第三十五話
この時間は珍しいですが続きです。
一つの終わりを迎えます。
よろしくお願いします。
あれから穏やかに時間が過ぎて四月はすぐにやって来たよ。
「じゃあ美月。私たちは帰るから。まぁ、適度に頑張って」
「そうだぞ」
「うんわかった。みんな気をつけて帰ってね」
「またな美月」
「うん。なごみんによろしく」
「けいー。ううう」
「あらあら?」
「美月さん。馨を、馨をよろしく頼みます、ううう」
「あ、はい」
「ちょっとやめてよお父さん恥ずかしい」
と、朝一で届いた家具と家電を引っ越しの前日、部屋に前乗りして受け取ってくれた宇宙と引っ越し当日の今日、私たちと一緒に来た親達はもう居ない。夕方、荷物が粗方片付いたところでみんなでぞろぞろお蕎麦屋さんに行ったあと、最寄駅までまたみんなでぞろぞろ行って、改札を抜けてエスカレーターを上がっていくまで寂しげに悲しげに何度もこっちを振り返っていたあまちゃんのお父さんのことはさて置き、慌ただしく帰って行ったところだから。
無敵感満載で生意気で、一端の口を聞くようになってもいまだ可愛くも愛おしく想う子供を家から送り出すこと。そのことについて私は、そして父さんも母さんも、こうして家を出る前に伝えたいことを伝えておいたし名残も幾度か惜しんだからそんなあっさりした親の態度も私は全然気にならない。
それは父さんも母さんもきっと同じ。ふたりとも今はもう親として子供のことを当たり前にする心配よりも、自分の子の更なる成長と将来を楽しみにしている方が大きいんだと思う。私はそれに、最初から最後まで笑顔でいてくれた両親に、なりたい自分になることで応えたいと思う。
だけど。
そうは言ってもなぁと思うことが私にあるのも事実。私は同性愛者だから結婚とか孫を抱くとか、親として子供に抱く当たり前の期待に応えることが出来ない。
立場が違えば見方も違う。もの捉え方も感じ方もそう。
私は女性を好きになる。そんな私が将来自立した大人になって恋をして、その女性と共に一緒に過ごしていくことが私のなりたいものの内の重要な事柄の一つだとしても、その恋が私とその女性にとって普通の恋愛だとしても、私と違う立場で普通の恋愛をした親が私たちのことを手放しで喜んでくれるとは思えないところが辛い。
私の親が同性愛に全くの無理解だとは思わない。たまに流れるそれ系のニュースを観てもふたりは何ら否定的な言葉を口にしていなかった。けど、実際に当事者を身内に抱えたのならどうだろう。受け入れるにしてもそれなりの時間が必要だろうし、それにしたって手放しで、というわけにもいかないと思うけどどう転ぶかはわからない。表面上を取り繕われてもそれはそれで互いに辛いから無理なら無理と言ってほしい。こういう思考は思い切りマイナスに触れるもの。自分ではどうしようも出来ないことだからそれは仕方がない。
「あーあ」
思わず声が出てしまった。けど思わずだから仕方ない。
こんなことならそういう話題になるべく触れないようにしていないで、もしも自分の子がそうだったらどうする? とか言って、父さんと母さんがLGBTについてどう思っているのかさり気なく探っておけばよかったかもって今になって思う。
私のことを知った時、ふたりがどんな反応をするのか今から不安。ふたりが出す答えが不安。答えが割れて私のことでふたりが揉めるのも嫌。私がそれを知る日は今じゃない。だけど時間は誰にでも、どんな人間にでも全く同じペースで進んで行く世界で一番超平等で超公平な概念。止めることだけは絶対に叶わないもの。だから私はその日が必ずやって来ることを私は知っている。
残すところあと三日になってしまった明日香と離れる日を迎える私はそのことをこの身をもって知った。
「はぁ」
悩みは尽きないからため息の一つも吐きたくなるというもの。
私が経済的に、社会的に自立するまで少なくともあと四年。その間に私の不安が少しでも解消されることを期待しつつ、親とのことはひとまず脇に置いて私は私を守れるように私が出来ることをする。それとは別に、いざという時に精神的に逃げ込める場所も確保しておきたいとも思う。そういう意味でも同胞との繋がりは大事。動機は不純かもだけど出会っておかないとだから、名刺をくれた女性のお店にも行っておきたい。私の人生を左右する特別な出会いがあるかも知れないし。
