玲と真里
ではここで、再びかの二人を見てみましょう。
よろしくお願いします。
「んじゃここで。わたし用あっから連絡してから帰るわ」
「そっか。お疲れー」
「お疲れさまー」
「また月曜日」
「じゃあねー」
「おー。また今度誘ってくれよなー」
午後五時過ぎ。本社のエントランスをぞろぞろと出たところで私はこれから飲み行くという、この研修で一緒のグループになって何となく気の合った同期たちを見送ったあと、バッグを漁りスマホを取り出した。真里にメッセージを送るためだ。
今終わった。先に帰って飯作っとくわ
と素早く文字を打ち込んで紙飛行機をタップしてそのままアプリを閉じた。このことは先週のうちに伝えているし、すぐに既読が付こうが付くまいが私たちは普段からあまり気にしていないから。
とは言え私と真里は恋人同士。もしも一日経っても既読が付かなかったりスルーされたりしたらさすがに心配になるし気にもなるしその理由を問いただしたくもなるだろうけど、今のところはお互いにそんなことしていないからやはり気にしない。
「おし。んじゃ帰りますか。スーパー寄ってがねぇと」
つーことで、今週の頭から新人研修を受けている私もいよいよ社会人になろうとしている三月も残すところ三日ばかりになった金曜日の夕方六時半、私は真里の部屋で夕食の支度をしている。今は土鍋で白菜の芯とか根菜を煮ているところ。昆布で一から出汁を取ってってのもいいけど、流石の私も疲れているから今日のところは出来合いの鍋のスープの素を使ってやった。
「あとはー、なんだ? そうだ。ネギなネギ。ネギネギ。えーと」
握っている包丁そのままに、私は帰りがけに買って来たネギをどこへやったっけなと辺りを見回す。
「お。あった」
意外かも知んねーけど、こう見えて、ていうかどう見えてるかも知らねーけど私は料理が得意。
なぜかってーと、ウチは三代続くそれなりの造園業で、通いの職人さんとか爺ちゃんと親父の知人とかご近所さんとか、結構な人数の食事の支度をする母さんを小さな頃から手伝っていたし、これもどう見えてるか知んねーけど、若い職人さんたちの面倒を見る両親を見て来たからか、私はこう見えてかなり世話好きだから、学校でハブられてる奴とか虐められていた奴とか私に寄って来る奴等の相手をしているうちに、私を慕ってかそれとも家や親、学校からの避難場所としてか、そんな奴らが気付けばウチに入り浸るようになって、飯を作って奴等に食わせているうちに自然と料理の腕が上がっていたつーわけ。
「ははは」
そんでみんなでチームを作ったわけだけど、あの頃はあの頃なりの楽しいこややべーことがたくさんあった。
今思い出しても笑えてくるけど、馬鹿だったよなぁって思うことも、どうもすいませんでしたって思うこともたくさんある。それが私の歩んで来た道だ。やり直せないし戻れないし、やってきたことをチャラには出来ないから反省するところは反省しつつ前を向く。この先、それぞれが大きく道を外さなければこれからもお互いにいい関係でいられるだろ。きっと。
「ああ」
こうしてさほど遠くない昔を思い出せば当然いつも一緒にいたなごの顔が目に浮かぶ。
なごと連みだしたのは高校生の頃。その頃のなごは、なんつーか、まぁ、なごだった。
一緒に馬鹿やって楽しかったし面白かった。鍋とかお好み焼きとか焼肉とか、みんなでわいわいウチで飯を食うたびに、うん、美味しいなんて呟いて、あとは黙々と食っていたっけ。私に抱えるものがあるように、なごにはなごの抱えるものがあった。それは今も変わらないけど宇宙くんがなごを支えてくれるだろう。それっぽいこと言っていたしな。
「懐ついな」
そして出会ってから一日一日過ごす中で、楽しい日々は図らずもゆっくりと少しずつ変わっていった。月並みだけど蛹から蝶へってヤツな。雨に打たれて風に揉まれてそれでも各々好きな所へ羽ばたいて行く。少女は自ら、そして自ずといつか女性になる。少女のまま同じ所に立ち止まってはいられない。いつまでも同じ季節を過ごせない。そこに囚われていても後ろ髪を引かれても、前を向くと決めれば意外と簡単に足を踏み出せることを私は知った。
そして私は真里と出会ったことで、なごを想ってモヤモヤしながら過ごしたことも今ではもう、笑って思い出せるようになっている。あの頃のなごと私は私たちの記憶の中にだけ。そこでふたりで無邪気にあははと笑っている永遠の少女の記憶。それを取り出して眺めることはもう怖くないし、痛みを伴うこともない。新たな想いが生まれたお陰でかつての想いは消えていた。それでよかったんだと今は思う。
こうして私が変わったようになごもまた変わっていく。なごはあの頃よりも大人になった。どう転んでもなごの人生はこれからもっと充実していく。それにたぶん仲間のみんなも。みんなそれぞれ社会に出ていずれ結婚して子供を持って家庭を作る。それぞれが自分の居場所を作っていく。
