第三話
続きです。
三話投稿の一話目です。
よろしくお願いします。
「それちょうだい」
「はい」
「ありがとう」
私はルックのトレイを差し出した。シャッフルするために袋を破いて剥き出しになったそれ。あと八粒残っている。十二個入りだから三で割ってひとり四つずつ。私はもう食べてしまった。
あまちゃんはトレイに乗ったチョコたちをじっと見つめてアーモンドはどれかなと呟いている。本当はどれでもいいけど楽しく食べたいのだろう。私も同じ。だから私はシャッフルする。
「これだと思うよ」
「本当に?」
「うん。知っての通り私はルック博士だからね」
「じゃあこれにする」
あまちゃんが私の指したやつを取って口に入れ、口をムニュムニュさせながら瞳を上に向けてチョコの味を確かめているような仕草を見せる。
「ね。アーモンドだったでしょう?」
ルック博士にかかればこんなもの。私はドヤっと胸を張る。
けど違ったみたい。答えを聞くまでもなくバナナとチョコがミックスされた甘い匂いがあまちゃんからしてくるから。
「バナナ」
「見せないで」
「アーモンドはこっちだった。ほら」
「いいから」
それを繰り返すこと四回。何が嬉しかったのか、あまちゃんはその度ににっこり笑っていた。
「平和」
「うん」
空気は少し冷たいけど日差しはぽかぽか暖かく、お互いが触れている肩や腕も暖かい。何をするでも見るでもなく暫し黙って時を過ごす。
そこに一つの影が差して目の前のフェンスがガシャガシャと鳴った。
そこにはフェンスの上まで軽々と登って、制服の長いスカートをブワッと翻しながら颯爽と飛び降りる女子が一人。
飛び降りる姿勢もさることながら、スタッと着地した姿が長い手足と相まって凄くかっこいい。そのままコンビニの袋を持って笑顔で近づいて来る。微笑む彼女は向日葵のようで周りを明るくする。私はそう思う。恋は全肯定なところがある。盲目とも言う。
彼女が姿を見せた時、私に触れていたあまちゃん腕がほんの一瞬僅かに強張ったように感じたけど私はそれを気にしなかった。身動ぎぐらいに思っていたから。
「よ。二人とも」
そう言って手を挙げた彼女は細くて背が高い。普段は上に弧を描いている目は、何かにムカついた時には人を射抜くような鋭く光る眼差しに変わる。もしも私に向けられたなら自らぴょんぴょん跳ねたくなるくらい怖い。けど私は一度しか向けられていないから今は平気。
私よりより少し長いその髪は金髪。根本から三センチくらいが黒いのはご愛嬌。そのツートンカラーはあの、リマールさんか染め直すのを面倒くさがって伸ばしっぱなしにするヤンキーの特権みたいなものだから。
まぁ当然彼女はリマールではないし、もうやんちゃでもヤンキーでもないんだけど。
「おつ。明日香」
「おつ」
「おつ」
堂々と歩いて来た明日香は私の隣、あまちゃんの座る反対側にドサっと腰を下ろした。あまちゃんみたいに特にいい匂いはしないけど彼女は日向の匂いがする気がする。
「なに買ってきたの?」
私が明日香の持つ袋を覗き込もうと体を寄せるとあまちゃんもまた私にくっ付くようにしてその身を寄せて私の肩越しに覗き込もうとする。
「これは」
袋を覗き込む私たちがよく見えるよう、明日香は袋を広げて自慢げに答えようとしているけど見てわかった。ホカホカというより少し汗をかいてふやけてシワが入ってしまった白と薄いオレンジの丸いやつ。
「肉まんとピザまんとあんまん買った」
「おおぅ」
「くくく」
とても明日香らしい。
明日香はいつものように本能に突き動かされるがままにその時食べたくなった物を買っていたみたい。見たら食べたくなっちゃったんだと思う。
私にそのチョイスはない。誰かにあげるつもりでもなければそんなことしない。たぶんあまちゃんもない。たぶん。
だからやっぱり明日香らしい。
「あと牛乳な」
「「牛乳っ」」
あまちゃんと二人で顔を見合わせて声をあげる。だって明日香は細いくせに胸も大きいから。明日香と牛乳。その組み合わせが凄く納得できるから。
「あんだよ?」
「牛乳」
「しかも五百㎖」
「ね。普通せいぜい二百だよね」
「うるさいよ。好きなんだからいいだろべつに」
