第十五話 後
こちらは後ですのでご注意下さいませ。
では続きです。
よろしくお願いします。
「告られたぞ」
「え…嘘」
「へぇ」
相手はウチらと同じ学校一コ上の先輩。真面目、ヤンキー、チャラ男、体育会、普通、地味とその人となりをカテゴライズすると、その人は髪の長い細身のいかにも的なバンドマンだそう。十一月の文化祭でもステージに上がるそう。明日香が、誰あんたみたいな顔をしてたら、返事はまだしなくていいからとにかくそれを見てほしいと言っていたとか。
「ま、見るまでもなく断ったんだけどな」
「なんだ。そっか」
「へぇ」
「そしたら次の日の朝ソイツを見かけたら髪が短髪になっててさ」
「え。もしかしてその人って」
「そうソイツ。椎名がそれ見て、あの人って髪長かったよね? あ、わかった。たぶん半年にいっぺんくらいのペースで切ってるんだねって言って笑ってた奴。周りの奴らもあーってなっててまじウケたよなあれ」
「ぷっ。なにそれウケる」
「ウケるなんて。二人とも、笑ったら酷いよ」
「てか椎名が一番酷いでしょ。くくくくく」
「それなっ。ははは」
「そう思ったんだからしょうがないじゃん。突然短くするからそう思われるんじゃん。私は酷くない」
「「いやいやいやいや」」
嫌だよと一気に心拍数が跳ね上がってからホッとしての急降下。落ち着いたとはいえ、まるでジェットコースターとかフリーホールに乗った気分。実際のものとは違って全然楽しくない。こんな話を聞かされると精神的に疲弊してしまう。
その疲れた気分を引きずって、それでもやっぱりホッと胸を撫で下ろしていると、コークターの二度目の登りがやって来てしまった。私はまだ乗ったままで、降りることができていなかったの。
「でな」
「まだあるの?」
「ああ」
「樹さんにも告られた」
二度目の山なんてもんじゃない。心臓がこれまでにないくらい早鐘を打って、フリーホールなんてもんじゃないくらいどこまでも落ちて行く感覚が私を襲う。
恋愛感情はともかく、明日香はその人に懐いていた。これまでとは、たった今聞いたバンドマンとも何かが違う気がして仕方ない。あははと笑って断ったけどなっていう言葉は今回は聞けない気がする。どうしよう。ヤバいヤバいヤバい。
「どした? 大丈夫か?」
明らかに動揺してしまって、顔と態度にそれを出してしまった。それが私の動揺に拍車をかける。バレるのは嫌だしマズい。このままだと、いくら恋愛に疎い明日香でも何か変だと思うかも知れない。
だから私はいつものようになんでもないよと言おうとして口を開けるけど何も出てこない。
「どーん」
ショックと動揺で涙が浮かびそうになった時、私の体に何かが当たった。
その正体はあまちゃんだった。あまちゃんがらしくない声を出して寄り添ってくれたのだ。何も口にしてはいないけど、私がいるでしょと、しっかりしろと、そう伝えてくれたような気がした。
それで気持ちがフラットになった、とは全然いかないけど、気をしっかり持って引き締めることはできた、筈。
「何が? 私は平気だよ。それで、明日香はその告白どうしたの?」
だから私はにっこり笑ってそう口にすることができた。聞きたくないけど訊かないわけにはいかない。
「樹さんて?」
そう口にしたのはあまちゃん。動揺した私を見かねて代わりに話を進めるつもりみたい。当たり前だけど私と違って実に淡々としていていつもの声。
「ああ。昔知り合った六コ上の先輩。なんつーか、私にとっちゃ兄貴みたいなもん。椎名は会ったっつーか、見たことあるよな」
「うん。生姜焼き定食食べてた」
「そうだったか? よく覚えてんな」
「そんなのいいから。それで?」
先を促すあまちゃん。顎をクイってしないなんて少し成長したんだねなんて、私は馬鹿なことを考えている。
「ああ。まさか樹さんに告られるなんて思ってなかったからな。まぁ、昔はともかく今は真面目に仕事してるし、悪い人じゃないし、歳が離れているから大人の男って感じでなんとなく憧れていた時期はあったけどな」
「ふーん。そんな人いたんだ」
「昔の話な。んで、今の私に気持ちがあるわけじゃないから、どーすっかっなって思ってたら、これから好きになってもらえるように頑張るって。しつこくならない程度に遊びに誘うから、よかったらそれに付き合ってくれって」
