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第二十八話

注 後書きはご飯を食べながら何となく読んではいけません。たぶんぞわわってなります。


では続きです。よろしくお願いします。

 


 朝の九時半、私は学校指定のシャツの襟にリボンを通しているところ。色が白なら指定のシャツじゃなくてもべつにいいんだけど、こっちの方が何も考えずに済むからそれを着ている。私服で通える高校もあるけど羨ましいとは思わない。制服とかジャージとか、着る服が決まっている方が、何を着ようか一々悩まなくて済むし私服のローテーションにも限界があるしで実は楽だから、制服はとても優れた有り難いシステムだと思う。

 そして今まで何百回と着たこの制服を着る機会も残りあと僅かになった。もう二週間もすると私は制服を脱いで少しだけ大人になる。いつまでも金のままではいられないとは一体誰の言葉だったか。確かワンダーさんだったような……

 ま、それはそれとして今日から三月。三月は私の誕生月だよ。覚えておいてね。



「あれ? 曲がってる? おかしいな」


 鏡に映るリボンが微妙に右に傾いているように見える。

 私は多少のことは気にしないけどこういうことにあまちゃんはうるさい。自分はだらしなく着崩しまくっているくせに、こういう装飾品のちょっとしたズレなんかにも、私のはわざと。椎名のはただの失敗。違い、わかる? 運泥の差でしょと嘲笑うあまちゃんは本当にうるさい。くれたりんごのヘッドが付いたチョーカーも、着けた時にりんごが裏返っていたりなんかしたら超うるさいんだよ。けど、うるさいんだけど言わんとすることは理解出来るから私も気をつけるようになった。


「え、なに」


 どうなっているのと指で確認してみる。と、原因はすぐにわかった。襟に通す紐だ。ソイツがぐりんぐりんと捻れていた。


「あ、もぉなんだよー」


 カクキョになってるじゃんって言いながらすぐに付け直したリボン。映るそれは真っ直ぐで今回は上手く出来た。


「うん。これでよし。で、と」


 続いて私は次に着るベストに手を伸ばした。それを手に取って、これにもお世話になったなぁなんてことを思う私は四月からは大学生になる。お正月に沿道で頑張れーって旗を振るようになるかも……ならないね。それはね。うん。ならない。私が大事に思う人たちはここに居るんだから私にそんな暇はない。


 そう。私は四月から大学生になる、と言うことで先ずは結果から。

 諸々の犠牲と弛まぬ努力の甲斐あって、二月に受けた大学には全て合格していた。だから三月の入試をスルーして私の受験はそこで終わった。

 その合格発表の日、私は学校に行くのと同じ時間に起き出して、顔を洗ったりご飯を食べたりと朝のひと仕事を終えたあと、テレビを観たり音楽を聴いたりする体で、実はそわそわしながらひたすらその時を待っていた。その長いこと長いことと言ったらなかったよ。


 そしてその時間ぴったりに大学のホームページに入ろうとしたらなかなか繋がらなくて焦ったのはいい思い出。

 あれぇ? あれぇ? なんで切れちゃうんだよもぉ、って焦る私を見てニヤニヤ笑っていた宇宙に、部屋に落ちていたえっちぃ本ね、誰のか分からなかったから取り敢えず親の寝室に置いて来ちゃったえへへって飛び切りの笑顔で伝えてあげたら慌ててリビングを飛び出して行ったのを指差して笑ってやったのもいい思い出。

 そうやって宇宙を笑ったあと、私は再び画面に戻り、ようやく辿り着くことが出来た合格者番号一覧の中に私の番号を見つけて、よっしゃと喜びつつも大きくホッとひと息吐いて、これからのことを思い、ひとり感傷に浸っていた。


 少しして見つからねーって言いながら戻って来た宇宙に無事C大に合格していたことを伝えたら、おめでとうさすが美月だな、入学祝い何がいいって訊かれたから、私も泊りでディズニー行きたい。五人分、顎足付きでよろしくねって伝えたら、まじかよって言って固まっていた。

