第二十五話
続きです。
私にしては短いです。
よろしくお願いします。
十月も今は終盤。木々の葉が深く色付いて、朝と夜だけじゃなく昼間も冷たい空気を感じる季節になったなぁって思うある日のお昼休み、私は明日香とあまちゃんと一緒にいち早く学校を抜け出して、前に明日香の話に出たパン屋に行った。今日のお昼は仲良くパンを食べるんだよ。
「お待たせ。んじゃ戻ろーぜー」
「うん」
「明日香買い過ぎ」
その戻り際、私とあまちゃんが持っているパン屋さんのロゴ入りの袋よりも二周りも三周りも大きな袋を持ってお店から出て来た明日香にあまちゃんが空かさず突っ込んでいた。きっと、私たちよりも後にレジに並んだ明日香のトレイを、先にお店を出るすれ違い様に見た時から突っ込みたくてうずうずしていたんだと思う。私は明日香にしてはセーブした方なんじゃないかなぁって思っていたんだけど。
ちなみに私は新作のポップがあったミートパイと、レモンのシロップに漬けられた手のひらサイズの小さなデニッシュ二つと塩あんぱんを買ったよ。デニッシュが二つなのは当然明日香に一つあげるため。
「なに言ってんだよ水野。こんなもん、足りねーぐらいだっての」
誰が先にというわけでもなくぞろぞろと学校の方へ歩き出す中、明日香は私が思っていた通りの答えをあまちゃんに返した。
それから袋の口を広げ、見てみろよ、こんだけしかないんだぞって言って、クロックムッシュだろ、スラッピージョーだろ、ナポリタンサンドだろ、クリームパンだろ、あとはーって言いながら、一々現物を取り出しては並んで歩くあまちゃんに見せている。
その一向に終わる気配を見せない現物紹介にあまちゃんは再び突っ込んでいく。
「買い過ぎでしょ」
「そんなわけねぇだろ。このメープルメロンパンで最後なんだぞ。んで牛乳。な、少ねぇだろ?」
今日は五種類しか買ってねぇからなって明日香は本気で言っている。私はそんな明日香がいかにも明日香らしいから笑っちゃうけどあまちゃんは呆れ顔。その量を少ないとか馬鹿じゃないの? って言いたそう。
「どこが? てか牛乳」
「好きなんだからべつにいいだろ。大体よ、んなこと言ってっけど水野さぁ、本当は羨ましいんだろ? 美味そうとか思ってんだろ? 食いてぇんだろ?」
「べつに」
「ま、どうしてもって言うならひと口くらいならやってもいいけどな。ほら水野、食べたいですって言ってみ」
「誰が言うか。馬鹿じゃないの」
「ほぉ。そうかよ。そんじゃ水野にはひと口もやらねからなー」
「だから要らないつってんの」
「あーあ。ったく水野はよー」
「なに?」
「マジ素直じゃねーのなー」
「はあ?」
と、私の前を並んで歩くふたりはそんなやり取りをしている。私は仲良いなぁって思いながら笑みを浮かべてその様子を見ている。
私には私の、明日香には明日香の、あまちゃんにはあまちゃんの人との絡み方というものがある。ど素人が見ればあまちゃんのアレは、言葉使いと言い口調と言い、一見すると明日香に突っかかっていったようにしか見えないけど、あまちゃんのアレは親しい人との絡み方。そもそも嫌いなものや興味が無ものなら近寄りもしないし話もしないのがあまちゃんだから、今のあのふたりのやり取りは、普段みんながしているような仲が良い友だちとのどうでもいい会話なだけ。明日香も言葉使いと口調が荒いから余計に言い合いのように見えるだけ。
私を介して明日香とあまちゃんの距離は少しづつ近づいていったけど、あの奇妙でカオスな夜を経験して以降、あまちゃんの方がこれまで以上に明日香に絡んでいくようになった。それはきっと、あまちゃんが得た繋がりを大事にしようと思ったから。だと思う。
そして明日香は元々が優しくて大らかでドンと来いな性格だから、当然のようにふたりの距離は一気に近づいて、最近はああやってよく戯れるようになった。
ふたりが顔見知りになってから二年以上も時間がかかったけど、あの感じからして今やふたりは私と明日香、私とあまちゃんに匹敵するくらい仲良しになったと思う。