「明日香はその人の六個下よね…ロリコン?」
「いや。それは違うだろ」
「冗談なんだけど?」
「そうなのか? 水野は割と無表情だからわかり辛いんだよ」
「はっ。まぁいいけど。それで結局明日香はどうするつもりなの?」
「そうだな。誘われて、そん時遊びたかったら遊ぶ。前向きでも後ろ向きでもない感じでな。暫くはそれでいいだろ」
「そう」
あまちゃんはひとつ頷いてから、二人のやり取りに口を挟めずにいた私に向かって、だってさって言った。
やっと終わった。終わってくれた。そう思う私にはこの件について言えることなんか何も無い。ヒューヒューと冷やかすことも、お子様の明日香に恋愛はまだ早いんじゃないのと茶化すことも、そんな人好きになっちゃ駄目だよと否定することも、いい人そうだから付き合っちゃいなよと背中を押すことも。そんな言葉は吐けはしない。そして私は吐き出したいこと、そんなの嫌だと言うことも、私を好きになってずっと私の傍にいてって想いをもグッと堪えて飲み込んだ。
「モテ期到来だ。いいなぁ」
だからというか私が言えるのは精々これくらい。私自身のぐちゃぐちゃになった気持ちを誤魔化すように羨ましげに。笑って。
「椎名はモテてんじゃねぇか」
「そうかな。あはは」
私は上手く笑えていたかどうか。きっと駄目だっただろうけど、私はその時精一杯頑張って、どうにかこうにか微笑んでみせたのだ。
「そうだ、よっ」
「うわぁ」
またしても、明日香がグイッと引っ張って、その胸に私を引っ張り込んだ。思い切り力を込めて抱き締められて凄く苦しかったけど、私も負けじと明日香の服をきつく握り締めた。
少ししてありがとなって囁く声が耳に届いて、私は訳もわからずも、どういたしましてと返していた。
「ありがとって、生八ツ橋のこと?」
「ま、そんなとこだな」
「そっか」
「ああ」
なんとなくだけど、こんなことは後にも先にもこれ切りなんだという気がしていた。私の恋の終わりが近づいて来たのがわかった。
「長い」
その不機嫌なその声にくっ付いたまま顔を向けると、やっぱり酷く不機嫌なあまちゃんが指をトントン、いつまでやってんだと私たちを睨んでいた。
「ウチらは仲良しだからいいんだよ」
「そうだよ。仲良しなんだから」
「なー」
「ねー」
「ほぉ」
「「きゃー。こわーい」」
結局最後は、いつものように押しくら饅頭になった。きっとこれから先、誰かに想いを上書きされたとしても、私は今日のこと、明日香の力強さと温もりを、ありがとなって言われたことを生涯忘れることはないだろう。
いつか私も私に恋を教えてくれてありがとうって伝えられたらいいなって思う。切なくて辛いだけで決して叶うことのないどうしようもない恋だけど、私は確かに、二度目と経験出来ない初めての恋をしているのだから。
「美味かった。ごっそうさん」
学校に着くまでに明日香のドーナツは跡形もなく消えていた。口にクリームが付いているだけ。これまで何度もしたように、私はいまだ幼…少女のような女の子に教えてあげる。
「クリーム付いてるよ。口の横。左側ね」
「まじか」
「ちょっと。袖で拭いちゃ駄目でしょ。袋にティッシュが入ってるでしょ」
袖がテカるよ、子供じゃないんだからと言うと、椎名は細かいなって言いながらも、ちゃんとティッシュを取り出して口を拭う明日香。言われた辺りを二、三度擦って顔を向けた。
「どうよ?」
「取れたよ」
「おう」
そして明日香は丸めたティッシュをポイ捨てせずに袋に戻した。なら、よく出来ましたと褒めてあげないといけない。理詰めでこんこんと諭すだけでは人を伸ばすことは出来ない。うがーってなっちゃう人もいる。
「偉い偉い」
「うるさいよ。ほら、持ってやるよ」
「うーん。これも食べちゃいそうだからやめとく」
「お前なぁ」
「あはは。うそうそ。でももうそこだから平気」
「食べないぞ?」
「わかってるって」
「じゃあ、あとでな」
「うん。いつでも来て」
そうして少し歩いて校門をくぐり、私はすぐそこにある私のクラスのブースに、明日香はこんにゃく係結構面白いんだぞって言いながら昇降口へと歩いて行った。
