明日香とあまちゃん
こんばんは。しは かたです。
視点はあまちゃんです。
よろしくお願いします。
緑がすっかり目に痛くなったGWも一昨日後半に突入して残すところは今日を含めてあと二日。そのGWの前、椎名はいつもの昼休みの体育館裏で、予備校の講習があると高らかに宣言して今年は相手をしてくれなかった。
「ねぇ椎名。いつ遊ぶ? 買い物に付き合って」
「今年はちょっと無理かなぁ」
「なんで?」
「講習があるんだよね」
「ふーん」
表情に乏しいと言われる私でも、私の表情筋は不満を表すことに関してだけは異常に長けている。考える前にそれが出ちゃうから椎名にはさぞかし不満たらたらな顔に見えていたと思う。
「まぁまぁ。そんなあまちゃんに朗報があります」
「なに?」
けど椎名は嫌な顔を返したり噛み付いたりすることなく、ニコニコしながらお詫びにお土産買って来るよ、期待しててね豚まん、予備校の近くにお店があってね、なんでもそのお店のやつは伝説の豚まんらしいよって言った途端に私の逆側、春の暖かな気候に誘われたのか椎名に寄りかかったまま規則正しい呼吸を繰り返していた明日香が私にもくれって言い出して、私と椎名はさすが明日香は凄いね、いや怖いでしょって声を合わせて笑った。
「椎名ー。豚まん私にも食わせろよなー」
「もちろんいいよ。あまちゃんも。ね?」
「わかった」
「ていうか明日香。よだれ拭いて」
「あ? ああ」
「あちょっとっ。袖で拭いちゃだめでしょ。もぉ。はいこれ使って」
「サンキュー」
目敏く明日香の口元に光るものを見つけ、突如として甲斐甲斐しく世話を焼き始めた椎名と、それを当然のように受け入れている明日香の姿が私の嫉妬心に火を着ける。私は椎名の気持ちを知っているし、それが叶わないこともわかっているから、せめてこの限られた時間の中でだけでも椎名のしたいようにさせておこうと思うけど、私の目の前でこうもイチャつかれては堪らない。椎名が私の気持ちを知らない以上、完全な言いががりだけど嫌なものは嫌。
「ちっ」
愉し気に騒ぐ二人を横目にイラッとしながら私も何かないかと考えた結果、私は飲みかけのペットボトルを手に取ってお茶を口に含む。
「だばぁ」
想定した以上のお茶が口から溢れてリボンとシャツを濡らして、あ、染みになる、ヤバいって思ったけど作戦自体は成功。椎名が慌てて振り向いたから。
「え? あまちゃんまでなにしてんの?」
「溢れた」
見ればわかるよ、知りたいのはそっちじゃないよなんて呆れたように言いつつも、椎名は明日香が使ったハンドタオルを素早く渡してくれた。
「もぉ。はいこれ使って」
「ありがとう」
私はしめしめとそれを受け取ってこのままガメてしまおうと思いながらまさに口元を拭こうとしたその時、椎名からとんでもない事実を告げられてしまった。
「明日香がよだれ拭いたばっかのやつだけど、ま、大丈夫でしょ」
「え」
「おい水野。素でその反応はさすがに傷つくぞ」
「あ、ごめん」
あからさまに嫌がったことを少しだけ申し訳なく思って私は素直に謝ったけど、言葉とは裏腹に明日香の顔はニヤニヤしていた。
「ま、さすがによだれは自分のでも嫌だけどな。その顔ウケるわ。わはははは、うわっぷ」
この女、無駄に私に謝らせやがった。
ムカついたから馬鹿にしたように笑う明日香に向かってハンドタオルを投げつけてやった。顔面に当たって明日香が変な声を出した。
「はっ。ざまぁ。この腐れヤンキー」
「んだとおらー」
伸びてきた明日香の腕を椎名を盾にして逃げる。私が反撃すると、明日香が椎名を盾にする。それを互いが繰り返すこと三回、その度にいたっ、やめてって声をあげていた椎名がキレた。普段は仏のような椎名だけど実は沸点が低いのだ。
「いたたたた。だーっ。あったまきたっ。二人ともっ。私を挟んであばれるなっ」
「だってよー。水野がよー」
「私は悪くない」
「明日香」
「お、おう」
「だってじゃないでしょう? もしかして明日香は豚まん要らないんですか? なら買ってきませんよ?」
「すいませんでした」
「ぷ。怒られてやんの。ださっ」
「あまちゃん」
「な、なに?」
「買い物。もう付き合いませんよ? いいんですか? なら、これからは一人で行ってくださいね?」
「……いやだ」
「そうでしょう? 嫌でしょう? 一緒に行きたいんでしょう? じゃあこういう時はなんて言うんですか?」
「ごめんなさい」
「はいよくできました。偉いねー」
「くっ」
「ははは。水野も怒られてやんの。まじウケる」
「うっさい」
「あれぇ? 二人とも? 私、やめてって言いましたよね?」
「「ごめんなさい」」
友だちと戯れ合う。私はいつの間にか、こんなことが出来るようになっていた。
だからと言うかなんと言うか、受験勉強。それが椎名にとって必要なことなら仕方ないと思うから我慢するけど、これからは気軽に誘えなくなることも、ようやく落ち着いた環境を手に入れることが出来て内心ほっとしていたのも束の間、今の完璧な私の世界が崩れ始めたことにも少しイラっとする。
