第十五話 前
続きです。
長くなったので分割しました。こちらが前ですのでご注意下さい。
よろしくお願いします。
日に日に秋が深まって冬がそこまでやって来た十一月の最初の週末、私たちの高校は昨日と今日が文化祭。私たちのクラスは明日の二日目に、クラス委員の立花君がクジで勝ち取った、校門から昇降口までに設置された出店ブースの一画でドーナツ屋さんをやることになった。そこは数に限りがあるから、多くのクラスが使えるように一クラス一日のみの使用となる交代制。二日に渡ってやらずに済んで私は凄くほっとしていた。
なぜなら私は六人いるドーナツを調達する係の内の一人だから。理由は私が使う最寄り駅にミスターがあるからで、他のみんなも同じ理由。
「えー。嫌だけど」
「まぁそ言わずに。学校に来るついでみたいなもんじゃん。他のみんなは近くにないから朝から買いに行けないしさ」
「はぁ…わかったよ」
「おお。ありがとう」
それがなし崩し的に決まった時、こんな所に店出すんじゃないよ馬鹿ミスターと、私は初めてミスターを恨んだものだ。
だって、その日の学校帰り、頭の良い私はその店舗に行って前もって予約することは可能ですかと訊いてみたけど駄目だって言われてしまったから。
使えないなぁミスターって思ったけど、その話をするついでに付き合ってくれた明日香とドーナツを食べて帰ったのはいい思い出。
「私ちょっと訊いてくるね」
「美味そー。お? いってらー」
その日、店内に入ってすぐ、私はショウケースに釘付けになった明日香にひと声かけて、レジにいてお客さんを相手していない店員さんに予約について訊いていたら、
「あとコーヒー」
「店内でお召し上がりですか?」
「はい」
「六百八十円です」
「はい」
てな感じで、隣のレジに何食わぬ顔をしてドーナツが三つ乗ったトレーを持った明日香が会計していたの。
えーっ、なにしてんの? いや、わかるよ、わかるけどって思って呆然とその様子を見ていたら、お釣りを受け取った明日香が、せっかくだし食ってこうぜ、席取っておくからなって言って、ふんふんふんって凄く嬉しそうに座席の方へ歩いて行ったの。
「まったく、ふふ、ふふふふふ」
しょうがないなぁというふうを見せながらも、私はこうなることがわかっていた。ここまで来て明日香が食べずに店を後にするなんてこと、あるわけがないんだから。明日香も最初からそのつもりだったと思う。食べることについて何も言わなかったのは私がわかっていることをわかっていたから。私たちは痒い所に手が届くツーカーだから。
「わかりました」
「すいません」
「いえいえ。じゃあ当日来ますので」
「はい。お待ちしてます」
と、話を終えた私も気持ちを切り替えて、ポンのリングとファッションでチョコが付いたドーナツを一つずつと紅茶を買って明日香の所へ向かった。一つは私でもう一つは当然、既に食べ終わって、もう一つか二つ食べちまうかと悩んでいるだろう明日香にあげるため。
「もう食べちゃったの?」
「まぁな」
「三口?」
「うるさいよ」
「ふふふ」
こんな会話をしながらあははと笑いながらトレーを置いて向かいの席に着く私を、じゃなくてトレーに乗ったドーナツをガン見し続ける明日香に向けて私はファッションの方を指差した。
「こっち。付き合ってくれたらお礼。食べて」
「おお。サンキュー」
「いいよ」
素早く手に取って早速頬張る明日香。口をモグモグ動かして、このチョコのとこ美味えよなーって笑っている。
「うめー」
美味しそうに何かを食べて喜ぶ姿はいつも目にする姿だけど、いずれ失うことを意識するとこの時間が尚のこと特別なもののように思えて愛おしさで胸がいっぱいになるし悲しくもなる。
「どうした椎名。大丈夫か?」
「なんで? 平気だよ」
「ふーん」
私がその感情を顔に出してしまえばすぐに察して気遣うように声をかけてくれる。そういうとこもだぞって私は思う。終わりにしたくても終わることを許してくれない。
ともあれ文化祭の取り敢えずの私の仕事は、文化祭二日目の朝一番に、それぞれの最寄り駅にあるミスターでドーナツを四十個買って来ることになっている。
朝一でミスターに行ってドーナツを大量に買うとか、どんだけドーナツが好きなのこの女の子は欲張りだなぁ、太るよって思われると思う。しかもそのあと朝から電車内に甘い匂いを漂わせるわけだから、周りの人からすれば迷惑この上ない話だと思う。
四十個×六人=二百四十個だから、足りなくなって買いに走る羽目になるかどうかは微妙なところ。後は、同じ係で自転車通学の男子に頑張ってもらいたいところ。
「もぉ」