 いつものただの冗談なのに、先月のバイト代だけじゃ足りないよなぁ、俺貯金いくらあったっけなんて言って、本気でどうにかしてくれようとする宇宙のシスコン愛をひしひしと感じながら、こういうこともあまり出来なくなるんだなぁって思ったらちょっと切なくなったよ。


 そしてその次の日、C大の他にもM大、W大の二校ともに合格したことがわかり、その日の夜、私がどの大学に進学したいかするべきかをちゃんと親と話し合って、そこにあまちゃんの専門学校が渋谷にあることとか、一緒に住む部屋がどの辺りだとか、こっそり私のモノのことなんかを加味した結果、私はW大に進学することに決めた。

 W大。古豪だよ古豪。まぁ、やっぱり応援には行かないんだけど。


 ちなみに私とあまちゃんが住むのは中野という所。地図の上と下、JRと地下鉄の二路線に挟まれた丁度その真ん中くらいにあるマンションの三階の一室。駅まで徒歩十分。月十ウン万円の二LDKお風呂トイレ別。まだ外観の写真と間取りしか見ていないけど広くてびっくりした。私が受験に失敗していたら、あまちゃんは一人でそこに住むつもりだったのかと私は戦慄したよ。ははは。


 ちな、JRの駅の近くの商店街に有名なラーメン屋さんがあったり、その先の何とかかんとかって言う、オタクっぽいお店がたくさん入った商業施設があるんだとか。興味は無いけどググってみたらなんか面白そう。そこに住むのは四月に入ってから。引越しとか大学の手続きとバイト探しで四月は凄く忙しくなりそう。

 あとね、引越しは明日香も手伝ってくれるって。そのあと何日か泊まって、自分の専門学校が始まるまでには帰るって。

 そう言ってくれた時、もう少し一緒に居ることができると知って、私は凄く嬉しくなったよ。

 ほんの少しだけお別れが先に伸びて、明日香に関しては見送られる側から見送る側になったわけだけど、電車に乗り込む明日香にまたねと手を振って、座席に着いた明日香に窓越しにおーい明日香ーって手を振って、ベルと共に動き出した明日香に最後に思い切り手を振って見送ったあと、行ってしまった線路の先をいつまでも眺めていることを想像しだけで私は泣きそうになる。その時は絶対に泣いてしまうから、あまちゃんが一緒に居てくれて本当によかったと思う。

 耐えきれず、いやだやっばりわだじもがえるーって泣きながら騒ぐ私に、馬鹿じゃないの、椎名はこっちでしょって返しながら私の首根っこを引っ掴んで無理矢理連れて帰ってくれるだろうから。けどそんなあまちゃんの声は鼻声で、薄っすら涙を浮かべていたりなんかして。あはは……



 話が逸れたけど現状私はそんな感じ。色んなことが順調に決まって行く中で一つの終わりに向かって着実に進んでいる。私史上では一つの時代の終わりと言えるその終わりを経験したら、私は制服を脱ぐことよりももっとずっと大人になる。そんな気がする。




「なんか久しぶりに着る気がする」


 そしてもう一つ。制服の袖に腕を通しながら私はこんなことも考えていた。


 今日、ついに訪れた三月はまだ寒くても季節的には春の括り。そして春はその訪れと共に別れも連れて来る。だから今の私は春が嫌い。来なければいいのにって思う。


 その理由は当然明日香とのお別れがあるからで、それが私にはもの凄く辛いことだから。その辛さの理由は当然私が明日香を好きだから。

 だから私はこの一年をかけて、私の明日香への想いをゆっくり消して、凄く仲の良い友だちとしてそのお別れを迎えようとしたんだけど残念ながら出来なかった。

 消そうとしても終わらせようとしても、そうしようと思えば思うほど私の中に今まで見てきた色んな明日香の姿が次から次へと浮かんでは消えて、そのせいで私の想いは消えるどころか何も変わらず私は今日も明日香を好きなまま。寧ろ想いはより深くなってしまったようにも思う。