いじめられていた小学校から中学の半分くらいまでは、時間が過ぎて行くことをまだかまだかと異様なほど遅く感じていたのに、こういう穏やかな時間はあっという間に過ぎて行くんだってことを私は初めて知った。
だけど、知ったところでどうにもならない。家、学校、街と、今は小さな私の世界と私を取り巻く今の小さな世界は必ず消える。消えないまでも必ず変わる。それは誰にも止められない。それならせめて次の世界が失う今と同じくらい完璧なもだと思えるように少々頑張ってみようかなと思ったり思わなかったりしている十七歳の春っていう感じが今の私。
「水野ー。おいっす」
一人で街をうろつくにも限度がある。今年のGWは、はっきり言って暇だった。
昔は一人でいることに慣れていたからそんなこと気にもならなかったけど今は違う。こうして明日香を誘ったこと一つ取ってみても、私の世界だけでなく私も変わりつつあるということ。
そして私はこのGW中に、お誘いをくれた玲さんにも会って話をした。
玲さんや私が同じビアンなことや、この前見かけた仲睦まじ気な女性、真里さんが玲さんの恋人なこと。同じ椎名を私が好きで、椎名は明日香を好きなこと。椎名と明日香のことは三人の胸に秘めて決して誰にも伝えないこと。
今辛くねぇの? って訊かれたけど、椎名はいつか私に靡く筈だから問題ないと答えると、お前強ええなって言ってくれた。
何かあったら遠慮なく頼ってくれとも言ってくれたから、その時はその言葉通り、遠慮なく頼ろうと思う。
ちなみに、概ね私の予想通りだったから、私は玲さんと真里さんから聞いた椎名のように溜め込んだモノを吐き出すように泣かなかった。私はモノについては既に折り合いをつけていたから。
だからって、私は今回のことを淡々と熟したわけじゃない。私は私の近くに先達で同胞のお二人が居てくれることが嬉しかったし、ホッとしたし、それ自体ををとても感謝している。それはお二人にも伝えてある。
以前の私だったら、よく知りもしない相手に自分のことを話すなんて絶対にしなかった筈だから、やはり私は変わりつつあると思う。たぶん良い方に。
「おつ。明日香」
現れた明日香はメットの代わりにキャップを被り足元はスニーカー。ストレートのジーンズを履いてグレーのパーカーを羽織っている。白いインナーはたぶん長T。お世辞抜きで似合っているしカッコいいと思う。思うけど……
「なんて言うか、相変わらずアレよね」
「あれ?」
「少年みたい。もう十八なんだから少しは女性だってことを意識してもいいと思うけど」
明日香成長期だと言うだけあって背と胸に限定すれば私よりもスタイルが良くて、系統は少し違うけど私と同じくらいの美貌の持ち主。それを活かさないのは勿体ないっていつも思う。
「ガラじゃねぇよ。この方が楽だしな。それによ、たぶん面倒くさくなんだろ?」
「そうだった。いつもお世話様」
「おう。けどよ、水野がもうちょい露出を抑えればいいんじゃねぇか。そうすりゃ寄ってくる奴が少しは減るだろ」
「嫌。私はしたい格好をしてるだけ。なのに勘違いして寄ってくる奴らがおかしい。それにこの格好、今しかできないからしてるの。大体さ、そんなことしても、一人の時ならともかく椎名が居たら意味ないでしょ」
「なるほどな。ならしゃあねぇな」
「うん。しゃあねぇの」
私のオウム返しになんだよそれと明日香は笑う。
明日香と二人の時はいつもこんな感じ。
椎名繋がりで顔見知りでしかなかった明日香は私が気を許せる二人しかいない他人のうちの一人になった。想い人の椎名は別格として、私に対して裏表無く、物怖じしない明日香はこの先もずっとそうでありたいと思う私の友だち。親友。
私は基本人が大嫌いだけど、ここ最近は嫌いじゃない他人が少し増えた。増えたと言っても元のクラスのほんの四、五人程度だけど、椎名と明日香に巻き込まれる形で他人と触れ合っていくうちに、私も自分からその人たちを知ろうとしたり少し自分を曝けてみたりするようにしていたら、小学校、中学校で友人を作るということを経験出来ていなかったこの私にも、気づけば家と椎名と明日香以外の居場所が出来ていた。そのたった四、五人の友だちは、私をけいちゃんと呼んでくれる。
独りだった私に友だちが出来たということは、その分だけ私が丸く、そして弱くなったのかも知れないけど、大丈夫、それがあまちゃんの新たな強さになると思うよって椎名なら訳知り顔で言いそうだし、明日香なら、細けぇことは気にすんなって、自分が今の自分を嫌いじゃねぇならべつにいいじゃねぇかって笑いそう。それにパパとママも姉も、私が明るくなってきたと喜んでくれている。だから私の変化は決して悪い変化ではない筈。
このことは、大事な私の世界が変わり始めたことを差し引いても、私がこの先どうなっていくのかちょっと楽しみだって、今はそんなふうに思えるようになった。
「くくく」
「おいなんだよいきなり。水野。怖えよ」
「くくくくく」
「おい。本気で怖えぇつのっ。落ち着けほら。とりあえず茶飲もう茶」
「く?」
両肩をがっしりと掴まれた感覚に我に帰ると、なんだか気遣わしげな明日香と目が合った。その目が語るものはなんだろう? 憐憫?