そんなわけで私は今、朝からドーナツが十個入った袋を四つ持って時折冷たい風が吹くようになった通学路を歩いている。暑い暑いと文句を言っていた夏が懐かしい。
「持ち難いなぁ」
嵩張って重くて地味に持ち難くて嫌になる。せめて軽い感じのフレンチなクルーラーだけにしておけば良かったなと、明らかに重いオールドとか買うんじゃなかったな、失敗したなと後悔している。
「うまうま」
隣にはドーナツが入った袋を胸に抱えてそれを頬張るご機嫌な明日香がいる。
好きなドーナツ五個買ってあげるから買いに行くの付き合ってと頼んだら、マジかっ、いいぞって、二つ返事だったから。店を出た時、半分持つぞって言ってくれたけど私はそれを断った。
「いいよ」
「なんでだよ。遠慮すんなって」
「持ったらソレ、食べられないでしょ」
「それもそうたな。なんか悪りぃな」
「いいって」
明日香はやっぱり嬉しそうに袋からドーナツを一つ取り出していた。
「三口、あたっ」
「ふるふぁいほ」
私はここ最近、こんなふうに明日香を誘っては、意識して明日香との思い出を作ることにしている。失ったあと暫くは思い出すのも辛いだろうけど、ずっとあとになれば必ず懐かしくも大切だと思えるものになる筈だと思ったから。そういうものがたくさん欲しいと思ったから。
私がこうして思い出作りに精を出し始めたのは、体育祭あとに行った修学旅行の二日目の夜、私の部屋に遊びに来た明日香とあまちゃんと話していた時に明日香が告げた衝撃的な内容に由来している。
修学旅行の二日目の夜、ご飯を終えたあと、同じ部屋の面子、みっちーと千佳子は彼氏の元に、美奈は好きな男の子に会いに行った。
私はあとで部屋に遊びに行くからなー、お土産用意して待ってろよーと訳のわからないことを言っていた明日香と、このあとそっちに行くと端的に言ったあまちゃんを待ちながら、旅館やホテルの部屋に必ずある窓際の摩訶不思議なスペースでお土産に買った生八橋を一つ齧りつつ、流れる雲が過ぎる度に顔を出す銀色に光る月をぼんやり眺めていた。
「月が綺麗、か。ははは…」
言ってみて、乾いた笑い声が漏れる。それを口にしたところで性的指向が違う明日香と私ではなんの意味も無い。そうだなって返されても、単に綺麗だなって思っているだけでその言葉の意味は汲まれていない。
なんだかなって思う。どうして同じじゃないんだろうって思う。そうなれる道があってもべつにいいじゃんって思う。そう思うことにすらなんの意味も無いけどそう思う。
「椎名」
程なくしてあまちゃんがノックもせずに部屋に入って来た。
「あ。あまちゃん」
声をかけつつ顔を向ける。目と目があったあまちゃんが一瞬だけ綺麗に整った眉を寄せ、部屋をずんずん優雅に歩いて私の横に座り込むなり的確に今の私の心持ちを指摘してきた。泣きそうな顔してるじゃないと私の肩にその手を置いた。
「大丈夫?」
私がそうしているようにあまちゃんも私をよく見ているからバレてしまうのは当然と言える。
「どうだろう。いま月を見てたんだけど、そしたらなんかさぁ」
「月? ああ、そういう…」
あまちゃんは体を左に傾けて視線を窓に向けたけど、部屋の光が反射して見えなかったらしく、立ち上がって窓の側に近づいて行く。私は何かを察してたようなあまちゃんの言葉が気になってその背に声をかけた。
「そういうって?」
「っ、アレよアレ。侘び寂びじゃないの? 枯山水。見て来たんでしょ」
「見てないよ。てかそうだっ、聞いてよあまちゃん」
明らかに誤魔化されたけど、あまちゃんがそれをした以上、いくら追求しても梃子でも動かないし、私は私の班がした今日一日の間抜けな行動を聞いて欲しくてそれを流すことにした。
「ほらあまちゃん。まずはそこに座ってよ」
「面倒臭いの嫌なんだけど」
「辛辣だなぁ」
「いまさら」
「まぁね。けど大丈夫。掻い摘んで話すから分で終わるよ」
「ならいいけど」
「えとね、混んでて入れなかった」
「は? それだけ?」
「そう思う? ぶぶー。それだけじゃないんだなぁ。あとはね、定番の清水寺もね、参道が激混みでね、みっちーたちと、なんか怯むね、どうする? やめる? って話し合ってね、結局そこにあったお好み焼き屋さんでお昼食べてそのままこっちに来ちゃった。結局私たちはどこにも行ってないの。凄くない?」
「何してんの」
京都まで来て馬鹿じゃないのって呆れているあまちゃんに私は持論を展開する。
「いいの。だってさ、私たちの年齢じゃ京都の良さとかお寺の良さなんてよくわからないでしょ? だからね、今無理に行かなくても、もっと大人のナイスミドルになったらまた来ればいいかなって思ったんだよね」
