竜姫の番探し11
「お疲れさま、ルクス。ちょっといいかな」
テントの中の人々の手当てが済んですぐにローガンはルクスをそっと後ろの出口に呼び寄せる。
人々は痛みが引いて驚いたり、もうダメかと思われた仲間が生きていることに喜んだり、先ほどとはうってかわって歓声が沸き起こっている。その様子を外で待っていた人々は不安から期待に代わりつつある思いで入り口に殺到している隙を見てテントから抜け出す。
「ローガン、どうしたの?」
「しっ、静かに!このまま村を離れよう」
強引に手を引かれる手を引っ張り返して
「どうして?傷は治ったけど、もう少し診てあげないと」
今来た道を振り返る。
「ルクス、このままここにいたらきっと騎士団に離してもらえなくなる。見たことがないほどの効き目の薬を持った魔術師なんて、彼らにしたらこれからどれだけ役に立つかわからない。ルクスが騎士団に入りたいならいいんだ。でも君は自由に番を探しにいきたいんだろう?」
ローガンはもう確信した。
時折ルクスが口にするゼファや竜という単語。そして今目の前で起こった奇跡のような手当てを見て、ルクスが竜の愛し子であることを。
『竜の愛し子なんて物語の中だけだと思っていたよ。けど、ルクスは決して普通の魔術師なんかじゃない。何か特別な加護を受けている。これが騎士だの国の魔術師団に見つかったら...。この無垢でまっさらなルクスをこのまま託すことはできない』
権力者にいいように使われてしまう未来しか見えなくてぶるりと震えが来る。
ルクスは立ち止まって不安を隠せないでいるローガンに戸惑う。
『一体何がいけなかったの?薬が欲しいって言うからあげたのに。みんな治したよ?ローガンも手伝ってくれたじゃない?』
けど、ルクスの勘が警報を鳴らしている。ゼファと空を飛ぶとき教えられた時みたいだ。『なあルクスよ、雷が鳴っている時は雲が低いところを飛ぶべきか、それとも高いところを飛ぶべきか?』どっちだ、どっちの道を信じる?
「ローガンは知り合ってから私を助けてくれた。知らないことも教えてくれる。うん、ローガンが言うならここを離れよう」騎士団とか自由になれないとか分からなかったけど、ローガンを信じる!
ローガンはあっけにとられた顔をして、小声で「参ったな」と呟いたがルクスの耳には届かなかった。
「行こう!ローガン、自由に進める方に!」
「ああ、俺達は俺達で進もう」
そう言って二人は村の入り口に繋いでおいた馬を静かに動かして村を後にした。
◆◆◆
しばらく経って歓喜と安心の混乱が収まりつつある中で赤髪の騎士が村中を駆け回って狼狽えていた。
命の恩人が消えてしまったのだ。
「副団長、出ていく姿を見た者はいませんでした。しかし、馬車がありません」
手分けして探していた部下から報告が来る。
「なんだと、それじゃ手当てをしてすぐに立ち去ったと言うのか?なぜだ、殿下の命の恩人が、なぜ逃げるようにいなくなるのだ」呻くように呟く。
「もしかしたら、騎士団に知られては困るお尋ね者だったのでは?」
「だからといって、皆の命を救ってもらったには違いない。このまま見つからないと」
そこまで言うと、テントの中から現れた人に気がついて頭を下げる。
「リージス、見つかったかい?私の恩人の魔術師殿は」
「殿下、まだ横になっていてくださいとさっきも申しましたが」
殿下と呼ばれた若者は苦笑すると
「大丈夫だよ。さっきまで死にかけて呼吸もできなかったとは思えないくらい調子が良いんだ。皮膚も古い皮がまるで脱皮するみたいにきれいに剥がれたし。そうそう、なんなら古傷まで消えているよ」
そう言って腕を見せると確かに以前討伐で受けた傷も消え、滑らかになっている。
「なんで丸焦げだったのに生まれたての赤ん坊みたいな肌になっているんですか」
心配で胃がねじれるかと思うほど心配させられた反動で憮然とした顔になってしまうのは仕方がないと思う。
「ははは、美肌効果もある治癒だなんて知られたら、母上が逃がさないだろうな」
ははは、と軽く笑う顔は火傷どころか染みひとつない白く美しい肌に金色の瞳、それを縁取る睫毛は背中に流れる髪と同色の深い藍色だ。
笑えない冗談だと更に苦々しく顔をしかめると、
「しかし残念ながら逃げられた模様です」と伝える。
「これだけの命を救ったのに手柄を誇ることもなく、報奨を受けることもなく誰にも知られず出ていくとは、一体どんな人なんだろうね?」
まだ僅かに体に残る異質な魔力を味わうように掌を握りしめ、遠ざかる想い人に思いをはぜる殿下に頭が痛くなってくる。
『この人がこういう顔をするってことはやっぱりあの魔術師には何かあるんだろうな。そしてそれを知るために絶対に探し出すんだろうなぁ。そしてそれに振り回されるのが俺なんだろうなぁ』と心の中でぼやく。
「なに?リージス」
穏やかそうな顔の裏にこれからどう攻めるかもう策略が張り巡らされはじめているんだろう。込み上げるため息を飲み込んで返事をする。
「いいえ、何も。討伐完了致しましたので、明日には王都に向けて帰還します」