私の居場所は真里の傍。私はそれがいい。真里も私を愛していると言ってくれる。私はそんな真里とぼちぼちやっていくつもり。そのために現実と向き合う時が来た。
真里はとっくに現実を見ていただろうけど、私がふざけた現実に向き合っていくのはこれからだ。これまで真里がひたすらに、私にそう過ごさせてくれていた恋とか愛に浮かれていただけの甘えた日々はもう終わり。
これから向き合う現実は絶対に甘くないだろうし不快なこともあるだろう。ふざけた奴等に何かを言われることもあるだろうけど、だからって私はへこたれはしない。私は私だ。私は私が私で在ることをひけらかしたりするつもりは無いけど潜んだりもしない。そこは変えない変わらない。これからもこの先も私は私だ。
けどまぁ、変えることが真里にとって良いと思える場面だったとしたら、意固地にならず臨機応変、自分を変えても全然いいとも思っている。私は真里が大切だから、大切なものを間接的にでも傷付けたりしない。よく見て聞いて、けれど自由にってヤツな。
「ま、こんなもんで」
少し昔を懐かしみ、あらたな決意と気合を入れつつ支度は終わり。よく出来た。と言っても今夜は季節的に今シーズン最後の鍋だから、根菜と白菜の芯をある程度煮ておけばほぼ終わり。あとの具材は真里が帰って来てから鍋に突っ込めばいいから鍋は簡単でとてもいい。締めのきしめんもちゃんと用意してあるしな。
「ビール、ビール」
買い物帰りに惣菜屋でついでに手に入れた春巻きを摘みにビールを飲んで真里を待つ。といきたいところだけど、先に飲んでいるとなぜか真里がずるいずるいって怒るというか拗ねるからそれはしない。しないけど三五缶の一つくらい飲んだところで私は酒に強いから、結構呑んでも顔にも体にも出ないから余裕でいける、と思うだろ? 残念。飲んじまったら息がアルコールの匂いになるからお帰りのハグとキスをする時に、玲、また先に飲んだでしょ、なんて言われてバレるんだなこれが。ははは……。
「くっ。我慢すっか」
そして私は手に取った三五缶を冷蔵庫に戻した。
「ただいま玲」
「お帰りー」
七時を過ぎて真里が帰って来た。ビールも飲めず手持ち無沙汰だった私は喜んで真里を出迎えた。
「真里」
「ん」
玄関から部屋に上がった真里を抱き締めてキスをする。そして最後にもう一度真里を抱き締める。その際私の顔の横で、匂いを確かめるためにすんすんと小さく鼻を鳴らす真里を可愛いなって思う。
「言っとくけど飲んでねーぞ」
「みたいね。えらい。けど、玲ももう社会人だからこれからは好きにしていいのよ?」
「あ? どういう意味だよ?」
「私は社会人で仕事。玲は学生。学生のくせに私より先に飲み始めるなんて生意気だって思ってただけだから」
「ああ? なんだよそれ。先に飲んでてよかったのかよ。くっそー」
「ふふふ」
「うん。おいしい」
「出来合いのヤツ使ったからな。味濃いけどハズレはねぇな」
「そう言うことじゃないでしょ?」
「まぁな。サンキュー」
「よし」
そしてその夜、私は真里を抱いた。想いの丈をぶつけるように思い切り。真里はその全てを受け止めてくれる。
「ふふふ。久しぶり」
「先週は真里がアレだっだからな。今日は遠慮しねーぞ」
「うん。きて」
余韻に浸りつつはぁはぁと荒い息を整えてからふたりで仲良く汗とか汗とか汗を流したあと、真里が毎夜欠かさない手入れをしているのを後ろから抱いて鏡越しに眺めている。
「大変だな」
「なに他人事みたいに。玲だってそのうちするようになるからね。ていうかしたほうがいいよ。してあげるからこっち向いて」
「おう。よろしく」
「はいはい」
抱いていた筆を解いて向かい合わせになって真里を支えるようにその細いながらも抱き心地満点のそのしっかりした感じかする腰に腕を回す。このしっかりした感じがなんかしっくりくる気がする。言うと怒られるかも知んねーからそれについては私は言わず、ただ回した腕に力を込めると真里が嬉しそうに笑う。私が抱く愛しさとか慈しみとか、言葉にしなくても真里には伝わるんだと思う。
「じゃあ先ずはコレね」
「うす」
コレとか凄くお肌に良いんだよーって、されるがまま顔とかデコルテ辺りに塗りたくられる。こういう時間が肌だけでなく心の奥にも潤いをくれる。たぶん肌よりも浸透している。短い時間だけど真剣ながらも楽しそうな真里の顔が近くにあってその手が触れるこの時間が私は好きだ。
「はいお終い」
「あんがと。ん」
「ん」
それから連れ立って小さなベットに横になる。小さく一つになるように私の胸に真里を抱き寄せて、最後にちゃんとふたりの体を覆うように右手で布団を掛ける。