親とのことはもう少し先、鬼が小さく口角を上げる程度には先の話だから、最悪に備える時間はある。覚悟を決める時間もある。大丈夫。
「椎名? 大丈夫か?」
「どうしたの? 寂しいの?」
私が茫然として落ち込んでいるように見えたらしい。私の耳に私を気遣う優しい声が二つも聞こえた。ありがとうって思いながら私はかぶりを振って考え事を頭から振り払う。今はこの時間を大事にしたい。
「ううん。なんでもない。じゃあ私たちも戻ろうか」
「おう」
「うん」
「けどその前にコンビニな。蕎麦だから腹減るからな」
「はいよ」
「いやおかしい。明日香は蕎麦だけじゃなく天丼も食べていた筈」
私はわかっていたからわかったよって頷いた。あまちゃんもいい加減明日香がどんな人かわかっているけどどうしてもひと言言いわずにはいられないらしい。それも私はわかっている。
そして私は口を出さない。これから暫く見られなくなるふたりの掛け合いを私は楽しむことにしている。
「食ったけどメインはあくまで蕎麦で天丼はあくまでオマケ。やっぱメインが蕎麦じゃ成長期の私にはイマイチもイマニも足んねーの」
「出た。明日香の謎理論」
「そう言われても実際ちゃんと成長してっからな」
「は? どこが」
そう言われればそう返したくなるのはわかるけど、あ、訊いちゃったって私は思った。
「胸」
してやったぞと悪い顔してニヤつく明日香と、なっ、て驚いて自分の胸と明日香のそれをさり気なく見比べているあまちゃんの顔を面白おかしく眺めながらやっぱりなってひとりうんうんと頷く私はあまちゃんの顔がいつまでも間抜けた面のままだからつい笑ってしまった。
「あっはっはっ。なにその顔。あっはっはっ、いたっ」
そしたらすぐに私に向かってメガトンパンチが飛んで来た。
「痛いなぁ。ていうかさ、明日香も笑ってるじゃん。なんで私だけなのさ」
「明日香は猿みたいにすばしっこいから当たらなくなったけど椎名は鈍臭いから余裕で当てられるから」
「ああ? おい馨。誰か猿だよ」
「あ? 誰が鈍臭いって?」
「ふっ」
ふたりのことに決まってるでしょ馬鹿じゃないのと、鼻で嗤いながら人に向かって指を差すあまちゃん。失礼にも程があるけど鈍臭いと言われる方がなんか嫌。そしてわーわーぎゃーぎゃーと騒ぎ始める私たちはそれぞれに、この面子での、それから少女としての最後の時間を楽しみ始める。
こうしてひと騒ぎしてはははと笑ってまた別のくだらない話に移る。それが終わればまた別のくだらないことへ。その場に居ないと笑えないそんな話とか。
その内容を覚えていなくても、私たちが繰り返してきたことは無意味なようでも無駄じゃない。毎日のようにくだらない話に花を咲かせて繰り返してきた結果として私が得たものが明日香とあまちゃんであり、理香と亜衣だ。
フラれても世話が焼けてもどこか危なっかしくても、私は彼女たちから色んなものを貰ったし、良い悪いは別にしても私も彼女たちに何かしら与えることが出来たと思う。だから絶対に無駄じゃなかったって私は思う。
まぁ、こうしてあれこれ難しく考えるまでもなく、単純にみんなとはウマが合うということだと思うけど。だから場所や形が変わっても自ずと続いて行くんだろうなって思う。失うことはないんだろうなって今は思う。大事なものを失うことを恐れて怖がっていた私はもう居ない。そう思えるくらいには私もきっと成長したのだろう。
「ばーかばーかばーか」
「あほあほあほ」
気付けば小学生低学年レベルの罵り合いを始めたふたりを見ながら私はそんなことを思う。
「牛」
「壁」
「あああ? あったまきたっ。しっ、ししっ」
「当たんねーよ。ばーか」
そして私は、あまちゃんの胸は壁って言われるほど小さくないから大丈夫だよっとも思っていた。
「あー。面白かった。な」
「はぁはぁ。うん」
「満足? じゃ、今度こそ戻ろう」
「おう」
「うん」
そして私たちは右に左に後ろにと、別々の方向へ足を踏み出した。なんで?