 けどそれはそうだ。だって私はそう決めた後もずっと明日香の傍を離れなかったんだから。好きな人の傍に居て想いを消せるわけがない。明日香が誰かを好きになって、その人と付き合いでも始めようものなら諦める他なかっただろうけど、幸いにも今日までそうはならなかった。明日香は私の傍に居てくれた。


 それ幸いと私がしたことはこれまでと同じ、変わらず明日香の傍に居ること。諦めなくちゃ消さなくちゃって思いながらも、結局のところ、私は明日香の傍に居たくて、好きな人の傍を離れたくなくて、これまで通り私が常に明日香の一番で在り続けることを望んでいたんだと思う。友だち以上の関係にだなんて私は少しも期待していなかったけど、心の奥底ではそうなることを望んでいたんだと思う。違う月に美しさを感じる私たちの間でそんなことは起こり得ないというのに。


 そんな愚かしくもいじましくも浅ましい私がこの一年してきたことがそれ。それで何かが変わる筈もなく、それはもうすぐ終わる。私はもう明日香の傍に居られない。いつか誰かが私に取って代わる。そのことも私はちゃんとわかっている。


 だから私はこの機会を、私が私の恋心を終わらせるための第一歩だと思うことにした。離れてそうそう会えなくなれば嫌でも何でも私の気持ちが変わるだろうと期待して。出来れば明日香に恋人が出来る前に。そうじゃないと明日香に二度失恋した気分になってしまう。こんなに辛いことは一度で充分だから。


 私にとって今この手の中にあるものを手放すことはとても勇気がいることでとても怖いことだけど、私がいつか明日香以外の誰かを好きになるためにはこの別れは必要なことだと思うことにした。両手いっぱいに抱えたままでは他のものを抱えることは出来ないし、満たされたままの器には他の何をも入れようがない。

 そしていつか空っぽにした器が誰かに満たされて、晴れて私に恋人ができて、それを含めて明日香に全てをカムアウトした時に、よかったな、私も嬉しいぞって言ってもらいたい。明日香ならそう言ってくれるって私は信じることにした。


 私が今思うことはそういうこと。私はこれから破れることすら叶わなかった私の初めての恋の成れの果てをズルズル引き摺りながら前に進んで行くことになる。

 それは必要なことだからそれでいいんだって誰かに言ってもらいたい。ていうか玲さんなら言ってくれそうだから東京に行く前に必ず会いに行こうと思う。

 なーさん然り、その玲さんも専門を卒業して、四月から社会人だぜって言っていた。吼えろも引退するという。そして同い年の幹部の人たちもそれぞれに道が決まって一緒に引退するということだから、やっぱり春はそういう季節、新しいことに目が向きがちだけどその前に、誰かにとっての終わりと別れを連れて来る季節なんだなって思ったよ。



 そんなわけだから、私はあと少しのあいだ密かに恋する女の子として過ごすことにした。つまり今まで通りってこと。だけど気持ちはなるべくなら前向きに。

 どうせ叶わないとか消さなくちゃとか忘れなくちゃとか、そんなネガティブな思考を頭の中に巡り巡らせて夜な夜な泣いていたことが無駄になって馬鹿みたいな気もするけど、それもやっぱり無駄なんかじゃなくて、私の人格というか情緒というか、多感なこの時期にそういうものを形成していく上で必要なことだったと思う。

 これから大人になっていく私は今、恋をしてから失恋するまでの過程を経験しているところ。それはどこにでもある、誰もが経験する誰にでも起こり得るありふれたことだけど、一人一人にとって特別なことのように、私にとっても特別な経験。何にも替え難い私の初恋。泣いたり笑ったり、思い遣ったり遣られたり、ヤキモキしたり満たされたり。そうして過ごしてもうすぐ迎える私の失恋。この一つ経験も私を大人へと成長させてくれると私は思う。





「よし、と」


 バイザウェ……ところで話は変わるけど、今私が制服を着たということは、私は今日、学校に行くということ。なんでかって言うと、C大とM大とW大に無事合格したことと、W大に進学することを担任に報告するためで何もコスプレして楽しんでいるわけじゃない。私はまだバリバリの現役女子高生だから。