私がそれを喜ばないわけがない。だからどうしても私の頬が緩んでしまうってわけ。
「ふふふ」
「水野は? どんなヤツ買ったんだよ」
「これ」
「少ねっ。お、けどそれうまそうじゃん。味見してやるからひと口、いや半分くれよ」
「なに半分て? あげるわけないでしょ」
「ケチケチすんなよ。くれっ」
「手を出すなっ」
そんな感じでふたりはいまだやいのやいのとやっている。くれくれと手を出してくる明日香をあまちゃんがいい加減にしろって言いながらお尻を蹴ろうとしていたり、それを明日香が軽くいなしていたりして楽しそうだから私のバランサーとしての出番はない。ここ最近はそうだから私の役割はもう必要ないのかも。少し寂しい気もするけどいつまでもっていうわけにもいかない。
「あぁ」
明日香は私の恋心を密かに捧げた私が想う女の子。明日香と過ごして来た日々はまさに私の青春そのもの。
あまちゃんは手が掛かるけど放って置けない私の大事な大事な友だちの女の子。過ごした時間と密度を思えばあまちゃんとの日々もまた私の青春と言える。
同じ制服を着て同じ学び舎で、同じ時間の流れの中で多くのことを共有してきた私たち。来年の春にこの制服を脱いだらそれが最後、クローゼットの奥に取って置くにしてもゴミと一緒に捨てるにしても、もう二度とその袖に手を通すことはない。その時にはお疲れ様でした、お世話になりました、今までありがとねってちゃんと伝えたいと思う。そしてふたりにはこれからもよろしくねって伝えたい。
けど今はまだ私たちは制服を着て、ここでこうして同じ時間の中にいる。今日の記憶が時間の経過に流されてしまっても大丈夫かも知れない方法を私は知っている。
私は制服のブレザーのポケットからスマホを取り出して立ち止まり、カメラのアプリを開いてスマホを構えてふたりを捉えシャッターを切った。手ブレていたら嫌だから、もう一回、もう一回と全部で三回。
こんなふうに、私は最近写真を撮ることが増えた。歩け歩け大会とか修学旅行とか文化祭とか、イベントの写真はそれなりにあるけどこうした日常のと言うか普段の姿と言うか、そういうシーンのものが少ないなぁって思ったから。イベントはイベントだから、あの時はああだったこうだったって比較的簡単に思い出せるかもだけど、日常はそうじゃないと気づいたから。
「どうかな?」
たったいま切り取ったばかりのシーン。日常だけど私には特別。その全てをアルバムに入れて一枚目をタップする。その出来映えに満足して二枚目、そして三枚目へと指でスワイプしていくと、それに合わせてふたりの姿が段々と小さくなっていった。ふたりの歩くペースが速いのか、私が写真を撮るのが下手くそなのか。それともふたりが私から離れて行ってしまうという暗示なのか。
「はは……」
私は右に左にスワイプを繰り返す。遥か先にこれを見た時、私は何を思うんだろうって私は思う。今の私がそんなことわかるわけもないのに。
「おーい椎名ー。なにぼーっと突っ立ってんだよ。時間無くなっちまうだろー。とっとと戻んぞー」
「椎名。行くよ」
名前を呼ばれてスマホから顔をあげる。私は歩みを止めてしまっていた。止まったら止まるかなって思ったわけじゃない。写真を撮って見ていただけ。
行かなくちゃ。今はまだ置いて行かれたくないんだから。
「あ。うん」
私は小走りに少し先で私を待っていてくれるふたりを追った。
そしてすぐに体育館裏の、いつもご飯を食べる場所の前の金網のフェンスに着いた私たち。
明日香はすぐさま先に行くぜーって言ってフェンスに取り付いて、ガシャガシャと音を立ててそれを軽々と乗り越えて行く。
フェンス越しの、ドサっと着地して早く来いよーってドヤ顔を向ける明日香にすぐ行くから先に食べてていいからねって返しながら手を振って、私は道を先に進んで行くことにした。
私はフェンスを見て顰めっ面をしているあまちゃんに声をかける。
「あまちゃん、乗り越えたくないよね?」
「当然」
「じゃあこっち来て」
「どこ行くの。裏門?」