午前中、そしてたぶん午後も暇な私は同じくやる気の欠片もないあまちゃんと連れ立って、明日香のクラスのお化け屋敷に行ってこんにゃくが臭い臭いと騒いだあとは、その大半を屋上でのんびり過ごしていた。
そしてお昼過ぎ、フランクフルトとかたこ焼きとか、出店で買ったジャンクな食べ物を大量に仕入れて来た明日香と合流した。
「ドーナツもあるよ」
ほら、買っておいたよって、それを見せてあげた。
「…いや。さすがにもう甘いものはなぁ」
「残念」
「私がもらう」
「「どうぞどうぞ」」
そこにみっちーたちや明日香のクラスの子たち、更にはあまちゃんのクラスの子たちが加わって、みんなで持ち寄ったジャンクフードを食べながらわいわい過ごしていた。
「ん? なーさんからだ。なんだろう」
暫くしたら私のスマホにメールが来て、アプリを開くとそれはなーさんからだった。
「来ちゃった。宇宙くんも玲もいるよ。案内して。だって」
「げ。ゴリさんも来たのかよ」
「げって。あはは。んしょっと。じゃあ私ちょっと行ってくるよ」
「仕方ねぇな。私も行くか」
「私も行く。椎名のお兄さん見たい」
と言うことで、私と明日香とあまちゃんが昇降口まで行くと、生徒たちに遠巻きにされて注目の的になっていた美女二人とフツメンの兄が見えた。それを気にせずずかずか割って入って会ってすぐ、お前ゴリゴリ言ってねぇだろうなって、ああんおおんと明日香に絡んだあと、高校の行事なんてサボっていたから逆に新鮮だなって、玲さんはなーさんと一緒に物珍しそうにキョロキョロしていた。
「高校の文化祭ってこんな感じなんだな」
「ね」
「ねぇ宇宙。妹にいちゃいちゃするとこ見られるとか今どんな気持ち? ねぇ? どんな気持ち?」
「帰りたいです」
「ぷっ」
私はあまちゃんをみんなに紹介したあと、こんなふうにさっそく兄をからかって遊んでいた。
「なるほどわかりました。お兄さんはシスコンなんですね」
「いや違うから」
兄の本性をすぐに見抜くとはさすがあまちゃん。おっしゃる通り兄はシスコン。けれど私はまさか私の兄ごときにあまちゃんが丁寧語を使うことも驚きだけど、そもそも丁寧語を使えることに只々驚いていた。
「あとでヤるから。このブラコン」
「ごめんなさい。けど違うから」
「いやブラコンだろ」
「ちがーう」
「なぁ美月。周りの視線が怖いんだけど」
腕になーさんをぶら下げた兄がそんなことを言う。それはそう。玲さんもなーさんも明日香もあまちゃんもみんな綺麗でとにかく目立つから。そこに混じる私たち兄妹の場違い感は半端ないけど普段から明日香とあまちゃんと一緒にいる私は慣れたものだから気にしない。
「視線だけでヤられそうだよね。でも仕方ないよ。端から見たら宇宙のハーレムだもん」
「やめてくれさい」
「本当よね。宇宙くんは私だけのものなのにね」
「やめてくれさい」
「確かにウザいな。取り敢えず移動すっか」
「あ、じゃあこっちへ」
いきなりキレて暴れてられては大変。私たちは多くの視線を避けるために、ぞろぞろと校舎の中へ入った。
「いい加減うぜぇな」
「やめときなよ」
「わーってるよ」
何も変わらなかった。校舎内にも生徒がいるから当たり前。
そのあと校舎の中を適当に案内して辿り着いたところは屋上。そして事件は起こる。事件で言っても私にとってはの話だけど、私は自分で思っていたよりも冷静でいられたと思う。
「妹ちゃんはさー、彼氏とかいないの?」
「いませんよ」
「玲さん? でしたっけ。なんでそんなことを訊くんですか?」
「べつにー。こんなの普通の会話だろー」
「それはそうですけど」
玲さんがやけに私の近くにいて、やけに私を構ってくれて、あまちゃんがそれを牽制するというよくわからない状況を明日香と二人、テニスのラリーの応酬を見るように揃って首を左右に動かしていた。
「水野すげぇな」
「そうだよ。あまちゃんも凄いんだよ」
「知らないって怖いんだな」
「そうだよ。怖いんだよ。だから知ることは大事なことなんだよ」
「ああ。わかるわ」
そしてその時、明日香の携帯が鳴って私と明日香の首がピタと止まる。
「ちっ。樹さんだわ。ちょっと悪ぃ。もしもし」
そう言って電話に出ながらこの場を離れて行った明日香を、あーあと思いながらも、いま舌打ちした? と思いつつ遠ざかる背中をじっと見ていたら、いつの間にかラリーを止めたあまちゃんと玲さんが私をじっと見ている視線に気がついた。