「茶。な?」
「わかった」
べつにいつまでも見つめ合っていたいわけじゃないけど、やっぱ椎名ってすげーよなぁって一人で納得ながら秒で目を逸らすのは私が残念な子みたいだからやめてほしい。
「んじゃあそこ行くか。パフェ食いてぇ」
「ならわたしはパンケーキにする」
「お。それもいいな。迷っちまうから半分くれよ」
「あげない」
「ケチだなー」
「普通でしょ。でも一口ならあげる」
「まじか。ラッキー」
ありがとなーって言う明日香と並んで歩き出す。それで私たちを窺うような幾つかの視線は粗方無くなった。まだ少し感じるけど寄っては来ない。椎名と私だけならこうはいかない。抑止力という面においてもやはり明日香は超有能。私には色んな意味で有り難い存在。
午後二時。本来の目的は買い物だけど、まず先に明日香が食べたいものを食べる。先に済ませて置かないと明日香の奴は、腹減ったー、なんか食おうぜー、なー、いいだろー、なーって、いつまでもうるさくて予定が先に進まないから。
「うめー」
「羊じゃん」
私の鋭いツッコミは明日香の耳に届かない。お店が混んでいてわいわいがやがやうるさいから。
だから互いに少し声を張り、あーだこーだと取り留めのない話をしつつ、私は一口大に切ったパンケーキをちゃんと飲み込んでから、ふと思い出したことを訊いてみる。
「そういえば、あの人、なんだっけ。いつ、いつ、いつなんとかさんとはどうなったの?」
「あ? ああ、樹さんな。どうなったのって言われてもべつにどうもなってねぇぞ」
明日香の口には私があげたパンケーキが入っている筈なのに全然見えないしちゃんと聞き取れる。椎名の言うところの玄人技。素直に凄いなって思う。
「水野?」
なぜだか見惚れてしまうけど、負けず嫌いの私の中に無駄な対抗心が湧き上がる。私もいつか出来るようになって椎名に褒めてもらおう。
「おい水野」
「あ、ああ。確か前向きだったような気がしたけど」
「ちげぇぞ。無闇に拒否らないってつもりだったんだよ。いつまでもそっち方面に興味が無ぇとか言ってるのもアレかと思って、どうにかなるならそれでもいいかってな」
明日香の口ぶりから、その先の明日香が言いたいことがなんとなくわかって、私は水を向ける。
「けど?」
「今が気に入ってるからやっぱ今はいらねぇなって思ったんだよ。そんだけの話」
「そ」
「水野はどう思うよ? 今のウチら関係に異物、いるか?」
「要らない」
「だろ? ま、そう言うこと。今は今だけだから今在る周りを大事にしてぇと思ったんだよ」
今は今だけ。明日香はその今がいつ終わるとは言わなかった。明確にわかっているけど口に出さなかった。
「そう」
「ああ」
私は今は今だけと言ったあとに少し寂しげな顔を覗かせたこのガサツな女の子が優しいことを知っている。この子の言う周りに私が入っていることも知っている。私はそれをとても有り難く思う。
私は素直じゃないからそれを口に出せないけど。
「納得した」
「じゃあもう一切れくらいもらっていいよなー」
「あっ。ちょっとっ」
切り分けてあったパンケーキを素早く掻っ攫った明日香を止めるフリをした。あくまでフリ。たった一切れのパンケーキが私を友だちだと認めてくれて、私の心に余裕をくれて、なおかつさり気なく私のことを気にかけてくれているそのお返しになる筈もないけど、明日香はとても満足そうにもぐもぐもぐと口を三回動かしている。
「うまうまうま」
その顔を見ていると、んな細けぇこと気にすんなよ、禿げるぞーって言われているような気になってくる。本当に大きくて深い女の子。
そして私は椎名が明日香を好きになった理由がわかった気がしていた。明日香は自然体で人を思い遣れる人。私とは器が全然違う。すごく悔しいけど納得できる。
だけど理性と感情は全くの別物。私が今の明日香に到底敵わないまでも、私は今の私が出来得る限りの想いを持って椎名に恋をしている。恋する私がイラついてしまうのは当然。
「ちっ」
「なんだよ怒ったのかよ。しゃあねぇな。パフェのは残りやるから許してくれよ。な?」
「は? 残り? どこに?」
明日香の前には空のグラス。私が気付かぬうちに追加の注文でもしたのかと思ったけど、明日香は空のグラスをわざわざ持ってその中を私に見せた。
「ほらよく見ろよ。中にこびりついてんじゃん。ここら辺とかよ」
な、残ってんだろ、しょうがねぇからやるよって、この女、マジなの?
