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第五話

続きです。

三話投稿の三話目です。


よろしくお願いします。

 


 肉まんとピザまんを食べ終えたあとも彼女は帰る素振りを見せなかった。なので私はカゴにある袋からさっき買ったクッキーを取り出した。


 アイスのことはもう諦めた。けど寒いから溶けないかも知れない。

 そんな淡い期待を抱きつつこのままだと開けにくいから手袋を取って、食べる? なんて言ってクッキーの箱の中にある繋がっている三パックの内のひとつをビビビと切って彼女に渡す。その時触れた彼女の手はとても冷たかった。


「はい」


 だからついでに取った手袋も渡しておく。私は彼女がそれをどうするのか気にもせず、残った二つをビビビと切ってひとつを袋に戻したあと、パックのセロファンを剥がし一枚取って食べ始めた。私の本来の目的はこれ。私が食べない理由はどこにもない。


「美味しい」


「よく食べるね」


「私はこれを買いに来たんだよねー」


「そっか」


「うん。黒田も食べなよ。飲み物ないとすごく口に残るけど」


「なんだよその感想。いや、食べるけどさ」


「ひと口で?」


「うるさいよ」



 それから少しの間、二人で無言でサクサク食べていた。

 そして私の六枚入りのパックの中身があと三枚になった時、私が予想した通り一枚をひと口で食べていたから既に空になったパックを手持ち無沙汰にいじっていた彼女からそれを取り上げる代わりに私のパックを渡しながら私は気になっていたことを訊いてみることにした。


「黒田はここで何をしているの?」


「いや…まぁ」


「そろそろ帰らないの?」


「ちっ」


 し た う ち


 怖い。あーあ、怒らせちゃったかなぁと、恐る恐る下から彼女の顔を覗くと剣呑な雰囲気を纏う彼女は私じゃなくてどこか別のところを睨んでいた。

 後で知ったけどそれは彼女の家がある方だった。


「怒った? ごめん。余計なお世話だよね」


「違う。椎名にじゃない」


「そうなの?」


「そうだよ…あー、悪かったよ怖がらせて。椎名は関係ないのにさ」


「私にじゃなきゃべつにいいよ」


「悪い」


「いいって。それで黒田。私に話す気ある?」


「どうだろう」



 それっきり、結構な時間黙りこくった彼女を私も黙って待っていた。彼女はウインドウにも垂れて、私はサドルに座ってお互いに道路の方に目を向けていた。シャカシャカとペダルを漕いでしまうのはクルクル回るおもちゃを走るハムスターと同じで本能だと思う。

 結構な勢いなのは動いていないと寒いから。ふざけているつもりは私には無い。だから私は悪くない。何やってんだお前みたいな黒田の視線を私は断じて感じていない。


 そうして彼女からの何かしらの答えを待っていると、ふと、諦めた筈のアイスが気になって、アイスを食べてしまおうかしら、二つあるから彼女にもあげるべき? けど寒いから絶対失敗するだろうなぁ、どうしようかなぁって頭の中で遊んでいたら実はさと彼女の声が聞こえて来た。


「うん」


 私は頭からアイスを追い出して、ペダルをこぐこともを止めてブレーキをかけた。


「ウチはさ」


 そうして彼女は実にはつまらなそうにポツポツと話を始めた。



 彼女の家庭は母子家庭。父親は早くに亡くなったそう。彼女の家はこの先にある駅に続く商店街にあって、昼は定食屋、夜は小料理屋として商売をしていて、定食屋としては評判も良くて昼はひっちゃかめっちゃかだからパートさんがいて夜は母親が一人で店をやっているんだそう。


 そして一年くらい前、夜お酒を呑みに来るお客さんと母親ができちゃったそう。お付き合いを始めたのよとその男性を紹介した母親は幸せそうだし、その男の人も優しそうで良い人そうだったから彼女はそれを祝福したそう。


「母親がこれからもずっと一人っていうのもなんかあれかなって思ってさ」


「黒田は大人だね」


 それから半年くらいはその男性は平日は客として、週末に来てはお店を手伝ったあとそのままお店でご飯を食べて夜遅く帰って行く感じで、家に泊まったり次の日お店が休みの日に二人で出掛けて朝帰りなんてことも無かったそう。


 けど今から半年くらい前から訪ねて来た時は泊まるようになって、母親も嬉しそうだし彼女もべつにそれでもいいやと思っていたらしいんだけど、一度彼女がお風呂上がりにその男性と廊下で鉢合わせた時からその男性の様子が何やらおかしくなり始めたそう。舐めるような視線とか馴れ馴れしく体に触れてきたりとか。それを母親の前ではしないんだとか。