「それらしいこと言ってるけど面倒臭かっただけよねそれ」
「まぁそうだけど、そうじゃないんだなぁ。私たちはここで、この年齢の、少女の今しか出来ないことをしたんだよ」
「なにしたの」
「ここに来たあとね、舞妓さんに変身して写真取ってね、その格好のままこの辺を少しぶらぶらしたんだよ。そしたら外人さんに写真撮られたり一緒に撮ったりして、それを私のスマホに送ってもらったりとか結構面白かったよ。それでそのあと京都ならではの凄い抹茶パフェ食べたの。みんな舌が緑になっちゃってさ。凄くない? その写真も撮ったよ。みんなで舌出してる間抜けな写真。見る?」
「舞妓?」
「そっちに喰い付くんだ。まぁいいけど。写真見る?」
「見る」
立ち上がる勢いでガバって私の方へ身を乗り出したあまちゃんに、私はメモリでくれたんだけどねって言いながら、側に置いてあったスマホを取って写真のアプリを開き、指でついついーって画像を一番下までスクロール。
「あった。これ」
みんなで緑色になった舌を出している写真を開いてスマホの画面をあまちゃんに向けたら、そんなのどうでもいいから貸してとあまちゃんはそれを引っ手繰るように奪った。
「三十枚くらい撮ったと思う」
返事はない。あまちゃんは私が写るその一枚一枚を食い入るように見つめ始めて、それに満足した様子を見せてはまた指を動かして次の画像を見つめている。たまに指がぴっぴって連続して動くのは私が写っていない画像を飛ばしているから。
「みんなのも見てあげてよ。可愛いでしょ?」
返事はない。こうなるとやっぱり梃子でも動かないから私は静かに苦笑を漏らし、生八橋を一つ取って窓に目を向ける。
雲はどこかに行ってしまって銀色の月がよく見える。口をもぐもぐ動かしながら一際輝く月を綺麗だなって思った。
「あー。なに一人で食ってんだよー」
「あ。明日香」
バーンて感じで扉を開いてドカドカと部屋を進み、引いてあった布団を私たちがいるスペースまでズルズルとずらし、そこに座るや否や、生八橋が入った箱をテーブルから掻っ攫って、あと七個しかねえじゃんかって文句を言いつつそれを摘んでヒョイっと口に入れて、うめえなって騒ぐ明日香は子供のよう。たぶん明日香に向けてだろうけど、軽く手を上げただけでいまだ顔すら上げないあまちゃんと同じ、自由人だなって思う。
「ひと口」
「うるさいよ」
「うまー」
あまちゃんの手からようやくスマホが帰って来た頃には、生八ツ橋はもう既に明日香のお腹に納まって、今はその次に出したお土産、一口大の抹茶オレ大福十二個入りが残り三個になっていた。
「水野は何を真剣に見てたんだよ」
「私の可愛い舞妓姿だよ。ではクイズです。私はどれでしょう」
スマホを弄って私、みっちー、奈美、千佳子の四人が並んだ舞妓姿の写真を開いて明日香に向ける。
「白塗りでみんな同じ顔に見えるけど椎名はこれだな」
悩むことなくこの右端のと指を差した明日香。なんとなく嬉しくなる。
「よくわかるね」
「まぁな」
「私もわかってたし」
「わかってるよあまちゃん」
「なにむきになってんだよ水野。私と椎名は超仲良しだからな。ウチらの仲に勝てなくても仕方ねーんだよっ」
「うわぁ」
明日香が私の腕を引っ張って、私を胡座をかいて座るその懐に引き込んで、私を抱えるようにしてそのまま布団に倒れ込み、一度ごろんと横に転がった。
私はいきなりのことで何が何やら混乱しつつも、回された腕の力強さとか部屋着越しの明日香の胸の柔らかさとか体温とか、お風呂上がりのいい匂いがして明日香に包まれたまま固まってしまった。
「うぎゅ」
明日香の腕に力が篭る。それに何かしらの想いが込められているようなないようなと、感じたそれを判断する間もなく、新たな衝撃が私を襲った。私をぐいぐい引っ張るあまちゃんだ。
「離せ」
「やだよ」
「いだだだだ」
「離せ」
「やだっての。ふふん」
「あああ?」
「いだだだだ」
布団の上をあっちへごろごろこっちにごろごろと、結局それは、何かに満足したらしい明日香が私を離すまで続いたのでしたっ。
「いてて。もぉ、酷いよ二人とも」
「わるいわるい」
「ごめん」
きゃーぎゃー騒いでいた分だけ訪れた静寂はより強く感じられるもの。そんな一瞬の静寂をぶち破るように、実は最近、すげーことがあったんだけどなと明日香が語り始める。
「ちょっと前、つっても修学旅行の二、三日前な」
「うん」
「告られたぞ」
え? まじで?
お疲れ様でした。
よければ後へ進んでくださいませ。
読んでくれてありがとうございます。