「って、ふたりとも。そっちじゃないよ」
「お? そうだったか?」
「し、知ってたし」
ジムがある。ここの二階は飲み屋さんみたいだね。うまそーだな。なんて言いながらみんなでまだ知らない街を歩く。道はごちゃごちゃしているけど、ぱっと見この目に映るお店は住んでいた街とそんなに変わらないけど変わるものもある。
「あ、ねぇ。明日ブロードウェイに行ってみようよ。駅の向こう側」
それ。何となく聞いたことがあって行ってみたかった場所。さっそく新しい経験だ。
「おう」
「わかった」
「けど今はまずはコンビニな」
これは変わらないもの。人として既に完成している私が思う明日香はたぶん変わらない。マイナーチェンジはあるだろうけど、よっぽどのことがない限り芯のところは変わらない。玲さんもきっとそう。そんな人が私の近しい人だなんて凄く安心。私が得たもの。
「いいけどどこにあるんだろうね。私たちの部屋はこっちだけど途中にあった?」
ざっと見渡しても駅前にはない。私はただ突っ立っているだけのふたりに顔を向ける。三者三様、目を向ける先が丸っ切り同じってわけじゃないし、微塵も探す素振りを見せないのは私が気付いていないだけでもう分かっているかと思って。
「さぁな。わかんねー。けど蕎麦屋ならわかるぞ」
「わかんない」
すると信じられない答えが返ってきた。それなのに探そうともしないとは。その体たらくには流石の私も空いた口が塞がらないというもの。
私はやれやれ的にぬるーいふたりに苦言を呈す。
「いま蕎麦屋要らないでしょ。あのね、ふたりとも。いざって時のためにちゃんとアンテナ張っときなよ。そんなんじゃ全然駄目でしょ。だらしない」
「そう言われても私はここに住まねーからな」
「初めてだから知らないに決まってる」
まぁ、ふたりの言い分はわからなくもない。けれど私たちには文明の利器というものが存在する。今それを使わずにずいつ使うというのだろう。私は再び苦言を呈す。
「あのさふたりとも。スマホあるでしょう? 何のためのスマホなの。こういう時のためでしょう? 飾りじゃないのよスマホは、はっはー、だよ」
「「出た。椎名の小姑攻撃」」
「あと今みたいな謎の歌な」
「あ、わかる」
あ、わかる。じゃないよ。スマホを使いこなせず、陽水さんの曲すら謎の歌とは全く持って嘆かわしい。後でダウンロードして聴かせてあげないと。いや、なんなら今すぐふたりにダウンロードさせてしまおうと決意する。
「買っ」
「いやいい」
「私も」
「買っ」
「いやいい」
「私も」
沈黙すること五秒。そのあいだ私は無言の圧を感じていた。私は割と本気だったけど、ふたりは本気も本気みたい。
「はぁ」
私はため息を一つ吐いて首を左右に振りつつスマホを手に取った。その傍で、あははと笑う声がする。
その愉快げな笑い声に、当然私の顔も綻んでいた。
新宿渋谷、恵比寿と代官山。スカイツリーにも行って来た。ああいう高い建物を見ると何故人はスマホを向けてしまうのか謎。別に要らないじゃんって思う。けど、斯く言う私のスマホにも写真が何枚か収まっている謎。
そしてその以外にも必要なものを買い足しているうちにいよいよ明日香が地元に戻る日がやって来た。暫しのお別れの時だ。
「またな」
「うん」
駅の改札遠挟んでお見送り。何故だかあまちゃんはー一歩引いている位置にいる。家族を見送った時と違ってどうしても込み上げて来るものがある。
「そんな顔すんなって」
「うん」
「最後じゃねぇぞ」
「うん」
そう言われてもそう出来ない。私の成長とはなんだったのかって思うけど今はそれどころじゃない。
「馨。椎名のことよろしくな」
「まかせろ」
「おう。んじゃ、電車の時間もあるしそろそろ行くわ」
「うん」
「バイバイ。また」
「おう」
私は顔を俯けたまま。ありがとうとか元気でねとか、私の大好きな曲になぞらえて、明日香のお陰で私は進んでいけるんだよとか明日香は私のヒーローだったよとか、伝えておきたいことは昨日の夜のうちにちゃんと伝えておいた。
だから今、言葉に詰まってうんしか言えずにいても明日香は私の気持ちをちゃんとわかってくれている筈。
「またな椎名」
私の頭に何かが触れる感覚して、それが優しくも乱暴に動いて髪をぐしゃぐしゃにされていく。明日香が改札越しに手を伸ばして私の髪を撫でたのだ。
