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第三十三話

続きです。


よろしくお願いします。

 


「えーと美月? お前なんでそんなもん掛けてんだ?」


「ほっといて」


「ははは」


 翌朝九時過ぎ、明日香と連れ立ってリビングに入って行くと、その何処ぞのセレブも真っ青なサングラスは何なんだって宇宙が突っ込んで来たけど目がかなり腫れぼったかったんだから仕方ないんだよ。布団に入るまで十分冷やしたつもりだったけど朝起きたら明日香に目がちっちゃくなってんなって失笑されてしまった。その時明日香は何か言いた気にして私に向けて苦く笑ったけど私は存分に泣き腫らした可愛くない顔でにっこり微笑んでかぶりを振った。


 もう終わったことだよ。


 そうだな。


 それよりありがとう。


 おう。


 と、それだけでお互いの言いたいことを察することが出来る私たちの関係はこれで完璧なんだと思う。

 とか言って、違っていたら恥ずかしいなぁなんて慌てて駆け込んだ洗面所で鏡を見ながら指先で軽く唇を(なぞ)りつつ私はそう思っていた。


「うわぁ。腫れてるなぁ」




 冷凍しておいたおかずをチンしたりウインナーを焼いたり野菜を切ったりパンを焼いたり卵をスクランブルしたりグラスに牛乳を注いだり、明日香と一緒にキッチンで朝ご飯の用意をしていると、宇宙がそろそろバイトに行くわと言ってリビングを出て行った。


「「いってらー」」


「おー」


「「なごみんによろしく」」


「お、おう」


「あ、キョドったよ」


「ははは。ウケるな」


「うるせぇなお前ら」


「「きゃー」」


 私たちが声をかけると照れながら怒る宇宙。いつまでも初々しいことでと明日香と笑った。




「飯、飯ー」


「じゃあ食べよう。いただきます」

「おう。いただきます」


 父さんと母さんは普通に仕事だから今この家には明日香と私の二人きり。だからと言って何かが起こることはない。私たちは私たちの関係のまま続いて行く。ビアンとヘテロでは交わりようがないんだからそんなことは当たり前だけれど、私にとって、私たちのような人種にとっても、明日香は私がビアンでも気にしないと言ってくれたとても貴重で有り難い存在。その言葉で私がどれだけ救われたことか。


「うめー」


「足りなきゃ何かあるからじゃんじゃん食べてね」


「おう」


 その明日香は寝起きの時に私を気遣うように私の様子を窺ったけどそれだけで、いつもと同じ山羊みたく、うめーうめーと朝ご飯を食べていた。


「ヤギじゃん」


「うるさいよ。うめーんだからいいんだよ」


 私もいつもと変わらない。私は明日香を信頼しているから。明日香は私のモノを気にしていないと言ってくれた。だから私は明日香の前では私たちの違いを気にしない。私の恋は昨夜で終わってしまったけど、終わった恋はそれとして、私は私のままでいればいい。




「んじゃまたな」


「うん。明日はお昼食べに行こうかな」


「おう。そうしてくれ。待ってるわ」


「うん。じゃあ気をつけて」


「おう」



 食べられるだけ朝ご飯を食べた午前十時過ぎ、お店を手伝わねぇといけねぇからよって言って明日香は帰って行った。こんなふうに割とあっさりしているのもいつものこと。私に変わらないことを見せるためにわざとそうしているのかそれとも自然にそう出来ているのか、たぶんその両方なんだろうけど原付を駆る見慣れた明日香の背中を見送りながら手を振って、昨夜の今だから私は寂しさを覚えたけど涙は出なかった。


 どうなっても私たちは何も変わらない。それは悲しくもあるけど嬉しくもある。私たちにとって特別な夜を超えて朝を迎えても、私の世界は薔薇色に色付くこともなくいつもと同じで変わり映えしない。けれど今はそれで充分だと思える。そう思えるのはたぶん、私が変わり始めたからということなんだと思う。




「さてと」


 家の中に戻りキッチンへ。二人分の筈なのにあれもこれもとやっぱりお皿が多いなぁと思いながらシンクにあった食器を洗って自分の部屋に向かう。

 部屋に入って明日香が寝ていた敷布団のシーツを剥がし、明日香が着ていたスウェットと一緒に腕に巻き付けるようにぐるぐる丸めて一度ベッドの上に放り投げる。それから布団を畳んでクローゼットに押し込んだ。