ここから裏門までは正門よりは近いけどわざわざそこまで行くのは面倒くさいし偶に先生が立っているからそこに行くつもりは元々ない。第一、そんな所まで行かなくても済む方法を私は知っているんだよね。
「ううん。そこだよ」
私が指した場所は明日香が乗り越えたフェンスから先に進んだ数えること四枚目。私はあまちゃんと一緒にそこまで行ってフェンス押した。すると、支柱から剥がれていたフェンスが動いて人一人が楽に通り抜けられるスペースを作った。
「ほら。ここ通れるんだよ」
「あ。ほんとだ。やるじゃん」
「まぁね。伊達に毎日のようにここでご飯食べてないし」
そんな会話をしながら金網を通り抜け、いつもの場所に座る明日香の元に近づいて行くと、食べかけのパンを持ったまま凄く複雑そうな顔を私に向けていた。
「お待たせ」
その隣、触れ合うくらいの距離に腰を下ろしてすぐにその理由を訊いてみた。その時私の左に軽い衝撃。それは私と確実に触れ合う距離に座ったあまちゃんのものだ。
「どうしたの? そのパン美味しくないの?」
「ちげぇよ。あそこ通れるって知ってたんならさっさと教えやがれって話だよ」
「え。でも明日香いつも楽しそうだったし、やりたくてやってたんでしょ?」
「しょうがなく乗り越えてたに決まってんだろ」
「嘘だぁ。明日香なのに?」
「嘘だぁ、明日香なのに? じゃねぇよ。ったく」
私の頭を明日香が指でぐいって押したから、勢いのまま傾げた頭が隣のあまちゃんの頭とぶっかって、ごちんって音がした。
「あいた」
「いたっ」
頭を摩る私とあまちゃん。あまちゃんははは早速明日香に文句を言っている。
「ちょっと明日香。なんで私まで」
私の方は思った以上に痛みが引かない。なんと、綺麗な亜麻色の髪に隠れた頭は相当な石頭だったみたいだよ。ててて。
「ちょっとした不幸な事故ってやつだな。てかよ、牛乳を馬鹿にしたバチが当たったんじゃねぇの。ははは」
「ははは?」
明日香ははははと笑って食べかけのパンに齧り付いた。あまちゃんはまだぶうぶう文句言っている。私は頭を摩りながらあまちゃんを見ている。この石頭めって思いながら。
「この石頭。って痛い痛い痛いよ石あまたちゃん」
「あ?」
「あ、駄目。強い強い。あああ、ギブギブギブ」
「ははは。お前らほんと仲良いなー。ま、私もだけどなー」
「「うわあ」」
ここに入学して一学期を過ぎた頃からずっとお昼休みにお世話になってきたこの体育館裏。最初は私ひとり切り、好きな音楽を聴きながらご飯を食べて、曲の世界に入り込んだり何かに想いを馳せていたり、私の世界を回っていた。
そのうち明日香が頻繁にやって来るようになって、ほぼ同時期に仲良しになったあまちゃんが顔を出すようになった。教室とか体育館とか中庭とか、朝から夕方まで色んな場所で過ごして来たけど、とどのつまり、私の高校生活はたたかだか四十分程度しか居なかったここにあったように思う。
ここでお昼を食べる機会はもう何日も残されていない。これから季節が進んでもっと寒くなれば私たちは家庭科室に移動する。
その家庭科室でお昼さえも二学期が終わるまでになる。三学期は授業が殆ど無いし私には受験もある。そして冬を超えて暖かくなる春には私たちは居ない。もうすぐ最後がやって来る。だからこそ大切にしなくては駄目。
「寒くなったね」
「ああ。ぼちぼちここも終いだな。ちょいと寒ぃわ」
「ね」
「うん」
「あ。明日香。これあげる」
「おお。まじかよ椎名。サンキューな」
「いいよ」
私は小さなデニッシュを差し出した。それを受け取るや否や、明日香はそれに齧り付いた。口いっぱいなのにうまうまってちゃんと聞こえる達人技ももうすぐ見納めになる。そうしたら次はいつ見られるのかはまだわからない。
「私も食べたい」
「あまちゃんも? じゃあこっちの半分こね。はい」
「ありがとう」
「いいよ」
「そう言えばよ。この前の試験に出たとどのつまりの由来ってなんだったんだ?」
「明日香。その前にこれ使って」
「おお。悪りぃな」
