第二話
続きです。
本日三話目です。
よろしくお願いします。
「椎名」
私の座る階段のすぐ横の通路の角から、軽く手を挙げながら緩く波打つ肩甲骨くらいまである亜麻色の髪を踊らせて、第一ボタンを開けたシャツと腰に男物のベージュのカーディガン、ウエストを折込んだ短いスカートに生足ルーズソックス姿の女子が現れた。
音も無くフワッと優雅な動作で隣に座ってきた女の子。すぐに隣からいい匂いが漂ってくる。肩が振れるくらい近いのはいつものこと。
私は耳で鳴る音に負けないように少し声を張った。
「あまちゃんおつ」
「声大きいよ。で、それなに聴いてるの?」
「ドンヘンリー。ボーイズオンサマー」
「知らないなぁ」
「だよね。もう三十年近くも前の曲だからね」
私は古い洋楽が好き。これは父の影響。父が若かった頃の海外バンドの曲をよく聴きいている。家でも車でもよくかかっていたから自然と好きになっていた。みんなからすれば知らなくて当たり前。
「ちょっと聴かせて」
うんと返事をする前に、あまちゃんが私の耳からイヤホンを抜いた。そのまま私の近い方の耳につけるのかと思ったら私に顔をくっ付けて遠い方の耳に付けようとしているけど入らないなにこれコード短いんじゃないのとか言っているんだけど何してんのあまちゃんと私は思ったし実際それを口に出した。
「何してんのあまちゃん」
「これ左耳用でしょ。だから」
「だから?」
「だからって?」
「いや。左耳用だからなに?」
「だからなにってなに?」
「いや、あのね…」
あまちゃんやべぇ。やべぇよあまちゃんと、私が呆れていると、やっぱいいやなんて言ってそのまま私にイヤホンを返したあまちゃんは少しも聴かなかった。本当は興味がないことがよくわかる。
「聴かないの?」
「また今度」
はいはいと呆れた感じで頷いて、私はアプリを止めてスマホとイヤホンをブレザーのポケットに突っ込んだ。あまちゃんは時々こんなふうに馬鹿になる。なら仕方なし。私は話題を変える。
「ところであまちゃん。いつも思うけどその格好寒くないの?」
二年生になって十日あまり。今は四月の半ば。晴れた日中や日のあたる屋内ならともかく、朝夕はそれなりの気温と空気だから。私は普通にブレザーを着ているし。
「お洒落はイコール我慢なの」
「なるほど。かっこいいね」
「耐えられなくなったらこれ着るから」
あまちゃんそう言いつつ腰に巻いていたカーディガンを羽織った。私はふふふと笑ってしまう。
「やっぱり寒かったんだ」
「違います。このままじゃ汚れちゃうからです」
「ふーん」
あまちゃん。
彼女とは一年の時同じクラスだった。入学式の時、一緒に行こうと駅で待ち合わせをしていた明日香が遅れて来たせいで時間ギリギリ昇降口で受付を済ませた私と明日香。
そして明日香は、私はA組だ。やべぇ遅刻しちまう椎名またあとでとか言って、私を置いてとっとと先に行ってしまった。
私も明日香を追いかけるように慌てて校舎に入った。
受験の時に来ていたからなんとなくわかるでしょ。そう思ってクラスの場所をろくに確認もしなかったのが不味かった。
一年F組はたぶんあの並びのどれかだろうと思い込んでそこに向かってみたものの、どういうわけかそこにはA組からD組までの教室しかなかった。
「嘘でしょ」
もうパニック。そのあとも私はクラスの場所が分からずに上に行ったり下に行ったり、別の棟にも行ったりと、校舎を彷徨っているあいだに時間はもう過ぎてしまっていた。
「どこにあるのよー」
そんな私を偶然トイレから出てきた余裕綽々で超然としたあまちゃんが、超焦る私に、あなた新入生だよね、もう時間過ぎているのにこんな所で何しているの? と声を掛けてくれて、その態度と容姿からしてこの人はきっと先輩だと思った私は一年F組ってどこかわかりますかって尋ねたところ、なんで敬語? Fなら私と同じクラスじゃないこっちだよと私の手を取って、急ぐでもなく私をクラスまで連れて行ってくれた。
「ねぇ。急ごうよう」
「今更でしょ」
遅刻しているのにこの態度。この人なんか凄いなぁと私は思った。
その時にお互い軽く自己紹介をして、ついでにこんな会話もしたのことを覚えている。
「にしても水野さん、綺麗な髪色だね。亜麻色かぁ、綺麗だねぇ亜麻色……ねぇ、亜麻色って何色?」
「は?」
「だってさ、亜麻色の髪の乙女とかってフレーズたまに聞くけど実際どんな色なのかよくわからないでしょう?」
「いやわかるでしょ」
「いやいや。だってさ、そんな歌もあるけどひたすら亜麻色が気になっちゃって歌自体に集中できないとかあるでしょう?」
「ないよ」
「ネットで調べてああこの色かって納得するけど普段見ないからすぐ忘れたりするでしょう?」
「もういいよどうでも。ほら。ここよ」
「あまちゃん冷たいなぁ」
「あまちゃん?」
「それ」
私は彼女の髪を指した。少し失礼かなと思ったのは私の育ちがいいからな筈。なんだか大きなため息が聞こえた。
「もうそれでいいよ」
「よろしくね」
「はいはい。早く入ろう」
いいから入りなさい。そんなふうに背中を押され、そんな会話をしていたもんだから私はあまちゃんをに振り返ったまま無造作に扉を開けてしまって皆んなの注目を浴びる。その視線に、私は一歩入ったところで立ち止まってしまった。すぐに背中に何かが当たってうわって声も聞こえる。