すぐにその感触が無くなって、私は凄く嫌な予感がして、弾かれたように顔を上げると明日香は既に背を向けて歩き出していた。
明日香が行ってしまう。声を掛けたいと思うけど、それでも声が出てこない。
「椎名」
呼ばれて私が振り返ると、あまちゃんが明日香が歩いて行く方に向かって顎をクイってやった。その行為からは想像もつかない程、とても優しく微笑んでいる。
「先に帰って部屋で待ってる」
そう言って私の背中をそっと押してくれた。
「……うん。わたし行って来る。ありがとあまちゃんっ。待ってて」
ポーチから慌てて財布を取り出して、ピッてやって改札を抜けて、私は明日香の元へ走り出していた。
エスカレーター遠駆け上がりホームを探す。視線の先、ホームの端の柱にもたれた明日香すぐに見つかった。いつものシルエット。私が明日香を見逃がす筈がない。私は人を縫うようにホームを足を早める。目当ての明日香はもうすぐそこ。
「明日香っ。はぁはぁ」
「うおっ。なんだよ椎名。忘れ物か?」
「おかし、いでしょそれ。はぁはぁ。送ってく。はぁはぁ」
私はそう口にしていた。私はここでお別れしたくなかったから。
今したばかりのお別れの辛さをもう一度経験しなくちゃいけないけど、明日香にもそれを強いることになるのかもだけど、それでも私はもう少し明日香の傍に居たかった。
それにこれから三時間くらいかけて地元に戻る明日香を出来るだけ独りにしたくなかったから。
「そっか。じゃあそうしてもらうかな」
何かを誤魔化すように二度目の当たりを袖で擦り、少しだけ鼻にかかる声で答えた明日香が笑った。
「うん、あ。これ」
明日香が何かを誤魔化すのなら私はそれに付き合おうと思う。だから私はポーチからポケットティッシュを取り出した。
「サンキュー」
「風邪ひいちゃった?」
ついでに部屋寒かったかなぁっなんて言ってみせる。
「かもな」
「あ。花粉症かもよ」
今年は花粉が凄いんだってって言っておく。それは事実だし。
「お互いにな」
寂しくて泣きそうな明日香を見たのは初めてのこと。あれだけ一緒に過ごして来て、全部知っていると思っていたのにまだ私が知らない明日香がいる。
「だね。花粉が飛散で悲惨だね」
「だな」
「はあ? 伝わらないだとぉ」
「なんだよやめてくれよ。椎名まで手に負えない人になんないでくれよな」
悔しくて泣きそうになった明日香を見たことはある。それは中学の時コンビニで会って初めて話したあの夜のこと。今はあの頃よりお互いの容姿も成長してだいぶ大人っぽくなったと思う。
「私ね、そんな人とこれから一緒に住むんだよ」
「嫌じゃねぇくせに」
「まぁね。けどさ、本当は明日香とも一緒がよかったな」
「私もだよ」
言いたかったけど言わないでおこうと思ったことを言っちゃった。最後だからいいかと思ったし、最初から有り得ない話だし、明日香がそう答えてくれることも私は知っていた。
「そっか」
「ああ」
明日香の顔が一瞬歪んだ。寂しさがぶり返しちゃったのかも。私は明日香のそんな顔をさっき知った。この瞬間は私だけのものになった。心の中に大事に記憶しておこうと思う。
これで私がいまだ知らないのは嬉し泣きする明日香の顔だけ。明日香が嬉しくて泣きそうな顔をするのはたぶん、プロポーズされた時とか親として自分の子供のことでなんだと思う。私ではそれが出来ないから私がそれを見ることはない。
「残念だね」
「な」
私はそのこともとても残念に思う。
そして乗り込んだ電車の中、私たちはこんな会話をしたよ。
「東京駅でご飯買うの?」
「買うぞ。あとおやつ。お土産もな」
「どうせお土産も食べちゃうんでしょ? さすが成長期。笑っちゃうね」
「おう。笑え笑え。椎名はその方が可愛いからな。私はそっちの方が断然好きだわ」
「えー。今更好きとか言っても付き合ってあげない」
「んだよ。もう遅いってか」
「そうだよ。流した魚は大きいんだよ」
「だな」
「混んできた。人多いね」
「な。照れてねえでもうちょっとこっち寄れって」
「う、うん」
「うわぁ。あまちゃんからのメッセージと着信がすごいよ。ほら見て」
「まじか。おお、まじでホラーみてぇだな」
「酷いよ? 明日香」
「あ? 椎名が言ったんじゃねーか。ホラーみてぇって」
「違うでしょ。ほら見てって言ったんだよほら見てって」
「はっはっはっ」
「次、降りる駅だ。時間的には半分くらいだね」
「おう。ここまで付き合ってくれてありがとな」