 けど、もしも四月になって着たとしたらそれはコスプレ。卒業して二週間くらいしか経たないのに現役じゃないというだけで人の見る目も自分の見る目もそうも変わるものかと、それもなんだか不思議な感じがする。ふたりはどう思うか、あとで訊いてみようかな。


「あ、もう行かなきゃ」




 鞄を持って部屋を出て、戸締りと火の用心をしっかりやって玄関へ。

 上がり框でコートを着込んでこっちを向いたまま揃っていた焦茶色のローファーを履く。この子たちは何足目だったけ? ってちょっと思いながらシューズボックスの上の鍵を取ったらもう一度、鏡の前で最終確認。おっと、マフラーを忘れたよ。


「あ、部屋だ」


 私は慌てて履いた靴を脱いで家に上がり、階段を駆け上がった。



「よし」


 そして再び鏡の前。クリスマスに明日香がくれたマフラーを巻いた私はどこから見ても女子高生。けどそれもあと少し。


「行って来ます」


 と声をかけるも返事がないのは今は誰も居ないから。受験から解放されてからの私の朝はいつも遅くてこんな感じ。ではと、私は玄関の扉を開けた。


「うわ、やっぱまだ寒いや」



 昨日、私はビークを過ぎた時間を見計らって明日香のところに顔を出した。カウンターに座る私に、椎名が私のお客さん一号だぞ、メニューはこれだけだけどなって言いながら出してくれたハンバーグ定食はそのソースと付け合わせも含めて下ごしらえからの調理、味付けまでの一切を明日香が一からしたものだった。


「そうなの? 楽しみ。じゃ、いただきまーす」


「おう。じゃんじゃん食えー」


 私は普段、先にサラダからいく派だけどせっかくだから早く食べて欲しそうなハンバーグを一口大に切って口に入れた。ふわふわと柔らかいながらもちゃんと歯応えがあって、お肉を食べているこの満足感。それに噛めば噛むほど肉汁が……ていうのはよくわからないから素直に美味しいかどうかよく味わってみる。


「どうよ?」


「うん。凄く美味しい」


「だろ?」


「明日香は才能あるね」


「そんなに褒めんなよ。あ、これも食って感想くれよ」


「いいの? ありがとう。けどチョロくない?」


「うるさいよ」


「ふふふ。ありがたくいただきます」


「おう」



 その時明日学校に行くつもりって伝えたら、椎名が行くなら付き合うぞって言ってくれた明日香。

 その明日香が駅で待っている。ついでにあのパン屋でパン買って裏で食おうぜ、これで最後かもしんねーしなとも言っていたから、明日香は明日香で今まであった色んなことを振り返っているのかも。前を向くために。


 そして私たちが降りる駅では、なら私も行くって言ってくれたあまちゃんが私たちを待っている。なんでパン? しかも裏とか寒いじゃんふたりとも馬鹿じゃないのとも言ったあまちゃんらしさに笑っちゃいながら、寒いならタイツ履きなよって返してあげたらファッションはーってぶつぶつ言ってたけど私はそれを軽くスルーしておいた。たぶんあまちゃんはもう前を向いている。


 ああ、早く会いたい。そう逸る気持ちに押されるように私は駆け出していた。颯爽と。コートの裾をひらひらと翻して。






「おつ明日香っ。お待たせっ」


「おつ椎名。べつに待ってねぇぞー」




お疲れ様でございました。いつもありがとうございます。



と言うことで、ちょっと聞いてください。

ウチの庭にダンゴムシがいっぱいいました。固まってモゾモゾ動いていて、うひゃーってなりました。個体ならともかく団体さんはまじキツかったです。ぞわわってなりました。


読んでくれてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] C,M,Wとなると2月終わりの試験は受けずに決めたわけですね!しかも全部合格とは!私立はなんといっても建物がキレイ!私は理系ですので文系の華やかさはありませんでした… 東京はほんとに色々お値…
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