騒ぐ私たちのことをいつものことと流し、明日香は肉まんにワイルドに齧り付く。続いてまたひと口ふた口と勢いよく食べている姿がなんとなく、迷いなく今を生きているって感じを私に抱かせる。
「うまうま」
肉まんはあっという間に無くなって明日香はグビグビと牛乳を飲んでいる。もう片方の手にはいつの間に取り出したのかピザまんがある。明日香の食事はいつもこう。よく噛んだほうがいいよと伝えると、私は超高速で噛んでんだからいいんだよっ、だって。
「肉まん三口だった。さすが超高速」
「ほんと。肉まんが飲み物とか」
「うるせー、よっ」
私とあまちゃんに向かって肉まんの下に敷いてあった紙が飛んで来た。それをきゃーきゃー騒いで避ける私とあまちゃん。私たちのお昼はいつもこんな感じ。
明日香。
またも三口でピザまんを食べ終えて、今あんまんを齧る明日香は私と同じ中学校。同中。
私と明日香と知り合ったのは忘れもしない中二の三学期。
その頃の明日香は荒れていた、らしい。そんな噂が流れていた。
明日香と私は同じクラスになったことはないけど、明日香は当時から背が高くてその存在自体がかなり目立っていたから、その人と成りは知らなくても姿形は知っていた。
見かける度にその見た目が変わっていく明日香は、そんな噂を耳にすれば確かにそうかも知れないと思えるくらいの目つきと態度だった。
その中二の三学期、二月の始め午後九時過ぎ。お風呂から上がったばかりの私はどうしてか無性にハトサブレが食べたくなっていた。
今すぐに手に入らないのはわかっていた。この辺りには売っていないしもう夜だから無理なものは無理。ならどうするべきか。
私はお利口さんだから答えは簡単。妥協案としてこの欲求をクッキーにぶつけることを思いついた。
そのクッキーも家に無いことはわかっていた。我が家のおやつコーナーにそれを見かけなかったから。ならどうするか。
答えはすぐに出た。外は寒いし体を綺麗したのに外に出るのは損した気分になるけど食べたいものは食べたいしと、私はわりかし近いコンビニに行くことにした。若いから衝動に突き動かされるのは当然と言える。
「宇宙。ちょっとコンビニ行って来るから」
「おう。もう遅いから気をつけろよ」
「うん」
素早く着替えて財布と携帯を持って部屋を出て、玄関横に掛けてあるダウンを着込んで手袋をしてマフラーも巻いてリビングに戻り、そこでテレビを観ている四つ上の兄にひと言声をかけて家を出た瞬間、寒さに怯んだけど頑張って自転車をこぐこと五分で無事コンビニに到着。
「寒い寒い」
自転車を止めてこしこし手を擦りながらコンビニに入る時、明かりが漏れるウインドウにもたれるように携帯を弄る、どこかで見たことがある女の子を見かけたような気がしていた。
「ありゃあとあしたー」
ピポピポピポーン
お目当てのクッキーを手に入れて、ついでにアイスを二つ買って大満足な私はやる気の無い店員さんの声とドアを開けるとする音を聴きつつ外に出た。
「ふふふ。ゲットだぜ」
袋を掲げてほくそ笑む。よし。早く帰って食べなくちゃ。そんなことを思いながら袋をカゴに入れて自転車に跨ったところでふと気になった方へ視線をやると女の子はまだそこに居た。よく見るとその子は背が高い。
「あの子は…」
なんか黒田っぽい。と、少し気にはなったけど、私はあの子をよく知らないし悪いって噂も聞くし、噂に違わずこれから友だちと夜遊びでもするんだろうななんて考えて自転車を走らせた。
「うおー。さむーい」
なんて、寒さに負けないように大声を出して早く帰れるよう頑張って自転車をこぐけど運悪く道を渡る信号が赤に変わってしまった。
そして信号が変わるのを待つ間、ふとあの子ことが頭に浮かんできた。
友だちを待っている。そう思ったけどなんか違う気がする。だとすると、こんなに寒い夜にコンビニの明かりの下で携帯を弄っているのはなんでだろう。背が高いのに何となく小さくて辛そうに見えたのはなんでだろう。
「…よしっ」
信号が青に変わる。私は勢いよくこぎ出して来た道を戻った。もう居ないならそれでいい。
そう。私は道を渡らなかったの。
これがそもそもの始まり。私の恋の始まり。戻ると決めた私の選択の結果。後悔なんてしていない。
読んでくれてありがとうございます。