「私がそうしたかったからお礼なんていいよ」
「正直ひとりじゃキツかったからいいんだよ」
「そっか」
「そうだよ。だから、ありがとな」
「どういたしまして」
「じゃあ降りるね。それじゃあ明日香。またねっ」
「うおっ、おう、またな。気をつけろよ」
「明日香もね。バイバイ」
「じゃあな」
再びのお別れ。私はまたねと共にどーんって感じで明日香の肩に体当たり、それだけをして席を立ち振り返らずに電車を降りた。それから明日香が座る座席の窓まで早足に行ってコンコンと窓を叩いて明日香に向けて窓に顔を寄せた明日香に手を振って、気を付けてねとかありがとうとかまたねとか、声には出さずにゆっくり口をパクパク動かして。明日香も同じように、同じようなことを伝えてくれているように見える。
発車を知らせるベルが鳴って、私は窓から一歩下がって白線の内側に。そして私はベルが鳴り続けているうちに、大好きだったよと、私に恋を教えてくれてありがとうと小さく声に出した。
伝わったのか伝わっていないのかわからないけど、明日香は微笑んで頷いてくれた。
ベルが鳴り止んでプシューって音がして、電車がゆっくりと動き出す。
あとはもう、過ぎていく明日香ににっこり笑って手を振って終わり。私は明日香を、そして私の青春と大切だった初恋をお見送りした。
私は涙を溢しながら、走って行く電車を見つめたまま、それが見えなくなるまでそこに立っていた。視界がぼやけて滲んでよく見えなかったんだけど。
私を置いて行ってしまった方をそのまま暫く眺めていたあと、私は帰りの電車を待つために、腑抜けた体を動かしてホームの反対側のベンチに腰掛けてひと頻りしくしくと泣きながら、私の胸から大事にしていたものが消えたことを、そこに大きな穴がぽっかり空いたことを、そして何かが終わったことを実感していたよ。
「ふーっ」
終わったことは終わったこと。いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかない。明日香は明日香の道を行き、私も私の道を行く。と、悲しいイベントをどうにか乗り切ってひと頻り泣いた私は先ず手始めとしてぶるぶる震えまくっていたスマホを手に取った。
「おおう」
送り主はほぼあまちゃん。それに混じって一件だけ明日香から。私は少し考えて、先ずはあまちゃんに、無事に終わった、ありがとねとメッセージを返した。
続けて明日香のそれを開けば目を赤くして冷凍みかんを口いっぱいに頬張った明日香の自撮りの写真を見て頬が緩む。いやね、確かに、おー、懐いなー、冷てーってテンション上げて五個入りのヤツを買っていたけれど。
「あはは」
私にもこうして気にかけてくれる人が二人もいる。けどそれだけじゃない。玲さんも真里さんと一緒に連絡をくれたしなーさんもそう。理香だって亜衣だって、みっちー達だって連絡をくれた。
だから私は大丈夫。抱えるモノの悩みはいまだ燻ったままだけど、なんとかなるだろうって順番にみんなに返信しながら今思ったよ。かしこ。
その約二時間後。
おお、某中野よ。私は戻って来たっ。ってことなんだけど私に一つトラブルが発生していた。夜もすっかり遅くなったし結構ヤバくて、おお、なんてやっている場合じゃないから私は心許ないスマホを握ってつらつら並ぶ着信履歴から あまちゃん をタップした。迷いようも無く探す手間も無くて楽。
「もしもし椎名?」
私の期待を裏切らずワンコールで出てくれたあまちゃんに、私は藁にもすがる思いで願いする。
「あのねあまちゃん超大変なの。お金が足りなくて改札から出られないからお金貸して、ていうか私の机の引き出しにお金が入った封筒があるからそれ持って来て。ああ、もう充電がヤバいから切れる」
「すごい早口」
「そういうのいいから。もう切れちゃうっんだってばっ」
「わかった。もう駅なのね?」
「うん」
「行くから待ってて」
「待ってる。ごめ」
ピーピーピー
「あ、あれ?」
たはは。
お疲れ様でした。
ついに高校時代が終わりました。いや、長かったですね。そして姉御肌の明日香はまさに私の理想とする女性でした。ええ。そうですとも。
さて。この後の展開をプロット通り進めるのか、弄るか悩んでいるので次話を少々お待たせすることになるかも知れないしそうはならないかも知れませんです。
読んでくれてまじありがとうございます。