これうめーなーってデニッシュを三口で食べ終えた明日香はシロップでベタベタになった手を制服で拭きたそうに手を遊ばせていたから私はハンドタオルを渡してあげたついでに教えてあげる。あれについては私にも思うところがあったから。
「意味は知ってるんだよね?」
「ああ。結局とか最終的にはとかそんな意味だよな?」
「そう。で、テストで問われていた由来なんだけどね、あれはね、北海道の北も北の端っこに礼文島って言う島があってね、その島の最北端にトド島って言う島があるんだよね。でね、そこは日本の端も端だからそれ以上は行けないからそこで詰まっちゃうみたいな? トド島が果ての果てでそこで終わり、みたいな。だから、結局とか最終的にって意味になるってわけ。それがとどのつまりの由来。わかった?」
「なるほどなぁ」
「へー。なんか納得した」
「でしょ? でもね、それって私がそう思い込んでいただけで全然違ったんだよね。私その問題間違えてたよ」
「「はあ?」」
「ほんとあれだね。思い込みって怖いよね。大体さ、ボラがどうとかさ、おさかな君じゃないんだから知ってるわけないじゃんね。 いたっ。え? なんで? いたっ、なんで叩くの?」
「馬鹿だろ」
「馬鹿じゃない」
「え? なんで?」
「あ、ねぇ。みんなで写真撮ろうよ」
「お、いいな」
「わかった」
「じゃあ寄って」
スマホを取り出してそう言ったけど、私たちは既にくっ付いているから寄っても何もなかった。
けどふたりとも顔をくっ付けるくらいに寄ってくれた。右からはパンの、左からはなんだかフローラルな匂いがする。窮屈だけどとても嬉しい。
「アングルは……こんな感じかな」
スマホを持って前に伸ばした手。アングルも何も画面いっぱい超満タンな私たち。私の両肩に乗ってレンズに向かうふたりの顔は微笑んでいる。よく目にしているその表情を私は証としてここに残しておきたい。
「いくよ。はいチーズ」
カシャ
「チーズって。ベタかよ」
「なんの捻りもないとか」
「……うるさいなぁ。いま捻りとか要らないんだって」
外野、じゃないけどふたりがうるさいから、私は取って置きを披露してやることにした。
「ほら。もう一枚撮るよ」
「おう」
「はいはい」
「じゃあいくよ。はいチーズ」
「なんだよベタのまんまかよ」
「捻れよ」
「あ? う る さ い よ」
「「あ、怒った」」
カシャ
「「あっ」」
はい作戦成功。私は画像を確認する。
「お。いいね」
あっ、って口を開けた間抜け面のふたりに挟まれて可愛らしく微笑んでいる私が写っていた。右から覗く明日香はそれを見て割と喜んでいる模様。さすが明日香。どんなことでも楽しむことが出来る大らかな女の子。
「ははは。なんだよこれ。ウケるわー」
「ちょっと椎名。それブサイクだから消して。取り直し」
「やだよ。それがいいんだから」
その一方、いまだ大らかくないあまちゃんは消せっ、取り直せって騒いでいる。その顔は私の尊厳に関わるからって、意味わかりませんし消しません。これは私の大事な大事な思い出であり私たちが確かにここにいたっていう大切な証の一つなんだから。
「貸せ」
「やだよーだ。じゃあ先に戻るねっ。また放課後ねー」
そして私は自分のゴミを入れて置いた袋を持って一目散に駆け出した。
「あ。こら待て椎名っ」
「あ。ずりぃ。私も混ぜろよー」
なんだかよくわかない追いかけっこが始まった。こういうのは凄く久しぶりな気がする。
追いかけっこなんて子供の今しか出来ないことだろうからなんか青春ぽいなって今ちょっと思ったし、気づかないうちにやり納めていることが結構あるのかもって私は思ったよ。
お疲れ様でした。いつもありがとうございます。
とどのつまり。私は本気でそう思っていました。
そしてトド島。と言うか礼文島。昔、北海道に行った時に札幌からレンタカーで北上して、稚内から船に乗って行ってきました。遠かったです。ちなみにその時はトドは居ませんでした。季節でしょうか? それとも私は何か勘違いをしているのでしょうか?
読んでくれてありがとうございます。




