ、栄養はあるけどちょっとだけ毒があるの。成体には全然効かないけど乳が出てる時に食べると幼体には良くないよ」
アランもポールもびっくりした。
慌ててルクスが指した野菜を取り除くと別の皿に分ける。
「なんてこった!ルクスに教えられなければ奥様にお出ししていたところだ」アランは顔の汗を拭う。
「なあ、親方。俺、嫌なことに気がついちまったんだけど」
「んん、なんだ?」
「この頃時々仕入れってイザベラさんがやってるよな」
ポールはさすがに言い出しづらかったようだが、アランはすぐに何が言いたいか気がついた。どうか取り越し苦労でありますように、と祈ったが震えが止まらない。
「ルクス、お願いだ。これ以外の食材で奥様に害になりそうなものがないか見てくれないか?」