「なに? えっと、なんですか?」
「べつに」
「悪いな妹ちゃん。ウチの馬鹿兄貴がさ」
「えっ、と?」
「もう明日香から聞いてんだろ? ウチの馬鹿が明日香に気があるって話」
「ああ。はい。それは」
「よくわかんなかったけど、なんとなくわかったからな。だからまぁ、なんつーか、そう言うことな。そうだ妹ちゃん、連絡先交換しようぜ」
「はい? あ、はい」
サッと出されたスマホ。私は唐突な玲さんの謝罪の意図とそのあとの台詞の意味を紐解こうとするも頭が追いつかず、私もその動きに釣られるように反射的にポケットからスマホを取り出していた。
「これな」
「はい。私はこれで」
「おう」
こうして互いの連絡先を交換するあいだ、あまちゃんの、ああそうなんだぁ、しちゃうんだぁ、へぇ、ふぅん、ほぉんっていう視線をビシビシと感じていた。
「ほら。そっちの子も」
玲さんはそう睨むなよって苦笑しながら、なんで私もとぶつぶつ悪態を吐くあまちゃんとも連絡先を交換していた。
「近いうち連絡するわ。飯でも食って話しような」
「あ、はい」
「そんな警戒すんなって。私だって女の子だからな、傷つくぞ」
「そんなつもりは、なんかすいません」
「女の子とか」
「あまちゃん」
「ははは。そっちの子はかなりいい根性してんな。ウチのチームに欲しいわ。来るか?」
は? 行く訳ない。馬鹿なの? 的にそう答えるあまちゃんに冷や冷やしながら玲さんを窺うと、お前いいなー、やっぱ欲しいわーって、より一層大きな声で愉しげに笑っていた。
不機嫌を隠さないあまちゃんと豪快に笑う玲さん。それを目の当たりにする私は知らないって本当に怖いことなんだなって確信していた。
「にしても美月、か」
「それがなにか?」
「月が綺麗ってヤツだな」
玲さんがあまりに綺麗な笑顔でそんなことを言うもんだから、ちょっとドキッってしたら横からパンチが飛んできた。
「痛いよあまちゃん」
「けっ」
「けっ、っていうのは新しいね」
「おうおう。お前ら仲良いんだなー。ならよかったよかった」
「玲。樹さんが来たよ。あ、明日香だ」
私たちと離れていちゃいちゃしていた兄となーさん。二人で寄り添いながら手摺にもたれて風景を眺めていたところ、学校に入って来た樹さんを発見したみたい。そして続けて明日香を見つけたということは、どうやら訪ねて来た樹さんを明日香はあのまま迎えに行ったということらしい。それがわかってチクリと胸が痛む。玲さんとあまちゃんと三人で手摺に近寄ったはいいものの、私の視線はあまちゃんの背中。それでも様子を窺うためにその肩越しに下を覗く。
「あ、蹴った」
「明日香の奴、相変わらずいい蹴りだな。ありゃ痛いわ」
「わー、樹さん痛そう。マジで効いてるねあれ」
「膝ついてんじゃん。情けねぇなー」
「あ、立った」
「クララかよ」
「あら? あらら」
「あっはっはっはっ。馬鹿兄貴の奴、追い返されてやんの。ウケる。帰ったらからかっててやっかなー」
私はそのシーンを見て、美女で野獣なお二人の実況を聞いて、凄くほっとしていた。
まだまだ駄目駄目だ。こんなことではいつか恋が実った明日香を笑顔で祝福するなんて出来はしない。
それでも今、目を逸らさずにいたのだから少しはマシになったように思う。たぶんこうして少しずつ明日香が離れて行ってしまうことに慣れていくのだと思う。
程なく戻って来た明日香。
「来んなって言ったのによー。ったく。あーあ、ヤってきたら腹減ったな」
「お疲れ様。ドーナツ残ってるよ」
「おっ、まじかっ…いや。さすがに甘いものはちょっとなぁ」
「なに言ってんの。明日香は遠慮なんかしちゃ駄目」
「そうか。いや、なんでだよ」
「うそうそ。ふふふ」
とは言えそれはもう少し先。心の準備をしつつそう願っておこうと思う。
お疲れ様でございました。私の中ではこのお話はとても重要な部分でしたので長くなってしまいました。
さすが私。プロットとは一体なんのこと? ってなりつつありますが、意図に反して少しずつ勝手をし始めたこの子たちをこれからも見守ってくださると嬉しいです。
読んでくれてありがとうございます。