「痛。ちょっと椎名。急に立ち止まらないで」
「だって皆んな凄く見てくるから」
「おーい。時間無いからそろそろいいかー。えーと、君たちは椎名と水野だな。空いている席に着いてくれ。こっちが椎名、そっちが水野な」
「あ、はい」
「はい」
そしてあまちゃんは堂々と、私はぺこぺこしながら席に着いた。
「二人とも席に着いたな。俺は担任の福井だ。遅刻した二人、よろしく。じゃあみんな、体育館に移動するぞー。出席番号順に廊下に並んでくれー」
席に着いた途端にそんなことを言われてしまった。なら、席に着かなくても良かったじゃんと思いながらあまちゃんの方を見ると彼女はどうでもよさげだった。
廊下に出る途中であまちゃんのそばに寄って訊いてみる。
「先生怒ってるのかな?」
「さぁ?」
太々しくも、やはりどうでもいいとでも言いたそうなあまちゃん。この人はかなりの大物だと私は思った。その分、敵も多そうだけど。
この事がきっかけで仲良くなって、以来、あまちゃんとはクラスの班でも何でも何かする時は一緒に行動していたわけ。
そしてあまちゃんと私は今も仲良し。休み時間の私たちの溜まり場でも顔を合わせるし、私がここにいる時も教室でお昼を食べる時も、あまちゃんはほぼ毎日のようにお弁当を持ってこうして私に会いに来てくれる。
「今日は遅かったね。わたしもう食べちゃったよ」
「告られた」
ほんとマジ勘弁してよって感じで、あまちゃんは嫌そうな顔をしながら巾着からお弁当を取り出してその蓋を開けた。小さなおにぎり二つと唐揚げ一つとプチトマトとブロッコリーが見える。それで足りるのかといつも思う。
「またぁ。いやー、相変わらずモテるね」
「そういうのいらないんだけどね」
呼び出しをスルーしていると教室まで来ちゃうしそれはそれで面倒臭い。
そう言って今度は苦い顔をして、薄いピンク色した唇を開けてブロッコリーを放り込んでいる。
「モテモテも大変だ」
「椎名もでしょ」
「いやいや」
「自覚無いんだ」
あまちゃんは呆れたようにそう呟いておにぎりに手を伸ばした。
今おにぎりを食べているあまちゃんはファッションギャル。ファッションとしてギャルの格好をしている。そや理由は可愛くて好きだから、したいから、若い今しかできないから、だそう。
黙って動かずじっとして居いるあまちゃんを見た人は、今は絶滅したに等しく、昔はどこにでも生息していたギャルだと認識することだろう。
けど、あまちゃんはそのギャルギャルしい見た目とは裏腹に、既に完成された大人の魅力と雰囲気を醸し出している。異様に大人っぽいあまちゃんは私の中ではあたかもあの、セリーナバンダーウッドセンみたいに見える。歳相応の幼さみたいなものが欠片も感じられないし、スタイル的にもあまちゃんは背も高いから。きっと彼女が大人の格好をしていれば、バーとかクラブとかに年齢チェック無しで普通に入れると思う。
本当に同い年なのかなぁと、ついつい舐め回すように見てしまう。
「止めなよその気持ち悪い視線」
「私たちって同い年とは思えないよね」
「いや椎名だって…まぁいいや」
この歳でその感じ、一体何がどうなるとこうなるのか。あまちゃんは今は居ないって言うけど、私は、お子様な私には想像もつかないもの凄い恋をしているんじゃないかと疑っている。
恋をしていても隠さないといけないと考えてしまう私には、恋人とかいいなぁって素直に思うし、早く大人になって私のような人たちしか居ないバーとかで素敵な出会いをしたいと恋愛に憧れる私は凄いなぁいいなぁと思うけど何があったかちょっと怖いから訊けていない。
そしてあまちゃんは見た目もさることながら性格もまた大人。余り動じないところとか落ち着いた語り口とかアンニュイな所作とか、あまちゃんはとにかく見た目とのギャップがとても酷い。
「酷い?」
「なにも言ってないでしょう」
「ふーん。そう」
その整った綺麗な顔とその大人な雰囲気と相まって、二十代後半くらいの女性がしているみたいでちょっと痛々しいんじゃないのかな? と偶に思うのは内緒。って
「いたっ。なにっ? ちょっ、なんで殴るのっ?」
「なんかムカついた」
「ばれてーらー」
「あはははは」
大きく口を開けつつも、手の甲で隠して笑うあまちゃんはほんと素敵。やっぱり見惚れてしまうけどあまちゃんのために一応教えておく。
「ねぇあまちゃん」
「なに?」
「今ちょっと唐揚げ見えたよ」
私の言葉に一瞬、唐揚げ? と、怪訝な顔して首を捻ったあまちゃん。そしてすぐ顔を赤くしてそっぽを向いた。
「ごめん」
あまちゃんは粗相をしたと思ったのだろう、ゴメンと謝るその顔は凄く可愛い。普段中々見せてくれないから尚更だ。こんなギャップ、それは男子が放って置かない筈だよねと私は思った。まぁ、見たことはないだろうけど。
「あまちゃんてさ、実は可愛い系だよね」
「うるさいっ」
「いたっ」
私に肩パンをくれつつ照れるあまちゃん。
私に好きな人がいなければ、私も絶対好きになっていただろうなとも思う。
久しぶりの投稿、やはり手こずりました。
いいねとは一体…? ラブノベ?
読んでくれてありがとうございます。