「「ふわぁ」」
すぐに心地よい疲労と充足感で眠りに誘われる中、今日一日のことやくだらないこと、大事なことを織り交ぜに話し一日を締め括る。
「玲は実家出ないの?」
「まだ出ねー。金貯めたい。そんで真里と一緒に住もうと思う。どうよ?」
「私と? 本気? 私とでいいの?」
「当たり前だろ」
「嬉しいっ」
そうこうしているうちに知らずのうちに眠ってしまう。時には真里の寝息を聴きながら、時には私が先に。今夜と明日、そして明後日の夜までは私たちふたりの時間。週末は始まったばかりだけど限りある時間だから、眠ってしまうのはもったいないって思う。いつも思う。
「「ふわぁ」」
けど私にも真里にも限界はある。今夜のところはこれでお終い。まぁまぁ満足出来たから。
「そろそろ寝るか」
「うん。おやすみ玲」
「おやすみ」
そして私は目を閉じる。
私のプライベートはこんな感じで充実している。愛し愛され生きていても叶わないものがあることを私は知っているけどもそんなものは関係ない。
「ああ、そう言えば」
「なに?」
「おととい玲さんにご報告がありますって言われて美月と会ったんだけどな」
「そう」
「明日香にフラれたってよ。アイツ笑ってそう言ったんだよ」
「そう」
「アイツ、美月はまだ十八なんだよな。しかもなったばっか。なのにアイツ、そういう意味では私が十八の頃より全然大人だわ」
「ぷっ。くくく」
「あ? ぷっ、くくくってなんだよ真里? ぷっ、くくくって」
「くくく。だって、くくく、あの子が玲より大人だなんてそんなの当たり前じゃない。くくく。笑わせないでよ玲」
「なんだとー。真里なんてこうしてやるっ」
「ひゃっ、ちょっと玲っ」
私は布団をひっぺがし、素早く真里の服をたくし上げその胸を口に含む。真里は不満の声を上げつつも私がすることを拒否らない。真里は私の全て、ではないけど殆どを受け入れてくれる私にはもったいないほどの女性。
「んんっ」
真里の口から漏れる声をキスで塞ぎ、手を胸に。当然、もう一方の手を下に滑らせておくことも忘れていない。秘密の花園ってヤツな。その言い回しはちょっと小っ恥ずかしいけど熱く応えてくれると凄く嬉しくなる。
「言っとくけど、美月は鈍感だからな」
「水野って、子の、こと? ていう、か、なんで、今その、話、なの、んっ」
「あ? なんとなくだよ」
「なに? 悔しい、の? うふ、玲は、か、んっ、わいい、ね」
「うっせ。ほら、ここだろ?」
「んんんっ」
私の唇、指や腰。その動きを一つも漏らさず応えてくれる真里が私を充してくれる。行為は、全てではないけど愛し合うふたりにはとても大事なことだと私は思う。優しくも厳しく、丁寧にも時に荒々しく、する方もされる方も、想いの丈を体でもって相手に伝えるものだと思うから。
つーことで、私のプライベートは今のところ心身共にとても充実している。そりゃあもう怖いくらいに。それはさっきも伝えたことだけど幸せだから何度でも伝えたくなる。ウチらまじラブラブだからってたまには惚気てみたくもなる。私たちは私たちのことを伝えることが出来る相手が限られているし。
ふたりして同時にひと際大きな声を上げて迎えた再びのことの終わり。
「真里」
「……ん」
暫しの余韻に浸ったあと、私は怠くて重い体をのそのそと動かして、大きく熱い吐息を漏らしながら汗ばむ体で妖しく艶を放つ熟れ熟れな真里を逃さないよう優しく抱いて汗で顔に張り付いた髪を払いつつその唇にキスをする。
「ありがと真里。愛してんぞ」
応えてくれてありがとうと、感謝の気持ちを込めてもう一度キスを贈ると真里もキスを返してくれる。それだけで堪らない気持ちになる。
「どう、いたし、まして。私も、よ、エロエ、ロ大魔神」
「んだよ。好きなくせに」
「好きよ」
「うへっへっへっ」
「はぁ。ねぇ玲。その笑い方たまにするけどおっさんみたいだから外ではやめたほうがいいと思う」
「なっ。マジかよ」
「マジよ」
「くっそ。そのうちもう無理お願い許してって言わせてやっからな」
「ふふふ。楽しみにしてる」
そして私たちはまたキスをする。キスをしながらそのひと言に、玲はまだまだだって言われた気がして何となく負けた気分になったのは気のせいだと思いたいけどどうなんだろう。大人の余裕つーか歳の差つーか、そんな感じのやつを見せられている気がしてなんかもやっとする。
「頑張って」
「ちぇっ。いつか絶対鳴すかんなっ」
「はいはい」
私にしては短めでした。このくらいが丁度良い長さなのでしょうか? いつも長くてすみませんです。
そしてっ、やっぱりこういう仲良くしている話を書くのは楽しいです。美月も早くそうなるといいですね。私の匙加減一つですが。はっはっはっ。
読んでくれてありがとうございます。