「ふぅ」


 それからベッドに腰を下ろし、これまでずっとそうしてきたように丸めたヤツを胸に抱いた。コレの洗濯はあと。今はしない。そして私は昨日の夜の出来事を思い返して唇に触れた。




 椎名は私のことが好きなのかと明日香が訊いた。

 そんなわけないじゃんはははと、万が一の時のために何度もシミュレーションしていたのに、いざとなったら何も言えなくなった私に椎名とは付き合えないごめんなと明日香は言った。それはそうだろう。だって私と明日香は違うんだから。私は普通に女性を愛す。明日香は普通に男性を愛す。お互いにそう生まれついていて、そんなことはとっくにわかっていたこと。


 それでも明日香は私を忌避することなく私の想いに真剣に向き合ってくれた。考えてくれた。私と同じものを私も感じたかったと、そう語る明日香の口調もまた真剣だった。


 とは言え考えるということは理性的にということだから、極自然に、自ずと、いつも間にか私に恋をしていたとか、私の望む形で私を愛している、ということとはやっぱり違うから、もしも、京が一にも私たちが付き合うことになっていたとしても、明日香は心のどこかで無理をしていただろうし、私は心のどこかで引け目を感じていただろうから、そんなものを抱えた私たちが上手くいく筈もなく、遅かれ早かれ壊れていただろうとも思う。それでもいいから少しだけでも、なんて甘えたことを私が思っていなくて本当によかったと思う。付き合えなくて本当によかったと今は思う。私には私の、明日香には明日香のするべき恋があって、ずっと隣に居るべき人がどこかに居る。それがお互いじゃないことを悲しく残念に思うけど私たちが結ばれることは決して無い。

 昨夜、明日香はそれをちゃんとわからせてくれた。私の中で静かに終わらせるつもりだった恋が突然終わった。失恋した。強がってわかった気になっていたけどやっぱり無理。私は泣いたよ。

 そして私が落ち着くまで明日香は傍でずっと私のも背中を優しく撫でてくれていたよ。とても優しく。何度もごめんなって言いながら。







「何でわかっちゃったの?」


 取り敢えず落ち着いた私は理由を尋ねた。玲さんのように私と同じ女性ならいざ知らず、まさか明日香本人にバレるなんてと思ったから。私は上手く隠していた筈なのに。


「あー。なんつーか、私も遅まきながらちょい恋に目覚めた頃があったつーか。まぁ、それから周りを気にするようになったつーか。な」


「樹さん?」


「まぁな。そしたら二人とも私に対する態度がどうも似てるような気がしてな。そっからかな」


「そっか。それでさ、明日香は、その、樹さんのことどう思ってたの?」


「樹さんのことは何となくいいなとは思ったな」


「ふーん。やっぱりそうだったんだぁ」


「お。なんだよ。妬いてんのかよ」


「べっつにー」


「はは。樹さんは昔っからよく知ってる人だし嫌いじゃねぇし、なるようになってもべつにいいかなって思ったんだよ」


「ほーん」


「けどな、何でかわかんねぇけど、そうなると椎名との時間が減っちまうなって思ったんだよ」


「ほほう?」


「んで、ウチら邪魔になるようだったらやっぱ今はいらねーなって思ったんだよ」


「いいなって思ってたんでしょ? 付き合ってって言われたんでしょ? 明日香はそれでよかったの?」


「べつに。それが私の初めての恋だったかも知んねーけど、それが恋をする唯一で最後の機会ってわけでもねーしな。高校生でいるうちは余計なものを省いて椎名と一緒に過ごしてぇなって思ったんだよ。あと理香と亜衣、それに水野とかな」


 明日香は自分の恋愛において、樹さんを単なる通過点だということにしたらしい。そして私は明日香が悩んだ末に私とはどうにもなれないと結論を出して、それならせめて高校生の間は一緒に居ようと思ってくれたことに気づく。私はその決断に謝ることはぜずにお礼だけを伝える。