「シッ」
「あぶねっ。んだよー。フォークはダメだろフォークはよー」
「うるさいっ。ばーかばーか」
「子供かよ。ははは」
笑う明日香に毒気を抜かれつつ、子供はお前だこのヤンキーめと私は思った……いや、違う。お互い様かと私は思い直した。私たちはまだ子供だからそれでいい。
そしてようやくの買い物の途中、私と明日香はこんな会話もした。
「そういや、水野はデザインの専門に行くつもりなんだっけか。東京の」
「うん」
「椎名も受ける大学は東京だよな?」
「うん」
「じゃあ大丈夫だな」
「うん。明日香は?」
「行くつもりなのは家から一時間くらいのとこだから少し遠いけど、まぁ地元みたいなもんだ」
「そうじゃない」
「理香と亜衣も家から通うつってたし、昔からの仲間は地元を離れない奴が多いからな。心配ねーよ」
「そっか」
「ああ」
「あーあ。なんだかな」
「んだよ水野。そんな顔すんなよ。これからも楽しくやろうぜ。その先も。な?」
「うん」
「にしても、水野。お前頭良いのに大学行かねーんだよな。意外だわ」
「昔からデザインに興味があって本格的に勉強したかった。パパとママは大学に行って欲しそうだったけどね」
「ほーん」
「なによ」
「その成りでパパママって呼んで、っと、あぶねっ。お前、何度目だよ」
「うるさいっ」
「そう怒んなって。呼んだら返事をしてもらえる水野がちょっと羨ましいって思っただけなんだからよ。私の父さんは返事してくんねぇからさ」
「あ……」
「それが出来るならパパだろうか父さんだろうが呼び方なんてかんけーねぇよな」
「その……ごめん」
「いや、こっちこそ悪かったよ。人を羨ましいと思うなんてだせぇよな」
「そんなこと……」
「ぷっ」
ぷっ? ん? なに? ぷっ? おや? この腐れヤンキーはなんでによによ笑っているのかしら?
「あーすーかー?」
「だってよ、よその国の人じゃねぇんだから、やっぱこの歳でパパママってのはさすがにな? あっはっはっはっ、うおっ?」
「くそっ。避けんなっ」
「いや避けんだろ。そんなもん当たったらケガすんじゃねーか」
「すればよかったのに」
「怖ぇよ」
「冗談だけど?」
「だからわかりづれぇんだっての」
口ではそう言いつつも、明日香の目はとても優し気。恋じゃないけど私は明日香のことが好き。ぶっきらぼうでも大雑把でも太陽のように眩しくて向日葵のように堂々として真っ直ぐで明るい明日香の優しさに触れているうちに私が抱えていたシコリは解されて私は少し成長できた。その恩をいつか、ほんの少しでも、どんな形でも何か返せたらいいなと思う。
「なぁ水野」
「なに?」
「なんか腹減ってきた」
「は? 嘘でしょう?」
「いやまじ」
明日香がお腹を押さえている。どうやら買い物は中断。さすがにこれを予想していなかった私は天を仰ぐ。けど……
「はあ。なに? マクダナルズ?」
「お。いいな。行こうぜ」
「はいはい」
明日香らしくて笑っちゃう。
「くくく」
お疲れ様さまでした。話が中々進まない中、毎話お付き合いしてくれている皆様、超ありがとうございます٩( ᐛ )و
読んでくれてありがとうございます。