「え。まじ?」


「うん。ほんと気持ち悪くてさ」


「だよね」


 だから彼女は家に居づらくなって男性が来る日は二人が眠る夜遅くまで家に帰らないそう。彼女の理由はそういうこと。


「でさ」


「うん」


 そして今日、お店で呑んでいたその男は、他のお客さんを相手にしている母を置いて慣れた感じで居住スペースに入って来て、居間でテレビを見ながら夜ご飯を食べようとしていた彼女に背後から抱き付いて来たんだと。


 彼女は回されたソイツの腕を掴んで思い切り投げ飛ばし、倒れたクソ男の股間に蹴りを入れて着のみ着のまま飛び出して来たはいいものの、財布も無いし持っているのはポケットに入っていた携帯だけだし逃げ込めるような所は無いしどうしようかと思っていたんだそう。


「そこに私が来たんだね」


「ま、そういうことだよ」


 彼女は強がって気にしていないふうを装っているけどそんなのは嘘っぱち。私たちは子供。まだ十四、十五歳の私たちがそんなふうに達観できるわけがない。

 今日彼女に起こった出来事を彼女の母親がどう思うのかわからない。彼女の家にクソ男がまだ居るか居ないかわからないけど今日のところはそんな場所に彼女を帰すわけにはいかない。


「黒田さぁ。今夜ウチに泊まりなよ」


 親はまだ帰ってないけど兄が居る。ははは。


 泣きそうな、なんとも言えない顔になった彼女に向かって私は笑っておいた。なんとなくそうしたかったから。そうするべきだと思ったから。


「いいの?」


「もちろん。とっとと行こう。寒いから」


 私は、よって言ってピョンって感じでサドルから降りた。ハンドルを握り足でスタンドを蹴り上げて、あっちだよと声をかける。どちらからともなく歩くき出そうとしたそのタイミングで私の携帯が鳴った。パカっと開いて画面を見ると兄だった。


「もしもし」


「美月っ。お前どこほっつき歩いてるんだよっ」


「ごめんごめん。友だちと会ってさ。その友だち連れて今から帰るから心配しないで。あと、お風呂沸かし直しておいてね。おにーちゃんっ」


「ばっ、お前何言って」


 ツーツーツー


 終わらなそうだしうるさいし、早く戻りたいからとっとと通話を切って片手で携帯をバシッと閉じる。決まったなと、ドヤ顔をして彼女を見る。


「かっこいくない?」


「ぷっ。はははは」


 何を言ってんだコイツみたいな顔をした彼女が笑った。初めて見る顔。とても素敵。ドキドキする。


「よ、よしっ。行くよっ」


「うん」


「あ、これ」


 私は一旦自転車を止めて、巻いていたマフラーを取って彼女の首に巻いていく。驚いて固まる彼女の表情が私の心に沁みてくる。


「気が利かなくてごめん。もっと早く渡せばよかったね」


「いや…ありがとう。あったかいよ」


「手袋も使って。持っていても意味ないでしょう? 手袋はね、黒田。はめて使うんだよ?」


「うるさいよ」


 口調は荒くも彼女は手袋をはめて暖かいなと呟いた。私は笑みを浮かべていた。私の手と首の寒さなんてどうってことはないの。




 私は自転車を押して、その自転車を挟んで彼女が私の隣を歩いている。自転車だと五分だから歩きだとたぶん十五分くらいかかる。

 そのあいだ、私と彼女は何が好きとか嫌いとか学校のこととか、嫌いな先生の悪口を言い合ったりとかして本当に嫌なことは口に出さない話さない。

 その会話の隙間にマフラーで鼻まで埋もれた彼女が言う。


「椎名。悪い」


「悪くないよ」


「けどさ」


 何を謝る必要があるの? あなたは全然悪くない。あなたには何ひとつ悪い所なんて無い。私はそれを伝えておく。


「黒田は何も悪くないよ。絶対に」


「そっか」


「そうだよ」


「帰ったらお風呂に入り直さなきゃ。黒田も温まってね」


「うん」


「あ、そうだ。家に着いたらカレーあるから食べてね。あれじゃ足りないでしょう?」


「うん」


「黒田」


「うん」


「カレーは飲み物じゃないよ?」


「あ? うるさいよ」


「ふふふふふ」


 優しく光る街灯。白い息を吐いて足早に歩く私と彼女。車道を行き交う車とチキチキと鳴る自転車の音。それがしんしんとしている冬の夜をより静かなものにしているように思う。この世界、ここには私と彼女だけしか居ない。そんなもの哀しい気持ちになる。

 私の疑念が確かなモノに変わってしまったかも知れない十四歳の冬の夜。



「おー。星がいっぱいだ」


「あー。なんか久しぶりに見た気がする」


「そうなんだ」




「にしてもくそ寒いね」


「それな」



読んでくれてありがとうございます。

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