「そっか。そう思ってくれてありがとう」


「やめろよ。私がそうしたかったんだからよ」


「だからありがとうなんだよ」


「そうかよ」


「そうだよ。ありがとう明日香」


「おう」


 顔を背けてしまったけど、明日香はなんだか照れているみたい。普段はあまり見ない素振りだからとても新鮮に感じる。


 色んな想いを経験させてくれた初恋は多くの人にとって通過点。私にとっては明日香がそれ。そして今夜まさにそうなった。あとはこの火が消えるのを待つだけになった。




「なぁ椎名」


「なに?」


「椎名のファーストキスくれよ。私のもやるからよ」


「へ? えっ?」


「ダメか?」


「え。ダメじゃないけど。えっと……」


 戸惑う私の顔に明日香の顔が近づいて来て、少し湿った温かいものが私の唇に触れたのは凡そ五秒間。戸惑いは一瞬のうちにどこかに消えて、明日香の唇が離れてしまうまで私は触れたものの感触に陶然としていた。







 唇を離し、私の目をじっと見つめる明日香の瞳を私も見つめる。


「これで椎名の初めては私のものになったわけだ。んで、私の初めては椎名のものな」


 そうして見つめ合うこと暫し。明日香はなんだかすごく嬉しそうにそんなことを言った。


「えっと。なんで?」


「椎名は特別なんだよ。私にとってはな。けどよ、特別だけど私はどうしようも出来ねーから、椎名が離れちまうのはしょうがねぇって思うんだよ。けどよ、そうは思うんだけどいつか椎名が誰かとどうにかなるのはやっぱ悔しいつーかこう、モヤモヤすんだよ。だからせめてファーストキス貰って椎名の記憶にいつまでも残っておこうかって思ってよ。もちろん私の記憶にも椎名が残るしな」


 ハグみてぇなことは水野がよくやってるし、そうなると出来ることつったらもうキスしかねぇかなってな。初めてのチュウなら忘れねぇだろ? 悪いな。けど私なりに考えたんだぜーって明日香は言っている。私はその理屈に呆れてしまった。

 確かに私は忘れない。このキスは別れのキスとも言えるけど好きな人からしてもらった初めてで最後のキスだから。けど、明日香にとっても記憶に残るくらいに大事なものだと言うのなら、ちゃんと大事にするべきでしょうよと。


「あれ? もしかして嫌だったか?」


 その思いが顔に出ていたのか、拙かったと明日香が曇る。けどそれは無い。明日香の唇に触れて、明日香の記憶に残ると言われて私は凄く嬉しかったのだから。


「ううん。そんなわけないよ。私は嬉しかったけど、明日香の方こそ嫌じゃなかったの?」


「嫌じゃねぇよ。モヤモヤするって言ったろ。だからしたんだし気持ちが無ぇわけじゃねぇからな。ただ、やっぱり椎名とは付き合えないってだけでよ」


 明日香の言ったことは私が抱えていた思いと同じ。欲しいけど手にすることが出来なくて、それならせめて傍に居たいと思うけどそれも出来ない。そしていずれ誰かが私に取って代わるのはとても悲しくて辛い。でもやっぱりどうにかしょうがない。だから私は何もしないことを選んだけど私と違って明日香は最後に一歩踏み込んでくれた。明日香なりに私を想ってくれていたこと、してくれたこと。私がそれが嬉しく思わないわけがない。

 私たちに先が無いことはわかっていた。ならもうそれだけで充分。明日香が気にしてしまうからいつまでも泣いているわけにはいかない。


「う。酷いよ明日香。二回もフるなんてさ」


 ありがとう明日香と思いつつ、よよよと泣き顔を造って見せると明日香は慌てて謝った。


「あ。悪ぃ。ごめん」


「冗談だよ。ふふふ」


「んだよ。驚かすなよー」


「そのくらいいいじゃん。私フラれたんだからさ」


「なにをー」


 明日香が私の肩に腕を回す。そのまま左右にぐいぐいと揺らされる。

 それはこれまでも明日香が私にしてきたことで私が明日香にされていたこと。変に遠慮されたら悲しいからいつものように気兼ねなく振る舞ってくれる明日香をありがたく思う。そして私も遠慮はしない。私たちは私たちらしく。私たちはこれがいい。






 丸めたヤツを抱いたままベッドに転がる。


 あのあと明日香と抱きしめ合って、今までありがとう、これからもよろしくって二人でふふふと微笑みあった。明日香の布団を敷いて順番にお風呂に入って、私はお風呂でまた少ししくしくと泣いて、髪を乾かしお肌のお手入れをして電気を消して布団に入ってさぁ眠るまでまた色々と話そうかって段になって、あ、やべぇとか言って明日香が勝手知ったる部屋の電気を付けた。


「なにごと?」


「全然食ってねぇ。忘れてたわ。てかなにごとってなんだよ」


「なんだよって何?」


「ん?」


「ん?」


「「あはは」」


 笑いながらも明日香はガサガサと袋を漁り出す。何かを食べながら話す雰囲気じゃなかったでしょうよって思うけど、その必死さ、やっぱり明日香は明日香だから明日香なんだなぁって納得する。明日香はあぶねーあぶねーなんて言っている。


「やばくない? けどウケるよね。あははははは」


「んだよ。笑うなよー。今日のお菓子は今日のうちにって言うだろー」


「言わないよそんなの。あはははは」




「ふふふ」


 思い出したら笑っちゃう。明日香はやっぱり明日香だから。


 実はここだけの話、キスのあと私たちは付き合ったんだよ。明日香が今夜だけ付き合うかって言ってくれて一晩だけの恋人になったんだよ。私は晴れて初めて彼女が出来たってわけ。一晩だけ。


 だからってキス以上のことをしたわけじゃなくて、いつものようにたまに触れ合うくらいに隣り合って座って話をしていただけ。キスもその一回だけだったし。そして朝お別れしたおままごとみたいなもの。誰にも言わない誰も知らない私たちだけの秘密。


 明日香は優しい素敵な女性。大人になるに連れもっと素敵な女性になっていくと思う。そんな明日香を射止めるのは誰だろう。私が終ぞ見ることはない顔を向けるのは誰だろう。私ではない誰か。私がどんなに手を伸ばしてもそこには届かない。

 私の恋は終わってしまった。今更ながらそれを実感してしまう。そしたら目から涙が溢れてきた。昨日の夜で枯れ果てたと思っていたけどまだ出し切れていなかったみたい。


「うう」


 泣きたい時には泣けばいい。泣くのを我慢をしてばかりいたらいずれ泣けなくなってしまうかもだから。誰が言ったか知らないけどそれは私もそう思う。


「うぐっ」


 だから私は泣いたよ。丸めたヤツを思い切り抱きしめて、こうして泣くのはこれが最後だからどうか赦してねと、誰にも知られずただひとり、泣き疲れて寝ちゃうまでうぐうぐといっぱい泣いたんだよ。









「ん。うーん?」


 スマホが鳴って目が覚めた。私はどれくらい眠っていたのか、絶対にまた腫れぼったくなっている筈の目をついつい擦り、いやに怠い体に鞭打ちつつごろんと転がって腕を伸ばしてスマホを取るとメッセージが一件。あまちゃんから。


「ぷっ」


 開いて思わず笑っちゃったよ。だってね、こっちとこっちとどっちがいいと思う? っていうメッセージに、方や普通のスニーカー、方やラメか何かでこれでもかってくらいデコられたキラキラのハートが可愛いスニーカーをそれぞれの手に持っている真面目な顔したあまちゃんが添付されていたから。それがすっかり甘えたがりの構ってちゃんになってしまったあまちゃんらしくて超和む。


「ふふふ」


 それから私はあまちゃんにメッセージを返すために紙飛行機の所をタップした。



 左手の。明日、明日香の所でお昼食べない?


 食べる何時?



 「うおっ? はやくない?」




お疲れ様でした。ここまできてくれてありがとうございます。


美月の恋は叶った次の日に終わりました。何と言いますか、こういう形もありということで……


そしてこのお話のシリアスパートはここまで。この先は多少シリアスが混じりますが基本ほのぼのうふふしていく予定です。プロット的にはその筈です。


ということで、中々ペースが戻りませんがこれからもよろしくお願いします。


読んでくれてありがとうございます。

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